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菱形の陣形を保ったまま数時間ほど歩くと、すれ違う人が少なくなって来た。
「ここまで来ると旅人も少なくなりますわね」
先頭を歩くレイが目を凝らして前方に注意を向けている。
踏み固められている土の道路のところどころに雑草が生えていて、整備がほとんどされていない事が伺える。
「魔物騒ぎが起こってからは護衛無しに出歩く事が難しくなりましたからね。こちらは王都とは反対側ですし、森も川も有りませんから、余計にですね」
大荷物を背負っているテルラが応えると、レイが歩きながら顎を上げた。
「そろそろ太陽が真上に来ますわね。お昼にしませんか? 荷物持ちのお二方もお疲れなのでは?」
テルラとカレンは顔を見合わせる。
「私はまだ大丈夫だけど、テルラは子供だから休みたいんじゃないかな? 荷物も重そうだし」
そう言ったカレンは周囲を見渡し、休憩出来そうな場所を探し始めた。
テルラは自分の足元を見る。
「うーん、ちょっと足が痛いかな。ごめんなさい、歩き慣れていないんで」
「まぁ大変! 謝る事はありませんわ。靴擦れになったらお可哀そうですので、すぐ休みましょう!」
大袈裟にそう言ったレイは、テルラの手を取って足を止めた。
「お弁当を広げるのは、あそこが良い感じかも。日陰になってるし」
カレンが指差した方向には数本の木が生えていた。
どうやら分かれ道の目印らしく、矢印が掛かれた看板も有る。
「そうしましょうか。ついでに目的地の方向も確認しましょう」
「足が痛むのなら抱っこして差し上げましょうか?」
「いえ、まだ歩けます。大丈夫ですから、大袈裟にするのは止めましょう」
テルラがレイの申し出を断っていると、プリシゥアが隊列を崩してレイの前に出た。
そのまま小走りで看板に近付く。
「目的地はどっちっスか?」
「サスラ村ですけど、まだ隊列を崩さないでくださいね」
「あ、すいませんっス。ところで、コレ、何なんスかね。読みにく過ぎて読むのが面倒なんスけど」
プリシゥアが指差す看板には、一枚の張り紙が鋲で止められていた。
全員が看板の前に集合し、それに顔を近付ける。
「何ですの? ――文字がガタガタで読み難いですわね。土の地面に紙を直置きして、チョークで書いてますわね」
レイが張り紙を読み上げる。
『カンバンのウラにあるハコにありがねぜんぶおいていけ
おかずにさったらてっぽうでうつ』
「看板の裏? ああ、コレっスかね。中は空っぽっスね」
プリシゥアが看板の向こうに行く。
小さな木箱が平べったい石の上に置いて有った。
蓋に鍵は無く、簡単に開けられる。
「文面から察するに、これは野盗でしょうか。でも、それらしい人は居ませんよね」
そう言いながら周囲を見渡すテルラ。
カレンも周囲を見るが、鉄砲を持った人はおろか、旅人も居ない。
「無視して先に進みますか? さすがにここでお弁当を広げるのははばかられますし」
レイがつまらなさそうに言うと、頭上の木の枝が爆ぜた。
一瞬遅れ、銃声が響く。
「撃たれた!?」
音に反応したレイが素早く剣の柄を握るが、やはり怪しい人影は無い。
プリシゥアも拳を構えているが、敵が居ないのでどうにも緊張感が出ない。
「どうするっスか? 逃げるっスか?」
「いえ、動いてはなりません。きっと今も銃で狙われているはずです」
レイは真剣な眼差しで音がした方を警戒している。
「わたくしは軍で使われる武器も習いました。これは狙撃です。銃に望遠鏡を付け、かなりの遠方からこちらを狙っています。ですので、向こうはこちらが見えているはずです」
「じゃ、お金を入れないと、本当に撃たれちゃうの?」
カレンは足元に落ちた木の枝を拾う。
折れ口が少し焦げている。
「ここは一旦お金を入れて、少し離れた場所に隠れましょう。
そして、ここにお金を取りに来たところを取り押さえる、と言う作戦はどうでしょうか」
テルラの提案に首を横に振るレイ。
「いえ、相手はそれも想定しているはずですわ。こちらが罠を張ったつもりでも、それも相手の手の内と言う事も有り得ます。人間相手なら、裏の裏も想定するべきですわ」
レイは、数秒考えてから両手を挙げた。
「取り敢えず降参の意思を見せておきましょう。こうすれば、多分撃たれませんわ。無差別に撃つ様な野蛮人なら、すでに誰かが撃たれているはずですから」
「じゃ、お金を箱に入れるっスか? 勿体ないって言うか、悔しいって言うか。魔物退治の旅を始めたのに、最初の敵が人間てのも嫌な感じっスね」」
「いえ、勿論入れません。悪に屈するつもりはありませんので。――ところで、プリシゥアの能力はテルラを完璧に守れるんですわよね?」
「そうらしいっス」
「では、テルラ。看板の前にリュックを下し、お金を探すフリをしてください。そうすれば、敵はテルラを銃の望遠鏡で見るはずです。それはつまり、わたくしの愛する人に銃口が向けられると言う事。危機に陥ると言う事。そうなれば、わたくしの潜在能力が発動出来ますわ」
挙げていた両手を下したレイは、銃声がした方を改めて見る。
