リドリー艦長
「君はかなり優秀なようだね。カイル君」
フォーミダブル艦長エリオット・リドリー海佐は、艦長の制服、金で縁取りされた紺色、ネイビーブルーの制服を着て椅子に座って二人を迎える。
そして二人から推薦状と依頼状、志願書を受け取って読み、カイルに尋ねた。
父ケネスへ決意を示した数日の内に士官候補生のリストに載ったカイルは、フォーミダブルへの乗艦が決定。この日に乗艦した。
そして、乗艦したカイルはフォーミダブルの艦長室で艦長の面接を受けている。
「父や元海軍兵の執事に話しを聞いたり、本を読んでいましたので」
ハッキリとカイルは返答した。
意識が戻ってから暇さえあれば書庫や書斎にある航海関係の本を読んでいた。
知っていることも多かったが、航海の細部、規範やルールというのは元の世界とは違う部分があり、そこを確認する作業を行っていた。
更に皇太子と一緒に学んだ学習院時代にこの世界の一般常識などを学んできており、そこで優秀な成績を収めた。
そのことは今渡した当時の教師からの推薦状にも書かれているはずだ。
「だが、本と実際は違うぞ」
「分かっております」
現代日本の世界で航海士をしていた経験から、教科書には記述しきれないくらいの濃密な事が船の上は勿論、海には起こる。
「しかし、本当に優秀だな。三角関数に航海術、操船術、操帆術。小型ヨットとはいえ、その年で操れるとは凄い」
高専でヨットの扱い方を習っていたこともあり、船の動かし方は知っている。
それにエルフの能力で風や波を読む感覚が鋭敏になっており、完璧に船と帆を操る自信がカイルにはある。
「しかし、コミュニケーション能力に難があり、孤独を好むそうだな」
「人見知りが激しくて……」
そこの所は正直に事実を話した。
人見知りは前の世界からずっとだが、この世界に転生したら嫌われる対象であるエルフだったため、多くの人がカイルを避けていた。
故に、孤独な時間を過ごすことが多少なりとも多かった。
残りの時間は家族と一緒にいたが……あまり思い出したくない。
「ここではプライバシーなど無いも同然だ。嫌でも人と面と向き合う。コミュニケーションが取れないと苦労するぞ」
「理解しております」
それは事実だ。
全長一〇〇メートルにも満たない船体の上に六〇〇人以上の人員が乗る。
予備艦で人員の多くが欠員となっているがそれでも三〇〇人くらいは乗艦しているはず。個人の空間など無いも同然だ。
「よろしい、カイル・クロフォード君。では次にそこのレディだが」
「候補生に志願しましたレナ・タウンゼントです!」
勢いよく紅髪の美少女が答えた。
白い肌に紅い瞳、体つきは細いが出るところは出ている。綺麗な女性だが、それとは違う事が服の上からでもカイルには読み取れた。
筋肉の付き方がよく、かなり鍛えているようだ。
「タウンゼント家は武門の家柄だったな。たしか、父上は陸軍の将軍だったと覚えているが」
「はい! タウンゼント少将は我が父親です」
「陸軍に行くべきでは無かったのか?」
男女にかかわらず登用することがアルビオン帝国のやり方であり、陸軍にも女性は入れる。
「はい。しかし島国であるアルビオンは海軍こそが重要です。陸軍の殆どは海外に展開して守備にあたることが殆どです。それも海軍の船に乗って動いてです。船に乗るより、自分で動かす方が良いと考え海軍を志願しました!」
「港が無ければ海軍、軍艦は漂流するだけだ。要所を守ることも必要だぞ」
船は海を自由に動けるが、水、食料などの補給を必要とする。更に帆や柱、滑車が古くなると交換する必要が出てくる。更に船底の蛎殻、フナ食い虫の退治、修理など大規模な作業が必要になる。それらの施設を揃え、物資を蓄えておく場所が必要となってくる。
そしてそれを守備する陸軍が重要になってくる。
守ると言うことも大事な任務だ。
「はい。ですが守るばかりでは、無意味です。打って出て撃滅しなければならないでしょう。私は守ることは苦手です。前に出て戦う事が多い海軍を選びました」
「海兵隊もあるぞ」
海兵隊は海軍の志願兵で構成される組織だが、水兵とは全く別の組織で艦内の治安維持、戦闘時には切り込みを行う部隊だ。
アメリカの海兵隊が有名なため上陸戦闘を専門とする特殊部隊のように見られているが、それは任務の一つに過ぎず、本来は各艦に配備され艦内の警備、治安維持を行う。『沈黙の戦艦』で何人も海兵隊員が乗っていたのも、艦長室前で立哨していたのも海兵隊の通常任務だからだ。
アルビオン帝国でも変わらず、この艦長室の前にも赤い服を着た二人の海兵隊員が立哨していた。
