ご主人様がドSすぎて、あたしもう無理!
ご主人様がドSすぎて、マジで泣き入ってます
「これが……『ヤツ』の一部に過ぎないと言うのかね……」
哨戒ヘリから降り立って、初めて『それ』を目にしたアレン将軍は、全身の毛孔が収縮し、胃の内容物が逆流しそうになるのを必死で抑えた。
「おそらく……地中レーダーが届かないので正確な計測は出来ませんが、『露出部』のサイズからして地中数十kmにわたってその体を広げているのでは……」
フェル博士が額に浮ぶ玉の汗を拭いながら答える。一ヵ月前の大地震でエルバートの山腹から露出した『それ』は、目に見える部分だけでも200mを超えていた。
「隆起した地層の年代から測定するなら、十万年前からこの場所に……おそらくは空から……」
山腹に仮設された観測施設の窓から『それ』を見上げる博士の目もまた、恐怖と混乱に濁っていた。
それほど異様な姿だったのだ。
飴色のミミズを思わせるテラテラした体表の節々からは、先端に鉤爪を生じさせた捻じ曲がった昆虫の触手のようなものが不規則に突き出して天を指している。
よく見れば触手の合間を押し分けるように生えているのはイカのそれに良く似た嘴だが、その嘴の表面には幼児の臼歯を思わせる乳白の突起がこれまた不規則に散らばっているのだ。
最もおぞましいのは『目』だった。その用途は分からないが、人間の瞳としか形容しようのない巨大な緑色の器官が、そこかしこに見開かれ、まるで博士たちを凝視しているようだ。
「こいつは……『生きている』のかね……?」
将軍が襟元をゆるめながら博士に尋ねる。頸筋を気持ちの悪い汗が伝う。
「判りません。生命活動を思わせる痕跡は無いし、体表から採取したサンプルはすぐに崩れて、測定した結果は周囲の粘土鉱物と変わりません。ですが……ただの鉱物とは、とても…………!」
答える博士の声はかすれ、肩は震えていた。
「ジーザス……」
信仰心の薄い将軍が、我知らず呟いていた。
生物学の知識など皆無の彼も直感していた。こいつは、この地上で生まれたものではない。
『それ』に何の目的があったのか解らないが、十万年の昔に宇宙からこの地に飛来して、長い長い休眠についているのだ。
果して再び目を覚ますことがあり得るのだろうか?
あるとしたら、その日は明日なのか、それとも一万年後なのか……
人間には決して知りようのない茫洋とした不安と恐怖にとり付かれ、将軍は再び吐き気を覚えた。
だがこれは幸いと言えるのだろうか。博士と将軍が、その後不安に苛まれることはついに無かった。
『その日』は今日だったのだ。
おおおおおおおおおおおん!
突如耳をつんざく絶叫が山間に響き渡った。
大地が揺れ始めた。博士と将軍、観測所に集った全ての研究員と軍人が、皆一様に悲鳴をあげた。
『それ』の目玉が、ぎょろりと動いたのだ。空が暗転して緑色のオーロラが輝き始めた。
恐怖に両手で顔を覆った博士は、更なる悲鳴を上げた。光に覆われた両手が、溶けて崩れて解けて無くなっていく!
轟音と共に『それ』が震え始めた。
700kmに及ぶ体躯をうねらせながら山並みを突き崩し10万年ぶりに地表に身を起こした『それ』は、
ヌルヌルと蠢く幾本もの触腕の間にオーロラのように輝くの緑色の被膜を形成した。
オーロラは瞬時に北米大陸全土を覆った。それを見上げた地上の全生物の肉体は数瞬で溶解し素粒子レベルに分解されて、光の被膜に啜りあげられ巨大な神体の供物となった。
『それ』は全身から濛々たる腐食性のガスを噴出して大陸の三分の二を焼き尽くしながら浮揚すると、1秒を経ずして大気の外に至った。
「早く来い!いつまでそんなところに転がっている!」
「お待ちを×××!」
……まったく、『主』の癇癪にも困ったものだ。
航路の狂いをたしなめただけで、この仕打ちとは。
穿たれた脇腹がシクシク痛む。地表に生えていた微生物を食べてどうにか体は修復したが、旅路は長い。先が思いやられるというものだ。
乱暴な『主』の叱咤の一撃で、小さな惑星に墜落していた『それ』は、
数瞬の昏倒から目を覚ますと大慌てで『主』の背中を追いかけ、茫漠の虚空を泳ぎ始めた。