表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖刀使いの妹(ペット)  作者: 黒楼海璃
No.1 ある日、妹が出来ました。
3/32

No.2 熊谷高校

 俺が通っている都立丸谷高校は家から徒歩十五分ぐらいの場所だ。ここら辺ではちょっと名の知れた名門の進学校である。都立の割には勉強のレベルが高く、有名大学の合格者を数多く輩出。毎年の受験生の数は多い。勉強だけでなく部活にも力を入れており、推薦入学で入る生徒も少なくは無い。

 只、唯一の問題を抱えていた。この学校の近くには都立海堂(かいどう)高校という、勉強の出来ない馬鹿ばかりが通う不良高校がある。

 当然丸谷高校の生徒(特に女子生徒)は海堂高校の生徒に絡まれる。丸谷高校は今まで海堂高校からの嫌がらせ等に対して悩んでいたが、つい最近になって絡まれる回数が大幅に減った。

 その時期とは、俺がこの学校に入学した時からである。



 不良に絡まれていた女子二人を助けた後の俺は、何事も無く学校に着いた。靴から上履きに履き替え、自分のクラスである一年一組の教室の扉を開けて中に入る。

 扉の開く音が聞こえ、既にいたクラスメイト達が一斉に顔を向けた。俺だと知るとすぐに顔を背ける。するとどういう事か、さっきまでワイワイ賑やかだったクラスが一瞬で静かになる。これは俺が高校に入学してから起こっている現象だ。

 皆、俺とは顔を合わせたくないのだ。そりゃそうだ。俺は銃剣警。学校に日本刀を持ってきているような危ない奴。顔を合わせたら斬られるとでも思っているのだろう。怖がって誰も話しかけてこない。

 仕方のない事だ。この現象にもいい加減慣れた俺は、自分の席である一番後ろで窓際の隅っこの席へと向かう。鞄を机の上に置き、むらまさを右側に立てかけて席に座る。俺は試しにクラスメイトを一瞥すると、俺をチラ見していた生徒が慌てて顔を逸らした。

 いつもの事だから慣れたし、怒る気も更々無いんだが、相変わらず俺って孤立してんなあ。

 気軽に話せるどころか普通に話しかけてくれる友達もいない俺は、朝のHRまで机に突っ伏して寝る事にした。



 HR、一時間目、二時間目、三時間目、四時間目と授業が流れていき、昼休みになった。

 俺はHR中も授業中も先生とすら目が合っていない。というか合おうとすると向こうの方から逸らしてくる。まあ関わったらロクな事にならないとでも思っているんだろう。ちなみに今朝助けたうちまきは何事も無かったかのように授業を受けていた。勿論俺には礼の1つも無い。別に礼言われような事をしたつもりは無いし、話しかけたくないという気持ちも分からなくないから大して気にしていないが、ここまで俺は皆に怖がられてるんだな。

 別にクラスメイトに言っても良いんだけどな。お前らが不良に絡まれてた所を助けてやったのは俺だ。その俺に礼の一つも無いとはどういう了見だ、と。

 実を言えば、不良から助けてあげたのは内田や巻だけではない。少なくともクラスメイトの半分以上、他のクラスの生徒、もっと上げれば先生も助けた事がある。無論、助けた後で俺に何か恩恵が来た事は一度も無い。助けた時に多少の暴力沙汰が起こったが、それが不問になったぐらいだ。

 でもクラスメイトにそれを言った所で何の意味を持たない。別に頼まれたから助けた訳でも対価を求めて助けた訳じゃない。単に困っている人を放っておくなという師匠や父さんに散々言われた教訓を真っ当しているだけである。それで俺に何の見返りが来ないのは必然的であり、自分勝手な言い分に過ぎない。

 周りを助けたのに、自分達に返ってくるのはいつも損ばかり。得する事なんて何も無い。銃剣警とはそういう仕事だと、父さんや師匠に何度も言われた。

 それでも俺は銃剣警になる事を望んだ。嘗て父さんが銃剣警であった様に、父さんみたいな立派な銃剣警になりたくて願いを叶えた。只、それだけの事だ。

 昼休みになると生徒達がワイワイと賑やかになるものなのだが、俺のクラスは未だに静かだ。勿論理由は俺がいるから。だから皆に気を遣い、持ってきた弁当と村正を手に教室を出た。向かう場所は入学当初から俺の昼食場所となっている屋上。普段は屋上へと続く扉には鍵が掛かっていて行く事は出来ないが、昼休みになると開放される事になっている。他の生徒もいるんじゃないかと思う所があるが、俺が屋上で昼飯を食っているのが他の生徒達に知られ、誰も屋上へは行かず、今や俺だけの特等席になっていた。


『ねえまさ、今日もあなた一人ぼっちだったじゃないの。大丈夫なの?』

「別に。もう慣れたんだし。今更我が儘言ったって、意味無えさ」


 中学の時もこんな感じだった。さすがに中学校は屋上の開放は無かったから、屋上に続く階段に座って食べてたモンだ。

 銃剣警を育成する銃剣警高校に行けばそうでもないんだが、あの学校の大半の生徒は、まだ正式なライセンスはなく、それよりも制約が厳しい仮のライセンスで銃剣警となっている。勿論既に銃剣警であっても学生なら行けるんだが、俺はイレギュラーで銃剣警になった。そういう連中は仮ライセンス持ちから相当変な目で見られるらしい。それが嫌だから態々都立の高校を選んだんだが、このザマじゃあなぁ。


