5
新人ハンターの四人は、当初の予定通り、分かれ道の看板が有る数本の木の下でお昼を取る事にした。
カレンのリュックに入っていたシートを敷き、大聖堂が用意してくれたお弁当を広げた。
「はい、テルラ。お茶ですわ」
「ありがとう、レイ」
レイは自分とテルラの分しかお茶を注がなかった。
しかしプリシゥアは緊張感無くアグラをかき、カレンは自分が一口齧ったサンドイッチをしげしげと観察していたので、そんな事は全く気にしなかった。
「いやー、こう言うのをピクニックって言うんスかね。楽しいっスね!」
「うわ、このパン美味しい! 都会の偉い人は良い物食べてるんだなぁ」
四人は通行人の邪魔ならない位置に陣取っているが、分かれ道を通って行ったのは大荷物を背負った商人っぽいおじさんの二人だけだった。
「ごちそうさま。――さて、この子はどうしましょうか」
満腹になったテルラは、シートの隅の方を見た。
そこでは、両手両足を縛られた赤髪黒コートの少女が横たわっていた。
すぐに起きると思って運んで来たのだが、ずっと寝息を立てている。
「起こす?」
言葉短く訊くカレンに、少し考えてから頷くテルラ。
「そうですね。のんびりしていると次の村に着く前に日が暮れてしまいます。気付けが出来るならしてください。レイとプリシゥアは何が起こって慌てない様に警戒してください」
「はーい」
リュックの中から水筒を取り出したカレンは、その水を少女の顔に掛けた。
目と目の間のところに一口分程度だったが、少女はまるで溺れているかのように手足を動かした。
「あばあばあば……」
少女は飛び起きようとしたが、手足が縛られているので奇妙な動きでのたうち回るだけで終わった。
「アレ、修行中に良くやられたっスよ。鼻に入らない様に気を使うなんて、カレンは優しいっスね」
「むせたらしばらく喋れないからね。面倒じゃない」
カレンとプリシゥアが喋っている横で、寝転がったままの黒コートの少女が状況を確認した。
そして、自分の置かれている立場を理解した。
「お、お前達が俺を捕まえたのか? 俺をどうするつもりだ……?」
少女の一人称は俺だった。
ハンター達はその似合っていない男言葉に驚いたが、すぐに警戒態勢に戻った。
女の子っぽくない恰好をしている子が恰好に似合った言葉使いをするのは自然な行動だろう。
「まずは君の事を教えて貰いましょうか。君のその恰好は海賊っぽいですけど、なんで陸に居るんです? それとも、恰好は全然関係ない山賊か野盗なんですか? どっちですか?」
「海賊だ」
テルラの質問に即答する少女。
「なら、何でこんなところに居るんですか? 仲間は居るんですか?」
「なんでそんな事を言わないといけないんだ。殺すならさっさと殺せ」
「殺しはしませんよ。悪い事をした人を役場に突き出すのは国民の義務です。僕達はちゃんとしたハンターですから、義務を果たします。ただ、その前に聞きたい事が有りまして」
「ふん。残念だな。俺はまだ悪い事をしていない。海でも陸でもな。お前達が最初の獲物だったんだ」
それを聞いたレイが肩を竦める。
「残念ながら、未遂でも罪になるんですよ。もっとも、貴女は子供ですから、投獄されずに説教で終わりですけども」
「なら、釈放されたら、またここで仕事をしよう。――って、私の銃はどこだ!?」
「ここっスよ」
一番遠くに居るプリシゥアが持っている長銃を見た途端、動こうとする海賊娘。
しかし手足が縛られているから起き上がれない。
「大人しくしなさい。コートの裏に仕込んでいた隠しナイフの全てと拳銃二丁も全て取り上げています。テルラの質問に答えないと、銃口に粘土を詰めて川に捨てますよ」
レイの剣が赤髪少女の首筋に当てられた。
しかし海賊娘は反抗的な表情を崩さない。
「ちゃんと答えたら銃を返してくれるか?」
「返すと約束しましょう。よほど大事な銃なんですね」
テルラの返答を聞いた海賊娘は大人しくなる。
「父の形見だ」
「なるほど。――まずは名乗りましょう。僕はテルラ」
「わたくしはレイですわ」
「プリシゥアっス」
「カレンだよ」
「……グレイプニルだ」
「では、グレイプニル。海賊である君が、どうして海から離れているこんなところで悪事を働こうとしていたんですか?」
「それは……俺がとんでもない事をしでかしたからだ」
「と、言いますと?」
「口で言うより、実際に見せた方が分かり易いだろう。――何か食い物を持っているか? そこそこ良い奴が良いな」
