トゥリア
「わたしとリスの話を、ツキヒから聞いてないっていうの?」
思いもかけないことを言われて、セイエイも戸惑う。
「・・・先ほどのリスのことですか?」
「そうよ。何も知らずに、リスが私のものだと気づいたっていうの?」
「この森の中で、野生とは思えない動きをする獣が、貴方様と無関係とは思えず・・・・術の気配も、ございましたし・・・」
セイエイの答えを聞くうちに、時の方の顔が驚愕の色を濃くするのに気づき、セイエイも困惑を深くした。
「・・・驚いた」
しばらくセイエイを黙って見つめていた時の方が、ぽつりとつぶやく。
その直後、興奮したように言葉がこぼれ出した。
「あのリスに気づいたのはあなたが初めてよ。驚いたわ。術だなんてそんなたいそうなこと、何もしてないもの。あの忌々しい二人だって気づいてなかったでしょ。あなた、適性は何? ツキヒと同じ闇なの? それで気づいたの?」
その勢いに、セイエイは気圧されながら、答える。
「・・・適性は、雷、です」
「まあ! ちょと何かやってみせてよ。みたいわ!いいでしょ?」
最初の落ち着いた雰囲気も、激怒した凍てつく気配も、今は微塵も無い。時の方は少女のように無邪気な表情で迫ってくる。
その様子は、シャルナを思い起こさせ、セイエイは知らず小さく笑みを浮かべた。
そして、セイエイは考える。
落雷を見せても喜びはしないだろう。そもそも森を傷めるものはだめだ。里で教わった術は実用的なものばかりで、見て楽しむものではない。
そう、この方に見せるのは、何か美しいものがいい。
ふとシャルナの滝で見た、水しぶきに浮かぶ虹が思い浮かんだ。
少しの水を風で散らして水しぶきを作り出せば、この日差しの中なら虹が見えるはず。さらに火花を散らせば綺麗だろう。
「少し離れていただけますか?」
期待に満ちた様子で、時の方が距離をとった。
水筒を取り出して、水を宙に撒くと同時に、つむじ風を起こして細かい飛沫にしながら、火花を散らす。
ほんの数秒のことだが、期待通りに虹色の光が踊り、キラキラと火花はきらめいた。
「あっ!」
時の方が思わずといった様子で声をあげた。
「・・とても、きれい」
満面の笑みを向けられ、セイエイは安堵した。
「時の方にお気に召していただけたなら、よかったです」
「ええ!気に入ったわ。・・・私はトゥリアよ。そう呼んで」
「・・トゥリア様」
「様はいらないわ。友達になりましょ」
セイエイは目を瞬いた。驚いている間にも、時の方・・トゥリアは思案し、尋ねた。
「お礼に私も何か・・・・。セイエイ、あなた何かして欲しいことはあるの?」
セイエイはしばらく黙り込んだ。
あの凍てつくほどの怒り。イオンの望んだようにそれを解いてもらうのは、今頼んだところで難しいだろう。
イオンは、予言の件を尋ねるようには言わなかった。
だが、自分のこれからに関係することならば知っておきたかった。
「ご気分を害することにならなければいいのですが・・・」
セイエイは思い切って口にする。今尋ねなければ、きっともう機会は訪れない。
イオンからの言いつけも思い出し、言葉を選ぶ。
「以前、獅子王に予言をなさったと聞いています。私はその内容は存じません。ですが、それは私にどう関係するか教えていただくことはできますか」
今度は、トゥリアが目を瞬かせた。
無邪気な少女の顔が、年月を重ねた思慮深い表情に塗り替わる。
「・・・・あぁそうだったわね、あなたはあの王の息子でもあるのよね。・・・・いいわ、貴方の未来を見てあげる。でも、見えたものを伝えるかは約束できないわ」
まっすぐに立ったトゥリアが、凛とした顔で宙をじっと見つめる。
森の音が消え、空間が切り離されたように静まり返った。
そうして、何かを見たトゥリアが、そんな・・と呟き、よろめく。
セイエイは、その身を支えようと思わず手を伸ばす。
トゥリアの体にセイエイの指先が触れたとたん、トゥリアが見ているものが、セイエイにも見えた。
それは、血の赤に染まった自分だった。