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バニー先輩と一緒。


(5)バニー先輩と一緒。



「しっかし、あの眼鏡は何処に行った?」


「エンジュちゃん。手がおろそかになっているよ」


「やかましィ。黙れ!」


エンジュとイーサーは命じられた奉仕作業を行っている。だが、行っているのはもっぱらエンジュで、イーサーは他人顔でぶらぶらと立っているだけだった。


「えー。自分が散らかしたモノは、自分で片づけるでしょ」


エンジュを監視するイーサーは裸体にケープでは無い。学園指定のジャージを着ている。


「それに、屈むと胸元から風が入るから寒くって」


「ペッタンコがナニ言ってんだよ。第一、さっきまで素っ裸だったじゃねーか」


「てへ」


「『てへ』じゃねーっ。それに今日は全然、寒くないよ。しかも、お前、メチャ薄着じゃん。隠しきれて無いじゃん」


 イーサーは素肌にジャージを引っ掛けただけなので、裾や襟元からは白い肌が覗いている。


「こんだけ素肌を曝しても平気だってコトはだな、生娘じゃ無い」


「そんなコト、エンジュちゃんに関係ないでしょ。とにかくアタシは監督の立場です」


 エンジュはイーサーに手を合わせた。


「イーサーちゃーん。頼むよー。手伝ってよ」


「絶対、無理―。頼んでも無駄―」


「やっぱり、すっげームカつく奴だ。お前は」


「同感。気が合うね、アタシ達って」


「ナメクジ娘が。腹立つなァ。塩撒くぞ、本気だぜ」


「別に。全然平気だモーン」


「ウオー。煙草くれー。限界だー」


エンジュとイーサーの前にバニーが現れた。バニーは長い耳と、はち切れんばかりのボディを揺すりながらエンジュ達の元へやってくる。


「エンジュ。イーサーも元気?」


「ちぃす、姐御。相変わらずスね」


「はい元気です。バニーさんは元気ですか?」


「ありがとう。イーサーは優しいわね」


「えへへ」


「本気にすんなよ。嘘つきだから」


 エンジュはどちらにいう訳でもなく、独り事のように呟いた。だが、音量は呟きサイズでは無い。当然、イーサーとバニーに睨まれる結果となる。


「嘘はイケない事だねェ」


 視線を逸らす為に、カチカチを鳴らしながら、エンジュは焦げた組織片を拾い始めた。エンジュにしてみれば、バニーが後輩を想う気持ちで現れた訳では無い事は明確である。


「バニーさん。今、登校したの?」


大々的に裏口から入学したイーサーだったが、肩身の狭い思いをする事も無く、すっかり学園に馴染んでいた。


「違うわ。朝からいたのだけれど、退屈だったから揶揄いに来たの」


「ひどーい」


「そんなに退屈だったら、手伝ってみたらどうスかね」

 

当然のごとく、エンジュの提案は完全に無視された。


「イーサー。此処で何をしているの?」


「エンジュちゃんのお手伝いです」


「えらいわー」


「へへへ」


 どうやらバニーはイーサーが目的らしい。


「何が、『手伝い』だよ」


 監督の役も放棄したイーサーは邪魔な存在でしかなくなった。しかも、ケタタ、と喧しいイーサーの笑い声がエンジュの精神を逆撫でする。


― なんだか、メチャ、腹、立つな。


だが、エンジュは憮然としながらも作業を続けた。ワルぶっているがエンジュは真面目な性格なのだ。一方、イーサーはその部分が著しく欠落しているように思われる。


「バニーさん。ちょうどよかった。実は相談が有ったんです」


「あら、なあに?」


「実はアタシ、制服を駄目にしたので、お古があったら、いただきたいなーなんて思っていたんです」


「またなの!」


 バニーは一応、驚いて見せる。勿論、一部始終を見ていたのでイーサーがどんな理由で制服を駄目にしたのかは理解している。


「仕方ないわね。ジュニア時代の制服で良ければあげるわ」


「わーい」


「ま、イーサーにはジュニアの制服の方が似合っているわよ」


「はい。私もそう思います」


 イーサーはにこり、とほほ笑んだ。

イーサーはバニーを姉のように慕っている。実際、イーサーの隣に立つバニーは長身で手足も長い。小柄なエンジュやイーサーには見上げる程の身長差があった。

そのような点も、バニーを“お姉さん”にしている理由であろう。

バニーもイーサーに好かれているのが満更では無いようで、頻繁にイーサーの元へ現れた。


「そうだ、イーサー。飴は好き? 」


 バニーはポケットから飴玉を取り出し、イーサーに見せる。


「食べる? 」


「うれしー」

 

