表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖刀使いの妹(ペット)  作者: 黒楼海璃
EXNo.1 ある日、妹が出来ました。その前後
31/32

EXNo.2 Before 沼田香澄、風紀委員会活動日誌

これは正刀が美雨に会う前、風紀委員沼田とのお話です。


「……はぁ」


 熊谷高校一年風紀委員、ぬますみは溜息を吐いた。

 彼女がいるのは風紀委員会本部の教室。放課後の生徒達が殆どいない時間帯にも関わらず、一人残って何かを書いているが、手が止まっているので何も書けていない。


 ガラガラガラ、とドアの開く音が聞こえ、大きな影が入ってきた。


「ん? 沼田、まだいたのか」

「あ、委員長」


 入ってきたのは三年生のごうかず。風紀委員長をやっている。


(……相変わらず大きいわよね。この人)


 彼の制服越しにも伝わる巨体と無愛想な顔には独特の威圧感が漂う。柔道の経験者で、幼少期から元自衛官の母親にみっちり鍛えられたそうだ。一見すれば周りから遠慮されそうだが、外見に似合わない人柄の良さと学年に関係なく相談事にも乗ったりするなど生徒からの信頼も厚い。


 ただ、この見た目のせいで、小さい子供達に泣かれてしまうのが玉に瑕である。


「お前がこんな時間に残っているとは……日誌か?」

「はい。そうです」


 沼田が書いていたのは、風紀委員会の活動日誌。その日に風紀委員会で起こった出来事等を記録するものだ。熊谷高校では一年生から三年生が順番に日誌を書いている。今日は彼女の番である。


「まだ書いてなかったのか。特に異常が無ければそれで構わんが……そうではないんだな?」

「はい。その、なんというか、決して大事では無いんですけど、文章にすると書きにくい内容でして……」

「……何があった?」

「……言わなきゃ駄目ですか?」

「聞かないと判断のしようが無い」

「……分かりました」


 それはそれは、とても言い難そうに沼田は話し始めた。


「……今日のお昼休み、私が見回りをしていた時の事です。運動場を見回っていたら、妖村あやむら君が倉庫の近くで何かしていたのが目に入ったんです」

「妖村がか?」


 はい、と沼田は返事をする。


 妖村あやむらまさ。クラスは違うが沼田の同級生の男子生徒。普段から無愛想な顔をして教室で過ごしている。基本的に一人でいる事が多く、目立った人付き合いも無い。素行が悪いなんて事はなく、成績は上の方で勉強もスポーツも優等生の枠に入ると言えば入る。


 普通に考えればイジメの対象になっても可笑しくないような彼だが、それは絶対にありえないと断言出来る。


 普通に考えればであって、彼が普通でない時点で前提が崩れる。


 妖村正刀は銃剣警である。金さえ払えばどんな荒事もやってのける国家資格を持った。


 登校中も授業中も休み時間中も放課後も日本刀を持ち歩き、拳銃も携帯している話もある。しかしそれは銃剣警としての決まりであり、彼自身がそれを利用した恐喝等を行った事実も無い。一人でいるのも単に周りに怖がられているせいだ。


 風紀委員としては危険物を校内に持ち込んでいる正刀をどう対処したものかと話し合ったが、『実害が出ていない以上、とりあえず放置』という結論に至った。


「妖村が何をしていたんだ?」

「近づいて話し掛けたら、体育倉庫のドアノブを修理してました」

「ドアノブ? ……そういえば、体育倉庫のドアノブが壊れて中にいた生徒が閉じ込められたとか聞いたな」

「丁度妖村君のクラスが体育の時間中、用具を片付けてた生徒が閉じ込められちゃったらしくて、妖村君がドアノブを破壊して助けたそうです」

「……刀でか?」

「いえ、素手です。なんでも特殊な体術を使えるらしくて」

「……それでドアノブを破壊した妖村本人が修理していると?」


 沼田自身も半信半疑で彼から話を聞いていたが、ある物を見て信じざるを得なくなった。


「本人の方から買って出たそうです。粉々にしちゃったから、と。交換したドアノブの残骸もこの目で見ました。あれはほぼ金属片ですね」


 郷田は沼田の説明を聞いている内に頭が痛くなってきた。


「……その後はどうした?」

「妖村君が修理し終えるのを見ていました。凄い手際の良さで完璧に仕上がってました。それで終わった後はお昼ごはんを、私もまだだったので一緒に。毎日お弁当を手作りしているそうです」