陸上では上陸戦闘の他、海軍の重要施設を守ったり、港の砲台や陣地の警備を行っている。
レナという美少女を見たところ、剣術で鍛えているのか肉付きが良い。ロープワークをするのに必要な筋力があるかないか、体格を見ただけで判断する事がカイルには出来るので、そこからの連想だった。
「はい、剣技には自信がありますし銃も使えます。しかし、海兵隊も船に乗るだけです。実際に船を操り指揮する海軍士官が自分の性に合っていると思い。志願しました」
「ふむ、そのようだね」
リドリー艦長は、レナの言葉を頷きつつ咀嚼するように聞いた。
そして暫く黙った後、二人に尋ねた。
「ところで、二人は軍艦の定義について知っているかね?」
突然の質問に、レナは直ぐに答えられず、少し目を泳がせてから答えた。
「大砲を積んだ船と言うことでしょうか?」
「それでは武装商船、私掠船や海賊船も大砲を積んでいるから軍艦となる。違う」
海は平穏では無い。
海賊や私掠船が多い上に、この世界には大型海獣、魔物が生息している。
それらから身を守るために通常の商船でさえ、小型ながら大砲を搭載している。そのため、十分に貿易で稼げないとき、直ぐに海賊となって他国の船を襲撃する事もある。
だが、それでも軍艦とはされない。
「では、カイル君は解るかね?」
「その国に属し、それを証明する国の旗を掲げ、国の海軍士官名簿に記載された海軍士官の指揮下にある船の事です」
「その通りだ!」
強くエリオット艦長が言った。
そして立ち上がって語り始める。
「軍艦とは、その国家に所属している海軍士官によって指揮下にあり旗を掲げれば、軍艦として認められる。この艦どころか、そこの小型のボートでさえ、軍艦となる」
暗黒時代の終幕となる百年戦争、その終結過程で産まれたエウロパ条約により国家が成立。国家間の交渉が円滑に出来るようになった。その後の交渉で、外交や軍隊、通商の定義が確立され改めて締結され現在に至るまで適用されている。
その条項は航平のいた転生前の世界にあった国連海洋法条約に似ており、軍艦の定義も同じだった。
「海軍軍人、それも水兵でも、下士官でも、准尉でも無い。士官の指揮下にある事こそが軍艦である。軍艦は、例え地の果てにいようとも、その国家に属し、その艦の上は、その国となる」
朗々と唱えていたが、リドリー艦長は更に抑揚を付けて二人に近づきながら語った。
「このフォーミダブルも同じだ。何処にいようとアルビオン帝国旗を掲げ、アルビオン海軍士官の元で指揮される限り、このフォーミダブルはアルビオン帝国の領土であり、アルビオンの法によって支配され、そこに乗艦する最高位の士官は皇帝陛下の代理として、アルビオン帝国の代理者となる」
陶酔とも取れるような口調が、突然止んで、静かに流れるような言葉で続いた。
「つまり、海外に出て国外の港に入れば、このフォーミダブル、いやアルビオンの軍艦はアルビオン帝国の代表として見られ、それに相応しい振る舞いと、待遇を要求しなければならない。何故ならその軍艦の振る舞いはアルビオンの振る舞いと見なされ、相手の行動もアルビオンに対する態度だと見なされる。礼節を重んじつつ、無礼には断固として抗議しなければならない。それが軍艦であり、最高位の士官の任務だ」
そして、二人に近づいて来たリドリー艦長は二人の顔を見て訪ねた。
「君らはこれより、その士官となる。末端の士官候補生、階級としては下士官待遇だが、士官と見なされる。場合によっては、船を回航する機会もある。何より緊急時、上位の士官がことごとく死に絶えるか、指揮不能となったときは君らがこの艦を指揮することになる。つまり事に及んでは帝国の代表として責任と義務をその双肩に担うこととなる。勿論、それは現時点では非常に可能性は少ないが、事実だ。そして、君らはいずれその地位に就くことになる。そこで今一度君たちに問う」
静かだが、威厳を持った声で険しい顔でエリオット艦長は尋ねた。
「君らはその重責を担いつつ義務を果たす意志があるか?」
『あります!』
カイルとレナは唱和して答えた。
「宜しい」
リドリー艦長は険しい顔を崩し笑顔になると自分の椅子に戻って伝えた。
「本艦への着任を歓迎する。ミスタ・クロフォード、ミス・タウンゼント」
そう言って書記に命じて乗員名簿を持ってこさせると、自ら二人の名前を記入した。
こうしてカイル・クロフォードとレナ・タウンゼントはアルビオン海軍三等艦フォーミダブルに士官候補生として着任した。