手渡された数粒を、イーサーは躊躇わず口に放り込んだ。バニーはその様子を見守る。時々、長い耳がピクピクと動き、連なったピアスが光を受けて輝いた。


「そうだ。姐御、火、ナイっすか?」


 横目で二人を見ていたエンジュが尋ねた。


「ひ?」


 今度は無視する事無く、バニーはエンジュへ顔を向ける。


「煙草、吸いたいんスけど」


 エンジュは煙草を取り出し、バニーの目にかざした。


「ライター、投げっちゃったんで、火が無いんっすよ」


「あの派手な爆発はライターが原因だったのね」


「ええ。マジ、惜しいコトしました」


 エンジュは煙草を一本取り出す。火が有るモノだと確信の行為だった。


「お気に入りのライターだったんスよ」


 顔を突き出すエンジュにバニーは無い無い、と両手を広げた。


「持っていないわ。私、煙草は嫌いなの。吸わないのよ」


「え? マジすか」


 ショックで口を開けたエンジュは咥えていた煙草を落としてしまった。バニーは落ちて転がった煙草を拾い上げる。


「でも要は、火が点けばいいのよね」


「まあ、そうっスね」

 

煙草を手にしたまま、バニーは校舎に向かい歩き出した。今朝の騒動で校舎の壁は煤や焦げ跡が残り、ガラスの無い窓がいくつもあった。


 バニーは校舎に向かい煙草を投げる。ひょい、と投げた煙草を目で追い、ある瞬間、激しい蹴りを放った。スカートが翻り、肉付きの良い太ももが露出する。真っ直ぐに伸ばされた脚は校舎の壁に窪みを作り、大胆な亀裂を生じさせた。


「半分になっちゃった。ごめーんね」


 バニーが煙草をつまんでエンジュに渡す。モーレツ、と口を開けたエンジュは先端が燻る煙草を受け取った。


「スゲーッス。今、ナニをしたんスか?」


 煙を胸一杯に吸い込み、一息入れた後、エンジュは訊ねた。短くなった先端部に現れた赤い点が一気に口元のフィルターにまで近寄る。


「高圧力による、発火ね」


「はあ?」


「蹴りで強い圧力を与え、エネルギーを熱に変換して火を点けたのよ」


「さっぱり分からん」


「摩擦熱みたいなモノですか?」


「違うけれど。まあ、似たようなモノよ」


「適当だな。まあ、どっちでもイイけどよ」


「すごーい。バニーさん」


 『お姉さん』のする事に『妹』は感心をする。


「エンジュちゃんと大違い」


「ほっとけ」

 

エンジュは次の一息で煙草を吸い切った。葉っぱを完全に喫いきり、靴底で煙草を揉み消す。


「イーサーだって、出来ないじゃねぇかヨ」


「アタシは骨なしだから」


「なんのこっちゃ」


 一服できたエンジュは作業の再開を開始する事にした。カチカチを手にし、貴重種やらの焦げ付いた残骸を屈みながら拾い集める。

イーサーは口中の飴玉を転がすだけで、手伝う素振りすら見せない。


「本当に二人は仲が良いわね」


 バニーは二人を見比べた。


「いつも一緒だし。もう十分に親友、パートナーよね。よく見れば二人とも雰囲気が似てきたわ」


「はぁ? 姐御、脳でも犯されたスか?」


 御免だぜ、というニュアンスでエンジュは言った。だが、実はエンジュもイーサーとはウマが合うと思っている。

最初は他愛ない友情表現のつもりがエスカレートし、今朝程の事態になってしまった彼女らの日課だが、これが無いと一日が始まらないまでになった。

口にこそしないが、エンジュはイーサーを、親友やパートナーのようなものだと考えていた。


「あはは。気にしないでね。バニーさん」

 