『でも正刀、いつまでも一人ぼっちにいのは良くないわ。そろそろ学校でぼっち歴四年はなんとかしないと』

「それは分かってるけどよぉ」

『あ、違ったわ。四年と二ヶ月だったわね』

「余計な事を付け足すな!」


 唯一の話し相手は村正だけなんだが、コイツには普段は黙ってもらっている。いきなり喋り出したら色々困るし、余計気味悪がられる。もう時既に遅しだと思うが。


『兎に角一人だけでも良いから、友達作りなさいよ。分かった?』

「へいへい。てかさ、友達より、もっと別のが欲しいな」

『別のって何? 言っておくけど、あずさみたいな巨乳の美少女ハーレムは無しよ』

「違う違う。そんなのよりも欲しいのがあるんだって」

『ふーん。正刀がハーレム以外のものを欲しがるなんて、正直意外だわ』

「お前の中の俺は一体どういう立ち位置なんだよ……」


 そう思われても仕方ないという自覚はあるが、村正にとって俺の立場ってそんなに下なのか。


『それで、正刀は一体何が欲しいの?』

「……家族だよ」


 弁当の卵焼きを口に放り込みながら言った。

 俺が欲しいもの、それは家族である。

 顔も知らない母親は体が弱く、俺を産んだ後に死んでしまったし、銃剣警だった父さんは殉職してしまった。俺は一人っ子で兄弟はいない。父方に親戚はいるにはいるんだが、随分と田舎の方にいるし、そっちに行ったら梓にも会いづらくなる。だから一緒に暮らせる家族が欲しい。村正の事も家族だとは思っているけど、それでもちゃんとした人間の家族が欲しい。と村正に言うと、


『……ふーん、そう。正刀は家族が欲しいの。まあ、そろそろ欲しがっても可笑しくない頃合いだものね』


 村正はてっきり俺をからかうかと思っていたが、珍しく納得している。


『じゃあさ、梓をお嫁さんにして子供作っちゃえば? そうすればお金も家族も手に入って一石二鳥よ』

「そんな事したら絶対黒銅グループに狙われるだろ。ていうか、梓は黒銅グループのご令嬢で、俺は銃剣警だぞ。あまりにも釣り合わなさ過ぎるっての」

『あらあら正刀ったら。別に結婚するのに立場も家柄も関係ないでしょ。大事なのは、いかに相手を愛しているかって事じゃない。いざとなったら梓と駆け落ちでもして、何処かの田舎で静かに暮らせば良いでしょ』

「それこそ絶対狙われるだろうが。ていうか、俺は別に結婚したい訳じゃなくて、具体的には兄弟が欲しいんだよ」

『兄弟って、親はいらないの?』

「ああいらん。兄弟だけでいい」


 家族が欲しいって言ってるけど、正確には兄弟が欲しい。兄でも弟でも姉でも妹でも。兎に角一緒に仲良く暮らせる兄弟が欲しい。養父も養母はいらない。俺の母親は俺を産んで死んだ、父親は殉職した銃剣警だった、俺の両親はあの二人だけで充分なんだよ。


『じゃあさ、梓を妹にしたら? 誕生日は正刀の方が早いんだし、うまく調教すればどんな言う事でも聞いてくれる良い妹ちゃんになるでしょ』

「だから何でお前は俺が確実に死ぬ方法ばっか言ってんだよ!?」


 コイツは本当に俺の相棒なのか。最近それが疑わしくなって来たな。かと思ってたら、ポケットのスマホが鳴り出す。画面を見てみると、メールの着信だった。

 メールの差出人はじゅうけんけいきょくだった。って事は、


「銃剣警局からの周知メールか?」


 銃剣警局では銃剣警達に対して何かの情報を提供する周知メールが定期的に送られる。と言っても、大半は依頼募集だったりするんだが。

 届いた周知メールを読み上げてギョッとした。


「おいおい。マジかよ」


 続けてスマホから着信音が鳴る。今度は電話だ。周知メールが届いてすぐに電話が来る。相手は大体予想がつくんだよな。


「もしもし」

『師匠。ふうで御座る』

「師匠は止めてくれと言った筈なんだけどな」


 案の定、相手は夜千瑠か。

 風魔夜千瑠。かの忍者、風魔一族の末裔であり、銃剣警でもある俺の後輩だ。

 夜千瑠は諜報や潜入などの裏で動く分野を得意していて、周知メールが来ると決まって俺に電話を入れ、詳しい情報提供をする。

 ちなみに夜千瑠が俺の事を師匠と呼ぶのはちょっと面倒臭い理由があった。

 俺が夜千瑠と初めて会って手合わせをした時、俺が村正を使って遠慮なくボコボコにしたら、なんかやたら俺の事を尊敬するようになってしまい、その後はなんだかんだで気が合うので結構気軽につるんでいる。


「んで夜千瑠。お前の用件は、この周知メールだろ?」

『然り。師匠のお耳に入れておかねばならない事がいくつかあるので電話した次第で御座る』


 さっき送られてきた周知メールの内容はこうだ。

 しんどうきょうろうの脱獄。

 新藤恭太郎とは、最近逮捕された強盗殺人犯である。新藤は一般人の家に忍び込んで金品を盗み、見つかったらその人を遠慮なく殺害した。最終的には新藤を張っていた銃剣警達の手によって逮捕され、今は拘置所にいた筈なんだが、


