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妖刀使いの妹(ペット)  作者: 黒楼海璃
No.1 ある日、妹が出来ました。
6/32

No.5 美雨

 俺と少女、梓と夜千瑠がそれぞれテーブルに向かい合わせで座り、事情聴取が始まった。


「よし。じゃあお嬢さん、とりあえず君の名前を教えてくれ」

「……な、ま、え?」


 少女がゆっくりと呟く。ここで名前って単語を知らなかったら完全に本末転倒中の本末転倒だ。


「……なまえ、なまえなまえなまえ……」


 少女は両手で持ったホットミルク入りのマグカップを覗き込みながら、何度も名前名前と連呼している。


「……み、う」


 そして、呟いた。みう、と。


「みう?」

「みう。わたしは、みう」


 みう、それがこの子の名前か。


「しゃあみう、みうって字はどう書くか教えてくれないか?」


 俺は紙と鉛筆をみうに渡す。字が書けるか心配だったが、みうは鉛筆を持ち、ゆっくりと紙に字を書いた。そして書いた紙をテーブルの真ん中に置く。

 ――『美雨』

 紙にはそう書かれていた。


「美しい雨と書いて、か。結構良い名前だな」

「……い、い?」

「ああ。可愛いと思うぞ」

「……かわ、いい?」


 美雨は首を傾げる。どうやらこういうのは分からないみたいだな。大丈夫かな、事情聴取。


「じゃあ美雨、質問するけど、何で美雨は箱の中に入っていたんだ?」


 俺はスーツケースという単語は美雨には分からないと判断し、あえて箱と比喩して尋ねる。

 美雨は俺の質問が分からないのか、またもや首を傾げる。


「……俺の言ってる事が分からないのか?」

「……(フルフル)」


 あ、首横に振った。


「じゃあ、何で箱の中に入っていたのかが分からないのか?」

「……(コクリ)」


 今度は頷いた。何でスーツケースに入っていたのかが分からないという事は、何で運ばれてたかも、運ばれる場所も分からないだろうし、質問を逆にしてみるか。


「えーっとだな美雨、じゃあ何か覚えている事はあるか?」


 多分他の質問をしても分からないだろうし、ここは逆に何を覚えているのかを聞いた方が手っ取り早いという結論に至り、再度美雨に質問する。

 美雨は首を傾げて黙り込む事十数秒後、


「……こ、え?」


 ゆっくりと呟いた。最初は声、と。


「声? 他には?」

「……おと、こ?」


 お次は、男。


「男? 他には?」

「……うご、けな、い?」


 次は、動けない?


「他には?」

「……さむ、い?」


 次は、寒い。


「他には?」

「……くす、り?」

 次は、薬。


「他には?」

「……じゅう、きゅう?」


 次は、19?


「他は?」

「……(フルフル)」


 首を横に振ったって事は、これで全部か。

 声、男、動けない、寒い、薬、そして最後に19。


「……うーん、美雨が覚えていた状況は大体想像出来るかな」

「え、どんな感じに?」

「まず寒いってのは、服を着ていなくて裸でいた。そして動けないって事は拘束されていた。つまり美雨は何処かに監禁されていた。そしてその犯人である男は、美雨が目で見たんじゃなくて声で男だと思った。ソイツらは多分新藤かその仲間だな。そして美雨は薬で眠らされていた。ここまでは想像が付く。けど気になるのは、最後の19だ」


 何で美雨は19という数字を覚えていたんだろう。19は素数。何かの番号を示しているのか、何かの隠語なのかとしても、一体何を示しているんだ。


「……んー、まあこの際だし、19の謎については保留しよう。それよりも美雨をどうするかだよな」


 分かんない事をここで考えていたら埒が明かない。それに今考える事でもない。まずは美雨の事だ。

 名前は分かったけど、このボーっとした調子だと苗字は分からないし、名前だけで戸籍謄本を調べるしかない。それに薬漬けにされてたから病院での検査も必要だ。後は美雨を何処で預けるか、だよな。新藤達が運んでいたという事は、また狙ってくる事を考慮しても、出来るだけ安全で安心な場所に預けるのが一番なんだが、一体どうしたものか前途多難だな。ていうかそんな事より、


