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クラーケン退治

「転属って?」


「所属、艦を移ることだよ」


 解散した後、候補生区画に戻ったレナはカイルに尋ねた。


「そんな事あるの?」


「予備艦から現役に復帰するときは良くあるよ」


 通常艦は鎮守府で保管されており、任務が発生すると海軍本部が各鎮守府に命じて軍艦を選出。乗員の補充や再武装、補給を行って送り出すのが普通だ。

 その過程で、他の予備艦から乗員を移すことが良くある。


「この艦を離れる事になるの?」


「選出されたらね」


 寂しそうに言うレナの言葉にカイルは応えた。


「お前らが目の前から消え失せてくれるなら大歓迎だ」


 奥にいたゴードンが大声で言い浴びせる。


「私も航海術も剣術も碌に出来ない最先任の下支えなどまっぴらですから、大歓迎ですよ」


 カイルが要らぬ事を言ったが、ゴードンへの嫌悪感を隠す気にはなれなかった。


「……上官への礼儀がなっていないな」


「上官としての才能も技量も人格も無いのでは仕方ありません」


「何だと貴様!」


 ゴードンとカイルが激突しようとしたとき、ドラムが響いた。


「何?」


「総員配置の命令だ」


 戸惑うレナにカイルが教えた。同時にパーカー海尉が入ってくる。


「緊急出港命令だ。候補生諸君は配置に付き、出港準備を整えよ」


「何があったのでしょうか。ミスタ・パーカー」


 カイルが海尉に尋ねた。


「近海でクラーケンが出たらしい。防備戦隊に戦列艦が居ないため、当艦に緊急出港が命令された。諸君もそのつもりで準備をしてくれ」


「アイ・アイ・サー」


 そう言ってパーカーは連絡のために候補生区画を離れていった。


「ねえ、クラーケンって?」


「デカいイカのお化けみたいなものだよ」


 ダイオウイカという種類が更に巨大化した海獣と考えて貰いたい。ダイオウイカは確認された中で最大は十八メートルだが、クラーケンは四〇メートル以上になる。


「それが、船を襲って人間を食べるため、発見次第攻撃し撃退するのも海軍の任務だ」


 自衛隊が害獣駆除を行うのと同じだ。


「強いの?」


「小型船だとね」


 下手に小さいとそのまま破壊されるが、戦列艦クラスだと巻き付かれても船体は無事だ。


「ただ、海中に潜る上に、好きに移動できるから厄介だ」


 帆船は、風の力を受けて航行する。そのため風上に向かう事は不可能で、移動を制限される。更に速力や旋回も風次第。

 一方クラーケンは自由に泳げるために、好きに戦列艦を攻撃できる。


「強敵?」


「そうでもないよ。倒し方ならいくらかある」


「おい、お前達、配置に付け!」


 エドモントの声が響き、カイルとレナは話しを中断して、配置に向かった。




 候補生となったカイルとレナにも戦闘時に配属される部署が決まっている。だが、乗艦してまだ時間が経っておらず十分な訓練を受けていないし、部下もいないため、与えられたのは後甲板に立つ艦長の伝令だ。

 各部署に艦長の命令を伝える役目というものだ。重要だが、高度な判断力を必要としない候補生にはうってつけの役だ。


「結構気持ちいいのね」


 西風を受けつつクラーケンが出没したという海域に向かって洋上を進むフォーミダブル。前方には随伴のフリゲート艦が先行している。


「けど、どうして艦長はこの後甲板で指揮するのかしら? 前の方が進路を見やすいのに」


 レナの言うとおり後甲板から見る前方の景色はお世辞にも良くない。

 前方にマストが立ち、幾つもの索具、帆や桁を操るロープ、マストに登るためのシュラウドなどが空中を電線のように交差し視界は悪い。


「一寸上を見てみて」


 そんなレナにカイルは小さい声で教えた。

 レナが少し上を見ると、風を受けて大きく広がる白い帆が、何枚も桁から吊されている。


「帆がどうかしたの?」


「全ての帆が見えるでしょう。帆船は帆が風を受けているかどうかで動きが決まるから、全ての帆を見る事の出来る後甲板は指揮を執るのに良いんだ」


 これはほぼ全ての帆船に共通する。

 記念艦であるヴィクトリーやコンスティチューションも後ろに舵輪がある。日本丸も、船橋こそ前方にあるが、これは機走、エンジンを回して走る時や入港時に指揮を執るための場所であり、帆走時は後部にある舵輪に行き帆の状況を確認しながら指揮を執る。

