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目的地に近付けば近付くほど、通りに人が増えて来た。
ほぼ全員が若い男性で、妙にギスギスした空気を醸し出している。
高確率で黒い風船に取り付かれていると思われるが、小声で悪態を吐くだけなので無視して先を進む。
聞こえるか聞こえないか程度の音量で非常に耳障りだ。
耳を塞ぎたいが、若者を刺激する様な行動を取ると状況が悪くなりそうなので、澄まし顔で聞こえないふりをするしかない。
時折正気に戻る若者が居るので、どんな基準かは分からないが、聖女様も動いている。
「この風景、あの建物、見覚えが有ります。もうそろそろだと思います」
見えないままの聖女がそう言ったので、テルラは歩きながら指の輪を覗く。
「見てみます――うわっ」
黒い風船が辺り一面びっしりと居た。
北の国でボタン雪が視界を塞いだ事が有ったが、それに近い光景だ。
違うのは、雪と黒風船のサイズが違う事と、黒風船は落ちずに浮遊している事。
テルラの驚いた声に反応し、仲間達が身構える。
「どうしましたの? テルラ」
「大丈夫です、レイ。思ったより黒風船の数が多かったので驚いただけです。触っても擦り抜けるので、皆さんは気にせずに隊列を崩さないでください」
「私達はこれから何をすれば良いんスかね?」
構えを少しだけ緩めたプリシゥアが訊くと、聖女が一行の前に立ち塞がった。
その様子は指の輪を左目で覗いているテルラにしか見えない。
「問題は何も無いので、このまま進みましょう。黒風船は、人に取り付かなければ、この世界に害は与えませんから」
「害が無いんだ。……って言うか、この辺りって黒い風船だらけなんだよね? 見えないけど」
カレンは周囲を見渡す。
乱心している若者は目が座っていたり据えたりしていてやばい感じがするが、普通に歩いている若者も居る。
何ともなっていない若者に乱心した若者が見境無く暴言を吐き、ケンカになるのが問題なのだ。
「平気な人とそうじゃない人が居るのはなんで? なんで私達は全員平気なの?」
「自分をしっかりと持っている人は取り付かれ難いみたいですね。他人を攻撃する必要の無い人や、心や生活に余裕が有る人も」
聖女の言葉を聞いたカレンは納得する。
「なるほどね。王女のレイや宗教者のテルラが他人を攻撃してたら色々問題だからか。私やプリシゥアも、よその街の知らない人を攻撃する意味が無いし」
「疑問が解消されたところで、皆様止まってください。次元の穴が有りました」
パーティは足を止める。
普通の人間には、やはり何もない通りでしかない。
「位置が移動したり規模が変わったりしていませんね。取り敢えずは危険が無さそうなので、私は次元の穴を塞ぎに行きます。テルラさん、次元の穴の位置を把握していますか?」
「あれは……雑貨屋でしょうか。あの建物の陰に虹色のモヤモヤが有りますが、アレでしょうか」
「見え方に個人差が有る様ですが、位置は間違っていないのでそれです。テルラさん達には、私が失敗した時のサポートをお願いします。どうすれば良いかは、作戦を変更するその時に説明します」
「了解です」
「次元の穴を塞ぐ事に成功したなら、私は元の世界に帰り、黒風船がこちらに来る事はなくなります。すでにこの世界に出現している黒風船はすぐには消えませんが、長く存在する事は無いでしょう。心を強く持って消えるのを待てば対処出来ます」
「後は僕達の問題、と言う事ですね」
唯一聖女の姿が見えているテルラに向かって頷く聖女。
「では、行って来ます」
聖女はテルラ達に背を向け、歩みを進めた。
「黒風船はいっぱい居ますが、聖女様の身体に触れる先から消滅しているので、何も無い道を行くが如く進めていますね。――なっ!?」
見えない仲間の為に実況していたテルラは、また驚きの声を上げて固まった。
「どうしましたの?」
口を半開きして固まっていたテルラは、レイに訊かれてから一分後にようやく動き出した。
「聖女様は……黒風船が合体して出来た石造の様な巨大な顔に……食べられてしまいました」