表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

星屑の童話たち

剣士ダレンと北の森の魔女

作者: 鈴木りん

星屑による、星屑のような童話。よろしければ、お読みいただけるとうれしいです。

なろう「冬童話2017」参加作品です。

 昔々、あるところにひとりの王様と、春夏秋冬、それぞれの季節をつかさどる四人の女王様が暮らす、王国がありました。

 王様は、太陽と月をつかさどって、一日を動かします。

 四人の女王は、決められた期間、交替で塔に住むことになっておりました。そうすることで、王国にその女王様の季節が訪れるのです。

 そうやって、その国ではいくつもの季節といくつもの年月が、過ぎ去っていきました。


 ところが――

 あるとき、いつまでたっても冬が終わらなくなりました。

 冬の女王が塔から降りてこないのです。

 王様は、塔にいる冬の女王に、塔から降りるように手紙を出しました。しかし、返事は返ってきませんでした。

 確かに、今年の冬はいつもに比べてかなり温かい冬でした。

 けれど、やはり冬は冬。少ないとはいえ、辺りは一面雪に覆われ、このままでは国民が蓄えている食べ物も尽きてしまいます。


 困った王様は、ついにお触れを出しました。

『冬の女王と春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう』

 お触れから、何日も待った王様でしたが、我こそは、という者がなかなか現れません。


 この国に勇気ある者は誰もいないのか――


 王様があきらめかけた、そのときでした。ついに、ひとりの若者が現れたのです。

 名は、ダレン。辛い修業を終えたばかりの、細身で長身の剣士でした。

 腰につけた大きなつるぎとともにやって来た王様の玉座の前で、輝く様な金色の髪をなびかせながら、片膝を付いたダレンがいいました。


「王様。まだまだ未熟な私ではありますが、必ずや春の女王を塔に昇らせてみせます」


 それを聞いた王様は、その力強く頼もしい声に大そう喜びました。そして、王家に伝わるという魔法の剣を、ダレンに与えたのでした。


 恭しく王より剣を受けとると、ダレンは腰につけていた剣を王家の剣に替えて腰に着けました。


「ダレンよ。その剣は、使う者に勇気を与え魔を薙ぎ払うという、古来より王家に伝わる伝説の剣である。きっと、そなたの強い味方となること間違いなし。是非とも、この国の未来を救ってくれ――頼むぞ!」

「ははっ」


 ダレンは、細く凛々しい眉をきりりとあげて敬礼すると、冬の女王が降りて来ないという塔へ向かったのでした。



  ★



 どんよりとした怪しい雲行きの中、ダレンが塔にたどり着きます。

 さすが、この国の季節を司る女王様がおわします、塔。今までダレンが見たことのある建物の中で、一番高く、一番威厳がありました。


 寒さでかじかんだ手で、塔の入り口の扉に触れようとした、そのときです。

 ダレンは、その扉に、まがまがしい強力な魔法がかかっていることに気づきました。


つるぎよ、我に力を!」


 ダレンが鞘から抜いた剣を高く宙に振り上げると、剣はまばゆい光に包まれました。

 すると、扉にかかっていた呪いの魔法が炙り出されるように放たれ、呪いの正体らしき魔物が、剣の光に照らされてできた暗黒の影を伴って姿を現したのです。


「何人も、ここは通さぬ……」


 まるで、巨大な蝙蝠こうもりような魔物でした。

 地面の底から噴き出したかのような低い声で周りの空気を揺らしながら、その闇色の手を延ばし、ダレンに襲いかかります。

 と、金色の閃光を放った剣が、ダレンの素早い動きに合わせ、縦横無尽に宙を舞いました。

 一瞬にして光の剣に切り刻まれた、闇の魔物。

 がはり、と断末魔の声をあげ、何処かへと消え去ったのでした。


 王家の剣と修行の末に得た技で闇の化け物を倒したダレンが、ふう、と息をはき出し、剣を鞘に納めました。

 そして、塔を昇りはじめます。


「おかしいぞ、魔物は倒したはずなのに」


 塔に昇れば昇るほど、重くなるダレンの足どり。

 それは、決して疲れによるものではありませんでした。女王のおわす塔の頂上に近づけば近づくほど、またも強力な魔力を感じるのです。どうやら、その魔力によりどんどんと力を奪われているようなのでした。


