第8話 勇者襲来
この二週間後に、事件は起きた。
この日も、俺はいつものようにセリ先生と訓練をしていた。そこへ
「大変だ!」
そんな大声が突然響いた。見ると、額から角を生やした魔人が声の主だった。
「人間が攻めてきた!子供が何人かやられた!急げ!今回は強いぞ!」
その言葉に、セリ先生が表情を変えた。
「場所は!?」
「南入り口だ!」
そう聞くや否や、セリ先生率いる魔人たちは猛スピードで駆け出した。
「攻めてきたんだ」
『そのようですね』
俺の顔の横で青い光が瞬く。
「行ってみるか」
しかしこれは、助けようという思いからではなく、単純に興味からであった。
敵は十人だった。うち九人は白いローブのようなものを着ており、まるで神官のようである。
もう一人は全身甲冑姿で、大きな両手剣を携えて、人型のセリ先生と戦闘をしていた。というかこの戦闘、何が起きてるか全くわからない。
神官らは一対一で魔人が相手をしており、魔獣はこの場にいない。
俺は全身甲冑の奴に『能力看破』を使った。
名前::ミネルヴァ
年齢::17歳
種属::人類
職業::勇者Lv10
剣士Lv10
数値::体力 118/199(+120)
攻力 235(+124)
守力 199(+120)
魔力 163(+116)
速度 235(+124)
SP 8
勇者、ね。これセリ先生の勝利だろ。
「これなら問題なさそうだな」
『え、あの、ご主人様?』
エノンが戸惑いの声を上げた。
「あの勇者、セリ先生の一割ぐらいの能力だから、負けるってことはないだろ」
そう俺は高を括っていた。
能力の差なんて容易く、技能は覆せるって知っていたはずなのに。
そしてその瞬間が訪れた。
勇者の持つ剣が一瞬輝いたと思った直後、
セリ先生の右腕が、肩から吹き飛んでいた。
――ぇ?
何が起きたのか、俺にはわからなかった。
いや、だって、セリ先生が負けるわけ――負ける?誰が?誰に?
俺は混乱していた。
だってさ、負けるわけないじゃん。
セリ先生だよ?あのセリ先せ――あのって何だ?何で負けるわけないんだ?
だって、死ぬわけ――死ぬ?死ぬって何だ?
ここは異世界だぞ?何で死が遠いものと勘違いしてた?
瞬間冷たいものが体中を走った。
そうだ、ここは異世界だ。日本じゃない。地球じゃない。
死が隣り合わせの世界だ。まして俺は魔物側にいる。
ずっと俺は何をしてた?ゲームでもしてたのか?自分だけを強くして?
自分の、大切な家族を放っておいて!?
『ご主人様!』
その瞬間、エノンの声が入った。
『ボーっとしてる場合じゃありません!早くしないと全滅しますよ!?』
気が付くと、勇者は他の魔人に斬りかかろうとしているところだった。
「!?」
俺は木の棒を腰から引き抜いて勇者に殴りかかった。
「詠唱――」
ミネルヴァは一息をついていた。
一番厄介と言われていた個体『白姫』を処理できたからだ。
魔物化してくれればもっと簡単だったが、残念ながら上手くいかなかった。
勇者が派遣されるのは今回が初めてだが、こうも早く対処できるならもっと早くてもよかった。
まあいい、あと残り九匹の魔人を片付ければ残っているのは魔獣と戦えない魔王のみ。
そう思い、手に持つ聖剣に魔力を通わせ、技能を発動しようとする。
「Ou=αταγκ『Θα、μμ、Εχ――」
その時だった。
横腹に衝撃を受けて、身体を突然吹き飛ばされた。身体は樹にぶつかって止まる。
「何だ……!?」
突然のことに驚いて周囲を見渡すミネルヴァは自分に近づく、異様な雰囲気の人影を見つけ、動揺した。
それはまだ幼い子ども、黒髪の子どもだった。
「忌み子……?」
思わず口から言葉が出る。
魔人でも、黒い髪をしているものはいない。すなわち黒い髪をしているのは必然的に忌み子、人間なのだ。
ミネルヴァはそこまで考えて、二つの理由から衝撃を受けた。
一つは人間が魔物の味方をして、人間の守護者、勇者である自分に歯向かったこと。
もう一つは、自分よりもはるかに幼い子どもが、自分を吹き飛ばしたこと。
その衝撃で動けない内に、忌み子が自分の目の前に立った。木の棒を握っていた。
その忌み子は、地面に座り込む自分を見下ろす。屈辱を感じた。
だがそれも、次に発せられた言葉によって驚愕に変わる。
「Ou=μλγλσ σξλ『ΞσγτΦηβν。ΗγτρΣορμ、ΘμμδΧδεα。Σαγρ――」
(詠唱が速い!?)