「……夜千瑠。一つ訊きたいんだが」

「何で御座ろうか」

「何で美雨は起きたんだ?」


 俺がさっきから気になっている事があった。何で美雨が起きたか、という事だ。

 夜千瑠の話では、美雨は大量の麻酔を投与されたらしく、数日は目を覚まさないと診断された。なのに何故起きたのかが気になって気になって仕方ない。

 夜千瑠は返答に難儀したのか、腕を組んで考え込む。


「……それは不明で御座る。薬を投与していたのがずっと前で、先程偶然起きたという仮説はまず無いで御座る」


 それは無いな。それだったら投与したその日に運んでいる筈だ。運んでいる途中で起きたとしても、車の中でだったら麻酔を投与する事は可能な筈でもある。こっちも分からない事だらけだな。


「まあ、これも保留にしておくか。とりあえず美雨は今晩ウチで預かるとして、明日からどうしようなぁ」

「ちょっ、ちょっと待って正刀。正刀が預かる気?」

「少なくとも今日はな。もう夜だし、今から引き取ってくれる人なんかいねえよ。幸いにも今日は金曜日。明日明後日は美雨を病院に連れて行って検査したり、色々調べたりで忙しくなるな」


 俺はブラックコーヒーを飲み干し、椅子の上で正座になって緑茶を啜る夜千瑠に目を向ける。


「夜千瑠、追加で悪いんだが、新藤達の足取りと美雨の素性について調べてくれないか。こっちでも独自に出来る限りの事はしてみるから」

「御意」


 夜千瑠は返事をして覆面で口を覆うと、椅子から立ち上がってスーツケースを持って玄関へ向かう。


「師匠。師匠も充分にお気をつけ下され。新藤達は既に師匠の素性を調べている可能性もあるので」

「ああ。分かってる。そっちも頼んだぞ」

「御意」


 夜千瑠は足袋を履いて帰っていった。家には俺、梓、美雨の三人だけになった。


「さてと、どうするかなぁ……」


 俺が考えながらリビングに戻ると、目の前に美雨が立っているのに気付き、ビクッと驚く。


「ど、どうした美雨……」


 突然目の前に現れたワイシャツ姿の美少女は、俺の顔をジーッと見つめてくる。その顔が可愛い事可愛い事。

 美雨は俺を指差し、ゆっくりと口を開く。


「……な、ま、え」

「は?」

「な、ま、え」


 俺を指差し、名前と言う。俺の名前を聞いているのか。

 そういえばまだ名前を言ってなかったな。名乗る前に色々とゴタゴタしてたからな。美雨が全裸で拘束されてスーツケースの中に入っていたから。


「名前、か? 俺は、正刀だ。ま、さ、と」

「ま、さ、と?」

「ああ。ま、さ、と。そんであっちの女の子が梓だ。あ、ず、さ」


 指差しで復唱しながら美雨に俺と梓の名前を教える。


「……ま、さ、と。あ、ず、さ、ちゃ、ん」


 美雨も同じ様に指差しで復唱する。

 ああ、この動作も可愛いなぁ。昔の梓もこんな感じだったなぁ。昔は俺の事を『まさとくーん』って呼んでどれだけ無邪気で可愛かったか。勿論今でも可愛いし、その可愛さが祟ってストーカー被害に遭っていたのも事実だけど。

 閑話休題。名前を知ってもらった所で、今晩の事なんだが……


「梓、お前はどうする? このまま帰るか?」


 ここまで来たとはいえ、本音を言えば梓を巻き込みたくない。いつ新藤達がやって来るか分かったモンじゃないしな。とりあえず一旦家に帰した方が良いかな。なんて考えたら、梓は黙って首を横に振った。


「梓?」

「……る」

「は?」

「……私、今夜は正刀の家に、お泊まりする!」


 ………………はい?


「あ、梓さん、今何と仰いましたか?」

「だから、正刀の家にお泊まりするって言ってるの!」


 …………はいィィィィィィィィィィッ!?

 何言ってるの!? 何言ってるの!? このお嬢様JK(十六歳)何言ってるの!?