 ようやく頂上の女王の間にたどり着いたダレンは、すでに立っているのが、やっと。

 剣を杖代わりにして広間をぐるりと見回してみたものの、ダレンの目に、女王の姿が映りません。

 と、奥の部屋から聴こえる、冬の女王が発しているらしき、か細い声。

 ダレンは意を決して、足を引き摺るようにして、奥へと進みました。


 そこは、女王の寝室でした。

 見ると、ベッドの上に苦しそうな呻き声尾をあげて横たわる、美しい女性の姿がありました。病気なのでしょうか、だいぶ痩せている様子です。


「冬の女王様! 一体、どうされたのです」


 ダレンは、そう叫ぶと、女王様のお近くへと駈け寄りました。

 女王様のお体からは、ものすごく強い魔法の力を感じます。


「おお、若き剣士さま。どうか、御救い下さい。森の魔女に、呪いをかけられてしまったのです」


 青白い顔で横たわる冬の女王が、力を振り絞るようにして、話し出しました。

 ――ある日突然この塔にやって来た森の魔女が、いきなり女王に魔法で呪いをかけ、ベッドに釘付けにしてしまっこと、そしてそのとき、召し使いなどほかの人間を地下の部屋に閉じ込めてしまったこと――


「森の魔女の呪いとは……。しかし、ご安心ください。必ずや、この剣士ダレンが、お救いいたします」


 とは言ってみたものの、こうしている間にも、ダレンの体からみるみると力が奪われていきます。

 最後の力を振り絞り、王家の剣とともに戦えば、この呪いを解くこともできます。

 しかし、そんな強力な力で強引に呪いを解けば、女王様の大切なお体に危険が及ぶこともないことではありません。


「……女王様、申し訳ありません。この呪いは、今すぐに解くことはできないようです。森の魔女の所へ行き、この王家の剣で倒してまいります。そうすれば、呪いは解けましょう」

「そうですか。頼みます……ダレン殿」


 ダレンは、やせ細った女王の手を握って、精一杯の笑顔で勝利を誓いました。

 それから地下に閉じ込められた召使たちを開放すると、すぐに森の魔女が住むという北の森に向かって、歩き出しました。



  ★★



 女王様の塔を出てから、雪道をざくざくと歩いて三日。

 ダレンは、この国の北のはずれにある大きな森の入り口に、たどり着きました。


 なにせ、強力な魔法を使う魔女が住んでいるのです。

 周りを窺いながら慎重に森の奥へと進むダレンに、時折、魔法で操られている森の木々や長いツルの植物や牙を持った動物たち、そして最後は獰猛なクマまでもが襲い掛かってきました。

