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妖刀使いの妹(ペット)  作者: 黒楼海璃
No.1 ある日、妹が出来ました。
4/32

No.3 ドン引き

 いりくらの乱入騒動が終わり、俺は屋上に行ってワイヤーを回収した。

 教室に戻ってみると、ちょっと変化があった。いつもなら俺が入れば通夜の様に静かになる教室が雑談やらなんやらで賑やかだった。

 じょういん先輩が言ってた限りでは、クラスメイトが俺に押し掛けて来るかと思ってたけど、特にそんな事は無いな。何故だ? 俺としては別にどっちでも良かったし、寧ろ押し掛けられたら逆に困ってただろう。なんて思ってると、ポケットのスマホが鳴った。出てみるとメールの着信だったらしく、差出人はぬま――以前に色々あってその時にアドレス交換をした――だった。


『妖村君が困るだろうと思って、クラスの皆には押し掛けたりするのは止めるように言っておいたわ』


 流石は風紀委員。生徒への注意も万全か。これには感謝があるから何か礼をしなくてはならない。


『礼に今度、タダで依頼一つ引き受けてやるよ』


 とメールを返しておく。

 自分の席にむらまさを立てかけて残り僅かな昼休みをスマホいじりで過ごすのだった。



 五限目、六限目と普通に授業が進んでいき、放課後になった。梓との約束がある為すぐに帰るべく下駄箱を開けると、

 ――ドサドサッ!

 中から大量の手紙が落ちてきた。封筒が随分と可愛らしいものが多い所から察するに、相手は女子だな。

 俺は引きつつも周囲の目が気になるのでそれを全部鞄の中に仕舞い込み、サッサと靴に履き替えて校門を目指す。貰った手紙は必ず全部読むのが俺のモットーなので、家に帰ったらちゃんと読まないと。

 早足で歩いていると、校門辺りに人だかりが出来ていた。偶然近くにいたうちまきが俺が来たのに気付き、駆け寄って話しかけてくる。


「あ、妖村君、今帰り?」

「そうだけど、何だこの人だかり」


 俺が尋ねると、内田と巻は互いに顔を見合わせて苦笑し、再び俺の方を見る。


「えっとね、校門の所に、ここら辺の制服じゃない女の子と黒いスーツを着た女の人がいてね、あれもしかしてほうづき学院の制服じゃないかなって」

「は?」


 俺が人だかりを掻き分けて校門に出てみる。

 そこにいたのは二人の女性。一人は白いブレザー、赤いスカートの制服を着た、茶髪のポニーテールに緑眼で胸の部分にまん丸で柔らかそうなものが二つも実っている可愛い女の子。もう一人は黒スーツと黒い手袋、長い黒髪を後ろで束ね、顔は無表情、姿勢正しく気をつけをした身長180センチ近くはある長身の女性。

 その二人に歩み寄ると、野次馬達はキャーキャー声を上げ、それに気付いたのか女の子はこっちの方を向く。


「どうも、まさ

「おう、待たせたなあずさ。それになげきさんもどうも」

「どうも、正刀様」


 女の子――今日一緒に喫茶店に行く約束していた梓は手を振り、長身の女性は礼儀正しくお辞儀。


「別にここで待ってなくてもこっちから行ったぞ」

「迎えに行くって言ったのは私の方よ。って言ってもお迎えの車は先に帰らせちゃったけど」


 じゃあ何で来たんだよ。只でさえお前目立つのに。まあ、目立つのにも関わらず男子とかが話し掛けてこないのは、隣にいる嘆さんの存在があるからだろう。

 この長身の女性の名前は綾小路あやのこうじ嘆。梓の専属ボディガードであり、元銃剣警。その強さは村正を抜刀した俺とそこそこ渡り合える程強く、銃のメンテをよくやってもらっている人だ。


