Noといえない中流日本人少年の異世界における選択の結果
異文明ノスタルジア。
かつて、人々は己の知恵を極め、ついに神々の領域に手を出すに及んだ。
人の領域は宇宙にまで及び、人の数は100億にもなり、「世界を100万回滅ぼす力」「不老不死の力」をも手に入れたと伝えられる。
しかし、人々の傲慢さを神は許さなかった。
人はその過ぎたる欲望がゆえ、”大災害”に見舞われた。
古き伝承によれば、ある日、「不老不死」の秘術が暴走し、大勢から魂を抜き去ったという。
その結果、世界は混乱に見舞われ、「火の柱」と呼ばれる神をも恐れぬ力が世界中に及ぶ。
この”大災害”によって、地上の多くが死滅させたから千年もの月日が流れた。
かつて宇宙にまで届いた人の知恵だが、古代人の過ちを神の教えに刻んでからというもの、それは剣術と魔法書に発揮され、人々は慎ましやかな生活を送るようになっていた。
質素なれど、神や精霊が暮らす世界は穏やかな光に満ちていた。
しかし、やがて闇の支配力も増そうとしていた。
古代人の悪しき知恵を復活させようとする大ローマニア帝国が大陸を覆わんとする時代が訪れたのである。
帝国の脅威のもと、滅びに瀕していた小ダキア王国であるが、一つの策を実行した。
齢18を迎えた王女プリウス=ダキアのもと、古代文明の遺跡を使い、王族に伝承されし秘術「大召喚」を行ったのである。
古き言い伝えによれば、王国存亡の危機は”外法”によって救わなければならぬという。
”外法”とはすなわち、世界の理から外れし法のことであり、それを持つ者として召喚されたのは、異世界人である。
彼は日本人の高校生であり、その名を威絨院光流といった。
彼こそは古きよき日本人を彷彿とさせる日本人である。
名前がいろいろとひどいが、中の中の中たる日本人少年なのである。
字面は「中二病」臭く日本人離れしているし、「中二病」という言葉の生みの親である自称痴豚こと某太った芸能人と姓も名も同じ読みではある。
だが、光流には名前以外、取り立てて特徴がなかった。
そのザ・日本人的な外見的特徴は一周めぐって素晴らしいものであった。
日本人から見れば、あまりにも平凡すぎて、逆に鮮烈な印象を残すほどである。
黒目黒髪、中背中肉、平凡な顔立ち。
性格も埼玉県あたりにある偏差値50の普通科高校にいる目立たない学生そのもの。
劣等生でもなければ、優等生でもなく、ましてや生徒会役員でもない、せいぜい誰もやりたがらないクラス委員を延々と任され続けるだけの、真面目と寛容さだけが取り柄の高校生である。
実家に金があれば偏差値50の大学に進学するだろう。
金がなければ地元の優良企業に就職し経理を務めて今どき定年まで勤め上げそうな雰囲気を漂わせている。
中の中の中たるその地力たるや、ある意味、最強なのである。
こんな風に、威絨院光流は「一億総中流の中流日本人」を体現したような人物であった。
なるほど完全に名前負けである。
しかし、これは本人が一番気にしているので触れないでおこう。
さて、日本人代表として異世界にご招待された光流である。
勇者として小ダキア王国に召喚されたはいいが、放課後図書館で真面目にテスト勉強をしていたところ、急に呼び出されたせいで、危機管理に慣れていない日本人らしく、右に左にと戸惑うばかりであった。
しかし、凛然とした王女プリウスはそんな彼を「落ち着きなさい!」と一言で諌めたにもかかわらず、そのまま平身低頭、「助けてください!」と頭を下げたのである。
光流には一生縁が無いはずの、権力者であり、高嶺の花のお嬢様が、中の中の中たる光流に頭を下げた衝撃たるや、光流を黙らせるには十分だった。
Noといえない光流は、日本人らしく、不本意ながらも反論することもできず、空気に流されるまま暴力の世界に身を投じることになった。
しかし、そこは現代日本人少年である。
アニメや漫画の経験も、偏差値50レベル。
物語の主人公たちに、並にあこがれないといったらウソなのである。
強大な帝国を、己の剣と魔法でバッタバッタとなぎ倒していく能力があり、それを成す大義名分があるととわかれば、興奮しないはずもない。
アニメや漫画の再現がザ・並男の自分にできると知った光流は、ごくごく普通な感じで、調子に乗った。
