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さればこそ無敵のルーメン  作者: 宗園やや
第十三話
110/277

3

隣国の重要人物二人が突然姿を消したので、ランドビークの兵達がざわめき始めた。

現場の責任者であるオカロ・ダインは特に青褪めている。


「あ、あの、レインボー姫様とテルラティア様はどちらに……」


訊かれたプリシゥアもオロオロするばかり。


「わ、分かんないっスよ。魔物の魔法で攻撃されたっスか?」


「魔法の気配は?」


オカロは自軍の魔法使い部隊に顔を向ける。

しかし、魔法使い達は揃って首を横に振る。


「さ、探せ! とにかく事態の把握を最優先だ!」


隊長の指示が飛び、休憩に入っていた騎士兵士が立ち上がった。

隣国の王女が行方不明になったら、この場に居る全員の首が飛んで隊長の御家が取り潰しになり、その結果をもって国王が隣国に赴いて頭を下げなければならない。

そんな前代未聞な赤っ恥は絶対に歴史書に残り、ランドビーク王国の名が未来永劫笑い物にされる。


「ちょ、ちょっと待って! 部屋の中心には近付かないでください! みんな動かないで!」


手鏡を持ったカレンが大声を出し、部屋内の動きを止める。


「この臭いの元はここに有る、見えないテルラとレイの死体からなんです。で、二人が自分の死体を蹴って壊した途端、二人は消えたんです!」


「何言ってるんスか、カレン。落ち着くっス」


「これを見て! 見れば分かるから!」


カレンの持っている手鏡を覗くプリシゥア。


「……何も無いっスけど」


「ええ? じゃ、グレイは?」


「何にも無いな。確かに、鏡が向いている方は一際臭いが」


「魔法使いの人達は見えないですか? こう、肩越しにして」


隣国の兵達も言われるままに自分の手鏡を見たが、何かを見付ける事は無かった。


「なんで……? 確かに有るのに!」


手鏡を見ながら頭を抱えるカレンを可哀そうな子を見る目で見た兵達は、隊長の指示を思い出して重要人物の二人を探しに廊下の方に行った。

しかし、カワモトは真剣な表情でカレンの肩に手を置いた。


「女神ラトが何かに気付いた様だ。話を聞いてやってくれ」


「う、うん」


のっぺらぼう仮面の女神が大部屋の中心に来て、カレンの手鏡を覗いた。


「確かにテルラとレイの二人の死体が腐っていますね。この様子では、結構な日数が経っています」


「見えるんですか? さすが女神様! 良かったぁ、私の頭がおかしくなっちゃったのかと――」


そこまで言って、カレンは口を噤んだ。

二人の死体が有って、二人が消えているのだから、良かったは無い。

それに同意するかの様に無言で頷いてから話し始める女神ラト。


「話の前に、二人が消えない様に、仲間だけは彼等の事を忘れない魔法を掛けます。時に翻弄された存在は、まれに人々の記憶から消されますから。これは事が済めば自動的に解除されます」


女神ラトは、カレン、グレイ、プリシゥア、そしてカワモトの四人の頭を順に撫でた。

母親に褒められている様な優しい手付きに、カレン達は心が和らいだ。


「これで、多少の衝撃を受けてもテルラとレイを忘れる事は無いでしょう。――では、今何が起きているかの説明をしましょう。この場は死臭が凄いので離れましょう」


女性達は、テントの近くに移動して床に座った。

カワモトは女神の隣に座り、説明を聞きたいオカロは目障りにならない位置に立った。


「この場には不自然な時の歪みが存在しています。それは、この要塞に災いをもたらした人物のせいです」


「ハイタッチ王子っスね」


プリシゥアが合いの手を入れる。

それに頷いてから続けるのっぺらぼう仮面の女神。


「本来、神は人間の営みには不干渉です。生死に関わる事は特に。しかし、時の歪みが存在しているとなると話は別です。この歪みが外に影響を及ぼす前に解決しないといけないので、女神オグビアが出張って来ます。以前の様な一時の顕現ではなく、解決するまで我々と行動を共にします」


「……女神様がそこまでするのって、とんでもないレベル緊急事態、って事っスか?」


「はい。本来なら歪みが感知されると同時にその世界の時の神が修正するのですが、今回は初動が遅れています。私がカワモトをこの世界に転生させた際にも時の歪みが発生していますので、その陰に隠れていたのでしょう。しかし今は時の歪みが大きな『辻褄合わせ』を発生させています」


人間達にはチンプンカンプンな話なので、誰も口を挟まずに訊いている。


「自然な『辻褄合わせ』なら放置しますが、今回は王子がその歪みを利用した形跡が有ります。いえ、現在進行形で利用しています。ですので、神は何が何でも修正しなければなりません。その修正具合によっては、テルラとレイが復活する可能性が有ります」


「二人は生き返るって事?」


復活と言う分かり易いワードに食い付くカレン。


「可能性が有るだけです。どう言う経緯かは分かりませんが、二人が亡くなった未来が、時の歪みに影響されて現在の鏡に映っている様です。鏡は魔法の道具にも使われますから、超常的な影響を受け易いんでしょう。ですので、歪みを無くせば未来を通常の不確定な物に変更出来るのです」


「未来は不確定、か」


そう呟いたカワモトが、自分で考察した内容を確認する様に言う。


「つまり、今の時点では二人が死んだ未来になっていて、その影響で現在の二人が消えた。でも本来の未来は不確定な物だから、本来の不確定な状況に戻せば、さっきまで何事も無く生きていた二人が今も生きている現在しか確定していない事になる。だから生き返る。ラトはそう言ってるんだな?」


「そうです。この要塞内で起きている事件の時系列がデタラメになっていますので、死んだ事実の方が確定する可能性も有ります。しかし、結果がどうなろうと、神はこの歪みを修正しなければなりません。人間の記憶や縁を多少犠牲にしてでも。時の正常運行は全ての神の最重要任務ですから、この世界の女神、オグビアからの要請でもあります」


女神ラトはカレンに顔を向けた。

のっぺらぼう仮面を被っているが、おでこを出した少女は自分と女神の目が合っている事を感じ取っていた。


「――と、難しい話をしましたが、簡単に言えばテルラとレイが生き返ります様にってみなさんが祈るだけで良いのです。この世界の人間が成功を祈れば、その願いが叶う可能性が上昇します。この世界の女神が関わるのなら、より確率が上がるでしょう」


「それならもう祈ってるよね? プリシゥア! グレイ!」


「勿論祈ってるっス!」


「アイツらが居ないと俺も困るしな。って言うか、俺達が理解してないのを分かった上で長話してたのか、この女神は」


「ランドビークのみなさんも祈ってください!」


カレンに上目使いでお願いされた隣国の騎士が慌てて頷く。


「わ、分かりました。――おい、みんな! 死ぬ気で復活を祈れ!」


オカロが命令すると、ランドビークの兵達は姿勢を正してのっぺらぼう仮面の女神に向かって祈りを捧げた。

それを意に介せず、日本刀を持っている黒髪の少年に顔を向ける女神ラト。


「そして、カワモト」


「俺?」


「貴方の本懐にも影響が有る様です。貴方も貴方の目的の成功を祈ってください。そうすれば、私も貴方の願いを叶え易くなります」


「言われなくても祈ってるぜ」


「これで準備は整いました。時の修正を始めます」


のっぺらぼう仮面の女神はおもむろに立ち上がった。

周りの人間達も、それに続いて立ち上がった。

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