「カレン、何か有りますか?」
テルラはグレイプニルから視線を外し、おでこを出している黒髪少女を見た。
それは不用心な行動だったので、銀髪の剣士は自分が海賊娘から目を離さない様にしようと気を付けた。
「余ったサンドイッチが有るけど」
「ひとつくれ」
テルラを見たカレンは、リーダーの無言の頷きを確認してから、リュックから弁当箱を取り出した。
「まぁ、元々はグレイプニルにあげるつもりで残していた物だけどね。はいどうぞ」
「ありがとう。縛られていて手が使えないから、食わせてくれ」
「しょうがないなぁ。はい、あーん」
「あーむ」
口に含んだ途端、そのサンドイッチを土の地面に吐き捨てるグレイプニル。
「何を――」
「良いですから、見ていましょう」
レイが怒ろうとしたら、テルラが片手を上げて制した。
それを横目で一瞥したグレイプニルは、瞳に警戒の色を宿した。
「これから俺が何をするのか分かっているのか?」
「まぁ、大体は。分かっているから、すぐに役所に届けずに質問しているんです」
「お前等、何者だ?」
「グレイプニルが何をするかを見届けてから答えます」
数秒間怪しんだグレイプニルは、仕方なさそうに口を開く。
「一週間か10日か、それくらい前だったな。突然これを召喚出来る様になったんだ。――召喚、グリーンスライム!」
海賊娘の足元に緑色の物体が現れた。
ドロドロしている物がプルプル動いていて気持ち悪い。
近くに居て剣を構えているレイの鼻にだけ、それが発している森の香りみたいな良い匂いが届いた。
「その翌日、俺の海賊船が違う海賊に襲われた。父が死に、俺に代替わりしたのを知って襲って来たんだ。小娘の俺が船長の船なら、積んである財宝を容易く手に入れられると思ったんだろうな」
グレイプニルの足元に現れたグリーンスライムが透明な水に変化した。
「サンドイッチ一個捨てただけなら数分程度か。地面に触れていない部分はかろうじて食べられるしな」
「使い方は自力で見付けたんですか?」
テルラの質問に答えず、代わりにキツイ目付きを向けるグレイプニル。
「お前は俺のこの能力の事を知っているのか?」
「それは潜在能力って言うんです。僕のこのガーネットの左目で見ると、人が持っている潜在能力が見れるんです」
自分の左目を指差すテルラ。
そのオッドアイを見たグレイプニルは納得する。
「なるほど。お前も俺と同じく、変な能力に目覚めたって訳か」
「そうなりますね。ちなみにグレイプニルの能力は『スライム召喚』です。『様々な種類のスライムを召喚出来る。ただし相応の対価が必要で、対価の質によってそのスライムの寿命が決定される』です」
「なるほど。やはりな」
納得がいったと呟いたグレイプニルは話を続ける。
「敵の海賊に襲われた俺は、無我夢中でこの能力を使った。軍や民間人相手なら俺達は負けないが、海賊同士の戦いになると少なからず怪我人や死人が出る。海賊はバカな負けず嫌いだから、劣勢でも意地になって引かないからな。それが嫌だったんだ」
「その気持ち、分かります」
「俺は無我夢中で攻撃力の高いスライムを召喚した。それは巨大なアシッドスライムだった。それは敵の船を溶かし、沈めた。だが同時に俺の船も沈んだ。その時は意味不明だったが、陸に上がってスライム召喚を使って行く内に分かった。この能力は対価を必要とするってな」
「敵の船を沈めた対価は、グレイプニルの船だった訳ですか」
「そうだ。船を失っては海賊が出来ない。だから船を再建しなければならない。その為には仕事をして金を稼がなければならない。仲間達は出稼ぎの為に散り散りになった。俺はここで旅人を狙う事にした。それが、お前達を狙った理由だ」
「事情は分かりました。確認ですが、まだ旅人を襲っていないんですよね?」
「ああ。昨日ここに着いたばかりだからな。都会の近くなら金持ちが通るだろうと目星を付けてたんで、真っ直ぐここに来た。道中で悪さもしていない。俺の戦い方は下準備が必要だからな。さ、俺の銃を返してくれ」
「良いでしょう。返す約束でしたしね。でもその前に。グレイプニルの話を聞いて、ひとつのアイデアを思い付きました」
「アイデアなんかどうでも良いからさっさと返してくれ」
「まぁまぁ、慌てないで。ここで旅人を襲うよりも良い仕事が有るんですが、興味はお有りでしょうか」
「仕事だと?」
「グレイプニルの能力を生かし、僕達とハンターをしませんか?」




