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ヒトの迷惑。

(1)ヒトの迷惑。


「今日こそ地獄行だぜ! イーサー」


「エンジュちゃんじゃ、無理」


「ケッ、言ってくれるねえ」


 エンジュの念に合わせて、校舎の壁、校庭、至る所から樹木が伸びた。イーサー目掛けて太く、こん棒の様な枝が唸り、鋭い棘が鞭のようにしなる。

 イーサーは身を屈め、それらを避けた。だが、次の瞬間、驚きの声を上げる。


「あ。やば」


イーサーの右足は蔓に巻かれていた。


「捕まえたぜ」


「うー。後ろからなんて、ずるい」


イーサーの不満にエンジュはニタニタ笑いを返す。


「泣け! 喚け! この阿保! 」


 エンジュはさらに蔓を伸ばす。そして、左足から両腕へとイーサーの四肢に蔓を巻き付け、身体の自由を奪った。


「念の為だ」


エンジュはイーサーの全身を更に締めあげる。そして、イーサーをミノムシ状態にして宙にぶら下げた。


「よー。感想はどうだい?」


 エンジュは目線を上げ、宙に浮かぶイーサーに尋ねた。逆吊りされ、長い髪をたらしたイーサーが答えた。


「ちょっぴり痛いのかも。それでサ、これで終わりなのかなあ?」


「まだ。とっておきが有るぜ」


 エンジュは金髪を掻き上げる。その際、額にある印がちらりと覗いた。


「今回は驚きの必殺技だ!」


「わー楽しみ」


天地がひっくり返った身体に、食い込む蔓の強さがイーサーの顔を歪めている。それでも、その瞳に敗北の色は微塵も無い。


「で、その必殺技も痛いの? アタシ、痛いの嫌だな」


「残念」


 わざとらしくエンジュは指を鳴らした。


「リクエストしてくれれば、用意したのになァ。ホントに残念」


「という事は、痛いんだ?」


「痛いんじゃねェ? 試した事は無いけれど」


「うー」


「ま。どのくらい痛いか教えてくれよ。今後の参考にするから」


「うー。エンジュちゃんはロクな性格じゃないね」


「そんな事、自覚しているさ」


「でも」


 イーサーは逆吊りのままでへらへらと笑った。


「そんなエンジュちゃんが結構、好き」


「サンキュー。だったら、早く死んで」


「無理だと思うよ。アタシ、滅多な事では死ななかったもん。で、まだかな? その必殺技って」


「待て。しばし前準備があるのさ」


 ごそごそとエンジュはポケットを弄った。


「早くしてね。でないと、アタシ、ココから逃げちゃうよ」

 

プルンと、イーサーの顔がとろけた。丸型だった顔が、重力に従うまま水滴型に変形していく。


「もちっと、待て。ああ、コレだ」


イーサーは特殊な身体を持つ。目立った特徴は変形能力と非常に高い再生能力である。自分の意思で身体を変化させることが出来るイーサーには打撃、斬撃は効果が無い。切傷、破傷、などの創傷は細胞同士が自ら結合し、再生してしまうからだ。そして、その限界は本人ですら当然、分からない。


「で、まず、こうすんだ」


 エンジュが言い終わると同時に太い枝が唸り、イーサーの頭を砕いた。

 ぶ、と音を立ててイーサーの頭は破片となり、周囲に散らばる。長い水色の髪も風に舞いながら飛散していった。

 エンジュはミノムシ状態の蔓を緩めた。途端、頭部を失った身体は重力に従い落下し、ビタリ、と音を立て地面に貼り付いた。


「ここまではいつもと、同じ」


 エンジュは足元に跳ねた、肉片の一つを踏みつける。


「ここからが、とっておきの必殺技」


 踏みつけた肉片を蹴飛ばし、エンジュは指に挟んだモノをかざす。


「初めて、使うなァ。コイツ」


 エンジュは念を込め、その一粒を地面に差し込んだ。


「爆発的な成長速度と凶暴性。なおかつ、結構広い行動範囲」


 ぶつぶつ、エンジュは呟いた。


「何よりも、底抜けな食い意地に注意か。食いしん坊は厄介なんだよねェ」


 すぅっと息を吐き、目を閉じてエンジュは念を唱える。


「プサル プサル トゥンブハヌ」


地表がポコリ、と膨らんだ。エンジュの足元に小さな芽が現れた。


― お! 早えな。


エンジュはすすす、と移動する。その数秒の間に、芽は爆発的に成長し、大型の捕食型植物へと変わった。


「おいおい。中々、凄味がある奴だな」


 エンジュは涎を垂らすその植物を眺めた。


「コイツ、ちゃんと操れっかナ」


 エンジュは念を送ってみる。植物はエンジュの念に反応し、地面に捕食器官を横たえた。エンジュは植物を操る力を有しているのだ。


「OK。感度は良好だぜ。でも、腹ペコBABYが泣き出す前に、ミルクをやらんといかんぜナ」


 エンジュは粉砕されたイーサーの身体を見た。


「で、ここからがイーサーの出番だ」

 