「……一緒に昼飯を食ったのか?」

「……卵焼きが絶品でした。正直、私のお弁当に入ってたのより美味しかったです」


 沼田の母親は普通の専業主婦で料理も上手だ。毎日娘の為に弁当を作ってくれるし、毎日美味しく頂いている。


 それなのに、何故か彼が作ったという卵焼きの方が美味しかった。何の変哲も無い、塩と砂糖が入っただけのものなのに。


 ふと、思い出してみる。


『死んだ父さんがこれ好きでさ、ほぼ毎日作ってたら上達したのかもな』

『へぇ、じゃあ妖村君のお父さんの愛情が篭ってるのね』

『そうだな。鬱陶しいくらいの愛情があるのかもな……』


 あの時の彼の顔、冗談のつもりで言ったみたいだけど、何かにうんざりした感と何処か寂しい感が混ざり合ったものだった。


「妖村は確か一人暮らしだったな」

「はい。両親はもう死んだと言ってました。色々苦労しているんだと思います。それよりも委員長、この日誌、どうしましょう。さっきお話した事があって、書きにくくて……」


 困惑の表情を浮かべる沼田に郷田は少しうねり、


「……沼田、それ以外で目立った事件は無いんだな?」

「え? あ、はい」

「よし。では本日は特に問題無し、と書きなさい」

「良いんですか? サラッと話しちゃいましたけど、れっきとした器物破損ですよ?」

「構わない。壊した理由も理由で、本人が直接修理して問題無いのならそれで良いだろう」

「わ、分かりました(全然良くない気がするけど……)」


 沼田は思った事を口にはせず、郷田に言われるまま、日誌にそう書き込んだ。


 やっと日誌を書き終え、戸締りを確認して、二人は下駄箱へと向かった。


「ところで委員長、今日は会長とご一緒じゃないんですか?」

「ん? ああ、かなめなら家の用事があると言って先に帰った」


 ちなみに郷田は生徒会長であるじょういんかなめと交際中だ。どういう経緯でそうなったのかは誰も知らず、様々な噂話が広がっているがそれはまた別のお話。


「じゃあ、委員長はどうしてこの時間帯まで学校に残ってたんですか?」

「特に用事があった訳ではない。図書室で勉強したり、運動も兼ねて柔道部の連中と一試合していた」

「勉強だけじゃなくてスポーツまでこなすんですか。流石は委員長、凄いですね」


 郷田の文武両道に沼田は素直に感心してしまう。褒められた郷田は照れたのか顔を逸らし、


「いや、家に帰るとお袋にしごかれるからな……」


 訂正。照れたのではなかった。よく見れば顔から嫌な汗が流れている。


「い、委員長?」

「忘れてくれ。単なる愚痴だ」


 郷田の言葉に疑問が残ったがそれ以上は追及しなかった。

 下駄箱で上履きから靴に履き替えた二人は並んで校門を出る。帰る方向が同じなので途中までなら一緒に帰れる。


「妖村君、今日はお仕事があるって言ってましたよ。報酬が高めだからやりがいがあるとかなんとか」

「そうか。まだ学生だから危険な事にはあまり手を出してほしくないが、それで生活していると言われてはな」

「多分大丈夫だと思いますよ」


 心配する郷田は沼田の言った事に疑問を感じた。


「妖村君って、普段から無愛想ですけど、銃剣警の事になると顔が変わるんです。なんていうか、殺気があるってこういう事を言うんだなぁ、って感じでちょっと怖いですけど」


 苦笑する沼田を見て、郷田は率直に思った事を口にする。


「沼田、そこまで妖村と仲が良いのか?」

「え……?」


 ポカンとした沼田は、次第に顔が赤くなり、ボンッと湯気が出た。