「んで夜千瑠、何で新藤は脱獄できたんだ? 拘置所には銃剣警が五人ぐらいはいたらしいじゃねえか」

『その銃剣警五名は、全て殺害されたで御座る』

「は?」


 俺は一瞬スマホを落としそうになり、慌ててスマホを持ち直す。


「こ、殺されたって、どういう事だよ」

『恐らく何者かが拘置所に侵入し、警護していた銃剣警五名を殺害。その後、新藤を脱獄させたかと』

「って事は、新藤には仲間がいるのか?」

「そう考えて宜しいで御座る』


 おいおい。拘置所に侵入しただけじゃなくて、警護していた銃剣警を五人も相手して、しかも殺すって。警備がザルだな。いやそうじゃない。相手は相当な手足れって事だな。


『師匠。脱獄後の新藤の足取りは依然と掴めないで御座る。最悪の場合、梓殿が狙われる可能性は極めて高いで御座る。充分注意をして下されで御座る』

「ああ分かった。幸い、梓とは今日の放課後一緒に喫茶店行く約束してるから、その辺は大丈夫だろ。また何かあったら情報頼むぜ」

『御意』


 夜千瑠は電話を切った。夜千瑠は情報収集がうまいから結構使える奴なんだよな。しかも夜千瑠は女の子、つまりくノ一だから俺ら同世代の男子銃剣警の間でも密かに人気がある、らしい。その人気のある夜千瑠が仕事で組んでるのは俺と、もう一人別の銃剣警の女の子。おかけで俺は同世代の男子銃剣警にまで変な目で見られてるんだよなぁ。嫌だなぁ。


『正刀、いくらあなたが強くても、用心しなさいよ。ついついヘマやかして大怪我するんだから』

「分かってるって。いざとなりゃ、命を捨ててでも梓を守りきってみせるさ」

『あら、随分と頼もしい事ね。梓はこんな幼馴染を持って本当に幸せ者ね』

「まあ、後は性格が直れば完璧なんだけどな」

『確かにそうね』


 刀との雑談をして、昼飯も食い終わった。他にやる事も無いし、暫し昼寝でもするかな。そう思い床に寝転がる。すると、

 ガチャッ


あやむら君!」


 誰か入って来た。俺がいるにも関わらず平気で。

 入って来たのは女子だった。黒いブレザーに黒と赤のチェックのスカートの制服を着崩す事無くキチンと着こなし、髪の毛はショートボブ、アクセサリーの類も身につけておらず、代わりに左腕には、『風紀』と書かれた腕章が付けていた。第一印象は『口煩そうな真面目女子』って所か。


「……またお前かよ。ぬま

「またとは何よ。またとは」


 彼女の名前はぬますみ。隣のクラスの女子で、風紀委員をやっている。多分この学校で俺に臆することなく話しかけてくる数少ない人間の一人だ。


「何だよ一体。折角人が昼寝でもしようかと思ってたのに」

「そのお昼寝タイムを邪魔して悪いんだけど、妖村君にちょっとお話があるの」

「話って、お前から?」

「いいえ。生徒会長からよ」


 生徒会長? 沼田は風紀委員会所属で生徒会とは無関係だった筈。それなのに何で生徒会長から話があるのを沼田が伝えにきたんだよ。まあ、大方見当はつくけど。

 寝そべっていた俺は起き上がる。


「……別に良いけど。どうせ暇だし」

「そう。では会長、お入り下さい」


 え? もう会長来ちゃってるの? 

 扉の開く音が聞こえる。現れたのは二人の先輩。一人は女子の先輩。艶やかな長い黒髪ロング、凛々しい黒い瞳に整った綺麗な顔、細い肢体を覆う制服を規則正しく着こなしている。恋も知らない男子が見たら一目惚れしそうだ。

 もう一人は男子の先輩。身長は180前後、分厚い胸板に広い肩幅、手足を見ただけで分かる前身が鍛え上げられた筋肉は大男というだけではない。歩き方からして、武術の心得をある程度持っている巨漢。顔つきも鋭く体格に似合っている。失礼な言い方だが、小さい子供がこの姿を見れば泣いてしまうだろう。肝心の中身の方は以外と真逆なのに。


