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不思議の季節  作者: めらめら
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ラーメン地獄変

ある日、とあるラーメン屋に入った俺は……

 寒風が肌に突き刺さるような年の瀬。

 仕事を終えた俺は、夕飯を求めて路地をさまよっていた。

 寒さにコートの襟を押さえながら歩く俺の目に止まったのは、一軒のラーメン屋だった。

「『圧勝軒』か……。このエリアのラーメンは、全て制覇したはずだったが?試してみるか。」

 ラーメンにうるさい俺は、今夜の『標的』をここと定め、店の引き戸を開けた。

「へいらっしゃい!」

 カウンター十席の小体な店内で、厨房から店主が声をかけてきた。

「醤油ラーメン。」

 俺は躊躇いなく基本メニューを注文する。

「へい、醤油いただきました!」

 俺は厨房に目を遣った。店主が麺を茹で始める。

 白髪まじりの五十路は超えようかという店主だが、調理の身ごなし素早く動きに全く無駄がない。

 程なく調理を終えた店主がラーメンを運んできた。

 鋭い眼光が俺を射抜く。これは期待できそうだ。

 ラーメンのルックは昔ながらの東京風オールドスタイル。


 さて味の方は…俺はレンゲでスープを口に運んだ。

「これは……う、美味い!!」

 俺は驚いた。豚骨、鶏ガラの動物系出汁と魚介出汁が完璧に調和し、全く雑味がない。

 自家製と思しき麺もまたいい。一見凡庸な低加水の縮れ麺だが、スープとの絡み申し分なし。

 だがそれだけではない。味の決め手、それはタレだ!

 ただの醤油じゃないな?獣肉を発酵させた醤を用いたタレが、端正なスープに独特の野趣と迫力を与えている。

 俺は確信して、店主にこう問うた。

「『ししびしお』……だな?おやじさん。」

「へへ……どうですかね。」

 店主がニヤリと笑う。こやつ出来る!だが…

 俺は一気呵成にラーメンを啜り、スープを飲みほすと店主に言った。

「ごっそさん、美味かったよ。だがこのラーメン、1つ弱点がある!」

「なん……だと?」

 店主の目がギラリと光る。すかさず俺は畳みかけた。

「それは『温度』だ。繊細なスープの風味を損なわぬよう、食べ終わりが70℃になるよう計算しているな?

 だが、こんな寒い日には熱々のスープを飲みほしたいのが人情というもの。

 おやじさん、自分の味に拘る余り、客の気持ちが見えなくなってんじゃないか?」

 一本取ったぞおやじ!俺は勝利を確信した。だが店主は動じない。奴は不敵に笑った。


「くくく……面白い旦那だ。いかにも!このラーメンは一見客を試す、ほんの小手技。

 喰らってみるかい?俺のラーメン道40年の精華、『真説・爆熱灼刹麺』を!!!」

「ああ、望むところだ!!」

 裏メニュー!これぞラヲタ冥利!俺は武者震いしながら答えた。


「へい、スペシャルおまち!」

 程なくして供されたラーメンは、真っ黒なスープに縮れ麺の泳ぐ特異な佇まい。

 チャーシュー、メンマの類は一切乗っていない。

「光麺か……具など飾りに過ぎないと? いいだろう。」

 俺は期待に胸を膨らませてスープを口に運んだ。


 ぶわっちぃいいいいいいいいい!!

 ……熱い!なんだこれは。まるで煮えたぎったコールタールだ!だが……美味い!

 マー油でもイカ墨でも竹炭でもない。この蠱惑的な味、なんなんだこの黒スープは!

 俺の口内が熱湯で爛れていく。だがスープを運ぶ手が止まらない。美味すぎるのだ。

 そして麺だ。自分でも気づかぬ内に無我夢中で啜っていたのは、加水率の高いプルプルチロチロとした縮れ麺。

 俺の口の中で、絶品の麺が生き物のように蠢くと舌に絡みついてヌラヌラと愛撫してくる。ああ気持ち悪い、でも美味い!

 気がつくと、丼の中の麺がミミズのようにうずうずと蠢きだすと、箸とレンゲを上って勝手に俺の口に這入り込んできた!

「んう~!んう~!」

 口元を封じられて息のできない俺。黒スープがブクブクと沸き立ち始めた。麺を伝って勝手に口に流れこんでくるドロドロのスープ。

 麺とスープは口だけではなく、俺の目や鼻や耳にも容赦なく潜り込んできた。


 熱い、苦しい、でも美味い!


「ふ゛あ゛あ゛あ゛~う゛ま゛い゛~~う゛ま゛い゛お゛~~~~~~!!!!!」

 壮絶な苦痛と快楽に引き裂かれて泣き叫ぶ俺を、厨房の店主は腕組みしながら見つめていた。

 薄れて行く意識の中で最後に俺が見たのは、邪悪な嘲笑を湛えてギラギラと緑色に光る、店主の眼だった。

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