地獄のサバイバー
地獄で働いてたんだが、もう限界かもしれん。
「ぐお~待ってくれ~~!」
人魂のライトを灯した地獄列車のドアが、俺の鼻先で無情に閉じた。
軋んだ音を上げて劫火を纏いながら出発する列車を呆然と見送る俺。
獄宿三丁目の安酒場で骨酒を呷りすぎて、気がつけばこんな時間だった。
「だめだ! こんな時間に、ここにいたら……!」
駅から締めだされた俺は、ビクビクしながら人気の無い暗い路地を見渡す。
16年前に地上で起こった『あれ』以来、地獄はすっかり様変わりしてしまった。
60億の人間達が一挙にここに押し寄せて(天国に行ける奴など誰もいなかったのだ)地獄を占拠して、自分達のいいように作り変えてしまったのだ。
そんなわけで俺ら鬼どもは今ではすっかりマイノリティ。職にもあぶれて、凶暴な亡者どもの顔色を窺う毎日。酒でも飲まなきゃやってられない。
……ふと、俺は道端に佇む影に気付いた。
女だった。長い髪、黒い外套、白い肌、真っ赤な唇。
女が、ゆらりと俺に寄って来て、ニタリと笑って……
「お願い……食べさせて!」
そう言うなり、
「ステーキィ! ハンバーグゥ! 牛丼肉増しぃいいいい!」
懐からナイフを取り出しながら、俺に噛みついてきた!
まずい! 餓鬼だ! 俺は悲鳴をあげる。
こないだも相棒が馬刺しにされて食われたばかりなのだ。
泣く子も黙る牛頭大王の俺が何でこんな目に……!
「もう地獄はいやだー!」
両手にナイフとフォークを握って襲ってくる女から、俺は泣きながら逃げ出した。