「こんにちは。妖村正刀君」


 ニッコリと笑って挨拶をしてきた女子の先輩。この人は丸谷高校の生徒会長、じょういんかなめ。沼田と同じく、俺に臆することなく話しかけてくる数少ない人間の一人。


「悪いな。折角の昼休みを邪魔してしまって」


 俺に詫びの言葉を入れて、外見に似合わずにこやかな顔で挨拶した男子の先輩が、風紀委員長、ごうかず。こちらも沼田同様、俺に気軽に話しかけてくる数少ない人間の1人だ。


「別に気にしないで下さいよ郷田先輩。どうせ暇なんですから」

「そうか。もし暇だと言うのなら、我が風紀委員会に入ってみないか? 充分暇は潰せるし、一人ではなくなると思うよ」


 冗談なのか本気なのか、郷田先輩が俺を委員会に勧誘してきた。


「お気持ちはありがたいですが、生憎俺は銃剣警。いつ仕事が入るか分かりませんし、委員会に入るのは極力避けてるんで」

「そうか。君ぐらいの生徒が入ってくれれば、我が風紀委員会も完璧になるんだがな。残念だ」


 完璧どころじゃないと思いますよ。多分この学校に風紀を乱す生徒が一瞬で消えると思いますよ。


「それで生徒会長。お話ってのは何ですか? 呼んでくれたらこっちから行きましたよ」


 俺は座ったまま二条院先輩に尋ねる。


「はい。妖村君とは一度、こうしてお話をしてみたいと思いまして。私の方から参上しました」

「それは態々ご苦労様です。立ってるのもあれですし、座って下さいよ。どうせ他に人なんて来ないんですから」

「そうですか。では失礼します」


 二条院先輩はペコリとお辞儀をすると、綺麗に正座をする。本当にこの人凛々しいな。

 二条院先輩は、茶道の世界では有名な二条院家の一人娘。成績優秀、文武両道、品行方正。周囲からの人気も高く、密かにファンクラブまで出来ていたという噂もある。

 続けてどっしりと座った郷田先輩、なんと父親が陸上自衛隊に所属しており、幹部自衛官をやっているそうだ。存在感溢れる姿は独特の威圧感があれど生徒からの信頼は厚く、良き相談相手になる事が多々あるそうだ。

 ちなみにこの二人は交際中らしい。そんな噂をチラッと耳にした。二条院先輩ファンクラブもこの二人が付き合ったという情報が入ったと同時に解散したという噂もある。よく暴動が起こらなかった。相手がこの大柄な先輩だったからかもしれない。


「妖村君にお話というのは、今朝の事なんです」


 やっぱりそれですか。

 今朝俺がクラスメイトの女子二人を不良から助けたっていう話はもう会長の耳には入り済みだった。それもそうか。二条院先輩は親しい生徒の数が多い。校内での情報網を構築していて当然。郷田先輩とも付き合っている以上、風紀委員会からそれ関係の情報とかも入ってくるだろう。主に女子達の話→沼田の耳に→郷田先輩→二条院先輩って感じか。


「聞く所によると、妖村君はまた当校の生徒を助けてくださったとか。生徒会長として、お礼申し上げます」


 うわぁ、学年でも一、二を争う美貌の持ち主である生徒会長が、綺麗に整った姿勢で丁寧に頭を下げて礼を言った。こんな光景は入学してから一度もない事だぞ。会長ファンが見たら絶対悔しがるな。主に男子が。


「あ、いえ。別に礼を言われるような事は何もしていませんよ。あれは人として当然の事をしたまでで」

「しかし、その助けた生徒の方は、まだあなたにお礼を言っていないそうですね」


 何故だろう。二条院先輩の目つきがさっきの優しそうなものから厳しいものに変わったような。


「あー。別に気にしてませんよ。なんせ俺は銃剣警ですし、近寄りたくない気持ちだって分かるんで」

「けど、それだったら妖村君が損じゃないの? 助けたのに何の恩も受けないだなんて」


 横から沼田が言ってくる。確かに沼田が言っているのは一理ある。助けられたのなら、それ相応の恩を返す、せめて感謝の言葉の一つでも無いと礼儀に欠けるだろう。


「あのな沼田。死んだ俺の父親が言ってたんだが、銃剣警は損して損するってある。損が多くて得する事なんて微々たる量だけ。銃剣警ってのはそういう仕事なんだよ。それを承知の上で、俺は銃剣警になる事を選んだんだ。だから、恩を受けないのも良いんだよ」

「で、でも」

「まさかとは思いますが、二条院先輩の言うお話はそれだけなんですか? もしそうなら俺は教室に戻らせてもらいますけど」


 しつこい沼田の言葉を遮って、村正と弁当箱を持って立ち上がろうとした。


「いえ。確かにこれも用件の一つではありますが、本題は別にあるんです」


 え? そうなの?

 それなら戻る訳にはいかない。座り直して村正と弁当箱を置き直す。


「そうですか。で、本題とは何なんですか?」


 二条院先輩に尋ねると、答えたのは二条院先輩ではなく、郷田先輩だった。


「それがだな、今朝の件というのがまだ続いているんだ。妖村に追い払われた不良二人の事なんだが、察してるとは思うが、その二人は海堂高校の生徒でな。そこにはいりくらたくという奴が仕切っているんだ」


 入倉? あー、確かよしやまなかって不良二人が話してた奴の事か。


「実はだな、その海堂高校には不良の世界に詳しい俺の友人がいる。先程ソイツから連絡があったんだ。その入倉が手下達を連れてこっちに向かってきている、と」


 ……は?

 郷田先輩、今何て言いました?

 俺がポカンとしていると、


「オオォイッ! ここにいる銃剣警の奴は何処だァッ!」


 丁度校門の辺りから、屋上まで届くぐらいの叫び声が聞こえた。俺達がフェンスの方まで近づいて見てみると、いた。

 今朝追い払った吉田に山中、他にも十数人の不良、そして一番前にいる、ガタイの大きい不良。学ランは辛うじて着ているがボロボロ、耳にはピアスに派手なシャツや靴、武器は持っていないが、何処からどう見ても典型的な不良の格好をしている。アイツがきっと入倉だな。


