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フォーミダブル艦内旅行

 ドラムが叩かれる音が響いてきた。

 夜明けを伝える儀式が始まったのだ。艦隊は港に錨泊しているときは念入りに儀式を行う。


「レナ! 起きて!」


 まだ寝ているレナにカイルは声を掛ける。

 ちなみにカイルは既に起きており、着替えを始めていた。


「レナ」


「……あと、五分」


「それ、初めてじゃないかな、この世界で使われたの」


 時計が出回り始めてまだそれほど時間は経っていない。五分という時間を知っている人間でさえ僅かだ。時計台も少なく、分や秒を知っている人間はまだ少ない。


「もっとも、これから嫌いになるだろうけど」


 カイルは着替えを終えると、箱を移動させて上に乗り、レナを叩いた。


「起きて!」


 手を伸ばすとレナに腕を払われてしまう。

 ムキになってカイルが更に叩こうとしたが今度は力が強すぎて、別の場所に当たってしまった。


「あ」


「……あんたね」


 これで乗艦してから何度目だろう。レナの胸を触るのは。


「このエロガキ!」


 カイルを押さえつけようとレナが飛びかかるが足場の悪いハンモックの上で暴れたため、ハンモック自体が半回転して、レナは何度目かの甲板へ叩き付けられた。


「いてて」


「大丈夫?」


 間一髪で避けていたカイルは、レナに話しかけた。


「目は覚めたわね」


 レナはカイルを睨み付けたが、当の本人は最早慣れていた。


「よかった。兎に角、着替えてハンモックを片付けて」


 そう言ってカイルはあ自分のハンモックを縛り始めた。その間にレナは自分の着替えを終える。


「やけにキツく縛るわね」


 カイルのやり方を見ながらレナは同じように縛り付ける。


「検査があるからね、しっかり結ばないと」


「今から成績の心配をしているの?」


「違うよ。緩いと突き返されるんだよ」


「そんなに厳しい訳無いでしょう」


 そういって、レナは適当に紐でハンモックを縛って、検査で不合格となった。

 梁からロープで吊された金属の輪に自分で縛ったハンモックを通して基準の大きさに収められているか、調べられ、不合格は容赦なく縛り直しを命令される。

 巨大な軍艦だが、数百人の乗員には狭い。それに長い航海に必要な物資を積み込むために余計に狭い。なので物を収容する余裕も少なく最小限に収められるように仕舞わなくてはならない。

