遭遇
呼びかけに答えて姿を見せたのは、森ならば至る所で見かける灰色の小さなリス。
「使い魔・・・憑依、か?」
イオンが呟き、ウケイは黙って警戒の目を向けた。
セイエイは小首をかしげ、すっと視線を下げた。
「あなた、ですね。見ていたのは」
その視線は、木の根元に降りてきていた、もう1匹の灰色のリスを見ていた。
ウケイは、自らの感知の網にかからなかった、そのリスを見定める。
そうと知って見れば、樹上のリスと違い、わずかに術の気配が感じられる。
ふいに、リスが背を見せて、後ろの低い茂みに消える。
「ついてこいといってるみたいですね」
リスの消えた先を見ながら、セイエイがそう言ったので、ウケイは狼狽した。
「ちょっとまて。俺には、リスが茂みに消えたようにしか見えないぞ」
「・・そうだな。見破ったセイエイだけが招かれたということだろう」
イオンがそう続けた。
「茂みですか?私には獣道が続いていて、そこで待っているように見えます」
セイエイが困ったように答えたのを聞き、ウケイは、茂みに手を突っ込む。
茂みはがさがさとゆれ、ウケイの手には枝葉が感じられた。
「幻影じゃないな。俺には通れそうにない」
2人が黙ってイオンを見た。
しばし、口に拳を当てて思案したイオンは、セイエイを見た。
「このままでは埒が開かん。お招きに応じろ」
「ですが、私は何を尋ねるべきかも知りません」
「お前に何かを尋ねよとは言わん。ただ時の方にお伝えしてくれ。イオンは森を焼いたことを悔いている、我が一族の過ちをご寛恕いただきたいと。それが一番大事なことだ」
「だけど兄者、セイエイと予言についてはどうする?」
「時の方のお怒りが解けぬのに、新たに託宣をねだるようなことをして何になる」
イオンはウケイの疑問を封じると、セイエイに命じた。
「セイエイ、お前はまだ予言の内容を知らぬのだから、何も尋ねる必要はない。失礼のないように御目通りしてこい」
「わかりました」
「そうだな、我々は一刻ばかりはこの場で待つ。それでもお前が戻らなければ先ほどの集落に戻るが、今日中に戻れぬようなら連絡しろ。お前の身は影の一族の保護下にあるものだからな。わかったなら行け」
「はい。では行ってまいります」
セイエイが茂みに溶けるように消えるのを、イオンとウケイは見送る。
その姿が消えると、気配もぷつりと途絶えた。
「この森の中だとなんでもありだな」
ウケイが、茂みを覗き込みながら、ぼやく。
「警戒していたんだろう。あのリス、お前にはわからなかったのか?」
ウケイは難しい顔をして考え込む。
「言われてからじっくりみれば、術の気配はあった。が、・・あれを広範囲で感知は、ちょっとなぁ」
独り言めいて、考察を始める。
「使い魔ならどうやっても術の気配が強くなるはず。意識を憑依させるだけならもう少し気配は抑えられる。・・目と耳だけ同調させるなら、もう少し殺せるか? いやだがそれでももう少し気配を感じるはずだ、その程度なら感知できる網は張ってた・・・。時の方のこの森への支配力は、ここの生き物にも及んでるってことか?」
ウケイは肩をすくめた。
「だけどセイエイは見つけたわけだ。俺も小動物がいるのはわかってたし、俺たちに気づいてるのもわかってた。そんな不審な動きはしていなかった。・・・・いや森を騒がしていない俺たちにあそこまで警戒してたのはおかしいか?」
「つまり? 術の探知を広げるだけで感知するのは非現実的だが、森の生き物の特性を把握して、違和感に気づいて、ピンポイントで精度をあげて確認すれば、可能? 総合力でお前も向上の余地があるわけだな」
ウケイはがしがしと髪を乱した。
「敵意があったら、すぐ気づいたんだがな。・・・あー負けた負けた」
冗談めかしてはいるが、本気で悔しがっている弟の様子に、イオンは喉の奥で笑った。
少し間を置き、ウケイがぽつりと尋ねる。
「予言のことはもういいのか、兄者?」
イオンは苦々しい表情を浮かべる。
「よくはないが・・・・。予言の息子がセイエイのことだ、あるいは違う、と断言されたとして、どうなる? どう言われたとしても、影の長としては警戒を緩めるわけにはいかぬ。やることはかわらぬことに気づいた」
自嘲の笑みが、イオンの顔にかすかに浮かぶ。
「予言に動揺していたのは己もだったということだな。らしくもなく、託宣にすがろうとしていたわけだ」
この場にウケイしかいないからこその自嘲。
それはすぐにかき消された。
「獅子王を盲信する臣下と、わが影の一族は立場が違う。予言が成就したとて、血脈を継ぐ御子が健在で血脈が続くのならば問題ない。血脈を継ぐものを守るのが一族の使命だ。そのためにあらゆる手立てを尽くすだけだ」
長としての毅然とした姿勢を宣言したイオンに、ウケイは黙って首肯した。