一方、イーサーはエンジュのように難しく物事を考えていない。


「エンジュちゃんは見境が無いの」


「知っているわ」


 バニーはスカートの裾を払った。先ほどの蹴りで捲れ上がっていたのだ。


「でも、イーサーはフォローも万全ね。飽きずに喧嘩を続けてあげるトコも優しいわ。あの毎朝のバトルこそ、あなた達の仲良しぶりが分かるわ」


 バニーは腕を組んだ。腕に乗った胸の厚みを目の前にして、イーサーは顔を赤らめる。


「今朝もなかなか楽しめたわ。エンジュのアレ、新しいわね。初めてみたわ」


「ああ、アレね。真剣勝負用のヤツなんスよ。一向に召喚できないんで道具屋で買いました。メチャ高額だったんスけど」


 無駄にした金額をを思い出し、エンジュの頭に血が上る。


「あの牛女め!」


「エンジュちゃん。クラリスの事を悪く言わないでくれる」


「へいへい。分かりました」


 イーサーの入学はクラリスが切っ掛けである。それ以来、二人は浅からぬ仲だった。

 エンジュはクラリスの登場シーンを思い返す。間抜けなエドワードと周囲の野次馬達。確か、その中にはバニーの姿が無かった筈だ。


― 何処にいたんだ? 良くわかんないんだなァ。このヒト。


 エンジュは横目でバニーを見ながら思った。兎型獣人のバニーはかなりの実力者だ。その実力者がこのアビアス学園で『優しい先輩』としての立場に甘んじている筈が無い。


― 要注意だぜ。


 『姐御』と呼べるほどの親しい関係では有るが、エンジュはバニーを快く思っていなかった。


― 姐御には裏の顔がある。


足跡を残さない兎の隠密性がそのような印象を与えるのかもしれないが、無さすぎる。そもそもバニーには兎より狸の方が相応しいと思える行為がいくつもあるのだ。


― 比べて、イーサーは単純で分かりやすいなァ。



 エンジュは巨乳に目を回すイーサーを見て、次の行動が予測できた。

― 見え張って、デカくすんだろう。


 案の定、エンジュの見ている前でイーサーの胸が盛り上がり、ジャージ生地がパンパンに引き伸ばされる。


― 程度を考えろよ。不釣り合いだぜ。その大きさは。


 エンジュは指摘を思ったが止めた。お手本になったバニーのモノも不釣り合いな程大きかったし、自前のモノは標準以下のサイズだった。ひがみと思われるのも癪である。


「バニーさん。今朝のコト、見ていたんだ。イーサーは全然気が付かなかったよ。何処にいたの?」


 飴玉を転がし、イーサーがタイムリーな質問をする。


「アタシは胃の中に籠っていたんだけれどね」


「私は校舎の中よ。とばっちりは御免だしね」


「ふーん。でも、大したコト、無かったんじゃないかな。イーサーはツマラナカッタしね」


「なーんーだーと? イーサー、テメエ、ナンテ言った!」


 エンジュがイーサーに詰め寄る。この怒りは自身の肉体の一部分に対する劣等感とは無関係では無い。


「ツマラナイって、なんだァ? 物足りないなら、もう一遍、ヤルかい?」


「えー。今度にする」


「何だとォ? じゃあ、フザケたコト、言うなよ」

 

