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さればこそ無敵のルーメン  作者: 宗園やや
第二十話
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4

「テルラから特別に散策代を貰えたから、思う存分遊べるよ。何がしたい?」


王都のメインストリートを歩いているカレンは、懐に仕舞っている共用の茶色財布を服の上から叩いた。

特殊な状況なので、ネモのためなら空にしても良いと言われている。

レイが乗る馬車に旅の荷物を積んで貰ったので、身軽になっている。

王城で保管し、再び旅に出る時に返して貰う。

共用の財布は、その時に国庫と大聖堂が満タンにしてくれる。

もしも満タンにしてくれなかったら全員の財布で補填するので、あんまり調子に乗るなと釘を刺された。


「こんな時、人間はどうやって遊ぶんだ?」


ネモがあまりにも基礎的で基本的な事を聞いて来たので、田舎者のカレンも首を捻った。


「どうやってって……食べ歩きとか、ウィンドウショッピングとか? 考えてみれば、都会に憧れている子って何を目的にしてるんだろ?」


「なら、ショッピングをしよう。服が欲しい」


「服か。良いね」


カレンは、青い髪の少女の胴を見た。

当たり障りの無い、普通のドレスを着ている。

カレンと同じ、派手でもなく質素でもない、普通のドレス。


「今、当たり障りの無い格好だな、と思っただろう」


「え? 心を読んだ?」


「違う。実は、ハイタッチとやらの召喚魔法を利用してこの世界の肉体を得たんだけど、それ以外の物質的な物までは貰えなかったのだ。つまり、私はずっと裸だったのだ」


「え? でも、服着てるじゃない」


「魔法を使い、お前達が不自然に思わない様な格好を見せているだけだ。だから、触って素肌の感触を確かめ、本当に裸だと認識したら裸になる。私に触るなよ」


「触ったら、すっぽんぽん?」


「お前の目にはすっぽんぽんになる。錬金術を使って服を編んでも良かったんだが、この国は錬金術を禁止しているみたいでな。私のファッションセンスもこの国に合わないだろう。だから、このままで居た」


横目でカレンを見てニヤリと笑うネモ。

あからさまに分かり易い仕草だったので、カレンでもすぐに察した。


「……私がやりたい事、知ってるの?」


「知ってるよ。ケガをした仲間の右目を治したいんだろう? 人間らしい、仲間想いの良い夢じゃないか」


「ネモが神様なら、私にその知識をくれる、なんて事は出来ちゃう?」


「出来るよ。簡単だ」


「なら教えて?」


アッサリと話が進むので、まるで冗談を交わしている様に感じる。

その空気のままダメ元な気分でお願いしたら、ネモは薄笑いの顔を道行く人々に向けた。


「人間は、話し合いをする気は会食をするんだろう? 話が長くなるから、どこかに座ろう」


「そうだね。えっと、じゃ、あそこで」


周囲を見渡したカレンは、人気の無いオープンカフェを選んだ。

カフェと言うより屋台で、ワッフルとお茶が楽しめる様だ。

昼を半端に過ぎているので、丁度良く客の数が少ない。

カレンはチョコワッフルを、ネモはイチゴソースワッフルを頼んだ。


「ごゆっくりどうぞ」


テーブルに着いたカレン達に菓子とお茶を運んでくれた店員が去ってから話を始めるネモ。


「大前提として、錬金術の基本は知ってるかな?」


「私が持っている本に書いてある程度なら。料理と同じく、手順に従って正確な材料をゴニョゴニョすれば、決まった結果になる、って感じ?」


「では、その認識で話そう。カレンが抱く仲間想いの夢を正確に言ってみろ」


「正確に……? えっと、ケガで失ったグレイの右目を錬金術で復活させ、以前の様に見える様にしたい、かな」


「その夢を叶えるには、右目を構成する素材を料理の様にゴニョゴニョして、完成した物体を生体に融合させれば良いとなる。簡単だな」


カレンの言葉を引用するネモ。

それを聞いたカレンが眉をひそめて困る。


「そのゴニョゴニョがどうやれば良いか分かんないんだけど。生体との融合も」


「ぼかして言ったのには理由が有る。錬金術には、相応のリスクが有るからだ。無機物ならエネルギーを使うだけで加工出来るが、生体は神の領域だから、人間が行うと神罰が下る」


「神罰?」


「なぜ神罰が下るのか。どの神の罰なのか。それを知らずに錬金術で右目を作ると、カレンもグレイもただでは済まない。だから、錬金術を学んだだけだと必ず失敗する。それは女神ティングミアが設定した安全装置による物だ。人間では神罰を回避出来ないだろう」


「じゃ、私にはグレイの右目を治せない?」


「ところが、そうでもない。カレンとテルラ。この二人はこの世界の女神姉妹から特別扱いされている。だから、この二人に限っては、免罪符が有れば神の領域に踏み込んでも罰を受けない」


「私が、女神様から特別扱いされている? テルラはあの左目を貰っているから分かるけど、なんで私も?」


「テルラは、人生を左右するほどの決断を迫られても、時には冷酷とも思えるほど公平で公正な決断をする。心当たりはないか?」


「確かに……。グレイがケガでパーティを離れる時も、テルラは腹が立つほどの正論を言ってた」


「それは、彼には人間から神に昇格出来る資格が与えられているからだ。彼が左目を授かったのは、そもそも彼の身体に神の力を使える土壌が有ったからだ。そしてカレン。君はその予備だ」