 もし、前方の甲板で指揮を執れば、四六時中、帆の状況を確認するために後ろを見なければならず、首を痛めてしまうだろう。


「それより、クラーケンは見つけられるの?」


 広い海でしかも潜れる、クラーケンを見つけるのは難しい。


「大丈夫、方法はあるよ」


 暫くすると前方のフリゲートが並走したかと思うとロープを片方に渡して引き始めた。

 そして網を展開し、二隻の間に広げる。


「アレで捕まえるの?」


「そ。網の中央には呼び笛があって、海中で音を出して呼び寄せるんだ」


「音?」


「アオホキという魚がいるんだけど、そいつらがクラーケンの好物でね。そいつらが出す音を呼び笛が真似して出して呼び寄せるんだ」


「間抜けね」


「向こうも、生きるのに必死だからね。食べないと死ぬ」


 海は過酷だ。餌が獲れなければ死ぬしか無い。自然界というのは厳しいのだ。

 そのため、捕食の機会は絶対に逃さないのが海の生き物だ。中には頭の良い生物も居るが、大概は餌に食いつく。

 その餌に人間も含まれているので退治する必要が出てくるのは悲しいが仕方ない。


「網の中に入ったら、網の口を閉めつつ海上に浮かび上がらせて、出てきたところを戦列艦の砲撃で仕留めるんだ」


 ブイとロープを巧みに結び合わせ、組み合わせて自動的にクラーケンを洋上に浮かび上がらせる事が出来る。

 クラーケンに苦しめられた人間の作り出した対応策だ。

 その時、前方のフリゲートに信号旗が上がった。


「クラーケンが捕まったようだね」


 合図である信号旗を後ろのマストに掲げたフリゲートが、綱を切り離して航行して行く。


「逃げていくの?」


「戦列艦の大砲をクラーケンと一緒に喰らいたくないからね」


 大砲の弾は飛び出したら真っ直ぐ進んで行き、進路上にある物を敵味方問わず破壊して行く。戦場においては味方撃ちが一番怖い。

 戦列艦、フォーミダブルが砲撃しやすいようにクラーケンから離れているのだ。


「ミスタ・クロフォード」


「はい」


 その時リドリー艦長がカイルに指示を出した。


「下甲板に伝令。左砲戦用意。目標を捕捉次第撃ち方はじめ」


「下甲板に伝令。左砲戦用意。目標を捕捉次第撃ち方はじめ」


 カイルは与えられた命令を復唱する。間違って覚えていないか確認するためだ。

 誤りが無いことを確認して、階段を降りて行く。

 水兵の数が定数の半分ほどのため、下甲板と中甲板にしか砲員を配置していない。

 他は、操帆や艦の運営のために他の部署に配置している。

 カイルが階段を降りている間にも艦が右に傾いた。一旦左に舵を切ってから、大きく右に舵を切って、クラーケンに砲撃を浴びせる気なのだろう。艦長らしい手堅い作戦だ。


「艦長より伝令! 左砲戦用意! 目標を捕捉次第撃ち方はじめ!」


 カイルは下甲板にたどり着くと大声で叫んだ。

 そして海尉や他の候補生に命令を伝えていった。

 それが終わると、再び艦長の下に戻っていったが、その時、異変が起こった。


「クラーケンが逃げた!」


 綱を破ってクラーケンが逃げることに成功したらしい。


「不味い」


 傍らにいたパーカー海尉が呟いた。そしてその恐れは現実となった。

 突然、艦首にクラーケンが現れたのだ。

 クラーケンに向かって航行していたため、最短距離である艦首へ取り憑かれてしまった。

 戦列艦フォーミダブルは七四門の大砲を持つが大半が左か右に撃つように配備されており、前方に撃てる大砲は無いと言って良い。

 何故なら、前方に積むには船体幅が小さいし、載せすぎると艦首が重くなって大波にぶつかったとき、海中に入りそのまま沈没する可能性がある。

 そのため、積み込みやすい左右両舷に配備される。