 俺は頭の中では梓への心配を考えていたが、一気に驚きに全部染まった。ものの0.1秒で。


「お、お前、どうしたんだ急に……」

「だ、だって、正刀が年頃の女の子と二人っきりで一夜を過ごしたら、な、何やるか分かんないじゃない!」

「あ、あのな梓、確かにそう思われても仕方ないって自覚はあるけどな、別に疚しい事なんか何もしないぞ? ていうか泊まるって言うけど、親父さんが許可しないだろ。それに着替えとかどうするんだよ」

「べ、別に、お父様からは私がちゃんと説得するし、着替えだったら嘆さんに持ってこさせるわ。どうせお隣なんだし!」


 ヤ、ヤバいぞ。確かに昔はよく梓がお泊りに来てたは来てたが、それはあくまで子供の頃の話。中学に上がってからは俺のセクハラを警戒して泊まる事は無くなったけど、さすがに高校生になってそれはちょっとマズいだろ。俺も人の事全然言えた義理じゃないけど。現に仕事の都合上で時々同僚の女の子の家に寝泊りしたりしてるからな。

 ここは親父さんを説得する前に梓本人を説得させて止めさせないと。

 と思った途端に梓はスマホを取り出してすぐさま親父さんに電話を掛けてリビングから出て行く。

 失礼とは思いつつ、話し声を盗み聞きしてみると『銃剣警法違反』だとか『訴える』とかいう単語が聞こえてくる。手を出したら本気で死ぬな。こりゃ。

 それから少しして梓がリビングに戻って来た。そして凄い嬉しそうな笑顔で、


「お父様から許可もらったわよー!」


 Vサインを作って自慢げに言った。マジかよ。


「お、お前、よく親父さんが許可したな」

「正刀の家だったら安心だからOKだって。お父様は只でさえ男からの被害を受けてた一人娘の私がお泊りしても良いって言うぐらいに正刀の事を信用して下さってるのよ。少しは感謝しなさい」

