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怪力娘

(2)怪力娘。


「ちょっと、宜しいですか?」


声がした。

次の瞬間、捕食器官が砕けた。液体と固体、様々な組織片が散乱する中に眼鏡を掛けた少女の姿があった。少女の鼻先には小さなチャームが光っている。


「お尋ねしますが」


 現状を気にもせず、眼鏡の少女はエドワードに尋ねた。


「一学年の教室はどう行けばいいでしょうか?」


「え? ナニ?」


 一方、エドワードは現状が理解できていない。


「一学年の教室です。どっちですか?」


「え。あっ、あっち。あっち、あっち」


 混乱しながらも現状を理解し始めたエドワードは、指さしとつぶやきを繰り返した。


「あっちですか。ありがとうございます」


 ぺこり、と頭を下げ少女はエドワードが示した方角へと歩き始めた。エドワードも、あっち、あっちとつぶやきながら、逃げ出した。生存本能に依った行動のため、エドワードには地べたを這っている自覚が無い。


「待ちな」


 エンジュが読んだ。エドワードはピタリと動きを止める。振り返った先はエンジュだが、彼女は無様な格好のエドワードを見てはいなかった。


― いまだ!


今度は自分の意思で、静かに、そして不格好に、エドワードはその場から去った。

 エンジュは逃げるエドワードを無視した。エンジュにとってエドワードはコヤシでしか無かったし、そのコヤシは今となっては不要である。


「眼鏡娘。お前だよ」


 エンジュは苛立っていた。煙草に火を点け、眼鏡の少女を睨む。呼びかけの声に応じて少女は長い黒髪を翻し、振り返った。

少女の身長は高く、小柄なエンジュは見上げる格好になった。


「見た事あるなぁ、お前。同じクラスだったよな」


「え?」


 驚いたように少女は目を細め、エンジュを見た。エンジュはその“睨み”を挑発だと判断する。


「もう少しで、終わったんだぜ」


敵意を感じた相手に対し、エンジュができる応対は一つしかない。


「ついでに言うと、コイツは貴重種なんだ。高いんだゼ」


煙を吐き、エンジュは少女の足元に転がった植物の残骸を示した。


「エンジュさんでしたか」


 眼鏡少女は堪えたような声を出す。


「乱暴な言葉遣いで分かりました。相変わらず、下品ですね」


「やっぱり、喧嘩、売っていんだろ。お前」


「そんなつもりはありません。目が悪くて見えなかったのです。信じてもらえますか?」


「目も悪いが、間も悪いねぇ」


 エンジュは煙草を弾いた。煙草は弧を描き少女の足元に落ちる。


「学園内では喫煙は禁止されています」


 少女は飛んできた煙草を目で追った。落ちた煙草から白い糸のような煙が立ち上っている。


「オカタイですな」


 エンジュは答えた。次いでライターをカチリと鳴らし、喫い終わったばかりなのに煙草に火をつけた。


「吸ったばかりでは?」


 目の前にいる眼鏡娘は、思った事を口にする性格の様だ。


「嫌がらせだよ」


 ふー、とエンジュは大量の煙を眼鏡少女へと吐き出す。


「けほほほほ。げふぉ、カーッツ、ぺ。コン畜生」


「……。 話を戻すけれど、貴重種ていうのは、いわば、絶滅危惧種だぜ。アッサリ粉砕しちゃ、マズい代物なんだよなァ」


 しつこい程に煙を吐き、エンジュは少女を伺った。


「知りませんでした」


 煙に噎せた少女は眼鏡を外し、ハンカチでレンズを拭いた。その後、再び鼻先に乗せると、ブリッジを上げ、位置を整える。最後に、顔に掛かった黒髪を除けた。


「邪魔な雑草だなと思ったので排除しました。本当にごめんなさい。でも」


 少女は編み込んだ黒髪に雑草の組織片が付着している事に気が付く。


「貴重品は学園内に持ち込まぬ事と規則にありますよ。没収されたと思って、諦めてください」


 ぽい、とその組織片を投げ捨て、これにて終了と、少女はエンジュに背を向け歩き出した。


「待ちなよ」


そんな少女をエンジュは再度、呼び止める。


「お前は常識が無いのか?」


「常識?」


振り返り、少女は言った。鼻のチャームが赤く光る。


「ワビの一言で済ますには、ちとマズイ状況だろ? 見てみろよ」


 エンジュは両手を広げ、ジェスチャーで周囲を示した。動きに合わせて咥え煙草の煙が揺れる。そして、エンジュの金髪も揺れてふわり、と広がった。


「何がマズイのですか?」


