5
「は? 神様? なにそれ」
割り当てられた部屋のドアをノックしたレイが良く分からない事を言ったので、カレンはいぶかし気に廊下に出た。
テルラとレイ、ルーメン、そして知らない少女がカレンを出迎えた。
「実はですね――」
テルラの説明を聞いたカレンは呆れ顔で溜息を吐いた。
「あー、はいはい。また面倒事ね。で? 私は何をすれば良いの?」
「ネモから預かった本が有るらしいですね。雷神様は、それを読んでみたいそうです」
テルラの言葉にギクリとしたカレンは、レイに助け舟を求める視線を送る。
「あー、アレ。えーっと。あの本の事は、別に秘密にしていた訳じゃないって言うか……ねぇ?」
「本の事は、後でゆっくりと話し合いましょう。今はまず雷神様に本を」
レイが冷静に言ったので、カレンは頷いてから部屋の中に戻った。
ちょうどその本を読んでいたので、テーブルに開いたまま置いていたそれを閉じてから雷神に渡した。
豪華な装飾が施されている本の表紙を金色の瞳で見詰める雷神。
「神の気と奇跡の残滓が確かに。――こう言う事態に慣れているな。下手に騒がれたりするよりマシだが、それだけこの世界が異常事態になっている、と言う事か」
雷神は、その本を大切そうに胸に抱いた。
そしてルーメンに向き直る。
「読書に向いた、静かな部屋を貸して貰えないだろうか」
「勿論構いませんが、ひとつお願いを聞いてくれませんか? 折角凄い神に御出でくださったのですから、私達を救ってください」
ルーメンが切実に訴えたが、雷神は冷たい目で首を横に振った。
妙に量が多い白髪交じりの黒髪ツインテールがもさもさと揺れる。
「その願いは聞き入れられない。私は救世主の真似事は出来ない。雷神は破壊と再生を象徴しているが、再生を司る相棒がもう居ないからだ。相棒は、私達が生まれた世界が天寿を全うした時、世界と死を共にした」
それに、と無表情で続ける雷神。
「私には訊かれたら答えたくなる悪癖が有って、それを知っている天使に余計な事を言うなと事前に釘を刺されている。だから、忠告と監視以外はしないししたくない。怒られたくない気持ちは分かるだろう?」
恐れながら、と食い付くルーメン。
「私は強い願いを持っています。それを叶えるために、努力しています。神は強い願いを叶えると聞いています」
ルーメンは、錬金術によって王が魔物に変化した後、国防を目的として、実験的に有能な数人に特殊能力を授けてみた。
自分は転生者で、この世界の物ではない神に、ギフトと呼ばれる特殊能力を授かっている。
そのギフトの中のひとつに、自分のギフトをコピーして他人に付けられる、と言うものが有るのだ。
だが、それは上手く行かなかった。
ある者は強い力に壊れ、ある者は特別と勘違いして国民を虐げ、ある者は、ある者は……。
「他国に国内を蹂躙され、私の部下がギフトを悪用し、魔物も現れた。何も知らない国民に王族は責任を追及された」
悔しさで皮膚が破れるほど拳を握り、涙を目に浮かべるルーメン。
「王の命懸けの錬金術に救われた事も知らずに文句を言う国民を恨みました。何度も見捨てようとしました。でも、愛する国民です。どうしても救いたいんです!」
その姿に思う所が有るレイも雷神に頭を下げる。
「わたくしはまだ政治に関われませんが、彼女の想いと葛藤は身に染みて理解しています。雷神様はおヒマだとおっしゃっていましたし、せめてお知恵だけでも」
「……全く、お姫様って奴は傲慢な上に愛が深くて面倒だな」
溜息を吐いた雷神は、無表情のまま根負けした。
「絶望させるのは嫌いだが、諦められないのなら真実を教えてやる。一国程度の質量では新しく一個の世界を作るのは不可能だ。小さすぎて、外界の風に耐え切れずに溶けてしまう。今のままの発想で新世界の作成をするのは自殺でしかない」
「……っ」
「ならば質量を増やせば、と考えるだろう。それにはこの世界の破壊と再生が必要だが、さっきも言った通り私には無理だ。それが可能なのは私の上位に居る世界神くらいだろう。世界神なら新世界の作成は容易い。と言うか、お前達が認識している異世界新世界を作るのが世界神の仕事だから、むしろそれが本職だ」
畳み掛ける様に続ける雷神。
「ならば世界神の召喚を、と考えるだろう。お前達がさっきした事はそれの下準備だったからだ。だが、それをしたら即座に神罰が下る。当たり前だな。お前達の常識でも、一般市民が王様に直接交渉して呼び出したら処刑されるだろう? それと同じだ。逆に神の方も勝手に人を呼び出せない。人前に出られない。王が独断のお忍びで王城の外に出るのが非常識なのと同じだ」
「打つ手無し、ですか? 私達は、この戦乱の地で戦い抜かなければならないのですか? 救いは、無いのですか?」
ルーメンは泣きながら俯く。
その様子を冷たい無表情で眺める雷神。
「絶望だけだと可哀想だし、神の召喚を諦めさせる目的で、もうひとつ真実を教える。この世界に選ばれた人間も神になれる。この世界から生まれた神が思い付いた知恵ならば、私が言えない事も言える。それに希望を託すのが一番安全だ」
「ああ、それ、ネモも言ってましたね。人間も神になれるって。だからその本を私にくれたんですよ。本命はテルラで私が予備だとか」
あっけらかんと言うカレンに頷く雷神。
「個人を特定する情報は、本当は言ってはいけない。本命だ予備だなんてのも本当は言えない。だが、死の国の女神は古い時代生まれの神だから、現代の規制を無視した軽めのルール違反が出来る。そのせいで私が調整しなければならない訳だ。つくづく迷惑な話だよ」
ルーメンは、自分の考えは正しかったと確信しながらカレンの顔を見た。