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血脈を継ぐもの  作者: pico
2/22

セイエイ


少年が森を走っていく。

緑が濃く、香りも高く、生命に満ち溢れた森を、迷いのない足取りで、強く地面を蹴って走っていく。

すらりと伸びた手足はしなやかで、時にはジャンプしたり、枝に掴まったりして、岩や藪をやり過ごしながら、ほとんどそのスピードを落とすことはない。

やがて水音が聞こえ、ふいに樹々が途切れ、滝が現れた。

少年は岩場から身を乗り出すと、滝壺に向かって呼びかけた。

「シャルナ!」

と、背後に急に現れた少女が、少年に抱きつき、共に滝壺へと落ちていった。


セイエイは、全身が水に沈み、落下の勢いが止まると、ゆっくりと辺りを見渡した。走って火照った身体に、滝壺のひんやりした水が心地よい。

水面からキラキラと光が降り注ぎ、幻想的に揺らめく水中で、青い髪を漂わせて、シャルナが笑っていた。水の中のシャルナは本当に美しい。

水面から顔を出したセイエイは、しかめつらをしてみせる。

「すっかりびしょ濡れだよ。濡れたら困るものを持っていたらどうする気なの?」

「持っていたの?」

「いいや」

「それじゃあ問題ないわ」

セイエイは笑う。シャルナにはかなわない。

岸に上がり、服と髪を絞ると、日の当たるせり出した岩場に身を横たえた。シャルナが傍に座り、足をブラブラさせる。

「どうしたの? 今日来るとは言ってなかったでしょう」

「そうだね」

シャルナは黙って、セイエイが話し出すのを待った。

「近いうちに王都に帰ることになった」

「・・・・・早いのね」

セイエイは5歳で王都の母と別れ、里に連れてこられた。影一族の知識、秘術、戦闘技術を学ぶのに概ね10年はかかるだろうと言われていた。全てを身につけ、セイエイが15歳になる頃、王都へ帰る予定になっていた。

現在、セイエイは12歳になったところだ。

「お前に教えることはもうないって、ウケイ伯父上が」

「・・・・王都にも水場はあるかしら?」

「シャルナ・・・・王都にはここほど生命力マナに満ちた場所はないと聞いているよ」

「イヤよ、セイの近くに居たいの」

シャルナは水の精霊だ。


そもそも、精霊がシャルナのような人の姿はもちろん、生き物の形をとった話や、人と意思の疎通ができた話を、伝説以外に聞いたことがない。だからすべては推測にすぎないのだが。

マナの濃い場所でなければ その存在を保てない。セイエイはそう推測している。


この森はマナが濃く、風の中や大木のそばで、ふいに何かの気配めいたものを感じたような気がすることもある。森にほど近い影の里では、マナはそこまで濃厚でなく、そういう気配はないのだが。

「里でさえ、好きじゃないから近寄らないって言ってたよね」

「"契約"しましょう。そうすれば、いつでもいっしょにいられる、ような気がするの」

「シャルナ」

「セイとなら"契約"できそうな気がするの」

セイエイは身体を起こし、シャルナの流れる髪を撫で、ほっそりとした手に、自分の手を重ねた。

「"契約"については調べてみるよ。でも、私は、きみに自由でいてほしい」

生まれて数年にしかならないシャルナに、理屈や説明を求めても無駄なことはわかっていた。感覚的にできることとできないことがわかっているだけなのだ。

精霊に関することは、王が後継者のみに伝える事柄以外は、影一族が最も詳しい。

浄化術をはじめひととおりの術を教えられたが、術は精霊適性に応じて精霊の力を再現する技術であって、精霊と契約するものではない。

契約という言葉から予測するのは、何らかの対価を持って、精霊を使役すること。

"セイとなら"という言葉から、その対価や条件にも、いくつか推測されることがあり、セイエイは首を振った。

「シャルナとは対等な関係でいたい。自由に振舞うきみがいい」

「わたしはいつだって自由だわ」

「・・・考えてみるよ。私だってきみに会えなくなるのは嫌だから。だから機嫌を直してよ」

納得していない様子に、セイエイは小さく吐息をこぼした。

「シャルナ、今日来たのは、王都に行く前に、時の魔女に会いに行くことになったからなんだ。だからしばらく来られないと思う」

「ときの魔女?」

「時を操ると言われてる。長いこと生きていて、不老不死だという人もいる。予言の魔女、運命の託宣を与える者」

シャルナは不思議そうに首をかしげる。

「今度はそこでシュギョウするの?」

「違うよ。以前に、父上・・・国王陛下が時の魔女をひどく怒らせて、悪い予言をされたらしい。その予言は息子についても述べていて、それが私のことなのか伯父上たちは確認したいようだ」

シャルナが急にぶるりと震えた。

「わたし、怖い。その予言を聞きたくない」

「私もまだ聞いてないから」

つまりそれほどの内容ということだ。我が身のことでも、王都の秘せられた御子のことでも、セイエイには大いに関係することになる。

一族の修行は厳しくとも今までは保護されていた。それが終わろうとしていることを、セイエイは感じていた。

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