ロードオブヘブン
死に瀕した男の前にやってきた死神。
彼を地獄に連れ去ろうとする死神を相手に、男がとった行動は……?
「ふう、ふう、ふう」
暗い路地裏にうつ伏せに倒れた男が一人、苦しげに喘いでいる。
警官隊の発砲で撃ち抜かれた左胸、男の周囲は血の海だ。
強盗、殺人、婦女暴行。悪逆の限りを尽くして世間を震え上がらせた『噛陀兄弟』最後の一人。その命ももう、長くは無い。
そして、男のすぐ傍ら。
ポリバケツに腰掛けてのんびり一服、ほうじ茶をすすりながら奴がくたばるのを待っているのが、この俺だ。
警察の包囲網が狭まってきたこの数日、こいつ一人を張っていた甲斐があった。俺はほくそ笑んだ。
男の命が尽きたらすぐに、奴の魂を引っ掴んで地獄に直行という寸法だ。極悪人の魂ほど評価が高い。
「待ちきれないって顔だな、死神さん……」
男が顔を上げて焦点の定まらない目で俺を睨んだ。
おやおや、今際の際の男には、もう俺の姿が見えるらしい。
「ああ、感謝しな、死神のエスコートであの世に行けるなんて、今日日珍しいんだぜ。行先は天国じゃないけどな」
俺は男を見下ろして冷たく笑った。だが、
「悪いな、デートはキャンセルにしてくれ、先約があるんだ」
そういって不敵に笑った男。
「先約?」
俺がそう聞き返した時には既に、どくん。男の心臓は停止していた。
妙な事を言いやがったな、でもまあいい。
俺は地面に突っ伏した男の、死にたてピチピチの魂に手を伸ばした。
だが……どういうことだ?俺の目の前で、男の魂がふわりと宙に浮いた。
あ……!
魂に目をこらした俺は、思わず声をあげた。
糸だ。
男の魂を空高く巻き取っていくのは、天から垂れてきた一本の蜘蛛の糸なのだ。
「死神13号、手出しは無用です」
天上から俺を呼ぶ、いけすかない釈迦牟尼の声。
「この男は生前、一つだけ善行を成しました、小さな蜘蛛を踏み殺すのを思いとどまったのです。よって『天国番付・ロードオブヘブン』への参戦を認めます!」
ぶーっ! 俺はほうじ茶を吹き出した。
苦労して追い回してきた獲物が、天国の人気ショーにエントリーしていたなんて!
わああああ。天上から男を包む歓声。
「はは、残念だったな死神!」
空から男の笑い声。
「縛り首になった俺の兄貴たちが、昨日夢枕で教えてくれたんだ!ヤバくなったら、これまでしてきた『いいこと』を、強く思い出せってな!」
……すでに地獄で服役中の、奴の兄弟の入れ知恵か!
「みてろよ……このゲームを勝ち抜いて、天国で成り上がってやる!」
蜘蛛の糸に掴まりながら、俺を見下ろして男が笑う。
「ぐぐぅ……!」
俺は歯がみした。HTVのステージに立たれたら、奴の身柄はもう俺の管轄外だ。
だが……俺は意を決した。
絶対にあきらめない。奴は俺の獲物だ。どんな手を使ってでも男を失格させ、地獄に引きずり込んでやる!
もう男に直接手出しはできない。だが、ステージでゲームに挑戦する奴を『応援』するだけなら、何の問題も無いはずだ。
俺は懐に忍ばせたレーザーポインタに手をやって、ニヤリと笑った。