「い、いやいやいやっ! あのですねっ! 私と妖村君は決してそういう関係ではなくでですねっ! 単にちょっと世間話をする程度でっ!」

「誰もそこまで言ってないぞ。お前は妖村が怖いと言っていたが、よく話せるなと思ってな」

「は、はぁ……」


 沼田は郷田の言う事がなんとなく理解出来た。


 今まで誰も離し掛けてこなかった生徒の中で、何故か沼田は妖村と軽く話す程度の仲を築いていた。銃剣警である彼はそれだけで周囲に疎ましくされるというのに。


「そりゃ私だって、最初は妖村の事を、何考えているのかよく分からない、ちょっと危なそうな人だなぁって思ってましたよ? でも、話してみたら結構普通だったんですよ。それに……」

「それに?」

「……私、妖村君に命を救われた事があったんです」


 それを聞いた郷田は立ち止まってしまった。


「もしあの時、妖村君が助けてくれなかったら、こうして委員長と話しながら帰るなんて出来ませんでした」


 沼田は語り出した。彼との間に起きた出来事を。



 それはいつもの朝だった。


 制服に着替えた沼田香澄は忘れ物が無いか通学カバンの中身を確認していた。


「えーっと、教科書、ノート、筆記用具、辞書……よしっ、オッケーね」


 カバンを閉めて、等身大の鏡で身嗜みのチェックをする。


 髪の毛は何処もはねてないし、制服は目立った汚れは無し。


 身支度を終えたら、カバンを持って自室を出る。階段を下って玄関へ向かうと、既に母親が見送りの為に来ていた。


「香澄、はいお弁当」

「ありがとうお母さん」


 沼田は母親から受け取った弁当をカバンの中に仕舞い込む。


「香澄、今日の帰りに牛乳とタマネギ買ってきてくれないかしら」

「うん、分かったわ。それじゃあいってきます」

「いってらしゃい」


 母親に見送られ、沼田は登校した。


 沼田が熊谷高校に入学して、半月程が経った。中学の頃は憧れの名門校に受かる為に必死に勉強を頑張った。影から応援してくれた両親と努力の甲斐あって合格出来た。


 高校三年間、将来に向けての勉強を積み、かつ充実した楽しい学校生活を送るつもり……の筈だった。


 ()に出会うまでは。


 学校に着いた沼田は上履きに履き替え、自分の教室である一年二組へと入った。


「あ、沼田さん。おはよう」

「おはよう須田すださん」


 教室に入ると、入学してすぐ打ち解けたクラスの友達、須田が話し掛けてきた。二人は最初のクラス分けで隣の席同士だったのがきっかけですぐに仲良くなった。今では昼食を一緒に食べたりしている。


 朝のホームルームの時間になるまで須田と雑談をしていると、須田が窓に目を向けた。


「あ、沼田さん。あれ見て」


 須田の指差す先にいたのは、無愛想な顔で登校した来た一人の男子生徒。彼が歩くと、歩いている他の生徒達が距離を取ってしまう。ある一点を除けば普通の生徒なのだが、その一点のせいで周りはそういう反応をしてしまう。


 左手に持つのは通学カバン、それはまだ良い。だか腰のベルトに差してある物が明らかな危険物だった。

 緩い反りのある、黒い鞘に収められた日本伝統の武器――日本刀である。持っているだけで通報されかねない代物なのに、彼は当たり前の様に歩いている。


 何故なら彼――妖村正刀は銃剣警だからだ。


 金さえ払えばどんな荒事も解決してくれる何でも屋と呼ばれている銃剣警は、警察官の様に逮捕権や捜査権を有し、銃器や刃物などの武装が義務化されている。妖村が日本刀を持ち歩いているのもその為。その上拳銃まで装備しているとなると、そんな人間に誰が近づきたいだろうか。