勇者となった光流は、ごくごく普通に戦場に飛び込み、敵や裏切り者たちを次々と殺していった。
これを可能としたのは、強大な魔力や攻撃・防御能力だけはもちろんだが、勇者の精神を安定させる能力の一つ「現実感操作」あってこそである。
たとえ、戦場に縁遠い素人の女子供であっても、一度勇者として召喚されたならば、戦術兵器として、ゲーム感覚で大量殺人を可能とさせる能力なのだ。
これがあるから、勇者が、人をゴミのように殺し、犯し、燃やしつくしても、その良心が傷まないのである。これは、歴戦の戦士が必ずしも召喚されるわけではない事情から要請される当然の配慮なのであり、勇者にとっても面倒臭いだけの葛藤を神回避できる便利な能力なのであった。
さて、光流が殺せば殺すほど、小ダキア王国のピンチは救われ、光流の名声も高まっていく。
しかし、帝国は強大であった。
武勇・魔法・知略ぞれぞれに”帝国最強”の頭文字がつく三大将軍が立ちふさがったのである。
とはいえ、光流の強さは反則じみたものだった。
武勇にはより強き武勇を、魔法にはより強大な魔法を、知略にはより優れた知略をぶつけ、すべてに打ち勝った。女の将軍は臣従させ、男の将軍は跡形もなく消したのである。
すべては召喚魔法によって与えられた能力の賜物なのであるが、日本人少年らしく光流は己の努力の結果だと思い込み、ますます調子に乗る始末であった。
己が努力のみで強さを身に着けた三大将軍よりもずっと貧弱な精神力しかないくせに、帝国最強の近衛軍団10万をもたった一人で殺し尽くす実績を上げたこともある。
これらの”偉業”は大陸中で「勇者の奇跡」と呼ばれ、帝国人以外の人々はその話に畏怖と称賛を送ったのだ。
中の中の中たる凡人が、これほどの実績を上げて有頂天にならないわけがない。
さらに悪いことに光流は本気で世界を救う気でいたのである。
だからこそ、途中で寄り道をしまくって、オークに襲われたエルフ娘を助けたり、生贄にされそうになったダークエルフ娘を助けたり、敗北のショックのあまり記憶をなくした帝国の女将軍を手下にしたりした。
その途中、なぜか魔女っ娘に好かれたり、なぜか奴隷娘とかに惚れられたりもした。
結果、出来上がったのは一つのハーレムである。
王女プリウスは「英雄は色を好みますからね」といって、王城の一角を貸し与え、そこを光流の愛の巣とすることを許可した。
そこで光流は思う存分、欲望を解放したわけであるが、人の欲望というものは罪深い。
手に入れたものよりも、手に入らないものに、より惹かれるのである。
そう、光流はプリウスを手に入れたくなったのである。
しかし、光流は日本人らしく優柔不断である。
あくまで本命はプリウスなのであるが、ハーレム要員たちの愛もちゃっかり頂戴し、キャッキャウフフし続けた。
これほど信念のない男、芯のない男に助けられたとはいえ惚れてしまったエルフ娘やダークエルフ娘は不幸であろう。そんな男に自分の強さを否定され、臣従させられた女将軍には慰めの言葉もかけようがない。
しかし、こんな優柔不断野郎を理由もなく好いた魔女っ娘と惚れた奴隷娘には、男を見る目が腐っていたとしかいいようがないであろう。
さて、そんなこんなで、勇者召喚が行われてから1年経った。
戦術兵器”勇者”を投入し、逆転した小ダキア王国は、ついに大ローマニア皇帝ユリウスⅩ世を和平会談の場に引きずり出すことに成功する。
三大将軍も最強の軍団もすべて消え、領土も3分の1近く奪われた帝国にとって、それは苦渋の選択であった。
あまりにも多くの兵士たちを殺戮するのに躊躇することのない勇者に皇帝ユリウスⅩ世は戦慄し、これ以上、人々が血を流すことのないように願ってのことだった。
和平会談の席上、ユリウスⅩ世は国宝級のワインを小ダキア国王キンガーC世に奉じた。
それは、和平会談を成功させたいと願う皇帝の本気度合いを示すものであり、だからこそキンガーC世も大勢の前でワインを飲んだのである。
だが、それが裏目に出た。
ワインを飲んだ直後、キンガーC世は吐血し、そのまま息を引き取った。
混乱する会場の中、顔面蒼白でうろたえるユリウスⅩ世紀に向かって王女プリウスは叫ぶ。
「あの悪魔のごとき毒殺犯に、誰か裁きを下して!」と。
そのときプリウスの目は光流に注がれていた。
日本人らしく空気を読み、Noと言えない光流のことである。