「あら、もう来てしまいましたか」

「……あの、郷田先輩。もしかして、あれをなんとかしてくれって事ですか?」

「まあ、そういう事だ」


 マジですか。そりゃあ自分で蒔いた種だから事後処理も自分でやるのが当然なんだろうけど。

 確かにあんな奴らがここで暴れたりでもしたら大事な学校生活が台無しになるし、只でさえ低い俺の立場が更に低くなるな。


「郷田先輩。それって、風紀委員長という特権で生徒である俺に命令しているんですか? それとも、銃剣警である俺に依頼しているんですか?」

「うむ、風紀委員長としての特権は風紀委員会にのみ効くから、委員会に所属していない君には命令は出来ん。この場合は依頼、だな」

「依頼となると報酬を支払ってもらうことになるんですが、金銭かソレ相応の対価を要求出来ます」

「分かっている。何か困った事があれば、俺に出来る範囲内で力になろう。それでどうかな?」

「……良いでしょう。妖村正刀銃剣警は、この依頼を引き受けます」


 さてと。サッサと片付けて、午後の授業もやらないと。


「そんじゃま、いっちょ行ってきますか」


 俺は村正をベルトに下げて屋上のフェンスによじ登る。


「ちょっ、ちょっと妖村君!?」


 それを見た沼田が慌てて止めに入る。


「何だよ沼田」

「何だよじゃないでしょ! 何でよじ登ってるの!?」

「何でって、こっちの方が近いし。それで村正、どうする?」

あやすじ使っちゃう?』

「使っても良いけど、着地した時にグラウンド陥没するよな。それだと後で部活する奴らに迷惑だろうし」

『じゃあ、あれしかないわね』

「まあ、そうだな」


 刀との相談の末、俺は右袖から金具の付いた細いワイヤーを取り出し、フェンスに引っ掛ける。


「そんじゃあ、一仕事してきますんで」

「え、ちょっ、妖村君まさか!」


 フェンスを蹴って、屋上からの大ジャーンプ!

 俺の服の両腕には、TNKツイストナノケプラーワイヤーを素材にした特殊ワイヤーが装着されており、こうやって高い所からでも遠慮なく飛び降りる事が出来る。

 途中で校舎の壁に止まったりしてグラウンドに着地し、右腕に装着しているワイヤーを外して校門へと向かう。


「ほう。屋上からのご登場とは、随分とカッコつけやがったなぁ」

「別にカッコつけた訳じゃないさ。あっちの方が早く来れるし。それで、お前が入倉って奴か?」

「ああ。そうだ。この俺様が、海堂高校を仕切っている『けん』の入倉よぉ」


 鬼拳って……

 何だよその変な通り名は。中二病か。

 俺はその入倉をしげしげと見る。

 成程。不良を仕切っているだけの事はあるな。


「それで、その海堂高校を仕切っている鬼拳様が態々ここに何の用だ?」

「へっ。惚けてんじゃねえよ。今朝はウチの奴らが世話なったからよぉ。とりあえずその礼と侘びに来たんだよ」


 何だ。てっきり因縁掛けられるかと思ってたんだが。けど、後ろにいる不良達はニヤニヤと笑っている。て事は、何かする気かな。


「へえ。そりゃあどうも。ご苦労様な事で」

「まあ、俺達がお前に償える事なんざ、これぐらいしか出来ねえんだけどよぉ」


 入倉は俺の方へ歩いてくる。一体どんな償いをするのか楽しみだなぁ。

 気楽に考えていると、俺と入倉が向かい合わせになる。そして、

 ガスンッ!!


「――っ!」


 速い。最初に思った事は、それだった。いつの間にか入倉の拳が俺の鳩尾に減り込んでいた。しかも、結構強い。


「出たあぁぁぁっ! 入倉さんのおにこぶしっ!」


 不良の一人が大声を上げ、他の不良達も歓声を上げる。反対に校舎から俺達を見ていた丸谷高校の生徒達から悲鳴が聞こえた。

 ていうか鬼拳って。通り名と丸っきり同じじゃん。


「へっ。てめえみてえなコスプレ野郎が、調子乗ってんじゃねえよ」


 コスプレ野郎って。コイツらからの俺ってそんな風に見えてんのか。


「俺様が海堂高校を仕切っている間は、ウチの奴らに手出し出来ると思うなよ」


 入倉が拳を放し、俺を見下す様に言ってくる。成程。手下がコケにされたから、丸谷高校の生徒達が見てる前で、こうやって俺を公開処刑しようって事か。


「……言いたい事は、それだけか?」


 俺は入倉に確認を取る。入倉は、アァ? と首を傾げる。


「だったら何だよ」


 ふむ。言いたい事はそれだけみたいだったな。


「一つ言っておくけど――」


 俺は倒れるどころかフラついたりせず、入倉に顔を向ける。


「お前、思ってたよりかは大した事ないな」

「なっ!?」


 入倉が驚愕のあまり目を大きく見開いている。後ろの不良達や俺の後ろで見ている丸谷高校の生徒達もザワついている。

 入倉の今の一撃は確かに良かった。体重移動、間合い、急所である鳩尾を狙う。そこそこの経験を積んでいるみたいだが、それがどうした。

 俺にあの程度の攻撃は通用しない。不意打ちならまだしも、来ると分かっているなら耐えるぐらい余裕だ。俺は師匠からあれの一千万倍以上の攻撃を受けまくった事があるからな。あんなのでやられてたら銃剣警はやっていけない。


「入倉、お前は俺を公開処刑しようと思ってたみたいだけど、公開処刑されるのはお前の方だ」


 俺は腰を少し落とし、右手を前に出し、左拳を後ろに構える。


「な、何だよテメェ。まさか、俺とやる気か!」

「だったら、何だ?」


 俺は普通に聞き返した。ちょっと殺気を混ぜ込んだから、手下の不良達の顔が青ざめている。ボスの入倉はまだ屈してはおらず、歯を強く噛み締める。


「だ、だが、テメェは銃剣警。テメェの方から俺に手出しするのは無理な筈だぜ」

「確かにそうだな。銃剣警法第七章の第二条、銃剣警は如何なる場合においても、自ら先に一般人に危害を加える事を固く禁ずる。この決まりがある限り、俺は自分からお前に危害を加える事は出来ない」