「んじゃあ行くか」

「うん」


 俺達三人は目的地である喫茶店へと向かうのだが、


「ねえ正刀」

「何だ?」

「さっきから後ろが騒がしいんだけど、私のせい?」


 後ろをチラリと見てみると、女子がキャーキャー言って騒いで、男子は悔しそうな目で睨んでいる。その二つはどちらとも梓に向けられたものではない。


「いや、多分俺のせいだ」


 大して気にする事ではない。これで俺への印象が大きく変わろうが受け入れないとやっていけないから。



 駅前の喫茶店までは少しばかり歩く。なのでその間に俺と梓は雑談をしていた。


「ふーん、そんな事があったんだ。正刀も大変ね」


 ちなみに今は昼休みに起こった騒動を話していた。梓は特に驚く様子も見せずに平然と聞いている。


「別にあんな逆恨みなんてしょっちゅうだから慣れたけど、問題なのはその後だ。いきなり下駄箱に手紙が大量に入ってたからな」


 俺はその内の一通を鞄から取り出してヒラヒラと梓に見せる。


「良いじゃないの。中学の時は正刀一人ぼっちだったんだし、高校に入って人気者になって良かったわね」


 どういう訳か梓はつまらなさそうにプイ、と顔を背ける。こういう時の梓は機嫌が良好ではないという事を長年一緒にいるから分かるのだが、俺何かしたか?

 このままこの話を続けても梓はつまらないだろうと判断し、ずっと後ろから付いて来ている嘆さんに話を振る。話題は銃の整備をしてくれた礼だ。


「えっと、嘆さん。昨日は銃の整備してくれてありがとうございます。いつもすみません」

「いえ。正刀様にはいつもお嬢様がお世話になっておりますので、それぐらいは当然の事で御座います」

「あの、悪いんですが、今度も銃の整備頼んで良いですか?」

「はい。承りました」


 そして嘆さんはクールに受け答え。駄目だ、この人と会話しても五分も持たない気がする。なので再度梓に話を振る。


「えっとそれで梓、お前本当に新作パフェ食べるつもりなのか? 調べてみたけど、結構量多いらしいぞ」

「当たり前じゃない。どうせ食べ切れなくても正刀のお財布から出るんだし」


 そうなんだよな。俺が梓にセクハラ発言を連発しなかったらこんな事にはならなかったのになぁ。まあでも、梓のこのまん丸な胸とか見れば言いたくなるんだよな。俺の性格上。

 なんて感じで歩いていると、商店街の方に辿り着き、梓はクルッと嘆さんの方を振り向く。


「それじゃあ嘆さん。悪いんだけど、先に帰ってもらって良い? この後は大丈夫だから」

「はい。お嬢様、充分にお気をつけ下さい」


 嘆さんは梓のボディガードなのだが、俺といる時は大抵嘆さんだけ先に帰らせている。別に嘆さんが邪魔だからとかそんなんじゃなくて、単に街中でボディーガードを連れているのが落ち着かないだけである。その後のボディガードの役目は俺が引き受ける事になるのだが、これもいつもの事だから別に気にしてはいない。


「正刀様、お嬢様を宜しくお願い致します」

「勿論ですよ。梓はちゃんと俺が守ります」

「もし万が一、お嬢様にもしもの事が御座いましたら、お分かりですね?」

「あ、はい。分かってます」


 今、嘆さんの目がキランと光ったな。梓に掠り傷一つでもあったら命は無いと言っている様に。勿論梓の事は命を投げ捨ててでも守り抜くつもりなので、それぐらいの覚悟はしている。

 嘆さんは俺達に一礼して先に帰っていき、二人で目当ての喫茶店へと向かう、のだが、


『ねえ、あの制服って宝月学院のじゃない?』

『え、宝月学院ってあの有名なお嬢様学校の?』

『一緒にいる人誰かしら。日本刀なんか持ち歩いてるし』

『きっとボディガードじゃない? どう見ても彼氏には見えないわよ』


 歩いていると周囲から他校の女子達の話声が聞こえてくる。あと失礼な事言ってる人もいるし。

 俺はどうこう言われても構わないんだが、問題なのは梓の方だ。


「梓、平気か?」

「うん。大丈夫」


 梓は街を歩くだけでこういう風な目に遭う。それもその筈。清らかなお嬢様達が通う宝月学院の制服を着ていて超可愛く、しかも胸も大きい梓だ、逆に無い方が可笑しい。


「ねえねえ君、ちょっと良いかな」


 不意に、梓の前に一人の青年が現れた。明らかに俺を無視して梓に用があるみたいだ。青年はまだ二十代前半と言った所、黒いスーツを着て、体格は痩せている。梓に声を掛けたという事は、アイドルや芸能関係の人間だな。

