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転属

「私たちはブレイクへ転属よ!」


 クラーケンを退治して帰港したその夜、艦長室に呼び出され辞令を受けたレナがカイルに抱きついてきた。


「知っているよ。一緒に辞令を受けただろう」


 最近の海賊被害に対応するべく帝国は、海賊討伐のために必要な艦を現役復帰させることを決定した。

 軍艦というのは維持に莫大な労力と費用が掛かる。

 そのため通常は多くの艦が予備役に指定されて、各鎮守府に係留され、最低限の人員で保守が行われる。そのための艦隊が予備艦隊であり、艦をいつでも現役復帰できるように準備をしている。

 フォーミダブルもその一隻だが、現役復帰から漏れたのは人員の募集、訓練に使われているのと、艦長が高齢な為だろう。

 また遠征に若い艦長を送り出したい海軍本部が考えそうな事だ。


「しかも、エドモントは一緒の艦だけど、あのゴードンのバカはサンダラーって別の艦だし、良い事ずくめね」


「まあ、フリゲートなら海賊と戦う機会も多いだろうし」


「? なんで? そもそもフリゲートって何?」


 レナが尋ねてきた。

 カイルは一瞬目を見開いたが、直ぐに説明を始めた。


「……まず帝国における狭義の軍艦について説明しよう。この艦の艦首に紋章があるよね」


「そうなの?」


「有るんだよ。で、それが軍艦、等級艦と呼ばれていて一等から六等まであるんだ。等級は大砲の搭載数で分類されていて一等なら百門以上、二等は八〇門から九八門、三等は六〇門以上七八門以下。フォーミダブルは七四門だから三等級だ。三等級以上は戦列艦と呼ばれていて海戦時に火力を発揮する」


「六〇門未満は?」


「四等級以下はフリゲートと呼ばれている。大体二二門以上の艦がフリゲート艦になる。戦列艦より小さいけどその分、素早いので偵察や追撃を行う。海賊船は素早いからフリゲートが海賊退治の中心になるだろうね」


「フリゲートより小さいのはいないの?」


「いるよ。等外艦といって二〇門以下の艦だ。スループとかブリックとかと呼ばれている」


「同じ軍艦でしょう?」


「まあ、そうなんだけど扱いが違う。等級艦は海軍の正式な軍艦で帝国の紋章を取り付けることが許されている。艦長も海佐から任命される」


「じゃあそれ以外の艦は誰が任命されるの?」


「海尉の中から有能と思われる人が任命される。海尉艦長という臨時職だけど海尉より上の階級が与えられ、艦を指揮することが出来るんだ」


「じゃあ、海尉に昇進すれば艦長になれる可能性があるの?」


「有能だと認められたらね」


「じゃあ、頑張って昇進するぞ!」


「まあ、従軍すれば昇進が早くなるし、任官試験までの期間も短縮されるし推薦で多少有利になるし」


 アルビオン帝国に限らず、この世界、いや帆船の世界の軍艦では士官候補生も戦力に加えられている。

 フォーミダブルにおいて、たった八名の正規士官で指揮が出来るのは、准尉、下士官が多く配属されているのは勿論、二四人の士官候補生も指揮系統に入れて乗員を掌握しているからだ。

 候補生といえど立派な戦力であり、艦と共に出撃し戦う。そして従軍すれば昇進に有利となる。


「早速、移乗の準備をしましょう」


「そうだね。先に行っていて」


「どうしたの?」


「やる事をやっておかないと」




 カイルは、レナと別れると艦長室に引き返してリドリー艦長と会った。


「失礼します」


「どうしたんだね。ミスタ・クロフォード。クラーケン退治で活躍したんだ。明日には転属だし休んでいたまえ」


「お気遣いありがとうございます。この度はお礼と感謝を述べにやって来ました」


「何故だね」


「私を候補生に引き取ってくれた上、フリゲート艦への配属を認めて下さったことです」


 アルビオンのみならず帆船時代の軍艦は現代と違う。言わば国家から任命された自営業者のようなもので、海軍の命令を受けて行動するがそのやり方は艦長の裁量に任されている。海尉、候補生などの乗員の募集は海軍ではなく各艦で行う事になっており、艦に載せるか否かは艦長の一存だ。