 尤も、本人は気にした様子も見せずただ登校してきているし、彼が入学してから今に至るまで大きな実害も起きていないのが周りにとって不幸中の幸いである。


「なんか、あの人怖いよね。普通に刃物持ってるし、拳銃持ってるって聞くし、人殺してそうだよね」

「須田さん、そういう事、あまり言っていいものじゃないと思うけど……」

「だって銃剣警だよ? この前ニュースでも銃剣警が暴れて建物を半壊させちゃったって見たし」


 そのニュースは沼田も知っていた。逃走中だった犯罪者と戦闘になったらしい。結果的に犯罪者は逮捕されたし、怪我人も出なかったが世間からの非難の声が無い訳ではない。


「隣のクラスの友達に聞いたんだけど、あの人クラスでも浮いてるし、お昼休みはいつもいないし、授業中に抜け出したりしてるんだって。何で態々この学校来たんだろ」

「さ、さあ……」


 須田は妖村、というより銃剣警に対して忌避感を抱いているようだった。沼田はさほどそういった事は無い。今まで銃剣警という存在が自分にとっては縁遠いものだったので、いまいち実感が湧かないだけである。


 しかし、この時沼田はまだ知らなかった。

 今後、彼女が銃剣警という存在――特に妖村正刀と深く関わっていく事になろうとは。



 その日の放課後。沼田は一人で商店街の方へと歩いていた。母から頼まれていたおつかいの為だ。


 沼田が通う都立熊谷高校は自宅から徒歩十分程度の場所にある。商店街はその途中の道から行ける。


「さてと、牛乳とタマネギ、だったわね……」


 道中にはビルを建設中なのか工事現場が目に入る。今も重機による騒音が響いている。ここを通り過ぎれば商店街はすぐそこだ。


(……あ、あの人)


 少し歩くと今朝見た妖村正刀が反対側から歩いてきた。外観は普通の高校生にしか見えないのに、腰にある危険物(日本刀)と不愛想な顔のせいで忌避感を感じてしまう。


(ま、まあ、私には関係無いわよね)


 沼田は気を取り直してタマネギを買いに八百屋を目指す。その直後だった。


 頭上で大きな金属音が鳴り響いた。明らかに工事中の音ではない。


 沼田だけでなく、周りの通行人が一緒になって上を見上げた。


 目に映ったのは、工事現場で使うであろう巨大な鉄骨だった。丁度近くを歩いていた沼田目掛けて落下していた。


 その鉄骨の重量は分からないが、これが落ちてきて直撃を受ければ確実に命を落とす。いきなりの出来事で逃げる事が出来ない。


(――あ、死んだ……)


 落下速度を上げて迫る鉄骨を前に、沼田の脳裏を過った。


(え? う、嘘でしょ!? 何で、何で私の所に落ちてくるの!? こんなの絶対死んじゃうじゃない! ヤダヤダヤダヤダヤダッ! 念願だった高校に入れたばかりなのにっ!? まだ一ヶ月も経ってないのにっ!? 止めて止めて止めてっ! 死にたくない死にたくない死にたくない! 助けて助けて助けて誰でも良いから助けてぇぇぇぇぇぇっ!)


 必死に救いを求める心の叫びを上げる沼田。咄嗟にその場にしゃがみ込んで頭を抱える。そんな事をしても助かる筈ないのに。


 絶体絶命の彼女に差し伸べる救いの手など……身近にあった。


 ――ガシャァァァァァァァァァァァンッッ!――ッッ!


 鉄骨がアスファルトの地面に大きな衝撃音を轟かせて落下して砂煙が舞う。

 周囲の通行人達は突然の事で騒ぎ出し、中には悲鳴を上げる人もいる。


 砂煙がゆっくりと晴れると、そこには鉄骨の下敷きとなった沼田……はいなかった。


(……あれ? 痛くない……?)


 不思議な事が沼田の身に起きていた。確かに鉄骨が自分に落下した筈だ。それなのに何の痛みも感じない。ひょっとして痛みを感じる間もなく死んでしまったのか。顔を上げてみると、目の前に映ったのは、天国でも地獄でもない。


「……あっぶねぇ。避けるより受け止めて正解だったな」


 ついさっき見かけたばかりの妖村が、日本刀で落下した鉄骨を受け止めていた。


(……………………え?)