 容姿が良過ぎるせいで、昔から芸能関係の人間が絡んでくる事が多い。こういう奴とか。


「僕はこういう者なんだけど」


 青年はスーツの内ポケットから名刺を取り出そうとするが、


「興味ありません」


 梓は青年の素性を本能で察し、青年を避けて歩こうとする。


「あ、いや、話だけでも……」


 それでも青年は諦めずに梓の肩を掴もうとするが、俺はそれを見逃さない。

 俺は素早く青年の手首を強く掴み、梓から引き離す。


「なっ――」


 青年が驚いて声を上げそうになったが、俺が即座に突きつけた銃剣警のライセンスを見て顔がサーッと血の気が引く。

 俺は青年に顔を近づけ、小さな声で喋る。


「ここは穏便に行こう。あんただって大事にはしたくないだろ。分かったらトットと失せな」


 追加で強く睨みつけて手を放すと、青年はヒッと声を上げて一目散に逃げていった。


「あーあ、まったく」


 ハア、と溜息を吐いてライセンスを制服の内ポケットに仕舞い、梓の方を見る。


「梓」

「うん、大丈夫。ありがとう」


 梓は言葉通り大丈夫らしく、深呼吸をして歩き続ける。

 小学生の頃から美少女だった梓は、いつもこの手の人間に絡まれていた。学校では下級生上級生問わず、隣町の小学校に大学生や社会人からも告白する男が後を絶たなかった。仕舞いには沢山のストーカーまで現れる始末。ストーカーは父さんがなんとかしてくれたし、学校でも俺がなんとかしてきた。小学校卒業後は男子禁制であるお嬢様学校、宝月学院に入学したは良いが、それでもストーカーがいなくなった訳でもなく、いつも俺が対処してきた。小さい頃から一緒にいる俺には分かる。梓にとって、そういう奴らはもうウンザリしてるのだ。

 大丈夫と言われても、こういう目に遭った後の梓の心理状態はあまり宜しくない。ここは好物で機嫌を良くしないと。


「梓、今朝パフェ以外にケーキも奢るって言ったよな」

「え? あ、う、うん」

「何でも食べて良いぞ。好きなだけ。全部奢る」


 梓はえっ、と声を漏らす。


「い、良いの?」

「別に、それで銃剣警法違反にならないんだったら、安いモンさ。それに……」


 ケーキをいっぱい食べてさっきの事はサッサと忘れろ、と言おうとした口を慌てて閉じる。

 何で俺がそんな事を言い出したのか梓は察したらしく、ニッコリと笑い、


「ありがとう正刀」


 再び俺の隣を歩くのだった。

 そんなこんなで歩く事十五分程。目的地の喫茶店、『クリーム・サンデー』なる名前の喫茶店に到着した。名前にクリームがあるように、この店でのケーキのクリームは相当評判が良いらしい(スマホで調べた)。


「い……いらっしゃいませー」


 ウェイトレスのお姉さん、あなた今、俺達が入って来て笑顔で挨拶しようとしたら、日本刀を手にしてる俺を見て一瞬引いて、そこは従業員のマニュアル通りに笑顔で言い直しましたね。別に良いんですよ。気遣って村正が見えない様に隠す素振りもしたし。

 ウェイトレスは引きつつも俺と梓を壁側の席に案内した。この喫茶店はオシャレでありながら落ち着いた雰囲気が出ている。新しく出来たばかりなのに中々良いな。


「えっと、このオリジナルジャンボパフェと、チーズケーキと、ガトーショコラと、苺とブルーベリーのムースと、抹茶のモンブランと、特製クリームのミルフィーユと、あと紅茶をお願いします」

「……は?」


 梓は目をキラキラ輝かせながら、念願のパフェとケーキ五つ、そして紅茶を頼んだが、ウェイトレスは口をポカンと開けて固まってしまう。うん固まりますよね。固まりますよ。俺だって最初は引きましたから。