暗黙の命に従い、側近に警護されるユリウスⅩ世を側近ごと轢殺した。
それから1年後。
いろいろあって、光流はとある場所に拉致されている。
曇天と荒野に覆われた世界。
その中央には、富士山よりも大きな山が見える。
山頂には遠く金色の輝きが漏れており、そこだけがこの世界を照らす場所となっていた。
「……ここ、どこ?」
いろいろあって、茫然としている光流であったが、眼前に双子がいることに気づいた。
双子はかわいい幼女で、ニコニコと気持ちのいい笑みを浮かべていたが、それはこのどんよりとした真っ暗な世界とは不釣り合いな光景に見えた。
双子は顔形、体型、服装はそっくりなのだが、髪・目・肌・服の色が対照的なのである。
左にいる子は、銀髪・紅眼・褐色の肌をもち、黒衣のドレスに身を包んでいる。
右にいる子は、金髪・蒼眼・白色の肌をもち、白衣のドレスに身を包んでいる。
光流は左を黒の子、右を白の子と命名することにした。
黒の子が言った。
「ここは煉獄。地獄でも天国でもない場所よ」
白の子が続けた。
「あなたは決めなければならない。世界は滅ぶべきか、滅ばぬべきかを」
光流は戸惑った。
「……俺はなんでこんな場所に。いや、そもそも、君たちは誰だ?!」
双子は互いに見やってクスクス笑った。
「私はテネ」 黒い子が言った。
「私はルクス」 白い子が言った。
そして、片手を取り合い、掲げた。
黒い光と白い光が混ぜ合わさり、光流へと流れ込む。
「記憶が……呼び戻される……」
そう、それは忘れようとしていた記憶。
光流が新しい仲間とともに築いた新しい世界が崩壊した記憶。
テネが問うた。
「思い出した? あなたの世界が終わっちゃったんだよ」
「ああ、思い出した。俺の、俺の大切な、大切な――」
そのまま、光流は涙を流し、地面にへばりつく。
失ったものの大きさによほどのショックを受けたらしい。
テネが近づくと、やさしく頭をポンポンと撫でた。
「大切な世界を失うことは誰にとっても悲しいことだよね」
「ああ、悲しいさ! 俺の! 俺の! ハーレムがああああああ!」
そして、光流は男泣きする。
そう、それは日本人らしく優柔不断な少年が築いた夢のひと時。
エルフ、ダークエルフ、女将軍、魔女っ娘、奴隷娘。
彼女たちは、光流が勇者でなければ、笑顔も腰も振りまくることはなかったであろう。
しかし、光流の慰みものになってくれた彼女たちはもう――。
「ゴフゥ!!」
激しい腹部の衝撃に、光流は身悶えた。
勇者の鉄壁物理攻撃耐性をやすやすと乗り越えたのは、褐色の足であった。
「……おんなのてき」
さっきまで優しい目をしていたテネは、今や蔑むような視線で光流を見つめていた。
その気迫を受けたせいか、光流の口から思わぬ言葉が漏れ出た。
「あ、ありがとうございます……」
とある業界では幼女の暴力がご褒美になるという伝説を、光流も知っていたが、なぜその言葉が出たのか自分自身にもわからない。
しかし、テネはなぜか絶句している。
溜息をついたルクスが代わりに話し始めた。
「……あなたは幸か不幸か、神の領域へと来ています。この天の頂と地の底が並列する世界がそうです。そして、あなたは神に触れた。そして神は望みました。”外法”たるあなたが世界の行く末を決めることを」
どこか幼い口調のテネと違い、ルクスはどこかませた口調である。
「神の領域……外法……う、頭が……」
光流は再びうずくまる。
そして、すべてを思い出した。
和平会談の失敗。
ユリウスⅩ世の殺害と大ローマニア帝国の滅亡。
大ダキア帝国の樹立と女帝プリウスの即位。
ついに訪れたプリウスとの初夜。
そして彼女が処女でなかったことの衝撃。
光流に嫌われたと思い込んだハーレム要員たちの帰郷。
そして、旧ローマニア帝国の帝都遺跡で行われた”儀式”。
ルクスが告げた。
「プリウス=ダキアの行った外法による儀式は、神の世界へ至る門を開きました」
「そうだった……。彼女は、父に自殺させられたかつての恋人と添い遂げるたいと願うがあまり、世俗の世界を捨て、神になって、その願いをかなえようとしたのだ。そのために儀式を行い、自分の臣民を犠牲にして、俺をも、自分の捨て駒に……」
「やっと思い出しましたか?」