「ま、まあ、そこまで信用してくれるのはありがたいけど……」

「けど何かエッチな事したら、即銃剣警法違反で訴えるから」

「はい。分かりました。承知致しました梓様」


 梓の親父さんと俺の父さんは結構仲が良かった。黒銅グループを陥れる様な事件の時には父さんが懸命に解決を進め、梓の親父さんは相当父さんに感謝してたらしい。

 勿論俺も小さい頃からずっと梓と側にいて守ってきた甲斐があってか、俺の事も信用してくれてるし、色々気に掛けてもらってる。本当に梓の親父さんには感謝感激雨霰だな。


「それで、着替えは美雨の分も入れて嘆さんに持ってきてもらうから」

「お待たせ致しました。お嬢様」

「早っ!?」


 音も無く突然嘆さんが着替えの入ったカバンを持って現れた。この人、末裔は忍者か何かか。


「あの嘆さん、何処から入ってきたんですか」

「玄関が開いておりましたので、そこからお入り致しました」


 おかしい。確か夜千瑠を見送った後にちゃんと鍵を掛けた筈。


「……えーっと、もう住居不法侵入とか言いませんから、一言断ってから入って下さい」

「失礼致しました正刀様。それで話を切り替えさせて頂きますが正刀様。あちらの方は?」


 嘆さんが向けた視線の先にいたのは、ワイシャツ姿でポケーッと見ている美雨だった。

 …………この際だ。梓のボディガードである嘆さんにも説明しよう。そう思ってさっきまでの出来事を説明する。


「……て訳なんで、この事は内緒にしていて下さい。外に漏れると面倒なので」

「承知致しました。元銃剣警ですので、守秘義務は厳守致します」


 表情一つ変えずに言う嘆さん。見た目は兎も角としても、この人は信用出来る。問題無い筈だ。


「ではお嬢様、今晩はしっかりとお休み下さい」

「はーい。分かってます」


 嘆さんは一礼して帰っていく。


「あ、嘆さん」


 言い忘れていた事があったのを思い出した俺は、嘆さんを呼び止め、耳元で囁く。


「……何でしょう。正刀様」

「あの、出来れば無いようにはしたいんですが、もし万が一、俺が梓を守る事が出来ない状況になったら、その時は梓をお願いします」

「……正刀様。それは当然の事です。正刀様にもお嬢様をお守りする事が出来ない状況が無いとは限りません。その時は、私が全身全霊を持ってお守り致します」

「ありがとうございます嘆さん。また今度、銃のメンテをお願いして良いですか?」

「はい。承りました」


 嘆さんは再度一礼して帰って行った。

 梓を守る事が出来ない状況。それは何れ起こるだろう。けど、そうなる前に、キチンと守り抜かないとな。俺はそう決意して梓と美雨の所へと戻る。


「よし、それじゃあすっかり忘れてたけど、今から晩飯作るから、梓は美雨を風呂に入れてやってくれ。寒いって言ってたし、体を温めないとな」

「分かったわ。美雨、おいで」


 梓が美雨の手を取って風呂場へと向かおうとした。が、美雨は俺の服の袖を摘んでその場から動かない。


「美雨?」

「……まさとと、いっしょ」

「は?」

「まさとと、いっしょ、が、いい」


 おい。これは俺の聞き間違いか。この子は何を言っている。もしかして俺と一緒に風呂に入りたいとかって意味で言ってるんじゃないだろうな。梓の顔を見てみると、顔が引き攣ってる。俺の聞き間違いじゃないな。


「み、美雨。さすがに俺と美雨が一緒に風呂に入るのはちょっとマズいぞ」

「? なんで?」


 ヤバい。美雨は自分で言った事が理解出来ていない。説明しようにも多分それも分かってくれない可能性が……


「駄目よ美雨。正刀は美雨みたいな可愛い女の子の裸を見たら何が何でも襲っちゃう癖があるんだから、一緒にお風呂に入ったら危険よ」


 おい梓。とんでもない誤解を美雨に吹き込むな。それで信用したらどうするんだよ。けど美雨はそれでも首を横に振る。


「やだ。まさとと、いっしょが、いい」


 美雨は梓の手から腕を放し、いきなり俺に抱きついてきた。


「ちょっ、美雨!?」

「お、おい美雨! 離れろって!」


 慌てて美雨を放そうとするが、美雨は両腕を俺の腰に回し、ギュゥゥゥ、と抱きついてきた。

 さあこの行動で何が起こるか。答えは簡単だ。美雨の大きい胸が俺にムニュゥゥゥ、と当たり、柔らかくて気持ち良くなる。


(な、何だこの柔らかさは!? この弾力、膨らみ具合、申し分無い! 梓と互角に渡り合える凄さだ! いや梓だけじゃない。()()()とも渡り合える筈……!)


 何て思ってた事が顔に出ていただろうか、


(ゴンッ!)


 梓が村正で俺の顔面を殴ってきた。本日三回目。


「正刀! 何エッチな事考えてるのよ! 銃剣警法違反で訴えるわよ!」

「梓よ、この場合美雨の方から抱きついてきたから俺は違反にならないぞ」

『でも厭らしい事を考えていた顔をしてたから、どの道違反になるんじゃない?』

「確かにそうですね大変申し訳御座いません梓様どうか許して下さいお願いします」


 至福の一時を過ごしたすぐに地獄の一時へと変貌する俺の人生、正に天変地異だな。

 とりあえずこの状態が続くと本当に殺されそうなので、俺はふと思いついた仮説を元に、美雨の頭の上に手をポン、と置く。


「美雨、俺は別に美雨の前からいなくなったりしないから、安心して梓と一緒に風呂に入って来い」


 美雨の言う、俺と一緒にいたいというのが『一緒に風呂』ではなく『俺の側から離れたくない』という意味合いで言っているのだとしたら、まだ美雨を説得出来る余地は残っている筈、そう仮説を立てた。

 要するに美雨はどういう理由かは分からないが、俺にベッタリでいたいらしい。梓にベッタリなら兎も角、何で俺なんかに? こんなセクハラ発言で死に掛ける様な男子高校生を。自分で言ってて虚しいなぁ。

 俺の言葉に美雨は上目遣いでこちらを見てくる。うわぁ、すっげえ可愛い。


「……ほんとう?」

「ああ本当だ。俺が可愛い女の子を見捨てる訳がない。信じてくれ」


 寧ろ一緒に連れて行きたいぐらいだしな。でないと損だし。あくまでも危険な目に絶対遭わないっていう保証があればだけど。

 美雨は俺の言葉を信じてくれたのか、コクリ、と頷く。


「……あずさ、ちゃんと、入、る」

「よしよし。俺はその間に、美味しいご飯作るからな」


 俺は美雨を梓に任せ、俺は村正を腰に差して台所へと向かい、晩飯を作る事にした。


「なあ村正、何で美雨は俺と一緒が良いって言ったんだろうな」

『さあ。正刀のいる方がホッとするからじゃない?』

「何で俺といるとホッとするんだよ。俺は女の敵だとか言われても否定出来ない性格なのに」

『正刀、梓が相当な男嫌いなのに、どうして正刀には心を開いていると思う?』

「どうしてって、幼馴染だからだろ。付き合い長いし」

『それもだけど、正刀と一緒なら安心出来るのよ。正刀はいつも梓の事守ってるし、梓から離れたりなんか決してしなかったじゃない。正刀は信頼されてるのよ。だから美雨も正刀といるとホッとする気がしてならないんじゃない?』