 緩いハンモックは体積が増えるので縛り直しが命令される。


「やっと終わった」


「急いで!」


 そう言ってカイルは駆けだした。


「一寸待って」


 その後をレナが追いかける。


「あー、酷く頭が痛い。ぱんぱんする。息をするにも口に銅貨を入れられたみたいだし」


「あそこは空気が悪いからね」


 最下甲板は、船倉に近く窓も少ないので空気が悪い。だが、空間が広々としている上、揺れが少ないため、多くの者、特に候補生達がハンモックを吊したがる場所だった。

 カイルはそう言うと階段を駆け上がって、上甲板に出てくる。

 既に多くの乗員が集まっていた。艦長や副長など、当直を除く全乗員が集まっている。

 候補生の列を見つけてそこに並ぶ。

 その時、旗艦が大砲を放った。夜明けと同時に発砲する大砲で、時を知らせる。

 同時に艦尾にアルビオン帝国海軍旗が翻った。

 朝の儀式に何とか間に合った。

 その後艦長の短い訓示が行われ、一同は解散した。


「どうにか間に合ったな」


 終わってから、エドモントが二人に話した。


「遅れたら罰則だが、今日は大目に見てやる。明日はもっと早く来いよ」


 その後エドモントは表情を変えて伝えた。


「今日は艦内旅行だ。朝食が終わったらこのフォーミダブルの中を案内する」


 艦内旅行とは文字通り艦内を旅行する、つまり見学だ。現代の軍艦に比べて小さいが様々な施設が乗っており、乗員特に士官はこれらの位置を知っておく必要がある。

 艦内旅行は、乗艦したらまず最初に行わなければならない事の一つだ。


「授業とかは?」


「明日からだ。今日中に全て回るから、一発で覚えろ。迷子にならないようにな」




 そう言って朝食後最初にエドモントが連れていったのは、候補生の溜まり場である最下甲板の直ぐ上の甲板、下甲板の艦尾部分だった。

 両脇に大砲が並んでおり、その間にはテーブルと机があった。


「ここが候補生の部屋だ。授業などが行われるのはここだ」


「え? 下の一角、私たちが寝ていた場所が候補生の区画じゃ?」


 疑問に思ったレナが尋ねる。


「あそこは仮だ。正規の区画はここだ。だが特別にあそこで寝ている」


「どうして?」


「アレだ」


 そう言って天井を指すと巨大な木の棒が伸びている。一端は金属の金具に二本のロープが繋がれており、艦尾に伸びる一本はそのまま外に出ていた。


「舵柄だ。あれが動くんでハンモックをつり下げることが出来ない。下手をすればそのまま吹き飛ばされるからな。それでも寝たいのなら良いぞ」


 これにはレナも首を振った。


「奥に部屋がありますけど」


 レナが舵柄が出て行く場所の脇、丁度舵柄がやってこない部分に出来ている仕切りをさした。


「あそこは掌帆長と掌砲長の部屋だ」


 掌帆長は帆を担当するが、帆を操るには殆どの水兵を使うため、事実上、水兵の纏め役をやっている。掌砲長は大砲と火薬の管理を行う人だ。


「准尉で俺たちより今は階級が上だが、海尉になったら俺たちが命令する立場になる。それ以前に俺たちが産まれる前から海に出ている人達だ。下手な付き合い方は止めておけ」


 そして更にエドモントが一つ上の甲板につれて行く。


「ここがトイレだ。士官用で、君たちも使って良い。兵員は使わないから安心しろ。身体を洗うときにも使えるぞ」


 トイレと言っても穴の上に腰掛けて海へそのまま落とすだけだ。


「あと、トイレの横は航海長の部屋だ。航海術は航海長から習うから余り騒がしくするなよ。教えて貰えなくなるからな」


 舵を取る必要がある以上、航海長は舵輪の近くに部屋を持つ必要がある。だがそれでもトイレの横が部屋とは少し悲惨だ。


「反対側にはトイレはないからな。そこは副長の部屋で、副長専用だ。艦尾が嫌だったら艦首に二つあるからそれを使え。もっとも天候が悪いときは、海水を浴びたり、転落するから止めておけ。我慢できないならバケツにしておけ。天候が回復したら艦外に捨てろ。そのとき風向きに注意しろ」


 エドモントの有り難い言葉に二人は感謝した。

 この艦に来たとき先任候補生に言われたことをそのまま言っているのだろうが、有り難い忠告だ。


「この上は、昨日行った艦長室だ。艦長も時折、授業を行うからな。それと何か悪さをしたときには連れて行かれる。気を付けろ、軍法会議はともかく懲罰は色々あるぞ」


 刑罰に関しては色々あるので黙っていた。

 続いて案内されたのは、艦長室前の舵輪だった。


「当直の時は舵輪のある後甲板で指令を受ける。配置は後で決まると思うが、配置が掛かったとき、何処へ行くか誰からの指示を受けるかキチンと覚えておけ」


 そう言うと更に上の甲板に行った。


「ここが最上後甲板、信号旗を上げる場所だ。見張の時は旗艦や僚艦の信号旗も見ることになる。そして信号旗を上げる事になる。ここに配置される事もあるから信号旗はしっかり覚えておけよ」


「はい」


 その後、後甲板から伸びる渡り廊下を歩いて前甲板に移る。その間にケモノの匂いがした。


「これは?」


 渡り廊下の下にある甲板、中甲板を指してレナが尋ねた。

 ボートの間に動物がいる。


「この艦で飼っている家畜だ。牛や豚、鶏、羊、山羊がいる。士官室や候補生室の食事は彼らから貰う」


 海上では新鮮な肉は手に入りにくいので生きた動物を載せて、適宜屠殺して肉を調達する。


「まあ陸にいるから毎日補充されるが、何時出港しても大丈夫なように乗せている。彼らの飼育は水兵に任せているが、時折見ておけ」


 続いて案内されたのは前甲板の下に設けられたキャプスタンだ。


「これがキャプスタン。これを使って力仕事を行う。主に錨を上げるのに使うが、他にも使うから覚えておけ。後ろにも配備されている」


「あそこは何ですか?」


 そう言って仕切られた区画をレナが指した。


「あそこは隔離病棟だ。伝染病はあそこで遮断する。コレラや赤痢、壊血病にならないようにしろ。直ぐにあそこに放り込まれるぞ」


「どうやって防御しろと言うんですか?」


 ジト目でレナが尋ねる。病気の問題は分からない。


「よく掃除して清潔に保て。洗濯もしっかりやっておけよ。この後、バラストを燻す作業も行われるから、手伝え」


 それを聞いたカイルは青ざめた。




 バラストは、キールの近くに敷き詰める重りだ。帆船というのは帆を受けるマストを何本も立てているため重心が上に行きやすい。それを下げるためにキール、船の一番下に銑鉄の塊を置き、砂礫で埋めるのだが、船倉、船の一番下のため水やゴミが溜まりやすい。おまけに誰も彼もがゴミを捨てる。戦闘中など死体を捨てることさえある。

 なので非常に不衛生だ。

 だから、バラストを取り替える必要があるのだが、頻繁に行う事は出来ない。

 そこで燻すことで清潔にしようとした。

 焼けた石炭に酢と硫黄を入れて有毒ガスを発生させる。それが、バラストの不衛生な物を殺してくれると彼らは信じていた。

 転生前の記憶のあるカイルにはそれが無意味な事だと知っていたが、それを証明できないため命令には従わなければならない。

 酷い匂いの有毒ガスを使って行う作業は、気が滅入る。だが、それを命令され実行する水兵、彼らは熱した石炭に酢と硫黄を入れる作業があり、真っ先にガスを浴びる。

 彼らにはご愁傷様としか言いようが無い。


「あー疲れた」


 作業が終わって候補生の溜まり場に戻ったレナは盛大に溜息を吐いた。


「大丈夫か?」


 一緒に作業をしたエドモントが話しかけてきた。


「気分が悪いなら、隣の医務室に行くんだな。時折、マストから落ちた水兵の使い物にならなくなった腕を切断するので血が飛び散っているけどな」


 不吉な言葉を言って脅すエドモントに何か言い返そうとレナが口を開いたが、そこで止まった。

 エドモント自身が背後からする足音を聞いて恐怖に震える顔をしたからだ。

 入って来たのは、候補生だったが、エドモントより年上で金髪で目つきの悪い巨体の人物だった。


「俺がいない間に新入りが入ったようだな。それも仕切りで専用の部屋を与えられるくらいのご身分の奴が」


「ご、ゴードン・フォード海尉心得……」


 エドモントが顔を引きつらせながら彼の名前を読んだ。

 同時にカイルも顔をしかめた。

 嫌な奴と出会ってしまったと。

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