 エルフであるカイルを候補生に引き受けてくれる艦長は他に居なかっただろう。


「提督、君のお父上には世話になったからな。恩返しのつもりだったが、君のような優秀な人材を見つける事が出来て私も感謝している。今、送り出すという大任を果たすことが出来て、神に感謝しているところだ」


「艦長……しかし、まだ乗艦して一月も経っていません。まだここで学ぶことが多いと思います」


 カイルは暗にこのままフォーミダブルに残る事を申し出た。転生前に酷い扱いを受けたため、カイル、航平は少し義理堅い所がある。候補生に任官させてくれたリドリー艦長に助力をしたいという思いがあった。勿論僅か十歳の少年では出来ることは少ないだろう。だが前の世界での現役航海士としての経験は役に立つはずだ。

 だから、残留を申し出た。

 それをリドリー艦長は察し、カイルの申し出を断った。


「その通りだ。だが、君は理論も知識もある。君はそれを一月に未たぬ間に証明した。昨日のクラーケン退治でも知識を元に実戦を戦い抜いた。君は十分にその知識と能力を示している。後は実践あるのみだ。それには、この動かない戦列艦で一年過ごすより作戦行動に出るフリゲートに一日乗る方が遥かに役に立つ。決して、贔屓した訳ではない」


「しかし……私は艦長の事を尊敬し敬意をいだいています」


 お世辞では無く、本気で言っていた。

 エルフであるカイルを受け入れその才能を色眼鏡で見る事無く、評価してくれたリドリー艦長に感謝していた。

 先のクラーケン退治でのカイルの活躍を航海日誌に残し、功一級と海軍本部への報告文も書いてくれた。

 それだけの事をした自負はあるし誇りに思っていたが、それをキチンと認めてくれる人は少ない。感情や依怙贔屓で評価を上下させる人物が多い中、リドリー艦長はキチンと書いてくれた。そのような事は当たり前でも、誰もが何時でも出来ることではない。それが出来る人間は少ない。

 だからこそ、カイルは尊敬していたし敬意をいだいた。


「……君のように若くとも知識豊富で思慮深く実力があり、確固たる価値観の元に行動する人物から尊敬と敬意を受けるというのは、非常に名誉なことだ。だが、だからこそその評価に見合う行動、教え、説得し送り出さねばならないだろう。私の元では十分に君の能力を引き出す事は出来ないし、そのような環境でも無い。フリゲート艦に行きたまえ。それが君にとっても海軍、ひいては帝国の為だ」


「ですが……」


「それにだ」


 リドリー艦長はカイルの言葉を遮って諭した。


「ミス・タウンゼントとミスタ・ホーキングの指導役も必要だしの」


「私よりミス・タウンゼントはともかく、ミスタ・ホーキングは先任ですが」


「彼の経歴は知っているか?」


「……はい」


 静かにカイルは認めた。

 名簿に書いてある経歴ではなく、本当の経歴を知っているか尋ねてきたことをカイルは悟り、躊躇いがちに認めた。


「やはり、君はただ者ではないな。彼はまだ技術が足りん。それを指導してやってくれ」


「アイ・アイ・サー」


「それとミスタ・クロフォード」


「はい」


 リドリー艦長は立ち上がって言った。


「君の今後の活躍を期待している」


 過不足無く、願望でも思い込みでもない、純粋な応援にカイル、航平は感動した。

 転生前に期待している、とか、やれば出来る、という言葉をかけられてきたが、どれも下心というか、我欲や皮肉の混じった押しつけのような言葉だった。

 それだけに、リドリー艦長の言葉はカイルの心に染み渡った。


「ありがとうございます艦長」


 カイルは最敬礼を返して答えた。

入隊編の御愛読ありがとうございます。

同時に投稿した海賊討伐編より続きが読めますので、これからも御愛読お願いします。

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