 なので俺は救いの手を差し伸べるべく、ウェイトレスの肩をチョンチョンと指で突いて耳元に小声で話す。


「スルーしてあげて下さい。彼女、結構マジですから。あ、あと俺はガトーショコラとチーズケーキとエスプレッソで」

「……あ、はい。かしこまりました」


 ウェイトレスは俺にフォローされて返事をして立ち去り、待つ事数分。


「お、お待たせ致しました。当店オリジナル、ジャンボパフェで御座います」


 ウェイトレスがワゴンで運んできたのは、な、何じゃこりゃ。

 まずドデカいパフェの器にはスポンジケーキと大量のカスタードクリーム、イチゴやバナナなどのフルーツで出来た層がいくつもあり、上にいくにつれてスポンジケーキやクリームの量が多くなっている。てっぺんにはポッキーやウエハースなどのお菓子が何本も突き刺さっていて、更にチョコレートソースがたっぷりと掛かっている。見ただけでも総重量3kgぐらいは越えそうなその巨大パフェが梓の前にドンッと鎮座した。続けてその周りに五つのケーキと紅茶が置かれ、ウェイトレスは手にストップウォッチを持っている。


「えー、それでは当店のルールにより、只今から三十分の時間を計らせて頂きます。三十分を越えても食べ切れない或いはギブアップした場合はお客様が五千円をお支払い、三十分までに食べ切れた場合はお代はタダとし、賞金として五千円を贈呈致します。宜しいですか?」

「はい。良いです」


 梓の奴軽く返事したぞ。しかも可愛い笑顔で。


「そ、それではスタート!」


 ウェイトレスがストップウォッチをスタートをさせ、梓はその巨大パフェを食べ始める。どうせ食べ切れなくても俺の財布から出る訳だし、梓には損が無い。しかも梓はケーキを五つも追加で頼んでいる。まあ、俺が奢ると言ったから仕方ないんだけど。

 梓はスプーンを手にすると、ゆっくりとクリームをすくい上げてパクンと食べる。クリームがあまりにも美味しいのか、ふにゅ~、と顔を和ませる。


「……梓、三十分で食べ切れるのか?」

「うーん、やってみる」


 この質問は愚問だった。梓の食べる手は止まらず、ドンドンとクリームの塊の様な巨大パフェに喰らいついていく。甘さによる飽きを抑える為に途中で紅茶を飲みつつまたパフェに喰らいつく。それを俺はエスプレッソを飲みながら眺めているのだが、やっぱりいつ見ても梓は凄いな。

 何を隠そう、梓はお菓子が大好きな女の子だ。小さい頃からお菓子をいっぱい食べてきた梓だ。俺の家に来ては必ずおやつを食べてたし、逆に俺を呼んで高級ケーキをご馳走してくれたりもした。

 それなのにいつも大量に食っているくせして体重が大して増えない。他の女子が聞いたら絶対に岩でも投げられるような事なのだが。多分脂肪の殆どが胸の方に行っていて、だから梓の胸は年々大きくなっているんだと俺は勝手に思っている。いや、胸だけじゃない。エロく見える太股や尻の方にも脂肪が行き、お年頃になる頃には段々肉付きがエロくなっている。それなのに何故かウエストがキュッと引き締まっていて不思議なのだが、その話をするとまた銃剣警法違反になりかねないので黙っておこう。

 開始してから二十分が経ち、巨大パフェの山は九割近くまで原形が無くなっていた。これにはウェイトレスもドン引きしていて、俺は平然と見ている。お菓子に関してだけは大食いな梓がここまで食べるのは珍しい事ではない。よく見る光景だ。

 更に五分程が経ち、梓が最後の一すくいをパクンと食べ終えて器がカラになった。


「何分ですか?」


 俺がウェイトレスに尋ねると、今までドン引きしていたウェイトレスは我に返り、慌ててストップウォッチを見る。


「え、えっと、二十五分四十七秒です」


 ウェイトレスはドン引きしたままパフェの器を片付け、慌てて向こうに去っていく。そりゃドン引きしますよ。あのクリームの塊をものとせずに平らげたんですから。


「はあ~、おいしかった~」


 梓は幸せそうな笑顔で紅茶を啜り、まだ手をつけていなかったケーキ五個を食べ始める。あれだけ食べておいてまだケーキを食べるって、一体女の子はどういう体をしているのかねえ。