 沼田は目を擦ってもう一度見た。間違いなく妖村が日本刀で鉄骨を受け止めていた。そんな事を普通すれば日本刀の方が折れて本人も無事では済まない。だが何故か彼は無傷で、鉄骨の方が変形している。

 しかも彼の全身は何故・・か黒い靄の様な物に包まれており、さっきまでとは外見が一回り大きい気がした。



「――おい」


 状況が未だに呑み込めていない沼田は茫然とその場に座り込んだままだった。そんな彼女に妖村が顔を向けて声を掛ける。


「――おいって」

「へぇっ!?」


 何度も呼ばれていたのに気づかず、沼田は素っ頓狂な声を上げた。


「怪我してないか? ちゃんと動けるか?」

「へ? あ、う、うん……」

「じゃあそこから離れてくれ。鉄骨コレ下ろせないから」

「は、はい……」


 沼田は這うようにその場から離れる。


「よしっ」


 周囲に人がいない事を確認した妖村はゆっくりと鉄骨を下ろした。


 一部始終を見ていた沼田を含む通行人達はポカーン、と口が開いたままだった。ただ妖村だけは平然とその場で状況確認を行っていた。


「しっかし物騒だなぁ。どんだけ杜撰な管理して……」


 やれやれ、と妖村が頭を掻いていると、上から大きな衝突音が鳴り響いた。それも一つだけではなく何度もだ。それを聞いた妖村の目の色がいきなり変わった。


村正むらまさ

『ええ』


 バキバキ、とという音が聞こえ、妖村は地面を蹴った。建物の骨組みをジャンプしながら素早い動きで上部を目指した。


「な、なんなのよ、もう……」


 一連の出来事に沼田の頭は混乱していて、理解が追いついていなかった。



 これは沼田も知らない話だが、その工事現場は銃剣警局が追っていた超能力犯罪者が偶々潜伏していたのだった。だが作業員に見つかってしまい、超能力を用いて暴れだした。鉄骨は工事に使う資材で暴れた際に落ちてきた物だった。


 その場に居合わせた正刀が現場に駆けつけて戦闘モードに入り、五分も掛からず無力化に成功。拘束されて事無きを得た。

 通報を受けて駆けつけた銃剣警局に身柄を引き渡し、腰が抜けていた沼田は妖村が自宅まで送っていくことになった。母親からの買い物があった事を思い出した沼田はそれを妖村に伝えると、「じゃあ俺も行く。丁度買い物したかったし」と言って最寄りのスーパーへ一緒について行ってもらった。そしてその帰り道、


「…………」

「…………」


 買い物を終えて帰宅する沼田と隣を歩く妖村との間には特に会話は無い。妖村も疲れている沼田に気を遣ってか話しかけてこようとしない。


(……何、このシチュエーション)


 誰が想像しただろうか。今朝友達と話題にしたばかりの同級生と隣を歩くなど。しかも命を助けてもらい、一緒に買い物して、「今日は牛丼にすっかな」とか言いながら特売の牛肉やらタマネギやらを買い物カゴに入れる所を見る、普通に生活していたら絶対に見られない光景の数々だった。