「予備?」


「テルラはまだ人間だからな。何かの拍子で死ぬ事も有る。そうなったら、カレンがテルラの役目を引き継ぐのだ。まぁ、パーティメンバーなら誰でも良かったんだろうが、そこはこの世界の神の選択だ。そんな感じでお前達全員が神の力に耐性を持っているから、こうして私と一緒に居られるって訳だ」


イチゴソースワッフルを食べ始めながら続けるネモ。


「話が長くなったが、つまりはそう言う訳で、カレンが神の力を使っても、他の人間よりは罰が少ない。なので、人間を止めて神になる危険性は上がるが、正しい知識が有れば完成した錬金術を使う事が出来る。ここまで聞いて、どう思った?」


「人間のままで居る事は出来ないの?」


カレンもチョコワッフルを食べ始める。


「どちらかと言うと、人間のままで居られる方が確率は圧倒的に高い。――そうだな、分かり易く砕いて言えば、グレイの右目を治せたからって、他の人間の欠損をバンバン治して行ったら、『じゃあお前もう欠損回復の神になれよ』ってなる。そんな感じ」


「軽いね。じゃ、調子に乗らなければ良いって事?」


「そうだね。人間が神にならなければならない事態になったら拒否出来なくなるだろうけど、そんな事態になったら生きるか死ぬかの選択と同じだから、カレンなら生きる選択をするだろう。まぁ、そんなトンデモ事態まで気にする必要もないけどね」


「じゃ、教えてください。お願いします」


「オッケー。じゃ、カミナミアの屋敷に隠している二冊の本を使わせて貰うね」


そう言ったネモは、テーブルの上に二冊の本を置いた。

一冊は、カミナミアの屋敷に隠されていた『古いノート』。

一冊は、買ったまま読むチャンスが無かった『錬金術のイロハ』。


「持って来ちゃったの?」


「持って来たんじゃなくて、この世界に穴を開けてカミナミアに手を伸ばしただけ。言うなれば物質のテレポート。――じゃ、最終確認。本当に錬金術を知りたい?」


「知りたい!」


「本当なら賢者の石を作ってあげるのが一番なんだけど、それだとカレンが力を持ち過ぎるので、劣化版にする。言うなれば賢者の本だ」


二冊の本の上でネモが手を怪しく動かすと、テーブルの上に雷が落ちた様な轟音がした。

店員や数人の客が驚いて身を竦めた。

カレンも、のけ反った表紙に椅子ごとひっくり返る。

テーブルの上に有った二冊の本は、綺麗な装飾の一冊の本になっていた。

図書館よりも博物館の方が似合う、金色の装飾。


「後はカレンの血を一滴表紙に垂らして」


「血を? 何だか怪しい儀式みたいだけど」


椅子を元に戻して座り直すカレン。


「カレン以外が読めない様にするためよ。ただでさえ魔物の毒で面倒なのに、神罰を受けてでも錬金術を使いたいって奴が現れると更に面倒だからね。さ、早く」


「血かぁ。ひっくり返ったせいで手を擦り剥いたけど、それでも良い?」


「遺伝子……って言っても分からないか。血が付けば良い」


カレンは擦り傷を本に擦り付けた。

ほんのわずかな血の汚れが頑丈そうな帯に変わり、本を縛る様に鍵が掛かった。


「はい、完成。金属部分が鍵で、そこをカレンがひねれば簡単に空くから」


「本当に?」


本を手に取ってみると、帯は簡単に解けた。

中身を見てみる。

ぱっと見は『錬金術のイロハ』と同じ感じ。

ラストの賢者の石とホムンクルスの部分は白いまま。


「ホムンクルスのページが見える様になったら、グレイの目の治療が出来るよ。今見えないのは、覚悟と知識と経験が無いから」


「じゃ、この本を読んで錬金術を理解したら、その内見える様になるの?」


「理解出来た上で経験を詰めばね。賢者の石のページは、神になる気が無いなら見ない方が良い」


「分かった」


「取り敢えずはこんなもんかな?」


「ん? うん、後は私次第って事ね」


「あー、長話疲れた。こんな事したくなかったけど、しないとこの世界に長居させないって言われたらね。仕方ないよね」


伸びをしたネモは、ウィンクしてから小声になる。


「これは魔法で他に聞こえなくした一人言だけど、その本を作ったのには私にも得が有るからなんだよね。その本にはバックドアが仕掛けられていて、この分身体が滅びても、死の国に居る本体に現世の情報を送り続けられるって仕組み。だから大切にして貰いたいな」


ワッフルを食べ終わったネモは、小気味良い音を立ててイチゴソース塗れの指を舐めた。


「さて、服を買いに行きましょうか。レイの城に行かないといけないから、普段着にしても城に行ってもおかしくない服を買ってよ。錬金術のお礼にさ」


「面倒臭い注文だけど、店員に丸投げすれば良いから楽だよ。ついでに本を入れられるバッグも買わなきゃ。行こう」


カレンも立ち上がり、二人で人込みの向こうに歩いて行った。

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