時の森
ちょっとだけ物語はすすみます。でもやっぱり少し説明が入りました。
森の奥には、時の魔女が人から隠れてひっそりと暮らしている。
時を操り、過去も未来も見通し、はるか昔から生きている、不老不死の時の魔女。
求められれば予言を与える、予言の魔女。
出会ったものの運命を告げる、運命の託宣を与える者。
そんな逸話だけが一人歩きし、どこまでが真実かわからない。
世間ではおとぎ話のように思われて、時の魔女が本当にいることを知る者は少ない。
実際の彼女は、森の奥の庵で過ごしてばかりいるのではなく、森の傍の集落にも家を持っている。
「魔女」などと呼ばれることは好まないし、予言や託宣のようなものをすることもほとんどない。
近くにいる者からは、深く広い知識からほんの少し助言をしてくれることもある、そんな存在として尊重されている。
集落は、逸話に釣られた余所者が彼女をわずらわせることのないよう、彼女を守ってもいるのだった。
その森の傍の集落に、影の一行は到着した。
影の一族は、その集落と交流がある。一行の到着を出迎えた集落のまとめ役は、ウケイの顔を見ると、自らの家に招き入れた。
まとめ役は、用向きを聞くと、困ったように首を振った。
時の魔女は森の奥の庵にこもっているという。
時折、彼女は森の奥の庵にひきこもってしまう。招かれざる客が来ることを事前に知っているかのように、
歓迎されるとは思っていないとイオンはいい、用意した贈り物を集落に預けて、随伴の者たちも集落に待機するよう指示を下すと、ウケイとセイエイだけを伴って森に踏み込んだ。
小半刻ほど歩いて、ある木のところで、ウケイが立ち止まってため息をついた。
「兄者。やっぱり戻ってる。時の方は会ってくださらないつもりらしいな。どうする?」
「お前がいれば、話だけでも聞いていただけるか、少なくともたどり着けると考えていたんだがな」
「無茶言わないでくれ。あの方と親しくさせていただいていたのはツキヒで、俺じゃないし、俺の風があの方にかなうわけないだろ」
「それが一族屈指の風使いの言うことか?・・・・・とにかく少し休憩にしよう」
影の長は寡黙で厳格な人柄で知られているが、ウケイと話すイオンは口数も増え、親しげであった。
黙って従っていたセイエイは、その様子に背を押されたように、口を開いた。
「我々の何が、時の方のお気に召さないのでしょうか」
その質問に、イオンは奇妙なものを見るようにセイエイをみる。
「予言内容だけじゃなく、その辺の事情も聞かせてなかったかもな」
ウケイのあっけらかんとした言葉に、イオンは嘆息した。
「いい機会だ、少し話そう。ウケイには周囲の警戒を任せる」
話をざっくりまとめるとこんなものだ。
獅子王が正妃との婚約にこぎつけた頃の話だ。
獅子王の一行が魔物に遭遇し、討ち漏らした何体かが森に逃げ込んだ。
獅子王は森に火を放ち、炙り出された魔物を仕留めたものの、火は燃え広がり、時の方が愛でる場所にまで被害は及んだ。
その夜、時の方が野営地に現れて獅子王を弾劾したが、獅子王も折れず、討伐してやったのを感謝しろと嘲笑う。その態度に激怒した時の方は、不吉な予言を告げた。
その場には、イオンもいた。
当時の一行が少数で、急ぎ帰国する途上だったことなど、乱暴な手段をとった理由はある。
だが何としても止めるべきだったと、今ではイオンも後悔している。
影の一族は、後になってから、かなり労力を割いて森の回復に努め、時の方へ謝罪したが、時の方は影の里との少しの交流のほかは、関係を絶ってしまった。
特に、一行に同行していたイオンには顔も見せない。
お怒りは未だ深いらしい、とイオンは何度目かのため息をついた。
イオンが同行していれば避けられる可能性は予想していた。
だが、イオンは影の一族の意思を決める長だ。
王の血脈を守るために、何を為し何を切り捨てるか、自らの目と耳で見極めるつもりだ。
「その予言の内容については教えていただけないのですか」
セイエイは尋ねる。そのまっすぐな視線を受け止めながら、イオンはかぶりを振った。
「時の方がお前に告げるのは止められぬ。だが、できれば何も知らないままのお前の行く末を知りたいのだ」
イオンは予言を知る面々を思い浮かべた。
その時の一行は少数で、時間も夜半のこと。獅子王の側で予言を聞いたものは少ない。
内容を伝える相手も、国の中枢を担う宰相や、獅子王に万が一があった時に王位継承の可能性がある王弟など、最低限に留めた。
国を揺るがしかねない事件を予言した内容に、この甥がどう関わるのか。
と、先ほどまでこちらをじっと見つめていたセイエイが、別の方向へ視線を向けているのにイオンは気づく。
「どうした?」
「視線を感じます」
その返事に、イオンは表情を険しくし、ウケイも得物に手をかけ視線の先を睨みつけた。
「ウケイ?」
「わからん」
視線を外さぬまま、低くウケイは答える。今も何かがいるようには見えない。
「・・・あ」
思わずといった声をあげたセイエイが、ぐるりと周囲を見まわし、また違う方向に手を差し伸べ、ささやくように告げる。
「姿を見せて」
声に応えるように姿を見せたのは、森でよくみかける灰色のリスだった。
次話は近いうちにアップできるように努力します。