「あ、妖村君?」

「んー?」


 ずっと不愛想なまま歩いていた妖村に話し掛けるとそっけない返事が来た。


「えっと、あの、その……」

「……沼田、言いたい事がまとまらないなら無理に言わなくて良いぞ。今は落ち着く事を優先的に考えろ」

「あ、う、うん……」


 妖村にそう言われて途端に静かになる。その後も何か言おうとしたが、しどろもどろになって言葉が上手く出ない。


「沼田、着いたぞ」


 そうこうしている内に、沼田の家へと到着してしまった。


「じゃあ俺はこれで。今日はしっかり身体休めとけよ」


 妖村は沼田の返事も聞かず立ち去ってしまった。


「…………」


 沼田は妖村の姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。


「……妖村君、か」



 翌朝のニュースでは、昨日の一件は建設作業中に重機が誤作動を起こした事による事故と報道されていた。


 今日も沼田は普通に登校していた。本当は心身共に疲れ切っていたが、入学したばかりで休みたくないし、何より両親に余計な心配を掛けたくなかった。


「あ、沼田さん。おはよう」


 教室に入ると須田が気付いて話しかけてきた。


「おはよう須田さん」

「沼田さん聞いた? 昨日建設現場の近くで大きな事故が遭ったんだって」

「へ、へぇ、そうなの……」

「SNSでも画像出てたよ。ほら」


 須田がスマホのSNSを見せる。そこには落下した鉄骨が道路に散乱しており、作業員が撤去作業をしている所の画像だった。


「なんか重機の誤作動だって書いてあるけどさ、重機の誤作動でこんなになるのかな?」

「さ、さあ、どうだろう……」


 事情を知っているどころか当事者である沼田は下手な反応が取れない。妖村からは特に口止めはされていないが、下手に言うと根掘り葉掘り聞かれそうだったので何も言わない事にした。


「あ、沼田さん。あれ」


 須田が外を見ながら指差す。その先にいたのは、昨日と同じく日本刀を持って登校してきた正刀だった。


「いつ見てもやっぱり怖いよね」

「そ、そうね……」


 昨日と同じく何処か忌避感を感じる須田に対し、沼田はぎこちない。


「? どうしたの沼田さん。何か微妙な顔してるけど」

「え? そ、そう? 何でもないわよ」


 沼田は笑って誤魔化してカバンから教科書を取り出した。


 その日はいつも通りに授業が進み、昼休みとなった。


 沼田は弁当を持って席を立ち、ある場所へと向かった。ちなみに須田は用事で今は教室にいないので今日の昼休みは一人である。


 沼田が着いた先は屋上へと続く階段。普段は入れないが昼休みの時間帯のみ開放されている。


 ガチャ、と扉を開ける。


「……あれ? 沼田?」


 目に入ったのはよく見る学校の屋上の風景と、そこで座り込んでスマホ片手に弁当を食べている妖村正刀だった。脇にはいつも持ち歩いている日本刀が置いてある。


「ちょっと良いかしら?」

「別に良いが、どうした? つうかよく俺がここにいるって分かったな」

「……妖村君が毎日ここでお昼食べてるって噂で聞いて」

「えっ、マジ? そんな噂立ってんの?」

「うん。怖くて屋上に来れないって聞いたわよ」

「だからここにいると誰とも顔を合わせないのか……」


 どうやら今まで知らなかったらしく、聞いて項垂れる。やはり昨日の様に割と普通な感じだった。


「……で、沼田は何の用だよ。つうか座れよ」

「あ、う、うん。じゃあ遠慮なく」


 正刀に勧められるまま沼田も腰を下ろした。


「学校来て大丈夫だったのか。昨日あんな事あったのに、休めば良かっただろ」

「だ、大丈夫よ。ヘタに休んだら怪しまれるし」

「そっか。それもそうだな」


 深く追求せず納得した妖村は卵焼きを頬張り、何かを思い出した様にすぐに呑み込んだ。


「そういや沼田、昨日の事なんだが、誰かに話したりとかしたか?」

「する訳ないじゃない。ていうかどう話せって言うのよ。工事現場から鉄骨が落ちてきて死にそうだったのを日本刀持ち歩く高校生に助けられただなんて誰が信じるのよ」

「……まあ、そうだよな」


 ハハハ、と妖村は面白そうに笑う。


「なら好都合だな。実はその件に関してちょっと俺から聞きたい事があってな」

「聞きたい事?」


 箸を休めた妖村は昨日と同じように目の色が変わり、沼田は唾を飲む。


「別に難しい事じゃない。単に被害届を出すか出さないかって事だ」

「え? 被害届?」


 沼田の問いに妖村は頷く。


「一応あれって障害未遂だからな。出す気あるんだったら手続きいるし、訴えたかったら訴訟を起こしても良いし、その気が無かったら綺麗サッパリ忘れりゃ良いし。どうする?」

