不穏
トゥリアはゆっくりと目を開いた。
抱えていたぬくもりは、もう手の中から消えている。
目の前に横たわるセイエイを見つめれば、意味するところを察して、ウケイが「セイエイ」とその名を呼ぶ。
まぶたが震え、ぼうとかすむ青い瞳が現れた。
「セイエイ、俺がわかるか?」
いつもは朗らかなウケイの声が、真剣な調子で問いかける。
のぞきこむウケイを見つめ返し、セイエイは言葉を発しようとしたようだが、思うように動けないのか声にはならなかった。
「・・・戻ったとはいえ、準備なく魂を飛ばしたのなら、感覚を取り戻すのに時間がかかって当然だろう」
大事はないと判断して、そう口をはさんだイオンが、その鋭い視線をトゥリアへと向ける。
「・・・さて、どうしてこんな事態になったのか、教えていただけますか」
丁寧だが、言い逃れを許さない口調に、トゥリアはうつむいた。
どうして・・・?
どこから、何を話せばいいのだろう。
獅子王についての予言について口にする勇気はまだ出ない。
セイエイの未来を垣間見ることになったいきさつから、だろうか。
「・・・始めは、ツキヒの・・」
ようやく重い口を開いたトゥリアの言葉にかぶせるように、セイエイが声を上げた。
「わた、しがっ・・・」
驚いて口を閉ざしたトゥリアをかばうように、セイエイがままならない体を起こして、イオンの冷徹なまなざしを受け止める。
「・・私が、時の方に、頼みました。・・・陛下への予言が、私に、どう関係する・・か見てほしいと」
苦し気に、セイエイが途切れ途切れにそういえば、イオンのまなざしが鋭さを増した。
「そして、私は、見ました。おそらく、時の方が垣間見たものと同じものを」
イオンは内心の驚愕を押し殺したが、代わりに、思わずウケイが声を上げる。
「見た?! 未来視を共有したのか?」
イオンとウケイの問うような視線を向けられ、トゥリアはうなずく。
「どうやったのかわからない。私もこんなことは初めてだもの。・・・原因か結果かはわからないけれど、その時にセイエイの魂を見失ってしまったの」
疑問は山ほどあるだろうが、イオンは、セイエイへと端的に問いただした。
「何を見た?」
トゥリアは口をつぐむ。時の方として垣間見たものを言葉にすれば、託宣となってしまう。そしてその言葉だけが独り歩きしてしまう・・そう思い知らされたから。
対してセイエイは、あっさりと言葉にした。
「ひたすらに責め苛まれ、罰される自分を」
それから、揺るぎない目でイオンを見つめ返す。
「私は何をすることになっているのですか。どうして私の未来に御子がいないのですか。・・・獅子王への予言は何を告げたのです?」
セイエイの言葉に、トゥリアは息をのみ、動けない。
イオンは瞑目し、そのまましばらくしてから嘆息すると、目を開く。
「お前ひとりが罰せられる、か。・・・・貴女が今それほど弱気になられたのは、セイエイの未来を視たからですか」
トゥリアに対して投げかけられた言葉は、疑問形だったが、それは確認でしかなかった。
イオンがどんなに影に伝わる文献をさらっても、時の方と予言については殆どわからなかった。予言には関わるな、という戒めとともにわずかに言及されたのは。
“予言は思わぬ形で成就する”。そして“時の方にとっても予言はままならぬもの”。
それの意味することが、ようやく理解に至る。
そして、何が起こっているのか、イオンの鋭い洞察力が、答えを出す。
「あなたが予言したはずの内容と、今日の未来視は違っていた、ということ、か」
トゥリアは答えられなかった。そしてそれこそが答えだった。
「・・・縛っ!」
イオンが前触れもなく、セイエイに向けて術を放った。
セイエイの体が硬直したように動きを止め、ウケイが驚いて、兄者?!と声を上げる。
「発言と行いに気をつけろ。勝手な行動はするな」
イオンが低い声で叱責すると、それとともに拘束が強まり、セイエイは小さく呻いた。
「予言の意味は、それを告げた時の方にさえわからなくなっている。それでも知りたいか?」
セイエイは揺るぎない眼でイオンを見つめ返す。その眼に固い意志を見て取り、イオンが予言の言葉を口にした。
傲慢な王よ、嘆き怯えよ
息子の偉業の影に、お前の栄華はかすむ
無知なる王よ、哀れに震えよ
息子の刃の下で、お前の生命は消える
精霊が愛でるのは、お前の息子
愚かなる王は、弑される
かつて、怒りの感情に任せて自分が口にした言葉を、他者の口から聞かされて、トゥリアが身を震わせる。
「そして、先ほどのお前の言葉もおそらく予言の類になる。
お前はひたすらに責め苛まれる
お前の未来に御子はいない
この意味わかるか?」
予言を初めて耳にし、さらにはその結果たどるであろう自らの悲惨な行く末を示唆されても、セイエイはほとんど感情を揺らがせなかった。
「お前のささいな言動も疑われ、あまつさえ正妃様の御子に影響は及ぶ。己が立場をわきまえろ」
「・・・承知、しま・・した」
呼吸さえままならぬほど強く拘束されて息を詰まらせながらも、セイエイがなんとかそう答える。
「お前の身柄を今後は監視下におく」
イオンは言い募り、さらに拘束が強められて、セイエイは苦悶に顔をゆがめて呻いた。
「やめて! ここで・・・私の森で、乱暴をしないでちょうだい!!」
トゥリアが叫ぶ。
その背にかばわれたセイエイを、突き放したように見下ろしていたイオンが、ため息をついて解放の言葉を発すると、硬直が解けてセイエイはそのままくずおれた。
むせるように荒い息をしながら呻くセイエイを、トゥリアは守るように抱きしめる。
「このままそれを連れていくといっても、納得なさらないでしょうね」
「・・・行かせないわ」
イオンが再度ため息をつく。
「譲歩いたしましょう。・・・その代わり、貴女も過去の遺恨は水に流していただきます」
イオンが長の顔で要求を告げる。
「貴女に従って我々との交流を断っている森の民へ、以前と同様の取引をするようにとりなしを」
泣きぬれた顔を上げたトゥリアへ、イオンは事務的に告げる。
「貴女の顔を立てて、今日は引きます。明日改めてセイエイを迎えにきます。昼には出立できるよう支度をさせておいてください」
トゥリアが反論しようとしたのを察したように、イオンが言葉をつづけた。
「これは本来わが一族の問題です」
これ以上の譲歩はできない、と態度が語っていた。
「わかったわ」
トゥリアが答えれば、イオンはうなずいた。
「聞いていたな? 明日迎えに来る。それまで・・・・この森から出るな、誠影、」
真名を介して強制力を込められた命令に、セイエイが、かしこまりました、と答えた。