エンジュが激高する理由が分からずに、イーサーとバニーは見合わせた。


「エンジュちゃん、突然にどうしたのかな」


「怒っているわ」


「えーん。怖いかも。イーサーはちょぴりだけ悲しい」


「短気なのよ。気にしないで」


「短気は損気。あの性格、直してほしいな」


「乱暴な言葉づかいも嫌よね。下品で」


 イーサーとバニーの会話は筒抜けだった。しかも聞こえていることを認識しているのに、取り繕うつもりが微塵も無い。それが更にエンジュの気を逆撫でる。


「だいたい」


 エンジュはイーサーを指さした。


「お前は、隠れていただけだろ! あのネエチャンの中で、TVを見ていただけじゃねえか」


「TVなんか無かったよ」


「例えだ、阿保」


「ヘンな例え」


イーサーの隣でバニーも頷いている。


「アタシはエンジュちゃんを食べるチャンスを待っていたの」


「喰う事なんか、出来るかよ! 阿保、大間抜け」


「アタシは出来るよー。パク、と一口。でも、クラリスにあっさり負けて可哀想だから止めたのだぁ」


「何だと!? コラ」


「あはは。ザンネーンでした。頬っぺた叩かれて可哀想だったよー」


「おいおいおいおいおいおいおいおい、バカにしてんのか?」


「えーん。エンジュちゃんが怒っているー」


 イーサーはバニーの身体にしがみついた。見え透いた行為である。


「おいこら、歯を食いしばれ! その身体に教えてやるぜ」


「エンジュ。そのくらいにしてあげたら」


 イーサーがしがみつかれたバニーが口を挟む。いいかげん見かねたようで仲介に入るらしい。


「ほっといてくださいヨ。大体、姐御は―― 」


 噛み付くように云い放った途端、エンジュはすさまじい風圧を受けた。金髪が煽られ、エンジュは黙る。


「終わりにしたら? エンジュ」


 声色優しいバニーだった。


「そう、しようかナ」


「これで、一件落着。よかったわね。イーサー」


「ありがとうバニーさん」


― あの蹴りはマズい。


 バニーの蹴りの威力は確認済みだ。まともに食らえば凹胸どころか、風通しの良い身体になる事は間違いないだろう。


「マジ、ブルうぜ」


「震えちゃう、ってコトかな」


 イーサーとバニーはエンジュの言葉に顔を見合わせ、唖然とする。


「ホント、エンジュちゃんって意味不明なんです」


「そこを理解する努力が大切よ。イーサー」


― 理解じゃなく、恐喝したくせに。


 ふざけんなよ、とエンジュは出掛かった言葉を飲み込んだ。


「まあ、いいや。さあて、再開すっか」


 気分一新、エンジュは声を出し、カチカチを手にした。


「やるべきことは沢山ある。イーサーと再戦(乳比べでは無い)をしている暇など無いんだった」


 んー、と餌を啄む鶏のように背を曲げる。こんな時は凹凸のの無い身体の方が便利である。エンジュは機敏に動き、カチカチで目に付いたススカスを一つ、一つと拾っていった。


― 随分、あるな。


 エンジュは囚人のように動き続けた。ほとんど手付かずのままなので、対象物は沢山あった。そもそも、エンジュには休む暇など無いのだ。


「そうだ。バニーさん、何か面白い話をしてください。新ネタ、有るんでしょう?」


「面白い話か。そうねえ」

 

だが、他の二人には暇が有った。そして、その非生産的な時間を生産的に、社会貢献や福祉に使う気は全く無い。


「えーっとね、じゃあ、今日のオススメな情報は」


「わ―、何ですか?」


「まずは、食堂のメニューかな。今日はトマトソースのハンバーグランチです。チキンも可能らしいわ」


「すごーい」


「スゲーっすね」


 目を輝かすイーサーの隣には青筋を浮かせたエンジュがいる。


「でも、俺は今日、弁当持参なんで。食堂のメニューとかその類は結構スよ」


「ちょっと、エンジュちゃん。ちゃんと掃除してなきゃ駄目だよ。まったく、いつの間に」


「へいへい。分かりました」


 監督であるイーサーはエンジュを追いやった。一寸位イイジャン、とエンジュはその場を去る。


「しかも」


 バニーはメニューネタには続きが有るようだ。


「裏メニューの存在も確認したわ。残念なことにナニなのかは未確認よ」


「そうっかぁ。残念だな―」


「残念っスね」


再び、エンジュがイーサーの隣で青筋を浮かせていた。


「どうせ探るなら、もっと、スゲーのナイっすか? コウ、なんか、弾けるカンジの奴! メニューだ、裏メニューだ、そんな事よりさ、もっと、コウ、盛り上がるネタがあうだろう! ハナノオトメだぜ」


 キレ気味のエンジュは力説に、イーサーとバニーは顔を見合わせた。


「百合バナのコトかな?」


「行き過ぎ! ノーマルで良いんだ。バック、バックしろ」


「ノーマル? バックって」


 イーサーとバニーは頭を捻り、ああ、と手を打った。


「性的技巧の事ね。体位とか、指先のテクとか」


「もうちょいだ。もうちょい、戻ってくれ」


 エンジュは食い下がる。


「もう―。面倒だな。エンジュちゃん、ハッキリ言ってよ」


「ひょつとして、コイバナの事? コイバナ聞きたいの?」


 パチリ、とエンジュは手を叩いた。


「そう、それ! 女子トークの花形は断然それ!」


「えー。アタシは食堂メニューの方が好きだなー」


オトメでも多様だ。


「ハンバーグもチキンも大好きだし。裏メニューも気になるよ」


「そう。良かった」


 バニーはイーサーの頭を撫でる。


「裏メニューって言うのはね、イヤラシイ響きと、背徳感がプラスされたメニューなのよ。自分だけが知っている秘密と限られた人々の一員であるという認識。存在しない物が存在する事実。それが加味された味は最高の一言よ」


「わー。そうなんだ。絶対に食べてみよう」


「へー。そうなんだァ。学食ゴトキで最高が味わえるのは最高ですね」

 