 村正の意見は、理に適っていなくもない。

 確かに俺は梓と出会って十数年経つが、その間俺が梓の側から離れる事は一度もなかった。折角可愛い女の子と仲良くなれるチャンスを逃したくないだとか理由は様々だが、一番の理由は、俺の正義感が強かったからかもしれない。

 梓は小さい頃からストーカー、嫌がらせ、痴漢、暴漢などと言った奴らから被害を受け続け、俺はそんな奴らから梓を守ってきた。故に梓は俺だけに心を開き、素の自分で接していた。

 そこまでは良いんだが、そのせいで梓には友達がいない。いたとしても俺と同世代の銃剣警数人程度だ。夜千瑠も勿論その一人。俺としては友達が沢山出来たらなぁ、とは思っているが、梓は女子からの嫌がらせを受けた経験上、余程の事か無いと女子にさえ心を開かない。ここら辺も前途多難だな。


「……まあ、俺に気を許してるんだったら、少なくとも今晩は大丈夫そうだな。ところで村正はどう思う? 美雨の今後」

『……あー、その事なんだけど、なーんか美雨から妙な“気”が出てるのよねぇ』

「気? どんな?」

『そうねぇ、なんか特別禍々しい訳でもなければ、特別良い訳でもないっていうか、兎に角美雨かAEBで拘束されてた理由の一つがそれだと思うのよね』

「それってどういう……」


 俺は村正の訳分からない説明をもっと詳しく訊こうとしたその時、


「――ちょっと美雨! 駄目っ!」


 突然、風呂場の方から梓の声が響いた。俺は料理する手を止め、急いで向かう。


「おいっ! どうしたっ!?」


 俺がリビングを出た瞬間、とんでもないものが目に入った。


「なっ――」

「……」


 美雨が、美雨が――全裸でやって来た。

 正確に言えば、大事な所は手と腕で隠してはいるが、服どころか下着すら着用していない、さっき俺達が美雨を見たのと同じ状態だ。大事な所が隠れてるとはいえ、梓に匹敵する美雨の胸が全部隠れる訳がない。腕で支えられているのか、揺れてはいないが、エロい。凄いエロいぞこの巨乳は。それに下半身、特に太股はさっきも見たが、こちらも梓と同等にムチムチしてて無茶苦茶エロい。掴んだら気持ち良いだろうな……って何考えてるんだ俺は!? こんな状態を放置してたら銃剣警法違反で殺されるだろうが!


「お、おい美雨! そんな格好で出てくるなって! 戻って服着ろって!」

「…………?」


 俺は慌てて美雨を風呂場に戻そうとするが、美雨は首を傾げるだけ。まさか美雨には服を着るという概念が無いのか!?


「美雨! せめてバスタオルぐらい羽織ってから――」


 ぎゃあぁぁぁっ! もう一人来たぁぁぁっ! あ、梓も服着てねえぇぇぇぇぇっ!

 いや、まだセーフだ。梓はまだ体にバスタオルを巻いてやって来たから全裸よりかはまだ良い。いや、良くない。全然良くない。いくらバスタオルを巻いてるとはいえど、梓ご自慢の巨乳が全部隠れる訳がなく、上の部分がハミ出ていた。しかも揺れていた。フヨンフヨン、と。そしてトドメに太股だ。バスタオルからハミ出たムチムチの太股が梓の色気を掻き立てている。裸よりもある意味破壊力あるぞこの格好!