「ああ、思い出したよ。彼女はその恨みから実の父を毒殺し、その罪を皇帝になすりつけた。そして、旧帝都100万の人々を犠牲にした。それだけじゃない。俺をも捨て駒にした。帝国の臣民を迷わず犠牲にさせるために、帝国人の仕業に見せかけて俺のハーレムにいた皆を殺したんだ」
「そして、すべてが明らかになった後、あなたたちは、煉獄に至る門の前で決着をつけ、結果、あなただけが生き残った」
「……そうか。生き残ったのは俺のほうだったか」
光流は思い出す。
あれは激しい戦いだったと。
始めは人の形を保っていたプリウスだったが、一回殺すと羽が生えて外見が峻厳なものとなり、二回殺して天使のごとき完全形態となったのである。
あのときは、幾つ手数を隠しているのかわからずに、さすがの光流もあきらめかけたが、ふたを開けてみれば第三形態でおしまいだったのである。
第四形態以上あったなら、勝てたかどうかわからない。
だからこそ、光流は感慨深そうに頷いたのである。
しかし、何にそれほど感じいっているのか双子にはよくわからなかった。
「女帝プリウスは、時に善性を志向していましたが、最後は悪性にまみれてしまいました。信念はありましたが、極端だったのでしょうね」
「……まさにハイブリッドな女だったわけか」
「はいぶりっど?」
「いや、なんでもない……」
こんなときにまでつまらない冗談が飛び出るあたり、現実感を喪失しているらしいと光流は自覚する。
ルクスが呟いた。
「……善でもなく悪でもなく、それどころか志ないくせに、よくあれほどの人を殺せましたね」
その物言いに光流は首を傾げた。
「は? それは違うぞ。俺はこれが正しいと思ったから、剣をふるい、魔法を使ったんだ。虐げられた王国の人々のため、不幸な王女プリウスのために」
「ですが、その結果はどうです? 王国兵たちは積年の恨みとばかり、旧帝国領で略奪や虐殺に走りました。女帝プリウスはたった一人の恋人のために、帝都100万の人々を犠牲にしたのですよ」
「ああ、そうだな。プリウスは人でなしだったよ。俺を裏切り、俺を好いていた女の子たちを無慈悲に殺して……」
「あなたというひとはなんという……」
ルクスの言葉をテネが遮る。
「もう一度問いましょう。あなたは決めなければならないのですよ。世界は滅ぶべきか、滅ばぬべきかを」
テネの問いに、光流は苦笑しながら言った。
「ははは……。こんな世界滅んでしまえばいいんだ。プリウスの裏切りにはうんざりした。俺を慰めてくれるあの子たちもいない。俺がこの世界に来て成したすべてはムダだったんだ……」
やがて涙を流し始めた光流に、ルクスがぴしゃりといった。
「あなたはどれだけ自分勝手にすれば気が済むんですか? 信念もなく、何十万という人々を殺しに殺しているのに、たかが数人の女の子を重く見るなんて」
「たかが数人だって? 俺にとっては大切な女の子だったんだよ! 彼女たちに比べれば他の奴らなんてどうなってもかまうものか」
「……あなたにとって、大切な人がいるように、殺された人々にも大切な家族がいたのですよ。そしてあなたが滅べと言っている世界には、まだ何億という人々が生きているんです。国が、家族があるんです。人々の愛があるんですよ。あなたはそれを一気に無にしようとしているのです。わかりますか? それをよしとするのは悪魔の所業ですよ」
ルクスにぴしゃりと言われ、精神は凡人のままの光流は押し黙る。
確かに、言われてみれば、世界中の何億と生きる人々の命を奪う決断を行うなど、悪魔の所業だろう。
それは国家同士の争いのなか、正義を信じて、奪った幾十万の命とは別格なのだ。
奪ったのは、正義を信じ、こちらを殺す覚悟、殺される覚悟もあって、戦場に来た大人の命なのである。
しかし、何億という人々のなかには赤子も幼児も女の子も含まれている。
「……わかった。じゃあ、世界を滅ぼすのはやめよう」
「本当にそれでいいんですか?」
異を唱えたのは黒き幼女、テネだった。
「世界は混沌とし、穢れた悪がはびこっています。悪がある限り、人は穢れ、互いに傷つけ合い、永遠に終わらぬ闘争をし続けるのです。かつてプリウスは、穢れた悪を何とかしたいと望んでいました。しかし、彼女は悪に魅入られた。結果、愚かにもひと時の感情を刺激した人物を復活させたいなどと望み、その個人の欲望を世界に持ち込もうとした。その愚行にあなたも巻き込まれた。あなたは被害者なのです」
