キング・バフォメットが現れた。
(8)キング・バフォメットが現れた。
バフォメットは行動を開始した。サタナキアの依頼は一つだけ。
「他愛ないよぅ」
M男モードのバフォメットはへらへらと学園内を歩き回る。その姿はイケメンのナンパ男そのものだ。実際、行動もその外観にふさわしいものである。
「バニーちゃんは何処かなぁ。バニーちゃんを知りませんかぁ」
バフォメットは女生徒中心に声を掛ける。チャラ過ぎるチャラの為、無視、拒否、暴力的な拒否も多いがバフォメットはそれ自体が快感である。
「カワイイよキミ。コーヒーでもマックスまで飲まない? 」
「痛―い。けど、イイ。続きは何処でヤル? 」
『学園キング』らしいユーモアで機知に富んだサービスを忘れない。君臨して何年にもなるが、精力も旺盛であり、衰える気配な無い。
「バニーを探してルンルンルン」
成果も釣果もゼロだが、バフォメットは鼻歌を歌いながら学園内を散策した。そんなバフォメットを一つのグループが取り囲む。
「オイ。キング」
「『オイ』って、僕のコトかーい? 誰だい? 君達は?」
「俺達の事を知らないのか? 」
「知らないよー。だから、訊ねたのさ」
「そいつは驚きだぜ。いや、マジ驚いた」
一群がざわつく。
「この漢気溢れる俺達を知らないとはな」
バフォメットは行く手を遮った一群をまじまじ、と見る。 真っ赤なインナーに長ラン、ドカンを引きずるゴブリンの集団は、ヘアスタイルまでリーゼントに統一している。
「ヘンな頭、ヘンな恰好。ヘンな頭。それと近寄りがたい臭い。うーん、まったーく、記憶に無い」
「テメエ! ドサクサに紛れておちょくりやがって!」
「え? 何故? 僕は視覚、聴覚、臭覚をフルに使って記憶を呼び起こしただけさぁ。で、結論は記憶に無いデシタ」
「そーかい。ほんじゃ、ちょうどいい。刻み付けてやるぜ」
一群から一人のゴブリンが進み出た。進みでたゴブリンは背が小さく、やたらと顔がデカい。さらに、顔のパーツ全てが不釣り合いにデカい。
「随分、間抜け顔だねぇ。親を怨むとイイよぉ」
このヒト、ゴブリンかョ、ナニモノかと思っちゃった、とバフォメットには緊張感が無い。進みでたゴブリンの顔が、みるみるどす黒く変色していく。
「口達者な軟弱者が一番、許せん。俺達はアヴィアス学園治安維持団だ。通称『ゴブリンズ』である。俺様はフロントマンのチビゴブリン・Nだ。
現在、アビアス学園強化月間だ。弛んだ学生はいねーか? すぐヘタレる奴はいねーが、とパトロールしている最中だ。やい、キング! アヴィアス学園のモットーを言ってみろ!」
「モトさん? 頭髪の薄いお笑いのヒト? 」
「モト、じゃない。モットーだ! 標語とかスローガン、目標、方針の云々事だ」
「なんだ、そんな事。そいつは“ラブ・アンド・ピース”だな。絶対コレ」
「違う! “強者を目指せ”だ」
チビゴブリンの言葉にバフォメットは目を見開く。
「“狭斜を目指せ”? 大歓迎だよー」
バフォメットの興奮した叫びにチビゴブリンは拳を握る。
「難しい言葉を知ってんな」
「うん。辞書は猥褻語のページだけ、折れてるヨ。繰り返し調べたからねぇ」
「お前とは別の場所で出会いたかった。だが、これも運命だ。いいか、お前みたいな腑抜けた奴は消えていく定めだ。それがアヴィアス学園の摂理だ! そうだろ! 」
押忍、と後続のゴブリンが答えた。
「オス? 見れば分かるよ。君達みたいなブサイクが女子だったら可哀想だよん。ちょっち、君ら、頭、平気? じゃなさそう」
「喧しい。天誅! 」
ぐおおおお、と擬音を発しながらチビゴブリンは拳をバフォメットに向ける。
「オ、オオ? なんだどうした?」
「『キング』の座が長すぎたようだな、バフォメット! 頬を出せ! 鋼鉄拳制裁パーンチ! 」
この展開をバフォメットは理解できない。だが、躾けられた身体は無駄なく対応する。
「ぎゃいーん。いーん。イイーん。イイー。 」
チビゴブリン相手に身を屈めて頬を差し出したバフォメットは、拳を頬に喰らい、身を震わせうずくまった。
「鉄拳制裁哉! 」
震えるような拳の痛みに耐え、満足げなチビゴブリンの叫びに押忍、と続く後続のゴブリンズ。
「この拳は法杖だ。目が覚めたか! この軟弱者! 」
押忍押忍、とゴブリンズは喧しい。
「立て! まだ済んでいないぞ」
押忍押忍押忍、と数人がかりでバフォメットを引き起こした。身体を抑えられたバフォメットの正面に二頭身のチビゴブリンが仁王立ちする。
異様の跳び出した目がバフォメットを睨む。
「この姿を目に刻め! これが真の漢だ。バフォメットよ! ナンパしている暇があったら、己を磨け! 強さが全てであり、強者こそ絶対なのだ。おい、精神棒をよこせ」
「聖心坊? 僕に相応しい」
バフォメットの言葉は無視され、押忍、と後続からチビゴブリンに棍棒が手渡される。
「一撃、入魂っ!」
小さな体で大きな棍棒を振り上げ、チビゴブリン・Nが叫ぶ。
「とりゃーっ」
「わー。びっくりしたなぁ」
数人がかりで身体を押さえつけられてはいるが、彼らを振り払う事はバフォメットには容易い。だが、ゴブリンズの強烈な体臭がバフォメットの気を遠くさせる。
「く、臭い。むしろ酸っぱい。酸っぱいのはダメ」
バフォメットの身体から力が抜けた。