 つまり艦首が弱点でありクラーケンにとって攻撃しやすい場所なのだ。

 艦首に取り憑いたクラーケンは次々と、その触手で水夫達を絡め取って食べようとしている。

 こういうとき、魔術師が電撃を喰らわせてくれると楽なのだが、カイルの前に自信を喪失して退艦してしまった上、急な出撃で代わりも来なかった。


「海兵隊前へ!」


 艦長の命令で甲板に配置されていた海兵隊員が銃を構えて発砲する。

 マストに配置された隊員も、クラーケンを狙撃して行くが、クラーケンは攻撃を緩めない。


「総員上甲板! 白兵戦開始!」


 リドリー艦長が命じると、カイルは階段を駆け下りて中甲板と下甲板に叫ぶ。


「総員上甲板! 白兵戦開始!」


 号令が響くと、それぞれ手斧や鉈を持って水兵が上がって行く。そして攻撃してくる触手に振り下ろす。

 カトラスでは肉厚の触手を切断するには軽すぎるので、重く振り回しやすい斧が便利だ。そうやって巻き取られた水兵達を助けようとする。


「あたしに続け!」


 中でも一番勇猛果敢に突撃して行くのはレナだった。自分の配置や役目を忘れて、斧を持つと振り回しつつクラーケンに挑む。触手を切断しつつ本体に迫って行く。

 だが、その動きは途中で阻まれた。


「邪魔をするな!」


「あたしの台詞よ」


 ゴードンが、割り込んできたのだ。そして、その一寸した二人の遣り取りが、クラーケンにチャンスを与えた。


「え?」


 クラーケンが体液を噴射して甲板にいる二人に振りかけた。


「きゃあああ」


 体液まみれになり、二人は甲板に滑り転んだ。


「何なのよ」


 ヌメヌメした体液で体中が濡れており、二人は立つ事もままならなくなっていた。

 そこへクラーケンの触手が襲いかかる。


「や、やめて」


 クラーケンの触手に捕まった二人は、口に向かって運び込まれようとした。その時、脇を飛び抜ける影があった。


「か、カイル」


「うおおおお」


 ヤードから垂れ下がったロープを掴み空中を移動してクラーケンに向かうカイル。ロープの勢いを利用して刀をクラーケンの目と目の間に突き刺す。

 更に、そこを掴んだまま体勢を保持すると、腰に差した拳銃を抜いて眉間に発砲する。

 一発撃つ度に拳銃を捨てて、他の拳銃を取り出して次々と銃弾を撃ち込んで行く。

 そして、最後の一発を撃ち込んだとき、クラーケンがようやく伸びた。


「何とか、倒せた」


 ホッとしたカイルは刀をクラーケンから抜き去り、呟いた。


「何をやったの?」


「脳を破壊したんだよ。あそこが急所なんだ」


「頭はとんがった部分じゃ無いの?」


「あれは腹だよ。胃とか内臓が入っているの。それより、酷い状況だよ」


 そう言ってレナの方を見て言った。彼女はクラーケンの体液でぬるぬるだった。


「見るなエロガキ」


「うぷっ」


 怒ったレナが体液をカイルに飛ばしてきた。甲板がぬるぬるで下手に動けず顔に命中。その衝撃でバランスを崩して、カイルも転んで体液だらけになった。

 その後は、乗員全員で後始末となった。

 クラーケンに食われた水兵の救出は順調だった。食べられてから時間が短かったのと、クラーケンが丸呑みにしていたため外傷が無かったからだ。

 ただ、体液で濡れていたので、彼らと一緒にカイルもレナも海水ポンプから出てくる海水で身体のぬめりを取り去った。

 全ての作業が終わると、クラーケンは海没処分され、フォーミダブルはフリゲート艦と共に帰投した。

 そして、寄港直後、延期されていた転属の発表が行われた。

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