トコトン、エンジュとイーサーは対照的であった。


「なによ。エンジュ、不満なの」


「そう言った筈っス」


「だったら、掃除していなさいな」


「そうだよ。それともイーサー達に御用ですか?」


 だからコイバナを、と言いかけたがエンジュはその言葉を呑み込んだ。


「別にー。無いス。全く、全然、これ以上もナイっす」


 ヒトは時として見え透いた嘘を吐く。


「だったら、あっち行け!」


「そうーなんだけどネ」


「もう。エンジュちゃんは天邪鬼だな。」


「天之使と天邪鬼か。まるっきり逆ね。神様の悪意を感じるわ」


「そんなことありませんよ、バニーさん」


イーサーが否定する。


「神様だって、間違える事があるよ」


「うーん。イーサーは優しい子ね。とってもいい子よ」


 バニーはイーサーを抱きしめ、頬ずりをした。


「えへ」


「そうーでもナイっすよ」


 今度はエンジュが否定する。


「ムカ。いじわるだな、エンジュちゃん。第一、コイバナなんて似合わないよ」


「そうよね。それとも、エンジュには気になるヒトがいるのかしら?」


「別に、いないっスよ」


 内心ドキリ、としながらエンジュは否定する。


「まあ、当然か。これだけ無茶ぶりしているんだもの。いたら少しは遠慮するわよね。ハナノオトメなのだから」


「そんなもんスか」


「でも、エンジュちゃん。照れ屋だからなあ。ホントはいるんじゃないの?」


「へいへい、戻ります。お邪魔いたしました」


 怪しい方向に進み始めたと判断したエンジュは二人の元を離れ、作業を再開する。再三、カチカチを持ち直し、残骸を拾い始めた。そして、でも、やはり、イーサーとバニーの会話に参加したい欲求を抑える事ができない。


― くそ、集中できん。


 脇で盛り上がる二人組の盛り上がりが癪だった。素直に『入れて』の一言が言えない自分も不甲斐無いが、お誘いの言葉もない二人も薄情すぎる。


― 落ち着け。俺には任務がある。駄弁っている場合で無いだろう。


エンジュはぐうっ、と拳を握る。

エンジュに与えられた任務は罰掃除だ。これを早急に為さねばならぬ。これが終了するまでエンジュには自由は無いのだ。


― 昼飯までに終わらせないと、ヤバい。看守長が怖すぎる。


 鬼畜のごとき暴挙を繰り返すエンジュだが、苦手としている相手はそこそこに多い。看守長こと、苦無彩影もその一人だった。

 ちなみに、苦無彩影はエンジュ、イーサーの担任教師でもある。


― なのに、ちーとも進展しないぞ。くそ、邪魔だなァ。


雑念が有っては作業が捗る筈が無い。エンジュは作業の遅れの原因が、スライムとウサギの存在であると確信した。


― 追い出すか……。


だが、イーサーまでも追い返すのはこれも、癪である。イーサーに責任の一端がある事は間違いがないのだ。


― 消えろ、この馬鹿バニー。


 バニーが消えれば、暇を持て余したイーサーがカチカチを手にする可能性だってある筈だった。


― となれば、いざ。


 そんな根拠なしの希望を胸に、エンジュはバニーと向き合う。


「姐御。俺達は奉仕活動で忙しいんスよ。ツマラナイ話なら止めて、消えてください」


「ツマラナイ? イーサー、私はツマラナイ女かしら?」


「そんな事、絶対、有りません」


「そうよね」


 バニーはエンジュと正面から向き合った。身長差でエンジュは見上げる格好になる。


「敗北した破壊活動の後始末は辛いわ。その気持ちはわかるけれど、全て自業自得よね」


 バニーは平然と言い切った。


「十六歳にもなれば、自分の行動には責任を取るのが当然よ」


そうだそうだ、とイーサーが頷く。エンジュと同じ学年であるイーサーには責任感は備わっていない。


「そうだぞー。 他人の所為にすんなよな」


 エンジュは胸に閊えた想いを呑み込んだ。やはり無駄だった。根拠のない希望は叶う筈が無い事を改めて知る。


― もう、イイヤ。


ヒトは独りで生まれ、独りで死んでいく。残るのは石碑に刻まれた言葉だけだ。だが、その言葉もいずれは風化し消えて行く。

石碑に残された言葉ですら、永遠を保つことは無い。ましてや、心に刻まれた言葉など、数分の時間も必要とせずに消えて行く。すぐに忘れる。だから、ヒトは言葉と行動が一致しない。