「へっ、そういう事だろ」

「けど、銃剣警法には第七章の第四条、銃剣警は、向こうからの攻撃を受けた場合、銃剣警法第七章の第一条に反しない範囲であれば、正当防衛を行使するものとする、ってのがあってな。ちなみに第一条は殺害の禁止なんだけど、要は銃剣警でも一般人に対して正当防衛は可能なんだよ。殺さない程度なら。お前はさっき、俺を一発殴った。だから、一発殴り返すぞ」


 俺の冷たい一言で、入倉の身体がガタガタ震えだす。


「あとお前と、お前の手下共、散々この学校の生徒に手出ししてたらしいな。その分も含めさせてもらう」


 入倉、気付くのが少しばかり遅かったな。もう後戻りは出来ないぞ。

 俺は困っているたり、助けを求めている人の味方ではあるが、全ての人間に対して手を差し伸べる聖人君子じゃない。やられたら()れ、()れるなら()れ。父さんや師匠に教わった事だ。


「テ、テメェッ!」


 入倉がもう一度鬼拳を放つ。

 実を言うと、本当は見えていたのだ。鬼拳は。

 確かに鬼拳は速い。目で捉えるのは無理だろう。一般人から見ればだ。嘗て殉職した父さんの様な銃剣警になりたいと、その一心で体を鍛え上げ続けている俺にとっては遅い動きにしか見えない。

 入倉の鬼拳は、視線と動きからして俺の顔を狙っている。でも俺は、それを簡単に避けて入倉の懐に入る。


「――っ!」


 入倉や不良達、丸谷高校の生徒達は、俺が一瞬で入倉の拳を避けて、瞬時に懐に入った様に見えた筈だ。まあ、どうせ終わるから良いか。


「――めいかいせつ


 ――ドスンッ!

 当てる寸前に軽く手首を捻って入倉の胴に拳をぶつける。別に入倉の鬼拳たいに速い訳でもないし、特別強い力で殴った訳でもない。速さも強さも、普通に殴った場合とほぼ同じ。なのに、


「…………ガ、ハッ…………」


 入倉は白目を剥いて、後ろに倒れた。


「あ、あ、あああああああああああああああああああっ!」


 倒れたと同時に、さっきまで青ざめていた不良達が、一斉に悲鳴を上げる。後ろで見ていた生徒達も、何が起こったのか分からず、ポカンとしている。


「い、入倉さんっ!」


 我に返った不良四人が慌てて駆け寄り、入倉を揺する。入倉は泡を吹いて気絶していおり、不良達は俺を見て体がガタガタ震えだす。


「テ、テメェ、何を……」


 不良の一人が、怯えながらも俺を睨んで聞いてくる。別に。そう大したものじゃないさ。

 俺が使う技の大半は、師匠から教わった武術である。師匠が得意としている武術は少し変わっていて、それは武術と呼ぶには聊か疑問符を浮かべるものだ。

 それは、振動波を用いている。

 俺の師匠は、体の到る所から振動波を作り出す事が出来て、その振動波で相手の内外に衝撃をぶつける事が出来る。皮膚でも、筋肉でも、骨でも、内臓でも、身に付けている物でも。

 さっき使った鳴壊羅刹。手首を捻って生み出された振動波を拳に乗せて相手の外側に強い衝撃を与える、外部振動攻撃技。但しこの技は俺が持つ技の中でも比較的威力が弱い。相手を殺さず、生きたまま仕留める為に師匠が考案したものだ。それを習い、壮絶な修行の元、他にも多数の武術を習得した。あれは地獄だったなぁ。

 まあ今はそんな事はどうでも良い。俺は気絶した入倉を介抱している不良四人の前に立つ。


「入倉が起きたら伝えておけ。俺への報復はいくらでも来い。けど俺の周りやこのに手を出すなら……」


 仕上げに俺は、威圧感を更に出す為に村正の鯉口を切る。


「……殺されても文句を言うなよ、ってな」


 俺が言った事が少なくとも嘘ではない事、そしてさっき入倉を倒した時が、本気ではないと悟った不良達は、


「お、お、覚えてやがれっ!」


 お約束の捨て台詞を残し、気絶した入倉を二人がかりで運びながら一目散に逃げて行った。

 少しやり過ぎたかな。これで俺の評判も下がったろうな。まあ、元から良い訳でもなかったし仕方ないか。

 ワイヤーを回収すべく校舎に戻ろうと歩くと、


「妖村君」


 いつからそこにいたのか、二条院先輩と郷田先輩がいた。


「この度は当校へ押しかけてきた者達を追い払って頂き、生徒会長として感謝を申し上げます」


 二条院先輩が深々と頭を下げてお礼を言った。生徒達が見ている前で。妖村正刀、本日二度目のビックリだ。


「い、いや、あの、二条院先輩。俺は別に、それ程の事をしたつもりは……」

「妖村」


 俺が否定しようとすると、郷田先輩に呼ばれた。顔を向けると、いつやってきたのか、沼田と、隣に女子が二人、内田と巻がいた。

 内田と巻は、沼田に背中を押され、俺の方へと歩み寄ってきた。

 最初に口を開いたのは内田だった。


「あ、妖村君。今朝はその、助けてくれてありがとう。ご、ごめんね。お礼言いたかったんだけど妖村君すぐ行っちゃったし、教室で言おうかと思ったんだけど、なんか、皆が妖村君を怖がってる空気が強くて。私、それに負けちゃって、言いそびれちゃったんだ。だから、本当にありがとう」