 ちなみに俺は既にケーキを食べ終えてエスプレッソを啜っているが、ここのケーキは結構美味い。特にチーズクリームなんか凄い絶品で、また今度食べに行きたいな。今度は向こうに引かれなきゃ良いけど。



 賞金五千円(俺にくれた)を獲得した梓は、なんと喫茶店がオープンしてから初めての完食者だったらしく、たまたま店にいた雑誌記者からの取材を受けそうになったが、そこは銃剣警である俺が丁重に断らせておき、腹ごなしに商店街を歩く事にした。


「は~あ~、おいしかったな~。特にクリームがすっごい絶品だった~」


 梓はまだパフェとケーキの余韻に浸っていた。実は俺も。


「確かにうまかったな。あのクリーム。決してくどくなく、それでも絶妙な甘さ、高級な店でもないのに何であんなにうまいのが作れるんだろうな」

「さあ、多分職人さんの腕とかじゃない? 後は材料とか」


 ふむ。あんなにもうまい喫茶店があったとはとんだ掘り出し物だな。


「また今度行ってみるか。今度は嘆さんも一緒に」

「そうね。嘆さんだけ除け者にしたのは流石に酷かったわね。今度もあのジャンボパフェ食べよっと!」

「止めとけ。食い過ぎると太るぞ」

「まあっ! 女の子に太るとか言わないの!」


 梓がプクゥ、と顔を膨らませる。それを見た俺は思わず吹き出してしまい、梓もそれに続いて吹き出した。


「よし! 折角だからこの後カラオケにでも行きましょ!」


 梓が散歩の次に腹ごなしのカラオケを提案してきた。


「別に良いけどよぉ、あまり遅くまで遊ぶのも良くないぞ」

「分かってるわよ!」


 すっかりと機嫌が良くなった梓はいつもの笑顔戻って、俺は内心ホッとした。



 その後、カラオケで二時間ぐらい歌い、ゲームセンターで遊び、商店街をブラブラと歩いて家路に着くと、時刻は既に午後七時を周って暗くなっていた。


「ほれ見ろ梓。言わんこっちゃない」

「う、で、でも、今日は正刀の家でご飯食べるって嘆さんに電話入れたし……」


 おい聞いてないぞそんな事。人ン家の晩飯まで食うつもりかよ。


「まったく、清らかな宝月学院のお嬢様が、暗くなるまで遊んでちゃ駄目だろ。少しは控えろよ。世の中物騒なんだから」

「分かってるわよ。それくらい」

「本当に分かってんのかねぇ」


 俺がヤレヤレと呆れていると、突然ピク、と反応した。


『正刀』


 昼休みの時以降ずっと黙っていた村正が喋り出す。それも相当真面目な時の声で。


「ああ。分かってる。梓、鞄持っててくれ」

「え? あ、う、うん」


 梓に鞄を持たせて、ずっとズボンの腰に差していた村正の鞘を握る。


「ど、どうしたの正刀?」


 梓だけが頭にハテナマークを浮かべていたが、俺の顔を見てすぐに黙り込んだ。分かっている様だ。今の俺は、仕事の時の顔、つまり誰かが来る事を察知して構えているのだ。それも、相手は相当のてだれだ。


「梓、俺から離れるな」

「う、うん」


 さてと、気配からして、来るのは丁度目の前の右の曲がり角。一体誰が来るのやら。

 俺が待ち構えていると、気配の正体――一人の男が走って来た。


「っ!?」


 男は俺と梓を見るなり急に立ち止まる。男は身長170前後、体格は痩せ型、黒いジャケットに黒いズボン、黒い帽子を被っているが、街灯に照らされて顔がハッキリと見えた。


「っ! お前、しんどうきょうろう!」

「っ!?」


 間違いない。脱獄した強盗殺人犯、新藤恭太郎だ。何でよりもよってこんな時に。


「し、新藤恭太郎って、あの強盗殺人犯? 捕まったんじゃ……」

「捕まったけど、どうやったのか、脱獄したんだよ」


 俺の言葉に梓の顔がサーッと青くなる。

 マズいなこの状況。俺一人だけだったら難なく新藤を逮捕出来たかもしれないが、今は梓も一緒だ。下手な方法を取れば梓にも危険が降り注ぐ。それだけは阻止しないといけない。

