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別々のベッドに腰かけているレイとプリシゥアは、目を合わせたまま固まっていた。
とても穏やかな表情で見詰め合い、相手の出方を伺っている。
「……」
「……」
そんな二人を訝しみながら立ち上がるグレイ。
微妙な空気を壊さない様に警戒しながら、とてもゆっくりと。
その配慮が裏目に出て、怪しい動きかなと思った二人の注目を集めてしまった。
そうして視線が動いた事により、餌を目の前にして取り合いを始める野良猫の様な緊張感がレイとプリシゥアの間に走った。
先制したのはプリシゥアだった。
「言っとくっスが、テルラと同室は私っスからね。なにせ、護衛っスから」
「あら。テルラは私と一緒のお部屋ですわ。幼馴染みですから、一緒の部屋になっても不自然ではありませんわ」
「ダメっス。なんて言ったら良いか分からないっスけど、レイの視線はヤバイ感じがするっス。一緒の部屋は許可出来ないっス」
「貴女の許可はいりませんわ。決めるのはテルラですわ」
言い合う二人を見て呆れた声を出すグレイ。
「なんだ、男の取り合いか。つまらん。なら、三人で寝れば良いじゃないか。三人部屋なんだし。俺とカレンは八番の部屋で寝る」
「ダメですわ。テルラと二人じゃなければ――って、ハァア? 貴女なんて恰好をしているんですの!?」
「なんだようるさいなぁ。疲れたからコートを脱いで楽にしようと思っただけだけど?」
唇をわななかせているレイは、金切り声でグレイの腰を指差す。
グレイを捕まえた時、気絶していた彼女から武器を取り上げたのはプリシゥアだったので、海賊の仲間が襲って来るかもと周囲を警戒していたレイは黒コートの下を見ていなかった。
「スカート! 短か過ぎますわ!」
言われて自分の身体を見下ろすグレイ。
角ばったデザインのジャケットに、タイトなミニスカート。
全て黒だが、オーバーニーレングスだけは白くて扇動的な絶対領域を作っている。
「ああ、これか。海賊は男所帯だからな。こう言う格好をすると皆のやる気が上がるんだ、と亡くなった母が言ってたから着ている。ガキの色気でやる気を上げるのは気持ち悪いとは思うが、これが俺の戦闘服だから変える気は無いぞ」
「グレイ! 貴女がテルラと同室になるのは許しませんわよ!」
「男と同室なんてこっちがお断りだ。こんな状況でも何にも言わない男とはな」
テーブルに着いたまま成り行きを見守っていたテルラは困り顔で肩を竦める。
「こう言う時、僕が口を挟むと余計こじれますから。なぜなら、教義に従うのなら、男女が同じ部屋に泊まるのはダメだからです。僕が何かを言うとしたら、部屋を男女別にしましょう、です」
「護衛として、それは許しませんっス」
「未来の嫁として、こんな部屋に一人にするのは許しません」
「王女が宗教者の嫁になれるんスか?」
「わたくしがなるって決めたんですから、絶対そうなるんです」
言い合いを再開させるレイとプリシゥア。
「こんな風に。まぁ、四対一の部屋割りもどうかと思うので、気が済むまで話し合えば良いんです」
諦めた笑顔になっているテルラに向けて溜息を吐いて見せるグレイ。
「話し合いと捉えるのもどうかと思うが、朴念仁じゃなきゃこんなパーティは作らないか。――カレンはあのケンカに参加しないのか?」
「私は関係無いから」
「まともな奴が居て助かるよ。じゃ、俺達は隣の部屋に行こう。疲れたから、さっさと銃の掃除して寝たい」
「そうだね。じゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
テルラに見送られたカレンとグレイは、隣の部屋に移動して寝る準備を始めた。
隣の部屋の言い争いは壁越しに30分くらい聞こえ続け、ベッドに入ったグレイとカレンの安眠を妨害した。
静かになった後は物音ひとつしなくなったので、結局は三人で寝る事にした様だ。
「……全く緊張感の無い連中だよ。本当に金儲けが出来るんだろうか」
グレイが毛布の中で呟くと、カレンも毛布の中で呟いた。
「テルラとレイは偉い人だから、ハンターとしてやって行けなくても、きっと私達に得のおこぼれが有るよ」
「なら良いがな」
窓の外では立派な月が浮かんでいた。
第二話 完