 内田の次は巻が口を開く。


「私となつはね、ああいうのに絡まれる事が多くて。今朝も通る人達は見て見ぬフリして、誰も助けてくれなくて、正直怖かったの。けど、妖村君はそんな事お構い無しに困ってた私と夏紀を助けてくれて、あの時凄いホッとしたの。だから、ありがとう」


 うーむ。どう考えても嘘は言っていない。本当に心の底から感謝してるみたいだな。ていうか、この二人っていつも絡まれてたんだな。学校に行く時間が疎らだから知らなかったけど。


「そ、それでさ、妖村君。その、もう一つ言いたい事があって」

「ん? 何?」


 俺が尋ねると、何故か内田は顔を赤くさせ、モジモジとしている。


「あ、妖村君。私、妖村君の事が好きです。つ、付き合って下さい!」


 ……はい? 内田さん。あなた今、一体何を仰っているんですか?

 俺の疑問を察したのか、沼田が俺に教える。


「妖村君。内田さんはね、妖村君にずっと惚れてるのよ。だから恋人になって下さいって言ってるの」

「……え?」


 俺の思考回路が三秒程停止する。そして、


「はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 多分、この学校に来て以来、初めての大声で叫ぶ。これに内田や先輩達、更に野次馬の生徒達もビクッと驚く。


『煩いわよ正刀』


 村正が冷静にツッコミを入れた。人前じゃ喋るなって言ってるだろ。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ沼田。な、何で俺なんだ? よりにもよって、学校で一番評判の悪い俺が」

「……あー、そっか。妖村君知らないんだっけ」


 沼田が残念そうな顔で納得する。


「知らないって、何をだよ」

「あのね妖村君。実は妖村君の評判って別に悪くないのよ?」

「は?」

「妖村君を怖がっている人達がいるのは事実よ。でもね、それは極一部の人達だけなの。本当は妖村君の評判って良いのよ。特に助けられた生徒とか先生方からの人気が凄く高くて、男子女子先生関係無しに助けてるから、妖村君は皆のヒーローみたいな存在なの」

「ヒ、ヒーローって」


 俺は、沼田の言葉が信じられなかった。銃剣警はヒーローではない。只のぼったくりの何でも屋だ。

 沼田は続けて追い討ちを掛ける。


「ちなみに、私が調べた情報によれば、密かに作られた妖村君のファンクラブの女子は皆、妖村君の事好きなのよ」

「はあぁっ!?」


 おい! 今初めて聞いたぞそんなの! あとファンクラブって何だよ!? 人の知らない所で何やってんだよ!? それと内田、ファンクラブあるのに抜け駆けしてコクッたら駄目だろっ!?



「それとさ、折角良い機会だし、妖村君に一つ聞いても良い?」

「な、何だよ」

「妖村君がさ、ほうづき学院のお嬢様と同棲してるって噂がファンクラブの間に出回っているんだけど、本当なの?」


 ……は? オレガ、ホウヅキガクインノオジョウサマト、ドウセイシテイルトイウウワサ?


「な、何言ってんだよ沼田。それは完璧ガセネタだって」

「でも、朝学校に行く途中、妖村君の家から宝月学院の制服を着たお嬢様が出てきたっていう目撃情報があるんだけど。しかも会長に聞いたんだけど、そのお嬢様、こくどうグループのご令嬢よね?」


 マジかぁぁぁぁぁっ! 梓が俺の家から出る所を目撃されてたぁぁぁぁぁっ! あと何で二条院先輩が梓の事知ってんだよっ!? って、茶道の名家の一人娘である二条院先輩が知ってても可笑しくないか。一応先輩もお嬢様だし。


「それで妖村君。噂の真偽についてなんだけど、どうなの?」


 沼田の質問は、何故か圧迫感があった。大方風紀委員として、学校の生徒が他校の女子との同棲は問題だとかそんな感じかな。

 沼田の質問に、内田が両手を目の前で握り、懇願の姿勢。巻は脇から励ましている。ここは正直に答えるとしよう。


「沼田。その噂はデマだ。確かに俺の家に宝月学院のお嬢様が来ているのは事実だ。けどな、俺とアイツは単なる幼馴染だ。朝に俺の家から出る所を見たってのは、単に朝飯を食いに来たってだけの事だ。家だって隣同士だし、別にお前らが思っている程深い関係は一切無い」

「……そう。だったら良いわ」


 沼田はそれ以上は詮索はせずに終えた。俺の弁解を信じてもらえたのか否かは分からないが、少なくとも沼田は噂がデマではある所は信じてもらえたみたいだ。


「それで妖村君。内田さんの申し出は受けるの? 断るの?」


 で、すぐさま本題のほうへと話を切り替えた。


「あ、ああ。ちょっとタンマ」


 俺は一旦断って後ろを向き、腰に下げっぱなしの村正を出して小声で問いかける。


(どうすれば良いんだよ村正!?)