「ちょっ、正――」


 ここで大惨事が起こった。梓の胸が揺れ過ぎたせいなのかどうかは知らないが、梓の体を隠していたバスタオルが、ハラリ、と床に落ちた。


「――っ!?」

「――っ!?」


 梓は条件反射で胸と下半身を両腕で隠し、その場に蹲る。俺はとんでもないものを見てしまい、つい顔が赤くなってしまう。

 梓が顔を上げ、半泣きの目で俺の方を見る。


「……正刀、何か言う事はある?」


 え? 言う事? えーっと、そうだなー


「……ごちそうさまでした」

「正刀のエッチィィィィィィィィィィッ!」


 俺は妖村正刀。十六歳。職業、銃剣警。

 高校生になって、巨乳美少女のナマ乳を目撃した。それも、二人分。

 この後俺は梓から顔面フルボッコという暴力を受け、その間美雨は全裸のままボーっと立っていた。



 二人が服を着てから飯を食べている間、梓は顔をムスッとさせて黙ったままだった。


「梓」

「……何よ」


 梓がジロリと俺を睨む。ボコボコに殴っておいてまだ気が晴れない。相当怒ってるがマシな方か。あの場合は銃剣警法違反で訴えられなかったのは、俺が態とやって来たのではなく、梓と美雨の身に何かあったと勘違いして飛び出してしまったからという村正による弁解が通ったからである。今も俺が揚げたコロッケをムシャムシャと食べている。そんなに油物食べたら胸に脂肪が行くぞ。


「えーっとだな、明日美雨を病院に連れて行くつもりなんだけど、お前も来るんだよな?」

「……私が来たら何か問題でもあるの?」

「いや、問題が無い訳じゃなくてだな、ひょっとしたら新藤達が狙ってる可能性も充分踏まえるとして、行く病院、()()()の所だぞ?」


 梓の箸を動かす手がピク、と止まる。


「……()()()の所に行くの?」

「だってこんな状況を説明して即行で分かってくれる人なんてあの人ぐらいじゃんかよ。多分あの人の事だから、梓には程々にしかしないと思うけど」

「……別に、お姉様は優しいから。私もついてく」


 ですよねー。まあ、なるようになれだ。ちなみに梓の向かいに座っている美雨は、はむはむとオニギリ――こっちの方が食べやすいだろうと思って握った――を食べている。


「美雨、美味いか?」

「……(コクリ)」


 良かった。美雨の口に合って。美雨はさっきも箸があるにも関わらず、コロッケやら卵焼きやらサラダやらを手掴みで食べようとしていた。多分監禁中は手でしか食事をしていなかったのだ。箸を使わせてみたが、物凄く下手クソであり、取ってほしいオカズは俺に言うように言ってあるが、なんか食べてる姿が小動物っぽくて仕方ないな。


「……まさと、たまご、やき、とっ、て?」

「ああ。はいはい」


 俺は美雨にお願いされたとおりに卵焼きを美雨の取り皿に乗せる。さっきから卵焼きばかり食べているな。そんなに美味いのかな。卵焼き。


「正刀、私も卵焼き」

「お前は自分で取れるだろ」

「良いから。卵焼き」

「……はい」


 梓がジロリと睨んできたので、俺は大人しく梓の取り皿に卵焼きを乗せる。ここで少しでも反抗したら銃剣警法違反で訴えられるな。絶対。

 梓は不機嫌でありつつも、卵焼きをパクパクと頬張っている。何故君達はそんなに卵焼きばかり食されるのですか。

 そんなこんなで晩飯の時間も過ぎていき、後は俺がシャワーを浴び、軽くお茶をして時間を潰し、いよいよ寝る時間となった。が、


「……で、何でお前ら脱いだんだ」


 場所が変わって俺の部屋。俺が梓と美雨の為に使っていない部屋に布団を敷こうと思ったら、美雨が「まさと、と、ねた、い」と言い出し、それを聞いた梓が「私も正刀と寝る」と言い出し、結局俺の部屋で三人一緒に寝る事になった。

 別にそこまでは良いですよ。梓とは小学生までは一緒のベッドで寝たりしましたし、寝るにしても布団は別に敷くつもりですよ。でも何故か梓は風呂上りに着ていた服を脱いで下着+ワイシャツ姿になり、梓の服を着ていた美雨もさっきと同じ下着+ワイシャツ姿になった。ちなみに俺は制服から半袖半ズボンのラフな格好になっている。


「だってパジャマは持ってきてないもの」

「何で持ってこなかったんだ。まさかお前、毎晩その格好で寝てるのか」

「別にそういう訳じゃないけど、私が着てるパジャマって絹で出来てるからあまり好きじゃないのよ。木綿の方が良い」


 それじゃあ何でパンツやブラは木綿素材じゃないんだ、と訊きたくなったが、それを訊いたら銃剣警法違反になるので言わずに呑み込む。


「その発言は一部の人間が聞いたら石でも投げ付けるかもな。美雨がさっきと同じ格好なのは言わずもがなだし、布団敷くからちょっと待っててくれ」


 布団を敷くべく、押入れから布団を取り出そうとしたその時、美雨がまたもや俺のシャツの裾を摘んで止める。

 まさか……


「み、美雨?」

「……まさとと、ねる」

「えーっとそれと、俺と同じベッドで寝たいという事でしょうか美雨さん」

「……(コクリ)」


 予感的中ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!