「……ああ、そのとおりだ」
「なら、世界をもう一度終わらせましょうよ。ノスタルジアはかつて一度滅んでいるのです。もう一度くらい大したことはありません。神話の中とて、神は何度も人を作り変えているのです。創造に失敗はつきもの。破壊は創造の序曲なのですよ」
テネのいうとおりだった。
この世界は悪に満ちている。
穢れた世界、悪意によって悲しみに満たされた世界。
滅びという名のリセットも悪くないだろう。
ノスタルジアは一度滅び、再び立ち上がったのだ。
もう一度滅んでも再び立ち上がるだろう。
そう、破壊は創造の序曲なのだ。
「……なるほど、それも一理ある。じゃあ、世界を滅亡させ――グボヘェ!」
気づけば、ルクスの蹴りが腹部にめり込んでいた。
勇者装甲をぶち抜き、これほどのダイレクトアタックできるルクスには底知れぬパワーを感じるが、悪戯にしては度が過ぎた痛みであったので、光流はさすがにキレた。
「なにしやがる!」
「もう我慢できません! あなたには信念というものがないんですか!」
「こんなもん、信念とか関係あるのかよ!」
「世界の命運が二択になっているのに、信念が関係ないと思っている時点で、あなたには信念のなんたるかがわからない!」
「俺はただ、ちゃんとした結論を出そうとしているだけだぞ! どちらの意見も聞いて、正しそうに見えた意見を採用するつもりだ!」
「”何をしたほうが利益になるのか”についてならそれもいいでしょう。でも、”何をすべきか”なんて、結局は人次第なんですよ! 人の意見に流される時点で、あなたはダメなんです!」
「いちいちうるさいなぁ! わかったよ! 俺が決めてやる」
そして光流は、にやりと笑った。
「お前ら甘いんだよ。世界が滅ぶべしか、滅ばぬべしか。そんな二択にうだうだしているようじゃなぁ!」
あまりにも自信のある笑み。
「い、いったい何を考えたというの?」 ルクスはたじろいた。
「どうせろくなことじゃなさそうだね」 テネは欠伸をした。
「俺は、第三の道を行く!」
「……ッ!!」
ルクスは両眼をクワッと開けた。
「……俺の知恵に驚くがいい! 両論併記だ!」
「……は?」
ルクスの口もクワッと開いた。
「つまり、世界は滅ぼさない! しかし、いつか滅ぼす! それはいつになるか誰にもわからない。神のみぞ知るってことだ!」
「……それって結局、滅ぼさないってこと?」
「いや、滅ぼす! でもな、それは神様が決めればいいってことだ! ある日、急に思いついたらやればいい!」
光流の結論に、互いを見やるルクスとテネ。
そうしていること数秒、ルクスが光流を見据えた。
「あ、神様からメッセージが来たわ」
「……お前、なんだよそれ。今、お互いに見つめていただけじゃないか」
「私たちは互いに見ることで、意識を集中させて、神の領域に入るのよ」
「あ、そ、そうですか……」
「だから、ごめんね」
そして、ルクスとルネは互いに手と手を合わせる。
世界は白い光と黒い光に包まれた。
数秒後。
煉獄にあったはずの光流の姿はなくなっていた。
ルクスが溜息をつく。
「神の領域を侵した人間がどんなものかと思えば……。善悪どっちつかずなのは望むところなのだけれど、信念がなくて、なんとも中途半端な少年だったわね」
テネが笑った。
「でも、最後の最後まで中途半端だなんてある意味、すごい信念があったともいえると思うな」
「だからこそ、神様は”生きるでもなく死ぬでもない”状態にする神罰を与えたのね」
「生きようと思っても生きれず、死のうと思っても死ねない、ぼんやりとした永遠の意識状態。拷問そのものだと思うけど」
「彼は己の欲望を優先させ女に溺れて、能力に溺れて大勢の人間を殺したのよ。これだけの罰を受けて当然よ」
テネは大きなため息をついた。
「お姉ちゃん、今回もだめだったね」
「‥‥いったい、いつになったら来るんだろう。神様を解放してくれる善悪を超越した”外法”をもつ勇者は」
「でも、いつかはきっと来るでしょう。気にすることもないわ。神にも我らにも時はあってなきがごとし。気長に待つとしましょう」
「じゃあ、テネは地上に降りるね。今度はちゃんとした”外法”の勇者が召喚されるようにするよ」
「ええ。次こそは頼むわね」
そうして、双子の姉妹はしばし互いを見つめ、微笑んだ。