 とぼけているような少女の態度に、エンジュは苛立つ。


「だから、ヒトサマのモノを粉々にして、『御免なさい』で終わりか? 俺はとーっても可愛がっていたんだぜ。コイツを」


「そうなんだ。ごめんなさい」


 再度、少女は頭を下げた。勿論、エンジュはこれで終わらせるつもりは無い。


「で、補償は? 」


 このような催促をする生物はヤンキイと分類される。奴等にはヒネタ性格が多い。


「ありませんよ。自業自得ですから」


 少女は明確に答える。この対応は良しだ。


「それに、全然、可愛くありませんでした。見た時、エンジュさんも迷惑そうな顔をしていましたよね」


「んな事、ねーよ」


「いいえ。私はしっかりと確認しました。それから、あなたは何度も、ヒトサマのモノを破壊しつくしていますよね。その補償はしています? していませんよね」


「痛いトコ、付くねェ。なんだか、俺が負けたみたいだぜ」


 少女はエンジュの言葉に首を傾げる。


「じゃあ終了ですか?」


「違うに決まっていんだろ」


エンジュは煙草を投げ捨てる。途端に、周囲の枝、棘、蔓が跳ね上がり、少女に向かって急速に伸び始める。


「勝負はな、これからだァ!」


「せのセリフで負けキャラ決定ですよ。エンジュさん」


 少女は唸りを上げる攻撃を迎え撃つ。両足を軽く開き、拳を握った。すう、と、息を止めると、眼鏡の奥にある瞳が猛々しい光を放った。


「しゃらくせェ。ド素人が!」


「素人? 私の事ですか?」


 少女のオトボケも、冷静さもエンジュは気に入らなかった。見縊られているのか、自分の力によっぽど自信があるのか、エンジュには判断が付かない。


― ナンにしても、ムカつく奴だ。


 ヤンキイは素人にこそ、容赦しない。多様な攻撃アイテムを連続に、そして多方向から繰りだす。

喧嘩で手を汚さないのもヤンキイ特有の性質だ。


「おら、避けないと捕まるぜー」


「ふん! 」


 少女は一閃の気合でエンジュの叫びを掻き消した。同時に放たれた拳が眼前に迫っていたぶっとい枝を打ち砕く。一撃で砕かれた枝の破片がエンジュの頬をかすめた。


― !


エンジュは頬に手を当てた。ピリリ、とした痛みが走り、皮膚が裂かれた。そこから僅かだが出血している事を知る。

 指先に付いた血を見て、エンジュの頭に血が上る。


「やるじゃねえか!」


 エンジュは叫んだ。と、同時に至る場所から植物が伸び、眼鏡少女を囲んだ。


「今日はご機嫌だぜ。目一杯、相手してやるからな」


「ふん?」


 少女は鼻息一つであざ笑う。


「やっぱり、お前、ムカつくぜ」


エンジュは多方向からの攻撃を繰り返した。しかも、先程の倍の数である。圧倒的な数はパワーを超える。エンジュの攻撃はパワーに秀でた少女の攻撃力に勝った。

数の多さに少女は防戦に徹した。それでも、捌ききる事が出来ない程の攻撃の量だ。

激しい攻撃の幾つかが少女を直撃する。だが、少女は動じる事無く、身体を打つ棒枝や絡みつく蔓を一つ、一つと打破していった。


― コノヤロ! コノヤロ!


これだけの攻撃に耐えるタフさと、破壊力のある一撃。同じクラスである少女の強さにエンジュはさらに熱くなる。


― この遅刻魔! 死ね、死ね。


少女が遅刻常習犯だったことをエンジュは思い出す。その他に、確か、モヤモヤしている頭から出てこない。


― この……。 そういえば、コイツの名前は何だ?


気を緩めた瞬間、破片が再び頬を掠めた。


「気を抜くとけがしますよ。トウシローさん」


エンジュは少女を見た。ニヤリ、とした少女の視線がエンジュとかち合う。


「余所見をしないで、真面目にヤリましょうよ」


制服が裂け、素肌が露わになっている。つまり、相手は確実に攻撃を受けているのだ。だが、少女に目立ったダメージは無い。


― コイツ相手に正攻法はヌルいか。


未だ物量差で有利な状況ではあるが、このままでいけば、ジリ貧になる可能性は大きい。ここいらで攻撃方法の変換が必要であるとエンジュは判断した。


― んじゃ、必殺技ナンバー13。コイツの出番だ。


 エンジュはポケットを弄り、小瓶を取り出した。蓋を外し、空に撒いた。中身は輝きを放つ『チリ』となって周囲へと広がった。


― 巧く散らばれよ。


『チリ』はエンジュの意思に従い舞い続ける。


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