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彼女は不幸だった。
家に従って結婚した相手が浮気性で、かなり早い段階でよそで子供を作っていた事がバレるくらい派手に遊んでいた。
だが旦那の稼ぎは良く、自分の子供の事を考えると別れる事は出来ない。
女が一人で稼いで子育てするのは、運と環境に恵まれれば出来なくもないが、常識で考えれば不可能に近い時代だったからだ。
その子供も立派に一人立ち出来たので、結果的には不満は無い。
だが、晩年は孤独だった。
不満は無いが、幸せも無い虚無。
自分の人生は何だったのかと涙しつつ病気により絶命した。
同時に謎の力でこの世界に呼ばれ、以後ずっとここで眠っている。
「謎の力と言うのは王子の召喚術ですね。彼女の後悔が王子の野望に利用されたんでしょう」
小声で言うラトに頷くカワモト。
「で、それを知っているお前は何なんだ?」
カワモトに指差された人面鳥が笑む。
人面鳥がやたらと言葉でカワモトを責めるので、お前はスミナの何を知っているんだと返したら、スミナの結婚後の気持ちを語り出したのだ。
「自分でも分からんよ。産まれた時からスミナを護るのが任務だった。お前にスミナの人生を語ったのは任務の内だと思ったからだ」
「ふぅん。その口ぶりからすると、俺の邪魔をするつもりも、スミナを呼んだ奴の味方でもない感じか?」
「スミナを危害を与えるつもりなら、誰だろうと許さない。それだけだ」
「ナイト気取り、って訳か」
カワモトが腕を組むと、ラトがそっと耳打ちして来た。
「鳥の存在理由については色々な可能性が考えられますが、それを解明せずとも、機嫌を損なわなければ何とかなりそうです。今はとにかく会話を続けましょう」
「そうだな」
人面鳥から目を離さずに頷くカワモト。
「俺はスミナを救いに来たんだから、スミナの敵じゃない。敵じゃないから助言する。スミナを護るのがお前の任務なら、ここはスミナを起こすべきだろう」
「なぜ」
「だって、寝たまんまじゃいずれ死ぬだろ。元の世界なら点滴やらで延命も出来るだろうが、ここでは何もしていない」
「スミナが起きると、召喚主の時間操作に乱れが生じる。彼女は少女時代に戻ってやり直したいと思っている。時間の巻き戻りを邪魔されたらその願いが叶わなくなる」
「寝ていれば時間が戻るのか?」
「召喚主はそのつもりだ。詳細は知らんが、彼女の存在が召喚主にとって重要な内は、二人の願いは同期している」
「転生して若返っているんだから、スミナの願いは叶ってるんじゃないのか?」
「それは二人が願う時間の巻き戻り長さが違うからで――ああ、そうか。お前も若返ってここに居ると言う事は、やり直したいのはお前との……」
人面鳥は、何かを思い出したかの様に眉を上げてカワモトの顔を見直した。
「なんだ? 何か分かったのか?」
「お前は敵ではないと私は理解した。だが、スミナはまだ起こせない。召喚主の願いが叶わなくなるからだ。それはつまりスミナの願いが叶わなくなると言う状況に繋がる。誰も邪魔しなければすぐに事が済むから、その後にスミナを起こせば良い」
「時間が乱れているとこの世界がやばくなるらしいじゃないか。だからこうして女神が出て来て、俺を助けてくれている。願いが叶っても世界がおかしくなってやり直せないんなら、結局は前世の後悔は解消しないんじゃないのか?」
「……確かにそうだ」
「スミナは俺と同じくらい若返っているのに、これ以上時間を戻してどうする。幼女まで戻りたいってのか? 一人で生きられない年齢まで戻ってどうするんだ? 何が目的だ?」
「お前の言う通り、今の時点で起こしても良いかも知れない。私は召喚主の願いなどどうでも良いから、スミナを起こすのを許したいと思う。だが、途中で起きたら召喚主の魔法が無効になるかも知れない。若返りがキャンセルされたらどうする。やはり許せない」
「そこんところはどうなんだ? ラト」
「召喚主が起こした時間の乱れは複数の神が協力して修復しています。召喚主の魔法は、神の技によってキャンセルされつつある状態です。召喚主の願いは必ずキャンセルされます」
「起こしても起こさなくてもスミナの若返りはキャンセルされるって訳か……」
「いえ。話を聞く限り、彼女は若返った状態でこの世界に転生していると思われます。カワモトの若返りと同じ仕組みですね。――そうであるとカワモトが強く信じ、そうであって欲しいと願えば、きっと若返りは保持されるでしょう」
女神ラトの真っ白な仮面を見て頷いた後、人面鳥に向き直るカワモト。
「だ、そうだ。お前もそうなる様に祈ってくれ。みんなで強く祈れば叶うと女神達が言ってたから、お前も勘定に入ってくれたら心強い」
「スミナのために祈ろう。無事にスミナが起きたら食事を頼む。時間の乱れのせいで実際の間隔は分からないが、結構な時間寝続けているので何も食べていない」
「ああ、分かった。事が済んで要塞から出られれば、メシはいくらでも食える。この世界は地産地消だから新鮮で美味いんだ」
「スミナは旦那のせいで外食をほとんど体験しなかったから、ぜひ色々な物を食わせてやってくれ。頼んだぞ」




