彼女の名前
彼女の名前は、木下咲。
今年大学に受かって、地方からこっちに来たという。
「ところで桜井君は彼女いるの?」
「?!」
僕はアイスココアを吹き出しそうになった。
「だって桜井君、かっこいいじゃない。きっといるんだろうなぁって」
「いやいや、いないよ。かっこいいなんて、ほんと初めて言われた」
女性と面と向かって話をすることも、ましてや喫茶店でお茶するなんて僕には初めてのことだった。
「そうなの?人は見かけによらないってことかな。あ、ねぇ!もう一つお願いがあるの!
私とお友だちになってもらえませんか?」
「友だち?」
「私こっちに出てきて、この辺のことあまり詳しくないから教えてほしいなって…無理ならいいんですけど」
人と向き合えずにいた僕には大チャンスだった。
「いや!いいよ。友だちになろう!」
そういって些細な世間話をして、彼女はお目当てのクリームソーダーを飲み干し
すぐに別れた。
一応、アドレスを交換したけれど、小心者の僕は連絡が取れない。
どう言葉を伝えたらいいのか、自意識過剰に思われないかと考えすぎて
ふとこんなにも些細なことで悩んだことが急におかしくなって笑いがこぼれた。
彼女のおかげでたわいのない日が少し楽しかった。
ただクリームソーダを飲みたくて、僕を必要としてくれた。
きっと誰でもよかったかもしれない。
それでも誰かが喜んでくれて、ありがとうと言ってくれたことが嬉しかった。