「他人を頼ってはいけないね」


 生命は変化だ。多面性こそ生物だ。変化しないヒトなど、無い。


「ウオー、クラリスの奴め! あのブサイク眼鏡。どこ行きやがった? 馬鹿やろー」


 エンジュは叫び、拾い、また叫んだ。焦げた塊を蹴飛ばし、踏みつけ、地面にカチカチを突き立てる。


「そういえば、あの子はどうしたの? 一緒じゃないの」


 叫びを聞き、思い出した様にバニーがイーサーに尋ねる。


「あの子って誰ですか?」


 イーサーは二個目の飴を貰ったばかりだった。包み紙を解き、口の中に放り込む。


「ほら、エンジュの言う『あの眼鏡』よ」


「ああ。クラリスの事」


 コロコロと飴玉を転がし、イーサーが答えた。


「知らない」


「え?」


 バニーがアレレ? と首を傾ける。


「教室にも居なかった。何処、行ったんだろう」


「逃げたんだヨ。嫌だから。とんでもない卑怯者だぜ」


 ぐさぐさぐさぐさ、とエンジュはカチカチで地面を突き刺す。


「エンジュには言われたくないわよね」


「うん。その資格は全く無いモン」


「イーサーも姐御も同類だぜ。アンタらにも資格なんか有る訳ない。間違いねえ、絶対だ! 」

 

いくら言葉に棘があっても、面皮には傷一つ、つける事は出来ない。それも間違いのない絶対的な事実だ。


「でも、意外よねぇ」


 痒さも、くすぐったさ、すらも感じず、バニーが言った。


「何がヘンなんスか?」


 コン畜生、と今度はエンジュが聞き返した。


「真面目そうな女子だったじゃない」


「ヒトは見かけじゃナイっすヨ」


俺だけは騙されないぜ、とエンジュは唾を吐いた。


「その類の奴が身近にいますから。いま、現在、目の前に、実際に。なーっ、イーサー」


「エンジュちゃん。ホラ、休まない。終わんないと苦無先生に怒られるよ」


 ツマンナイ事、言うなよな、とイーサーがエンジュを追い払う。


「お前、ムカつく! 変幻自在のオバケ娘が良い気になんなよ」


毒づくエンジュにイーサーが言った。


「エンジュちゃんだって、アタシの事、何んにも知らないくせに!  超ムカつくよ」


珍しくイーサーが声を荒げた。

その迫力にエンジュは、シャレのわからん奴だ、とボヤキ、残骸回収に戻った。


― なに、怒ってんだ? イーサーの奴。


 イーサーの珍しく見せた怒りにエンジュは戸惑った。


― 喰われても、怒らなかったのになあ。


 作業中、エンジュは考えた。


― ひょっとして、俺の相手は嫌だった? ずっと我慢していたのか?


 まさかそんな事は無いだろう、とエンジュはカチカチをカチカチと鳴らした。


『カチカチ、カチカチ、カチッカチ、ッカカカカカチチ』


それでも考え事はまとまらない。


「エンジュちゃん!」


「エンジュ! 」


 イーサーとバニーが叫ぶ。


「お? 今度は、何だ? 」


 顔を上げるエンジュに二人は言った。


「カチカチ、うるさい。アタシその音、大っ嫌い。目覚まし時計みたいで! 」


「ヤル気が無いの? そんなんだからダメ人間って言われるのよ! 」


 ここまで強く言う必要は無かった。ワルぶっているだけで、エンジュのハートは純悪のモノでは無いのだ。


「え? ああ、ゴメン。イヤー、参ったな」


 ハートの凹みが表面化して、エンジュは凹んだ。


「早く終わらしてよ。アタシ、監督役が終わったら食堂に行くの。たらふく食べるのダ」


「私も。本気出したらメチャ、食べるわよ。私」


「へーい。只今、終わらしやス」


― 何だよ、腹減っていただけか。


 先程見せたイーサーの怒りは空腹が原因だとエンジュは判断した。空腹がヒトを荒げる事は事実だ。それは、エンジュも経験があるし、怪物であるイーサーなら、尚の事だろう。


― そんなに腹ペコだったとは。想像もつかんぜ。


 だからといって、腹の虫が治まるわけではない。

基本、ヒトとは自己中心的な考え方をする生物だ。エンジュが、自分だけがこのような処遇を受け、そんな些細な事で八つ当たりまでされる、と不当を想うことは当然だろう。


― 不満、不満だぞ。俺は。


不満満載のエンジュに一つの考えが浮かんだ。


― 脱走。


 不満を抱えた大概のヒトはこの結論に至る。




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