 その度に、ダレンは王家の剣の力で動物や植物たちにかかった魔法を解きました。


 そうしている間にも陽は沈み、また陽が昇りました。

 と、そんなときです。

 ダレンの目の前に、蔦に絡まる石でできたお屋敷が現れたのでした。

 その館から吹き出すようなまがまがしい魔力は、女王様の塔で感じたあの魔法の雰囲気とそっくりです。

 ダレンは、この館に目指す魔女が住んでいることを、確信しました。


 剣を抜き、目の前の両開きの大きな扉に手を掛けた、ダレン。

 そこにも魔法が掛けられていると思っていたダレンは、扉がいともあっさりと開いたことに、拍子抜けしました。

 ですが、それはほんの一瞬のこと。

 ダレンの顔つきが、再び、ぴりりと厳しくなりました。


 けれど、歩みを止めるわけにはいきません。

 ダレンは、館のあちこちに目を配りながら、一歩前に足を出しました。

 と、館にダレンが足を踏み入れた、そのとき。

 館の中の、家具という家具、道具という道具――部屋の中のすべての物が、ダレンに向かって襲いかかってきたのです。


「さすが、すごい魔力だ」


 ごうごうと嵐が吹き荒れるような音とともにダレンに次々と襲いかかる、家財道具たち。タンスに机に額縁、花瓶や蝋燭の燭台までもが、ダレンの敵です。


つるぎよ、我に力を!」


 王家の剣は周りの空気を震わせながら、夜に瞬く隕石の如く、白く輝きました。

 ダレンの剣技に応えるように、襲いかかる魔物と化した家具たちを、次々と切り捨てていきます。


 長い時間がかかりましたが、やがて魔女の攻撃が止むと、館はしん、と静まり返りました。

 いつしか、館の外は夕闇に包まれています。

 不気味な暗闇の中、剣だけが光を放ち、その光で辺りを照らしていました。

 はあはあと息のあがるダレンの声だけが、辺りに響きます。


 と、急にダレンの前に、ほの暗い明かりが浮かび上がりました。

 そこに姿を見せたのは、悪魔のように目を吊り上がらせた、魔女でした。


「少しはやるようだね。でも……ここまでだ」


 そう言った魔女の姿がむくむくと大きくなり、羽の生えた竜――翼竜よくりゅうへと変わりました。まるで、体が押しつぶされるような空気の力に、怖気づきそうになったダレンでしたが、勇気を振り絞って剣を翼竜に向かってかざします。


「王家の伝説のつるぎよ、我とともに戦いたまえ!」


 すると、ダレンの気持ちを鼓舞するかのように、剣は噴火した火山から流れ出るマグマのように、真っ赤に光りだしました。やがてその光は束となってダレンの体を取り巻き、魔女の翼竜に並ぶほどの大きさの巨大な鳥――火の鳥へと変わったのです。


 ダレンが剣を縦に振ると、火の鳥は、耳をつんざくばかりの雄叫びをあげました。

 翼竜もそれに答えて雄叫びをあげ、火の鳥へと襲いかかってきました。

 暗闇の森の夜空に流れた、赤き流星。

 そんな素早い動きで黒き闇をその体の中に取り込み、赤き光は、闇を打ち消していきます。


 こうして、勝負はつきました。

 闇は、光に敗れ去ったのです。


 先ほどまでの戦いが嘘のように思えるほど静まり返った中で、剣の放つ光を頼りに、ダレンが館の中を見渡します。

 そこには翼竜の姿はもはやなく、粗末な魔法使いのローブに身を包んだひとりの魔女が、ただ、広間の床に倒れているだけでした。


「この国の未来のためだ。許せ」


 ダレンは、王家の剣を頭上に振り被り、魔女の体へとそのまま降ろそうとしました。

 けれど、何故かそのとき剣は光を失って、いくらダレンが魔女を貫こうと腕に力を入れても、まるで磁石にくっついたときのように、剣が空中にとどまったまま動かないのです。


 不思議に思ったダレンでしたが、魔女の様子を見て、わかりました。

 横たわる魔女の胸の辺りから、優しい心の持ち主の心臓が鳴らすという鼓動――小鳥のさえずりのように可愛い、とくとくとした音――が聴こえたからです。


 剣を鞘に戻したダレンは、館の燭台にある蝋燭に火を灯しました。

 そして、ぐったりとした魔女の体を抱え上げて、魔女に語りかけました。


「お前の心は、決して闇に支配されていない。何故、このような悪さを?」

「……冬の寒さで、愛しい我が子を失ったからです」


 両の目をゆっくりと開いた魔女が、ぽつり、そう言いました。

 その顔つきは、先ほどまでの悪魔のような顔ではありません。透き通るように白い肌を持つ、美しくまだ年若い女性でした。


 魔女が、剣士の腕の中で、ぽつりぽつりと語りだします。


 ――名前はオフィリア。

 子どもの頃から魔力が強く、そのせいで気味悪がられて村人から仲間はずれにされたこと。ただ一人、自分に優しくしてくれた男と十八歳の時に結婚し、一年後に娘が生まれて幸せだったこと。でもその数ヶ月後に、狩りに出かけたまま夫が帰ってこなくなったこと。夫がいなくなった後の生活は厳しく、元々自分に冷たかった村人は誰も助けてくれなかったこと。一人で娘を育てることを決心し、この森に親子二人でひっそりと住み始めたこと。

 そして――去年の冬、寒さで風邪をこじらせて娘が亡くなってしまったこと。悲しみに暮れた日々の中、その悲しみは冬の女王の創り出す寒さのせいだと考えた自分が、女王に呪いをかけて塔から動けなくしてしまったこと。それで、この国が亡びてしまえばいいと思ったこと。


可哀相かわいそうな、オフィリア。しかし、そなたが冬の女王に呪いをかけても、それは逆恨みというものだ。美しい春のために、厳しい冬は必要なものなのだから……。娘さんのことは残念だったが、運命だったのだ」