既に、散らばった肉片はもぞもぞと動き始めている。小さな肉片は互いにくっつき、より大きな肉片と変わっていった。


「おうおう、あっちも相変わらず早いぜ」


 エンジュは煙草を取り出し、火を点ける。その間にもイーサーの胴体部はスライム状に変化し、粘性のある広がりを見せながら、散った肉小片と合体を繰り返していた。


「んじゃ、鮮度がイイ部位を頂戴しますかネ」


 エンジュが指を鳴らした。その合図で捕食器官が起き上がる。消化液を垂らしながらイーサーの胴体部へ伸び、それを救い上げた。


「アバヨ。イーサー」


 ポリバケツのような捕食器官が蓋を閉じた。途端に、イーサー肉体はその中へと消える。ふー、と煙を吐きながらエンジュはイーサーの消えた捕食器官を見つめた。


― あっけ、ネエ。


 飲み込まれたイーサーからは何のアクションも無かった。この攻撃はイーサーにとっても効果的だったようだ。


― 流動食は消化も良いからな。


 そうだそうだ、と同意する様に植物が身を揺らした。勿論、同意の意味では無い。この未だ満腹では無い仕草にエンジュは多少、焦る。


「おう。ちょっと待て」


― これっぽっちで満足する筈は無いよな。大食いだもの。

 

エンジュは早急に植物の空腹を満たす必要が有った。暴走は御免だ。


「んじゃ、もう一発は」


 エンジュは辺りを伺った。二人の喧嘩を見守り、ヤジを飛ばしていた周囲の生徒が一斉に息を呑み、身を強張らせる。


「お前だ! 」

 

蔓が伸び、一人の女子生徒を捕まえた。捕まった女子生徒は悲鳴を上げながら、捕食器官の中へと投げ込まれた。


「もう少し、喰わせておくかナ。で、お次は……。 お前!」


 エンジュは火のついた煙草を向ける。立ち上る煙の先に、固まる男子生徒の姿が有った。


「嘘だろ? 」


 男子生徒は自分を示す煙草を凝視する。


「俺はエドワード・ルイス・Jrだぜ」


 蒼ざめ、震えながらエドワードは叫んだ。


「知っているだろう? なあ? 俺はルイス家嫡男のエドワード・ジュニアだぜ!」


 震えながら絞り出された言葉を、エンジュは冷笑で撥ね除ける。


「関係ないね」


 エンジュは冷ややかな口調で答えた。


「誰だろうと関係ない。さっさと肥やしになれ」


「待て! 待ってくれ」

 

エドワードは涙目で訴える。


「何でもするぅ。金も払う。だから、助けてくれよ」


「うぜーなァ」


 エンジュは煙草を咥えた。そして、金髪のボブヘアがぐちゃぐちゃになるまで頭を掻く。


「アンタの言いたい事は分かった。見返りの大金も十分理解した。で、もういいダロ。じゃあ、お別れだ。アバヨ」


「全然、分かっていねーじゃん!」


「急がねーと、こっちもヤバいんだよ」


 エンジュは召喚したモンスターを指さす。

 この間、植物は不格好に膨らんだ捕食器官を地面に垂らし、次の食事を急かすように揺すった。


「な。判るだろ」


 エンジュの親指は揺れる捕食器官と同調して動いている。


「BABYが泣き出す前に喰われてくれ」


「オイ! 止めろ! 誰か! 助けてくれー! パパ! ママ! 怖いよう! 」


「ご自慢のパパは此処には居ないぜ。ママも来ないなァ」


エンジュは煙草を弾き、片頬を上げた。


「ご両親にとって、アンタはその程度の存在なのさ」


 待ちきれないと、エドワードに向けて捕食器官が伸びた。未消化な獲物の所為で、身体は不格好に膨らみ、動きも鈍い。


「わ、わ、わー」


ずるずると地面を這いながら近づくグロテスクな怪物を前に、エドワードの表情は硬直した。踏ん張りが利かなくなった足腰はカクカク、と笑い、エドワードはその場に座り込む。


「お、俺、わ。たたたたたた」


意味不明の言葉だけが、止むことの無い叫びとなってエドワードの口から出た。


「たたたたたたたた」


 のそり、と捕食器官がエドワードの達した。閉じられた蓋の隙間から消化液が溢れ、数滴がエドワードの身体に滴り落ちる。


「キィー」


緊張の糸がブチ切れたエドワードは、ヒステリックな叫びを上げた。そして、狂ったように手を動かし、垂れた消化液を振り払おうとする。だが、消化液は垂れ続け、エドワードの制服に涎染みを広げていった。

は、とエドワードは顔を上げた。丁度、エドワードの正面に捕食器官が有った。目の前でゆっくりと蓋が開き始める。

バッ、と途端に中から突き出たモノがある。モノは数度、空を切り、やがて力なく捕食器官の縁へ垂れさがる。


「う、じゃじゃー」


目の前に突然突き出されたモノの正体を知り、エドワードは絶叫する。

エドワードが見たモノは腕だった。

開いた消化器官から抜け出ようと女生徒が溶けかかった腕を伸ばしているのだ。エドワードの絶叫に反応したのだろう、腕が助けを求めて伸びた。

目を背ける事の出来ないエドワードの視線の先に女生徒の顔が有った。目が女生徒のそれと交わる。


「あう、ううあ」


 女生徒が口を開いた。何かが潜んでいるような暗い穴底、そんな黒点がエドワードの目に映る。


「パッパァ、ママンァ」


招き、拒絶、救い、助け、穴底からの叫びはエドワードに恐怖を伝えた。


「うああああああ」


毛を逆立てたエドワードは目を剥き、絶叫する。


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