「えっと、出さなくても良いって事?」

「勿論強制はしない。ただ被害届を出すと親に昨日の事がバレるかもなぁって」

「じゃあ出さない方向で」


 それを聞いて沼田は即答する。


「良いのか、本当に。言っといてあれだが、俺がいなかったら確実に死んでた事件だぞ」

「良いのよ。親に余計な心配かけたくないし、忘れるのが一番よ。ただ……」

「ただ?」

「あ、妖村君にはちゃんとお礼言わないとなぁって……」


 それを聞いた妖村はポカン、と口を開けた。沼田は妖村にキチンと向き直り、深々と頭を下げる。


「えっと、昨日は助けてくれて、本当にありがとうございました」

「あ、はい。どういたしまして」


 妖村は軽く会釈する。


「こういう時って、何かお礼とかした方が良いのかしら?」

「あー、良い良い。別に見返り求めて助けた訳じゃないから」


 妖村は慣れたように沼田の提案を却下した。


「で、でも妖村君が助けてくれなかったら私死んでたかもしれないし……」

「気にしない、気にしない。こうして生きてるだけで十分だって」

『あらあら正刀ったら』


 不意に、若い女の声が聞こえて沼田はビクッとした。


『そんな事言って、昨日の事件解決して銃剣警局からたんまり褒賞金貰った癖に』


 ゴンッ! と大きな音が屋上に響いた。何があったかと思えば、妖村が置いていた日本刀を殴ったのだ。


「村正、余計な事を言うな。あと学校じゃ黙ってろって言っただろうが」

『良いじゃない別に。今更でしょ?』

「え? え? え?」


 沼田は自分の目と耳を疑った。


 今妖村と会話している女性の声は紛れもなく、日本刀から発せられている。つまり日本刀が喋っている事になる。

 はぁー、やれやれ、と頭を掻く妖村は観念した様に、


「沼田、コイツはいつもこうだから気にすんな。人工知能搭載の日本刀だと思えば良い」

「えぇっ!?」

「ついでに言うと、声は若いが何百年も生きてる年増だから」

『あらやだ失礼しちゃう。こう見えてもピチピチのお年頃なんですけど』

「ピチピチ言ってる時点で十分年増だ」

「えぇぇぇっ!?」



「そんなこんなで、何度か話す内に今みたいな仲になったんです」

「……そうか」


 沼田の話を黙って聞いていた郷田はふむ、と腕を組んで納得する。

 尚、沼田が巻き込まれた事件に関しては妖村にあまり詳しく話さないよう言われていたので、ニュースで報道されていたのと同じように話しておいた。


「妖村君って、銃剣警じゃない時って本当に普通の高校生と変わらないんですよ。ただ普段から危険物持ち歩いたり日本刀と喋ったり屋根から屋根へ跳んだり出来るってだけ……」

「沼田、残念だがそれは普通とは言わないぞ」


 郷田は冷静にツッコミを入れた。


「そういえば委員長、私からも良いですか?」

「ん? 何だ?」

「委員長と会長の馴れ初めってどんな感じだったんですか?」


 ただ興味本位で聞いただけだった。沼田にはそういう感覚のつもりだった。それなのに、


「…………」

「委員長?」


 何故だろう。郷田の全身から嫌な汗が流れ出すではないか。


「……沼田、すまないがその話はしたくない」

「え、何でですか?」

「……お袋に折檻された時の事を思い出してしまう……」


 ダラダラダラダラ、郷田の汗は滝の様に流れる流れる。


「……用事を思い出した。帰る」

「えっ!? 委員長っ!?」


 郷田は死に物狂いの全力疾走でその場から去って行く。そのあまりの顔付きに沼田だけでなく周りの通行人も絶句する。


「…………な、なんなのよ、もう」


 一人取り残された沼田はそう呟いた。

次回の内容は決まっているので題名を予告しておきます。


「EXNo.3 Before 神を射殺す者」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