「必要? 冬なんて、ただ寒いだけです」

「そんなことはない。そなたの娘も春に咲く森の花々が好きではなかったか? 花は、厳しい冬の寒さに曝されてこそ、綺麗に咲く。森にある木々の芽を見たか? そなたの呪いで冬の女王が冬を寒くできず、なまじ暖かい日が続いたために、芽が十分には膨らんでいないのだ」

「森の花々が? あの子の好きな花々が? そうだったの……」


 森の魔女オフィリアは、目を伏せ、静かに涙を流しました。

 オフィリアの瞼の裏には、娘が森の中で木々や小さな動物たちと戯れる、そんな姿が映っていたのです。

 オフィリアは、両手を胸の上で合わせると、何やら呪文を唱えました。


「これでもう、呪いは解きました。私は今まで、怒りで何も見えていなかったようです。……さあ、そのつるぎで私をひとおもいに貫いてください。もしも神様が許してくれるのなら、天国の夫と娘のもとへ、今すぐに向かいたいのです」

「いや、それはできぬ。何故なら、あなたは優しき人。……今回のこと、私が王に説明し、必ずや許しを得てみせよう」


 こう言い残したダレンは、弱ったオフィリアをふかふかのベッドに寝かせ、自分は王様の待つお城へと向かいました。


 道中は、すごい吹雪でした。まさに、真冬の厳しさです。

 きっと、呪いの解けた冬の女王が元気を取り戻したからだろうと、ダレンは思いました。



  ★★★



 吹き荒ぶ冬の嵐が過ぎ、うって変わって穏やかな春の陽射しが降り注ぐそんな日のことでした。

 ダレンは、王のお住みになる城に、たどり着いたのです。


「おお、そなたは剣士――いや、勇者ダレン! 話は、塔の召使から聞いたぞ。よくぞ、冬の女王にかかった呪いを解いてくれた。冬の女王は元気を取り戻し、昨日、春の女王に塔の女王の間を譲ったところじゃ」


 王の間で、深く首を垂れるダレンに向かって、王様は太陽のようにほがらかな笑みを浮かべて、言いました。

 その言葉に、お城の人々すべてが、拍手喝采です。


「して、その魔女とやらを、倒したのか」

「はい……憎しみに燃えた悪の魔女は、倒してまいりました」


 再び盛り上がる、お城。

 誰もが、勇者ダレンを讃えます。


「約束の褒美だが、何を望む? 何でも申してみよ」


 しばらくじっと考えていたダレンでしたが、やがて、その口を開きました。


「王様。私の願いは、ひとつです。この国の北にある森で、私は健気に咲く美しい花を一輪、見つけました。できますなら、未来もずっとあの森には手を付けず、その花をそっとしておいていただきたいのです」

「ほほう……あの冬の吹雪の中、美しい花を見つけたとな? 確かに、それは貴重じゃな。でも、本当にそんな褒美でよいのか?」

御意ぎょい

「ふむ、よかろう。勇者の望みじゃ。わしは、約束を守る」

「ははあ。有り難き幸せ」


 その後、勇者を讃えるパーティが、お城の広間で盛大にとり行われました。

 勇者ダレンは、その途中で誰にも告げず、その場を去ったのです。


 その様子をたまたま見かけたある人は、こう言いました。


「白馬に乗った勇者ダレン様を、お城の外で見かけました。どうやら、北の森に向かっていったみたいですよ」


 その後、この国で勇者ダレンを見かけた人は誰もいなかった、ということです。



 【おしまい】

お読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] この物語はとっても濃いですね(^_^) 6千文字の中でこれだけの物語を詰め込む技術、サクッと切り替わる場面転換。 さすが鈴木さん、すごいです! コツとか知りたいです。 勇者のくもりのない…
[良い点] 冬童話拝読いたしました!確かに高学年の頃に読んだようなワクワクする童話で心躍りました! 剣、魔法、竜、想像するのがとても楽しかったです。そして悪が悪のままではなく、勇者もまた謙虚さを持ち合…
[良い点] とてもとても素敵な童話でした。 子供の頃に出会った海外童話を彷彿させますね。王国、魔法呪い、旅、そして強く賢く純粋な心を持つ主人公。どれも子供時代にワクワクさせられものだなぁ〜と思い出しま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