カイル・クロフォード
さて、フェイトのコーディネートの結果だが、プラマイゼロかマイナスと言ったところだった。
航平が、幸運にも意識を取り戻したのは、二才か三才くらいの時だ。
生まれたのはアルビオン帝国有数の貴族、クロフォード公爵家の嫡男カイル・クロフォード。
兄弟は姉がいるだけで、他はいない。
航平、カイルを生んだときに母親が危険な状態となり、二度と子を産めない身体になってしまったからだ。
クロフォード公爵家は世界各地に植民地のあるアルビオン帝国、その本土の中でも最北端にある領地を持つ貴族だ。
北のため、産物の種類は限られているが、森から採れるオーク材の販売で比較的豊かだ。
オーク材は、オークという種類の硬い木材で木材加工品、特に船舶の材料に使われる。
大航海時代を迎え、船舶を大量建造しているアルビオン帝国の中では文字通り金のなる木である。
特にクロフォード公爵領のオークはアルビオンの最北に生えているため成長が遅い。毎年ほんの少ししか太くならない。そのため年輪が密になっているため、強度が高く、キール――船の背骨にあたる特に強度を必要とする部分――に据え付けたがる人が多かった。
代々、販売制限を掛け、植林しているため、安定して販売でき、尽きることは無いとされている。
更に北方の諸国との貿易を担当しており、それらの利益収入があり、それなりに裕福だ。
領地は豊かだが、それ以上にクロフォード公爵の家門は凄かった。
クロフォード家は帝国中興の祖であるフォード公爵家の分家にあたり、本家の次に有力な四大分家の一つだった。
大航海時代初期に初代フォード公爵が交易や海賊行為でアルビオン帝国へ多くの富をもたらし、海洋強国への道筋を確立した。その子孫も海洋進出に尽力し、多くの人材を海軍や貿易会社に送り出している。
故にフォード一族は帝国で絶大な権力を握っていた。
カイルの父ケネスもかつて海軍において活躍し中将まで昇進、現在は予備役に編入し領地経営と貿易、特に専門とする北方との貿易、船の建造材やタールの輸入に専念している。
カイルもその一員として公爵家をいずれ受け継ぐ、下手をすれば本家の当主に何かあった場合、本家も引き継ぐ可能性のある重要な位置にいた。
だが、たった一つ、カイルの種族がエルフのため、それらは全て台無しになった。
古の大帝国において人間の他にもエルフや、ドワーフなどの種族が居り魔法によって高度な文明を築いていた。
だが、大帝国は徐々に衰退して混乱が起こり、種族に分かれての大戦争が勃発した。
世に言う暗黒戦争である。
数百年に及ぶ戦争により文明は衰退、多くの種族が滅び、生き残った人間が幾つもの国家に別れて、ようやく文明を復興して来たところだ。
エルフやドワーフは歴史上の物となり、時折人間の間で先祖返り、エルフ返りが起こって生まれてくるだけだ。
だが暗黒時代、特に人間へ激しく強力に抵抗してきたエルフは、人間にとって恐怖の象徴であり、エルフが生まれることは不幸の象徴であり、時に生まれた瞬間殺される事もある。
だが、当代当主ケネス・クロフォードはカイルを殺すこと無く嫡男として育てることとした。
カイルは、両親そして姉の愛情を受けて育っていたが、他の人間との接点は少なかった。
意識を取り戻した航平はそれを、公爵家嫡男に対する畏怖と思っていたが、次第に自分がエルフであることの恐怖であると認識した。
下手に近づくと、恐怖で逃げて行く。一応領主の息子で失礼の無いように接しているが、その場を離れたがっているのは手を取るようにわかる。
そのため、航平改めカイルは、家族の相手をしている時以外は書庫に籠もることが多かった。
この世界を知るためだが、魔法を使えないかと考えたからだ。
四歳上の姉が魔法の素質があり、自分も出来ないかと考えたが、ダメだった。
エルフは精霊魔法と言って魔術師が使う正統魔法とは別系統らしい。
ならば精霊魔法を使おうとしたが、エルフの間での秘術だったらしく、人間には伝わっておらず取得できなかった。精々、周囲にいる妖精と会話が出来るぐらいで、それ以上のことは意識的に出来なかった。
ただ、妖精との会話は悪くなく、風と水の精霊と会話して天候や海流を読み、捜し物をするとき役に立った。
それが一番役に立ったのは六歳の頃に領民の子供達が森で迷子になったときは、風の精霊に探して貰い一時間ほどで見つけ無事に村に返した。
お陰で領民達から感謝され多少、居心地は良くなった。
だが根本的な解決にはならなかった。
カイルがエルフである事に変わりはなく、見つけたのもエルフだからと言う事で余計に気味悪がっていた。あからさまに避けていたのが、無意識に避ける程度にはなったが、良い物では無く、カイルはボートを操るとき以外は書庫に籠もることが多くなった。
一応、魔力があれば使えるという正統魔法を習おうとしたが、ある理由から学ぶのを放棄した。
以来、航平改めカイル・クロフォードは、精霊魔法を独自に学ぶことと前世と同じく海が好きなので船乗りなるべく、航海術、海の歴史、科学、技術について学ぶことに専念した。
多少の違いはあっても、航平のいた世界と似たような世界で、地図も似たようなものだった。多少の違い、英国のブリテン島の南部が切り離されて島になっている、など差異はあるが大陸の配置は似ていた。ただ地図は予想通り東西方向が伸びている。この理由については、後で説明できるだろう。
海に出よう、と決めたら、特に幸せで無くても平和に希望を持って暮らせた。
何しろ、父親が元海軍提督なので書庫には、海軍の本、それも航海術や、天文学、規則集、数学書、はては海戦の理論書、現役時の航海日誌が置いてあり非常に役に立った。
また小型のボートを公爵家が持っていたのでそれを使って実際に操船術を学んだりした。カッターやヨットは高専時代に習っていたので身体が小さいこと除けば、精神が覚えているのか順調に操ることが出来た。
同時に精霊を感知することによって風や海の流れが解るようになり、それらを利用する事が出来た。
そして八歳の時帝都へ公爵公子としてお目見えを行ったのだが、貴族の集まりでは、あからさまに引かれた。
上流階級では特にエルフを禁忌としているため、恐れおののいたり目の前で侮蔑の言葉を浴びせる者もいて気分が悪かった。
ただ、何故か皇帝陛下だけは違った。
当代の皇帝陛下は元海軍士官であり、父親であるケネス・クロフォードとは現役時代、司令長官と参謀長の関係で公私ともに過ごした仲だったため、快く迎えてもらい奥、皇帝の私室に連れて行かれ膝に抱いて貰った程だ。
皇太子もエルフであるカイルを好意的に見ており、暫くは皇太子の侍童として仕え、貴族の特別学校である学習院への入学も許され、学友として共に机を並べた。
だが、皇帝と皇太子以外の皇族は気持ち悪がられ心証は最悪だった。
特に皇太子の妹である皇女は、あからさまにカイルを凶兆だとか災厄とか罵り関係は最悪だ。
このままでは家督を継いだ後、貴族の悪口により公爵家取り潰しの危険もあった。
他にも懸念材料があり、家のことは姉とその婿に任せることにして、航平改めカイル・クロフォードは十才になったその日に一つの決断をした。