 ――別にOKしたら良いじゃない。あの子、正刀好みの良い肉付きしてるわ。土下座でもすれば、胸ぐらい好きなだけ揉ませてくれるんじゃない? 更にもっとアレな事とかしちゃったり。


(確かにそうかもないけど、俺はそこで鬼畜野郎じゃない!)


 ――普段は梓にセクハラを言う癖に?


(うぐっ、そ、それは……)


 ――それに、そういうのは自分自身で決める事でしょう。他人に、ましてや刀に相談するなんてどうかしてるわ。


 刀への相談は大して意味が無く――ちなみに村正は一応小声で喋ってくれた――、仕方ないので正直に言おうと、前に向き直る。


「えっとだな。内田」

「は、はい」


 内田はゴクンと唾を呑み込み、胸の前で両手を握り、神へと祈るシスターの様な目で俺を見ている。


「気持ちはありがたいんだけど、その、今はそういうのは興味なくて。ゴメン」


 俺は内田の申し出を断った。そういう認識が周りにも伝わる。内田本人もフラれた事を悟り、


「…………う、うぅ…………」


 ポロポロと涙が零れ、その場に崩れ落ちる。

 ヤバッ! 泣かしちまった! 妖村正刀、本日二度目の女の子を泣かしちまった事件だよ!

 巻が必死で慰めてくれるが、沼田が俺をジト目で見てくる! 絶対心の中で最低とか思ってる!


「待て待て待て! 待て内田!」


 俺は慌てて弁解しようと取り繕うとする。気が付けば野次馬達の一部が沼田同様に冷たい目で見ているのが確認出来た。さっきの入倉の乱入よりも女子に告白されてフッた後で冷たい目で見られるこっちの方がよっぽど公開処刑じゃねえか!


「あ、あのな内田。俺は別にお前が気に入らなかったから断った訳じゃない。本心じゃ付き合いたいと思ったのは本当だ。けど俺は銃剣警だ。俺と付き合ったらお前にまで迷惑を掛ける事になる。それだけは避けたいんだ」


 俺の言った事は、強ち嘘ではない。只でさえ普段から変な目で見られたりする俺と付き合ったりでもしたら、どんな嫌がらせが来るか分かったものじゃない。


「……あ、妖村君。私、別に妖村君といられるんだったら、そんなの全然気にしないよ」

「ていうか妖村君、嫌がらせとか起こったら遠慮なく私に言いなさいよ。風紀委員として止めさせるから」

「いや、そういう意味で言ったんじゃない」


 彼女達は、俺が断った理由の半分しか分かっていなかったらしく、えっ、となる。


「俺が言っているのは、確かに学校で嫌がらせが起こるかもしれないっていうのは勿論だけど、最悪ヤバいのは、殺されるかもしれないって事だ」


 どうも、沼田や先輩は学校での俺の立場しか知らないから、この際ハッキリ言っておこう。


「俺は銃剣警だ。銃剣警は、犯罪捜査への協力が可能っていう性質上、犯罪者に命を狙われやすいんだ。俺なんか今まで数え切れないくらいの犯罪者関わってきた。いつ向こうから報復を受けても可笑しくないし、最悪殺されることだってあるんだ。俺と関わりを持つと絶対危険なんだ。だから俺は断った。それだけだ」


 俺がきつい口調で言い終えて彼女達を見る。今の話が嘘ではなく、その可能性があると分かったんだろう、何を言って良いのか分からず、内田は俯いていた。

 本当は俺がこの公立高校にいる事自体も問題なんだけどな。出来る限り学校に悪影響が及ばないようには気をつけているが、100%安全とは言い切れない。


「けどな、内田」


 俺は歩み寄り、内田の頭にポン、と手を置く。


「お前みたいな可愛い女の子がコクってくれたのは、本当に嬉しかったぜ。また不良に絡まれるような事とかあったら遠慮なく来い。いつでも相談OKだからな」


 俺が顔を緩め、ニコリと笑う。内田の顔はトマトの如く赤くなり出し、ボフンッ! と湯気を出し、倒れそうになる。慌てて沼田と巻が支えたのを確認した俺は、ワイヤーを回収すべく校舎の壁へと向かう。

 途中、二条院先輩と郷田先輩へ、擦れ違いにペコリと頭を下げてそれ以上の事はせずにそのまま俺は歩いた。


「あ、そういえば妖村君。一つ言い忘れてました」


 後ろから二条院先輩が何かを思い出したらしく、俺を呼び止めた。


「何ですか?」

「密かにある君のファンクラブの事なんですが、そのクラブの会長と副会長は、実は私と和雄君なんですよ」


 ……はい?


「それに、会員のおよそ七割が女子生徒で、皆さん妖村君の事を好いているんです。ですので、今後は妖村君にドンドン話しかけてくる方がやって来ますから、気を付けて下さいね」


 ニッコリと笑って忠告してくれる二条院先輩。

 ちょっと待て。何で先輩達が俺のファンクラブの会長と副会長なんですか!?


「ちなみに、全体の約四割程は他校の生徒、特に隣町のあさ高校の女子生徒が多いです」


 朝間高校って、男子よりも女子の比率が多い、進学校じゃねえか……

 そういえばそっちの高校の女子生徒も何度か助けた覚えがあった様な無かった様な……


「あの、二条院先輩。そのファンクラブの会員数って、一体どれくらいなんですか?」

「そうですねえ、ざっとで言いますと、およそ三百人程でしょうか」


 俺の名前は妖村正刀。十六歳。職業、銃剣警。

 銃剣警になって三年後。意外と自分は人気者であるという事を知った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