そこは小さな丘で、狙撃手が隠れられそうな草むらがいっぱい有る。
「しかし、本当に撃たれては元も子もありません。ですから、プリシゥアが守ってください」
「了解っス」
「そして、カレン」
「なぁに?」
「貴女は、今ここで相手の攻撃力を奪う光線を発射出来ますか?」
訊かれたカレンは空を見上げる。
「昼だから出来るよ。雲も無いし」
「結構な広範囲を照らせますわよね?」
「光線を発射しながら顔を動かせばね」
「では、わたくしが虹色の光線を撃ったら、そちらの方向に光線を撃ってください。出来るだけ広範囲に。わたくしの攻撃が空振りしても、カレンが攻撃力を奪えば安全ですから」
「分かった。やってみる」
「では、テルラ。お願いします」
「はい」
頷いたテルラは、恐る恐る看板の裏に回った。
プリシゥアも一緒に移動する。
そしてテルラはリュックを下し、その中に手を突っ込んだ。
言われた通りに、何かを探している風に適当に手を動かす。
「3……2……1……」
看板前に残っていたレイは、ゆっくりとカウントダウンする。
「ゼロ! ですわ!」
レイは、丘に向かって右の掌を突き出した。
しかし何も起こらない。
「……あら? 銃を向けられていないのかしら? 方向が違うのかしら?」
改めて人が隠れられそうな草むらに手を向ける。
出ない。
少し焦りながらも何度も手を突き出すと、ようやくその掌から虹が発射された。
「カレン!」
「はいッ! 第三の目ッ!」
ダブルピースを額に当てたカレンの額から眩い光が発射され、丘全体を照らした。
「……うまく行った?」
二人の光線が収まった後、カレンが不安げに訊く。
「分かりません。銃声が無いと言う事は、撃退したとは思いますが……」
数秒考えたレイは小走りでテルラの許に行く。
「一応、狙撃手がどうなったかを確認したいと思います。攻撃力を失ったまま逃したのならそれはそれで良いのですが、もしもわたくしの光線の直撃を受けていたら大怪我をしているでしょうし」
頷いたテルラはリュックを背負い直す。
「放っておいたらまた同じ事をするかもしれないですしね。確認してみましょう。隊列をしっかりして行きましょう」
「はい」
レイを先頭とした菱形の陣形で丘に向かう。
防御としては気休め程度にしかならないが、レイは心臓と顔を隠す様に抜身の剣を構えている。
「お兄様に協力して頂き、わたくしの潜在能力の効果を試してみたんです。無属性魔法とは、炎や風と言った自然の力を使う普通の魔法とは違い、直接殴られる様な物理的な衝撃を受けるらしいんです」
警戒しながら語るレイの背中に苦笑を向けるテルラ。
「王子に向かって攻撃魔法を使ったんですか?」
「まさか。わたくしの潜在能力は、愛する者が窮地に陥らないと発動しません。ですので、身体が頑丈な兵士に協力して頂き、愛する兄妹であるお兄様にナイフを当てたんです。演技であっても、その時に危険な状態ならわたくしの潜在能力は発動しますから」
「それもどうかと思いますが……」
「まぁ、そんな感じで色々と試したんですが、愛する者が危険であるほど攻撃力が上がるんです。もしも狙撃手がテルラの命を脅かそうとしていたら、かなりの攻撃力になっていたと思われます。かなり危険なんです。悪人に同情はしませんが、亡くなっているのなら埋葬はしてあげませんと」
「レイは優しいっスねぇー」
プリシゥアの言葉にカレンも苦笑する。
「優しいかな……? ん? あれは?」
左側を警戒していたカレンが何かを発見した。
細長い鉄の棒が地面に落ちていた。
「小さな望遠鏡が付いているので、狙撃銃ですわね。持ち主はどこでしょう」
剣を正眼に構え直したレイが周囲を見渡す。
カレンが銃を拾い、テルラとプリシゥアも持ち主を探したが、どこにも居ない。
「逃げたんでしょうか」
「いいえ、テルラ。騎士の剣と同じく、銃は狙撃手の命です。ほっぽり出して逃げる訳が有りません。おそらくこれは――わたくしの魔法に当たり、吹っ飛ばされたんですわ」
レイは先に進み、草むらの中に入る。
注意深く草を掻き分け、壁の様になっている丘の岩肌に近付く。
「あ、やはり」
レイが指差す方に人間が倒れていた。
しかし、その姿を確認した四人全員が首を傾げた。
「まさか、これっスか?」
プリシゥアは寝たふりを警戒しながら倒れている人間に近付く。
その人間は、テルラと同い年くらいに見える。
つまり、10歳前後の子供。
「どうでしょう。他に人は居ませんから、これだと思いますが」
レイがその胸に手を当て、心臓の動きを確かめる。
ついでに感触で性別を確かめる。
「生きていますわ。気絶しているだけです。女の子みたいですわね」
「あんな狙撃をこんな女の子が出来る訳はない、と思いたいですが……」
テルラは周囲に敵の仲間が居ないかを探りながら倒れている人間に近付き、困惑しつつ見下ろした。
そして全身をじっくりと観察する。
女の子はバイコーンの帽子を被り、黒いコートで身を包んでいた。
「この服……海賊ですか?」
テルラの言葉に返事をする者は居なかった。
なぜなら、子供の海賊の話など聞いた事が無かったから。