 何で!? 何でそんなに俺と寝たいの!? 俺ってそんなに特別な存在でもないだろ!

 そしてそれを聞いた梓が顔を赤くしながらムスッとなり、


「じゃ、じゃあ、私も正刀と同じベッドで寝る!」


 ああああああああああっ! 予想はしてたけど思いっきり当たったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!


「ど、どうしたら良いんだよ村正!?」


 こうなったら二人をなんとかしてくれるであろう、村正に相談する。


『別に良いんじゃない? 梓とは小さい頃によく一緒に寝てたじゃない』

「いやいやいや! 確かにそうだけどさ! さすがに十六になってそれはマズいだろ! お前がなんとか説得してくれって!」

『クカァー』

「寝るなぁぁぁぁぁっ! てかお前、元から寝る必要ないだろぉぉぉぉぉっ!」


 相棒(村正)との相談は五秒で終了。俺は怒りで手が震えていた。コイツ、ヘシ折ってやろうか。

 この刀をどう始末するか考えていると、俺の腕に美雨が抱きついてきた。


「まさと、ね、よ?」


 いやいや美雨さんっ! 当たってます! 胸が思いっきりむんにゅりと当たってます! かと思ったら、梓も反対側の腕に抱きついてきた。


「正刀! 私もう眠いの! だから早く寝ましょっ!」


 いやあの梓さん! 梓さんも当たってます! 胸がむにゅうと当たってます! お嬢様がはしたないですよ!


「まさと」

「正刀!」


 ど、どういうこっちゃぁああああああああああっ!?



 結局、俺のベッドで三人一緒に寝る事になったのだが、


(な、何なんだよこの状況……!)


 今、俺達はギュウギュウ詰めで寝ている。真ん中に俺が、右隣に美雨、左隣に梓が。二人はそれぞれ俺の腕に抱きつき、スヤスヤと可愛らしい寝息を立てて寝ている。二人の寝顔はそれはもう可愛く、いつまでも見守ってあげたい程なのだが、この状態では落ち着いてそれが出来ない。

 更に困ったこ事が二つ起こった。

 まず一つ目に、二人が腕に抱きつくせいで、二人の胸が思いっきり当たるのだ。むんにゅりと柔らかいその胸は、思春期の俺の心を刺激していた。小学生の頃の梓は胸はまだ特別大きい訳ではなく、一緒に寝る時も大して気にはしなかった。ちょくちょく触ってはいたものの、それも程々に抑えていた。そして梓は中学に入ってから抜群と胸の成長が凄くなった。今では見事Fカップにまで成長し、胸以外にも体が色っぽく育ち、他の男達を魅了していった。当然その梓を付け狙う輩も現れ、俺の銃剣警としての仕事も増えつつあった。

 美雨も美雨だ。目測とはいえ、胸のサイズは梓と同じF。一体何処でどんな風に育ったらこんなになるのか不思議に思う。本当に女の子は謎だらけだ。

 二つ目は、この状況を打破する事が出来ないという事だ。

 ここで変な事をしたら銃剣警法違反になるし、俺の存在が肉体的、精神的、社会的に抹殺される。両隣に巨乳美少女二人が添い寝、しかも腕に抱きついて巨乳が当たり気持ち良く、可愛い寝顔が間近にある。にも関わらず、これで襲ったりしたら殺されるとは、思春期真っ只中の男子高校生にとっては拷問以外の何ものでもない。


「……ひゅう」

「……むにゃ」


 美雨と梓はぐっすりと眠っておられますが、俺は全然寝つけねえよっ! 寧ろ不眠症になりそうだよ!


(……まあ良いか。今晩だけの辛抱だし)


 けれど、このまま寝付けないのはマズいので、眠ったまま瞑想でもして精神を集中させる事にする。

 そして俺はまだ知らない。よもや俺が、右隣で眠っている巨乳美少女、美雨の兄になろうとは。

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