 俺は挑発とかではなく、本気で村正の柄を握る。


「新藤、一応言っておくが俺は銃剣警だ。大人しくお縄につけ」

「っ!」


 新藤は驚いてはいるが、慌てた様子を見せない。顔を見てみるとその理由に納得が行く。成程な。コイツ、殺し慣れてる。それもかなりの人数をだ。

 さてと、どうしますか。いきなり本気で行きたいのは山々なんだが、恐らくコイツは一人だけな訳がない。近くに仲間がいる筈だ。


「おい新藤! どうした!?」


 突然、新藤が走って来た曲がり角からもう一人の黒尽くめの格好をした男が現れた。男は俺を見るなり、ギョッとする。


「コ、コイツ、銃剣警だ!」

「なっ!?」


 新藤の言葉に男は驚くが、俺も驚いている。コイツもヤバい。新藤以上に殺し慣れてる。それも何十人ってレベルじゃない。何百人単位だ。


「おい! 何があった!」


 最悪だ。もう一人黒尽くめの男が何かを持ってやって来やがった。コイツも相当ヤバい。


「ヤバいぞ。あのガキ銃剣警だ!」

「何っ!?」


 男も驚くが、決して慌てたそ素振りは見せない。殺し慣れてるな。

 さてと、三対一、そしてこっちは梓を守りながらという縛りがある。どうするこの状況。


「村正」

『ええ』


 村正は、己の身体である刀本体から妖気を発し、それを俺の体に覆い込ませる。


(――あやすじ――あやまなこ!)


 突如、俺の筋肉繊維がバキバキという怪音を上げ始める。俺の両目が黒い何かに覆われ、俺の視界が変化する。

 妖眼。妖刀『村正』が発する妖気で俺の目が強化される技。妖筋は妖気を全身に纏う事で肉体が活性化され、身体能力を飛躍的に強化する技。この二つを使えば、梓を守りながら三人を同時に相手出来る筈。


「お、おい新藤!」


 と思っていたら、突然新藤が仲間と思しき男が持ってきた何かをブン取る。それは、かなり大きな銀色のスーツケース。

 男が慌てて新藤に取られたスーツケースを取り返そうとする。だが新藤はそれをされない前に、


「う、うおりゃああああああああああっ!」


 なんと俺に投げ付けてきやがった。それもかなり力いっぱいで。


「ちょっ――」

『正刀、斬っちゃ駄目』


 村正に言われなくても、もしあれが爆弾――投げてきた時点で可能性は低くなったが――とかの危険物の類だったら、大惨事になりかねない。

 俺は村正を握ったまま、妖筋で強化した腕力で投げてきたスーツケースをなんとかキャッチする。

 うわっ、結構重っ!


「何やってんだよ新藤! 寄りにもよって!」

「だ、だって……」


 どうやらこのスーツケース、かなり重要なブツだったらしく、新藤達が慌て出した。

 これは好機だ。内ポケットからすぐにスマホを取り出し、素早く銃剣警局に連絡を入れる。

 新藤達は俺が電話をするのに気付いて焦り出した。


「チッ、おい逃げるぞ!」


 新藤達はすぐさま逃げ出してしまう。本当は追って捕まえたい所だが、梓がいる以上それは難しい。


「銃剣警局ですか!? こちらは妖村正刀銃剣警! 脱獄した新藤恭太郎と、その仲間と思しき男二人を発見!」


 俺は妖筋で強化した脚力ですぐに曲がり角の方へと走り、逃げた新藤達を確認する。奴らはどうやら車に乗っていたらしく、三人とも車に乗り込んで逃走してしまっていた。


「新藤達は車で逃走! 黒いワンボックス! ナンバーは……」


 暗くてナンバーは見づらかったが、妖眼で強化した視力とブレ補正と暗視補正のおかげでナンバーはハッキリと見えた。俺は車のナンバーを銃剣警局に伝えながら急いで梓の所に戻る。