技能の発動に使われる詠唱、その言葉は複雑怪奇で文字の形と読みしか残されていない。その文字で構成される言葉の意味など片手で収まる程しか判明していない。
当然、詠唱は速さより正確さを求められるため、ゆっくりと唱えるのが普通だ。
なのにこの忌み子はスラスラと言葉を紡ぐ。そんなことができるのは、伝説の英雄ぐらいのものなのに。
しかも
「ッ!?」
ミネルヴァは体を弾くように転がると、忌み子の振るう棒が空を薙いだ。口は止めずに。
詠唱中に攻撃をする。それは詠唱を妨害する行為だ。集中力が途切れて詠唱が上手くいかなくなるのが常識だった。
目の前の存在は一体何なんだ。ミネルヴァは自分の目を疑った。
目の前の勇者も回りの神官も魔人も、何故か攻撃する手を休めて俺を見ているがそんなこと知ったことではない。
一刻も早く、こいつらを片付けなければならないのだ。
「詠唱 土よ『我らが神域に何用か。この大地は絶対不可侵、穢人許さぬ女神の領土。我は番人、何人通さぬ絶対の守護者。知らぬ者は立ち去れよ、求める者はここで終よ。ここは女神の地、人の身には過ぎたる財宝。穢人よ、消え失せよ。大地は最高にして最硬の獄、穢れを落とす最巧の試練。我は番人、穢人よ、這い出た先で、また会おう奈落』!」
その途端、大地が揺れた。激しい揺れで、勇者と神官は地に膝をつく。
「そのまま地に眠れ」
次の瞬間には、勇者と九人の神官は地中へと消えていた。
前世でこんな映像を見たことがある。
砂の上に乗せた鉄球が、一瞬でピンポン玉になる映像だ。
これは砂の下から空気を送り込んでいるのだが、それによって砂が水と同じ状態になり、重い鉄球が沈み軽いピンポン玉が浮かんでくるのだ。
これを利用したのが『奈落』だ。
『奈落』(SP1000)
土属性魔法。地面を振動させて土を砂にし、対象を飲み込む。消費魔力は効果範囲に比例。
消費魔力は範囲に比例。300~
対象はそのまま地中で窒息死。ご愁傷様である。魔力を500使って深くまで砂にしてたから、上がってくるのも無理だろう。ただ『一番目』って何だろう?
俺は回れ右をしてセリ先生に駆け寄った。
名前::セリ(ネームド)
年齢::62歳
種属::蛇魔族
職業::魔人Lv14
数値::体力 1833/9488(+7875)
攻力 9488(+7875)
守力 9488(+7875)
魔力 9488(+7875)
速度 9488(+7875)
SP 13
「ヤバいな、ドンドン減ってる。まずは止血、もとい減りを止めないと――詠唱『お勤めご苦労、これは褒美だ『技能譲渡」
俺は『自動体力回復』をセリ先生に『譲渡』した。それだけで俺の体力が削られる。
「クソッ、忌み子ってこういう時厄介だな……エノン、計算頼めるか?」
『お任せください!ですが三十秒もたずにセリ様の体力は0になります!ご主人様の自動回復五個で何とか持ち返せますが……』
「そっか……なら俺も腹括るか」
俺には迷いはなかった。
『あの、ご主人様?』
俺の声音に不安を感じたのか、エノンが恐る恐る尋ねた。
「ありがとうエノン、何か俺みたいなやつの相手をしてもらって悪かったな。お陰で充実してたよ」
『ご主人様、何を――』
「なあに、念の為、な――詠唱『火を燃やそう、水を流そう、風を吹かそう、土を創ろう。万象は我が手中にあり。技能生成』」
『ご主人様!?』
エノンの叫び、周りの視線を無視して俺は『自動体力回復』を生成した。
「――『技能譲渡』、――『技能生成』、――『技能譲――カハ――ァ」
口から血が出た。体中が痛い。体力が減るってこんなに辛いんだ――いや、0だからか?
「『技能譲渡』、『技能生成』――」
『ご主人様、お止めください!それ以上はもちません!』
それでも俺は続けた。途中つっかえながらも続けた。
「『技能、譲、渡』――これで、五個、か?」
一応数えていた、が自信がないので『技能看破』も使う。
年齢::62歳
種属::蛇魔族
職業::魔人Lv14
数値::体力 833/9488(+7875)
攻力 9488(+7875)
守力 9488(+7875)
魔力 9488(+7875)
速度 9488(+7875)
SP 13
技能::『自動体力回復』(SP1100)X6
〈アクティ――
ああ、数え間違ってたか。俺の役目は終わりだな。独りよがりの罪滅ぼしだけど、これで――
意識を失う直前、俺の背後で爆音がした、気がした。