乗艦
初めての方は、初めまして。
前作をお読み下さった方には、お久しぶりです。
葉山宗次郎です。
この度、新作を投稿することに致しました。今回は、海洋冒険物です。
実は、マスターアンドコマンダーやホーンブロワーシリーズが好きで乗り物も好きな自分で、一度は書いてみたいと思っていたので、書くことにしました。
鉄道英雄伝説の続きを読みたいという方、ごめんなさい。こちらの話しに区切りを付けたら必ず書きますのでご辛抱を。
この蒼海の風も色々と小ネタを入れたりして、面白いように仕上げています。
なのでどうか、御愛読のほどを。
あと感想をいただけると嬉しいです。
誤字脱字の指摘、悪い場所の指摘も歓迎です。読まれているという証なので励みになります。
どうかお願いします。
それは開闢歴二五九〇年三月、冬から春への変わり目の日だった。
エウロパ大陸の北西に浮かぶ群島国家アルビオン帝国。
大きな島三つと無数の小島からなるこの国は、大蒼洋の暖流のお陰で高緯度にもかかわらず温かい。
だが、北極からやって来る寒気により、気候は不安定で暖かい日が来たと思えば寒い日が来る、そんな不安定な時期だ。
猛威を振るった冬の女王が春の日差しに戦いを挑み、その欠片を振りまいて時折、天候が悪化する。そんな日だった。
アルビオン帝国海軍ポート・インペリアル鎮守府予備艦隊所属三等艦フォーミダブル。
その当直将校である三等海尉パーカー海尉は、甲板に出て周囲を監視していた。
冷たい雨が降り注ぎ、身体を芯から冷やす。
早く交代の時間にならないかとパーカーは待ち望んでいた。
その時、陸から一隻のボートが接近してきている。
当直交代の際に申し送りで、新たな士官候補生が二人、ボートでやって来る予定だと聞いていた。恐らく彼らの乗ったボートだと思い注視した。
漕ぎ手の他に小さな影が二つ。ポンチョを着て雨の中、海を進むとはご苦労なことだ。
やがて、ボートはフォーミダブルに接舷、二人を送り出そうとした。
小さいな。
影は小さいがその中の一人は輪を掛けて小さい。
十四才くらいから士官候補生になるのが普通だが、これほど小さい十四才はいないのでは無いか。あるいはもっと幼い年で士官候補生になろうというのか。
確かに海軍法で十才から士官候補生になれると規定されているが、実際に送り出す例は少ない。
パーカー自身も十二才から海軍に志願したことになっているが乗船履歴を長いものにするために、名前だけリストに入れて貰っただけで実際は十四才で初めて乗艦した。
だが、この艦のエリオット艦長は実直な人で、そのような事を許す人では無く、実際に乗艦することを求めている。
彼以外に伝手が無く、乗艦せざるを得ないとしたら哀れな子だ。
やがてボートが接近して来て初めての難関が彼らにやって来た。この艦に乗り移れるかという難関だ。
揺れるボートから乗り移るには度胸が必要だ。思い切って乗り移ることが出来れば、濡れずに済むが、一寸でも躊躇すると海に脚を付ける、最悪海に落ちて溺れるかだ。
だが、その小さな子は脚を付けることも無く、梯子に飛び移った。
中々やる子だと思った。
次の子は、少し脚を海に付けたが、まあ合格点だ。救助に人を割く必要が無く済んだ事をパーカーは喜んだ。
二人は梯子を登り終えるとバーカーに気が付いて申告した。
「本日付で士官候補生として乗艦しますカイル・クロフォードです」
「同じく本日付で士官候補生として乗艦しますレナ・タウンゼントです」
二人とも緊張のせいか、雨に濡れるのを嫌がってかポンチョを取らず、答えた。
「三等海尉のアンドリュー・パーカー海尉だ。宜しく」
そう言って、パーカーは自己紹介した。
「まだ正式に決まった訳では無く二人は今はお客さんだが、着任すれば私は上官となる。せめて顔は見せるべきだと思うが」
そう言われて、レナ、大きな方の候補生志願者はフードを脱いだ。
そこに居たのは燃えるような紅髪紅目の美少女だった。
「失礼しました。タウンゼント勲爵士家子女のレナです。以後宜しくお願いします。」
名前からある程度予想できたが、本当に少女だとは思わなかった。
帝国軍は女性にも門戸を開いているが、実際に軍人になろうという人は少ない。
特に海軍は何ヶ月も帰港できず欲求不満の水兵達数百を従わせる必要がある。そのため、特に優秀か運が良くなければならない。
果たして、何日持つか。
パーカーは仲間との新たな賭のネタが出来たと喜んだ。
「君も脱いでくれないか?」
パーカーが言うとレナより小さいその子は少したじろいだ。フードを取るのを嫌がっている。
だがそこには、雨に濡れる以上の躊躇が見えた。しかし、無礼を見とがめる訳にはいかない。
「脱ぎなさいよ」
隣にいたレナが促す。
「見せてくれないか」
海軍士官として紳士的に穏やかに話しかけた。候補生なら怒鳴って従わせるが今はまだお客様だ。
言われたカイルは、意を決してフードを脱いだ。
「!」
カイルの顔を見た瞬間、パーカーは恐れおののいて二歩後ずさりしてしまった。
現れたのは白い肌に海のように青い瞳を持ち豪奢な金髪を持つ美少年だった。それだけだったら、見惚れていたかもしれない。だが、その金髪から突き出た笹のように長い尖った耳を見てそれらの美的要素は恐怖の彩りとなった。
エルフ
古に滅んだ異種族。
時折気まぐれに人と人の間から生まれてくる、恐ろしい魔法種族。
強大な魔法を使う怪物として語り継がれる存在を目の前にしてパーカーは怯えた。
突然カイルが、右手を上げた。
「!」
襲いかかってくるかと思いパーカーは両手でガードしたが、カイルの手はパーカーに伸びず、肩の位置まで腕を上げ四十五度の角度で肘を曲げ、手の甲をパーカーに向ける完璧な海軍式敬礼を行って申告した。
「士官候補生に志願したクロフォード公爵公子カイルです。宜しくお願いします」
それが、カイル・クロフォード、かつて杉浦航平という名前を持った転生者がアルビオン帝国海軍の歴史上に現れた瞬間だった。