「それと、自分は現在民間人と一緒にいる為、追跡は出来ません。近くに新藤の仲間が潜伏していないとも限りませんので」

『了解した。妖村銃剣警、他に情報は?』

「あとは、新藤が大型の銀色のスーツケースを投げ付けてきました。相当重いですし、投げ付けた後で仲間が騒いでたので、恐らく重要なブツではないかと」

『妖村銃剣警、そのスーツケースの中身が爆発物である可能性は?』

「……低い、とは思います。ですが油断出来ませんので、一旦自宅に持ち帰って調べてみます」

『了解した。くれぐれも気をつけるように』


 相手の男は冷静な口調で話し、電話を切る。

 辺りが静かになった。

 俺は急いで梓の元へと戻る。


「梓、大丈夫か?」

「う、うん。平気」


 梓はコクリ、と頷く。けど僅かに身体が震えていた。恐怖から来るものだろう。さっきの光景、流血や戦闘沙汰にならなかったとはいえ、梓には刺激が強かったかな。


「えっと、正刀、それ、どうするの?」


 梓は新藤が投げ付けてきた大きなスーツケースを指差す。

 実はそれには俺も困っていた。このまま銃剣警局に引き渡すのが良いかもしれないが、中身を確認しない訳にはいかない。


「とりあえず、家で調べてみる。お前はどうする? このまま帰るか?」


 心配なのがもう一つ。梓が巻き込まれるかもしれないという可能性だ。新藤達は俺だけでなく、梓の顔も目撃した。あの手の連中の事だ。顔から素性を調べるだろう。もしそうなれば梓にも危険が及ぶ。絶対に避けないといけない。


「……私も、正刀の家行く」


 だが、梓は俺の心配を台無しにする発言をした。まあでも、ここで梓を一人にしたりでもして狙われたりでもしたら目覚めが悪い。いくら嘆さんがいると言っても、梓だけじゃなく、梓の両親にまで危害が入らない訳じゃない。


「……分かった」


 なので渋々了承する。もし何かあったとしても、梓は絶対に俺が守る。例え、死んだとしてもだ。



 妖筋を発動したままスーツケースを肩に担いで家に帰り、そのスーツケースをリビングの床にゆっくりと置く。掛かっている鍵をピッキングでこじ開ける。


「さてと、まず中身を確認しないとな」

「正刀、もしかしてこれ、爆弾だったり……」

「いや、それは無い」


 俺はキッパリと断言する。


「な、何で?」

「もし爆弾だったら、投げ付けた衝撃で爆発するだろうし、新藤が投げたりしないだろ」

「じゃ、じゃあ覚醒剤とか?」

「それも、無いと思うな。結構重いし、多分金の類だと思うけど……、よし外れた」


 俺の鍵開け技術ピッキングスキルはそう高くはないが、五分もあればスーツケースの鍵ぐらいは開ける。


「梓、今更だけど、もしかしたら爆弾が実は不発してたって可能性も無くは無い。だから一旦リビングから出てくれ」

「う、うん」


 梓は俺の言うとおりにリビングから出てドアを閉める。


「正刀、大丈夫?」


 ドア越しに梓の心配する声が聞こえる。ふっ、梓よ。俺は銃剣警だぜ?


「大丈夫大丈夫。この家の壁、全部防護加工されてるし、もし爆発しても俺の体が木っ端微塵に吹っ飛ぶだけだから」


 俺がハハハ、と笑いながらスーツケースを開ける。


「……って、それも駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 突然梓がリビングに入ってきやがった。


「お前、何入って来て……ん?」

「へ?」


 俺と梓は二人して開いたスーツケースの中身を見て、固まった。梓が巨大パフェとケーキ五つと紅茶を同時に頼んで固まってしまったウェイトレス以上に固まってしまった。入っていたのは、爆弾でも薬でも、ましてや金でもなかった。

 入っていたのは、少女だった。年はそう幼くない。多分俺達と同じ、十五、六ぐらい。少女は目を閉じて眠っているらしいが、可愛い。梓と比べても決して劣らない、いや同等と言って良い程の美少女。

 少女の髪は、清流を流れる麗しき水の様に綺麗なロングの水色で、肌は透き通る様に綺麗だ。

 …………但し、全裸であるという事と、両手両足が黒い金属製の拘束具で拘束されているという事と、口がガムテープでグルグル巻きになっているという事と、梓にも決して劣らない巨乳であるという事を除けば、ではあるが。


「「わーーーーーーーーーーっ!」」


 俺と梓は同時に声を上げた。

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