金言。
(13)金言。
簀巻きにされたエンジュは担架の上から床の上に投げ出された。固い板に身体が叩きつけられ、遠慮のない音と苦痛を感じる。
「痛てーなァ」
ムシロと荒縄を使用した古典的な拘束に、エンジュは途方も無く惨めだった。
― 罪人感が半端ない。
両手も後手に縛られており、動かす事は当然不可能。しかも、床の硬さと冷たさを、ムシロは正直に伝えてくれる。
― 牢獄感も半端ないなァ。
簀巻きにされて、独り冷たい牢獄の中である。この状況は万人に耐えがたい現状である。
「全く、今日は、なんて日だ! 」
エンジュを拉致した集団は既にいなくなっていたので、言葉は虚しすぎる独り言としてエンジュ自身に戻って来る。
「イテテテ。真面目にお腹が痛くなってきたよ」
己で冷やしてしまった空間の空気が、エンジュの露出された腹部を蝕んでいく。
ぐるぐるぐるぎゅーる。
腹部に不安が忍び寄る。
― やべー。早く何とかせんと! 汚名はともかく汚物はイカン!
エンジュに忍び寄る不安。さらに足音が忍び寄る。エンジュはその正体を知ろうとするが、拘束がきつく、体を動かす事が出来なかった。
「嫌な予感だ」
繊維の隙間から見える世界は狭い。だが、不穏な未来を予測するには十分に情報を提供してくれる。エンジュは呟き、顔を顰めた。
「エンジュ・バルボッサ。おこんばんは」
「あー。メゴか。やっぱりゴブリンズの仕業か」
「そやで。Zの命令や」
雌ゴブリン・Yはゴブリンズの一員だ。
「エンジュはん。なんで拉致されたかわかるかぁ? 」
雌ゴブリン・Yは感情の富んだ性格だった。
「今朝の女の件なら謝る。ありゃ、事故だよ。暗黒が惚れた女を病院送りにしたのは事故だ。それに、消化未遂で済んだだろ」
「偶然だったのは本当やろなぁ。けんど、完全消化ならZ兄いも諦めが付いたろうに、未遂やからなぁ。むしろ兄いは怒り心頭や」
彼女は肩に掛けたモーニングスターを下ろす。重い振動と鎖が発する『チャラリ』とした音がエンジュに届いた。
鉄球に腰掛け、雌ゴブリンがエンジュの顔を覗き込む。
「ヒトの恋路を邪魔した報いは受けなきゃあかん」
「『恋路の報い』か、それは八つ当たりでも胸に突き刺さる言葉だな」
随分と嬉しそうだ、とエンジュは思った。そして、顔のパーツを震わせて、藁の隙間を広げる。その結果、エンジュは雌ゴブリン・Yの褐色の肌を見る事が出来た。筋肉隆々の立派な筋肉娘である。
「おい、雌マッチョ。俺はこれからどうなる?」
「予想通りや。覚悟しときな、メチャ酷い事されるわな」
拉致ではじまり、途中経過を経て、結末へ至る訳だが、その結末は大抵の場合、決まっている
「そりゃ、嫌だ。勘弁してくれ」
エンジュは奉行所で裁かれる罪人の気持ちで頼んでみた。
「ダメや。一つでも前例があると信用が揺らいでしまう」
「信用? ああ、メゴ。お前、暗黒Zに信用されていないんだな」
「阿保言うな。ゴブリンズの結束は絶対やで。アタシ等の事じゃ無い」
「あ? 」
エンジュは雌ゴブリンの言葉に第三者の存在を感じた。
「メゴ。俺は暗黒Zの無駄な恋路を邪魔して捕まったんだよな」
「そやで」
「なら、もう一人の悪党は何処だ」
「悪党? 誰の事や? 」
「イーサーだよ。さっきまで俺と一緒にいただろ」
エンジュとイーサーの隙をつき、ゴブリンズが跳びかかって来たのは先程の事だ。あっという間に、エンジュは縛られ、イーサーは袋に詰められた。
「ヨシア・フォン・イーサーは『強』が相手しとるわ」
「何処だ? 」
「教える訳、無いやろ」
「無事か? 」
「知らん。『強』が相手をしている筈や」
― 強ゴブリン・Rか。奴はフェミニストだから乱暴はしないな。
エンジュは強ゴブリン・Rを思い浮かべる。イケメンゴブリンのトンファー使いだ。
― 俺が向こうだったら良かったぜ。
仏様は言った。(ような気がする)『自分に正直でありなさい』
ある哲学者は言った。(これは間違いが無い)『いかなる時代も異性に求めるのは、まず容姿である』
ともに金言だ。