一泡
いつもの本屋で背後から声がした。
「君は、寂しがり屋?」
ふと後ろを振り返った。
しかし誰もいない。
自分宛ではなく誰かのおしゃべりか、電話の一言が僕に告げたと思った。
今思えば僕に言われている訳でもないから、何も気にすることはないのに…。
あの時の僕は、何故か自分のことを言われているように思った。
だから忘れることができなかった。
本屋では何も買わずに見慣れたアパートの一室へ戻る。
日々、その繰り返し。
ベットに背中から倒れこみ手のひらを天井に向ける。
自分はいったい何が欲しいんだろうか。
何も掴むことのない手が空を切る。
大学の卒業式に出席して、僕の学生生活が終わりを迎える。
文学部にいたけれど、ただなんとなく本が好きで入学し、ただなんとなく授業を受けて卒業する。
友達もできず無駄な4年間を過ごしてしまった。
きっと僕は一人になりたくないけれど、人の輪に入れない小心者の寂しがり屋なんだろうと結論がついた。
僕は大学に入ってから本屋へ行くことが多かった。
なんだか安心する心地よさが満ちていたから。
これから大学へほとんどいかないので僕は時間があれば本屋にいた。
昨日もそうだった。そして今日も…。
「君、ほんとに寂しがり屋なんだね」
昨日の声がまた聞こえた。
確かこのあたりに探していた本があるはずと、僕は特に気にせずに本棚を見ていた。
すると背後から右肩をたたかれた。
振り向くと帽子をかぶった女性が立っていた。
僕の肩と同じくらいの女性は、帽子を深く被っているので口元しか見えないが少し笑っているように見えた。
「あ、すみません」
沈黙が苦手でとっさに出た言葉だった。
「君って面白いね」
「?」
意外な言葉を返されて思考が一時停止した。
「ねぇ、お願いがあるの。」
「えっ?」
優しくいうと女性は顔を上げた。
目が合うととても綺麗な顔立ちをしていた。モデルだろうか。
「お願いって何ですか?」
何か困ったことがあるのだろうか?
人の役に立てるならと返事を待っていた。
「ありがとう!実はね…」