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エルカノート側の国境の街を取り仕切る国境警備隊隊長宅に銀髪の美女が訪れた。
当然、アポイントも無く近付く者は守衛係の兵士に足止めされる。
「止まれ。何用だ」
ラベンダー色のスカートに白いポンチョ姿の美女は、ゆっくりと笑みの表情を作った。
その横で黒髪をヘアバンドで留めておでこを出している少女が大きな箱を持っている。
「わたくしはレインボー・オン・エルカノート。国境警備隊隊長にお願いが有って参りました。御取り次ぎ願います」
「……そこで待て」
兵士は、自国の王女の名前を聞いても反応が鈍かった。
純朴そうな若者が精一杯兵士らしい口ぶりを真似ている感じなので、王族の肖像画を見た事が無い田舎出身なんだろう。
若者が玄関ドアをノックして呼んだ控えの兵士はレイの顔を見るなり飛び上がるほど驚き、慌てて隊長を呼びに行った。
「これはこれはレインボー王女様。どうぞ中へ。突然のご訪問でしたので、何のおもてなしも出来ませんが」
出て来た隊長も、地面にニードロップを食らわせる勢いで跪いた。
「先触れも無く申し訳ありません。お忙しいでしょうから、ここで結構です。――この書状を確実に王城に届けたいので、軍の連絡網を利用させて頂きたいのですが、宜しいでしょうか」
「謹んで承ります。必ず王城にお届けする事を約束します」
「ありがとう」
王女がポンチョの下から取り出した封筒を、まるで宝物の様に受け取る隊長。
「ついでと言っては何ですが、この箱をカミナミアに送って頂けないでしょうか。王城ではなくカミナミアです。こちらは私物の甲冑なので普通の宅配業者を使っても良いのですが、見えないところに王家の紋章が彫られていますので、宅配事故が起こると面倒なので」
事前の打ち合わせ通りに無言無表情を貫いているカレンは、持っていた箱を守衛の前に置いた。
蓋に住所を書いた紙が貼られている。
「勿論、そちらも確実にカミナミアにお届けします」
「よろしくお願いします。これから北の国に行く準備をしなければならないので、ここで失礼しますわ」
「北の国、ですか。――なるほど、今、北の国では異常気象で氷点下の日が続いていると聞きます。そこに金属鎧を着て行くと危険ですからね」
「さすが我が国の国境警備隊隊長、良くご存じで。頼もしく思います」
「恐れ入ります」
隊長宅前を辞したレイは、見送りが見えなくなってからカレンに詫びた。
「ごめんなさいね、従者の真似事をさせてしまって」
「別に良いよ。そうした方が心証が良いって分かってるから。――テルラ達の方は大丈夫かな」
待ち合わせ場所である雑貨屋の方に行くと、テルラとプリシゥア、そしてゴスロリ巫女二人は、ふたつのリュックを囲んで雑談していた。
「ただいまですわ。手紙は問題無く受け取って頂けましたわ。そちらの首尾はどうですの?」
「毛布は人数分買いましたが、手袋やマフラーは見送りました。もっと北の街に行かないと氷点下に耐えられる品は無いそうです。ですので、防寒具はまた今度になりました」
そう言いながら、毛布が追加されて膨らみが増したリュックを背負うテルラ。
カレンも自分のリュックを背負う。
「では、いよいよ北に向かいます。道案内よろしくお願いしますね、コクリさん、ポツリさん」
「お任せください、テルラさん。参りましょう」
隊列を組んだ一行は、隣国の国境要塞を左手に望みながら歩き出した。
第十五話・完




