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妖刀使いの妹(ペット)  作者: 黒楼海璃
No.1 ある日、妹が出来ました。
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No.28 ある日、妹が出来ました。

第一章、最終話です。




 ――後日。


 なぎは報告書を提出し、その場で姿勢を正していた。


 今彼がいるのは東京銃剣警局。その中でも危険地帯の中の危険地帯、公安最上層部。普段は表立った話を聞かないここは、対処が極めて困難な凶悪犯罪が起こると、その都度最終的な判断を行う権限を持つ。公安部や公安零課などといった危険地帯よりも殉職率が異様に高い。あの最強と呼ばれた男、妖村あやむらじんにも誘いが来た事がある。尤も、当人は『家族と過ごす時間が減るから』という理由で悉く断ってきたが。


「……成程。了解した」


 薙刀と向かい合う様に座り、報告書を静かに読んでいた二人の人物達。彼らが現公安最上層部の面々である。本当は九人いるのだが、残りの七人は別件で席を外している。


 先程短い返事をした一人の男。名をかど晴臣はるおみ。外見は顔に皺が多い只の年配に見えるが、御門家でもそれなりの地位に立つれっきとした実力者。薙刀相手なら一分も掛からず消し炭にしてしまうだろう。妖村刃なら逆に返り討ちにされるだろうが。

 ちなみに彼はこの公安最上層部の代表でもあり、はるにとっては親戚の一人でもある。


「それで草神くさかみ天崎あまさき美雨みう改め、妖村美雨の今の様子はどうだ?」

「はい。担当医師からの話では、すっかり落ち着いて療養に励み、社会復帰に備えている最中との事です。元々大人しいそうなので突発的に暴れる事は無いと思われます」

「そうか。報告書のほうにも、本人は深く反省しているとあった。余計な監視は逆に邪魔になるだけか。ならば、監視は妖村正刀に任せて構わない。だがくれぐれも注意するよう伝えておいてくれ。いくら年頃の非力な娘とはいえ、仮にも妖刀『村雨むらさめ』を宿している訳だからな」

「はい。その様にお伝え致します」


 晴臣の言葉を聞いて、薙刀は内心ホッとした。ここで美雨を正刀の家族とする事に異議を唱えられれば、面倒な事になっていた。下手をすれば美雨だけでなく、正刀にも危険が及んでいた。


「本来なら処分する事も、冥絶監獄ハーデス・プリズンで一生日の光を見る事なく朽ちる事も出来たが」


 はぁ、と深い溜息を吐き、続ける。


「お前が妖村の名前を出してまで保護しようとしたぐらいだ。もしあいつが生きていたらお前、死ぬ程度手は済まんぞ?」

「わ、分かっています。はい」


 薙刀は内心焦っていた。場の勢いに任せて嘗ての上司の名前を使ってしまい、何をされるか気が気でない。今も下半身がガクガク震えている。


「それ相応の覚悟は出来ているつもり、です」

「ほう? 我々を相手に随分と威勢が良いな。と言っているが、どうなんだふなさか


 チラリ、と右端の席に座る者を一瞥する。


「えー? 別に良いんじゃないですかぁ? とっくに死んだ人をどうこう言おうが仕方ないですしぃ」


 楽しそうな口調でケラケラと話すのは、外見は中肉中背で中学生にも高校生にも見える青年。


 彼の名はふなさかいくさ。この公安最上層部に所属する九人の中では年少である。


「ねえねえ草神、報告書にも書いてあるけどさぁ、草神が八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを使ったって本当だったんだね」

「……はい」


 満面の笑みで訊ねる舩坂に、薙刀は表情を強張らせて肯定する。


「へぇ、そっかあ。あっ、別に怒ってる訳じゃないよ? そうした方が良いって草神が判断したんだから、寿命が減ろうが失敗して死のうがそれは自己責任だし。たださぁ……彼って命削ってまで助ける程の価値があるのかなぁって思ってさ」

「勿論です」


 舩坂の疑問に薙刀は即答して、続ける。


「それが刃さんへの贖罪だと思っていますから」


 何の迷いも無い、澄み切った目で言い切る。それを見た軍は笑顔を崩さず、少しだけ目を見開く。


「ふぅん。まっ、良いけどね。でもあんまり甘やかしたりしないでよ?」


 ――スッ


「っ!?」

「……もしもの時は、僕が尻拭いしろって言われてるからさ?」


 気が付いた時には、舩坂は薙刀の背後に回り、彼の首筋に人差し指を当てていた。しかも表情は笑顔のままだ。


(いつの間に……っ!?)

「あれぇ? 随分驚いてるねぇ。駄目だよ草神。この程度の事も反応出来ないなんて……よくあの人の下に付けたよねぇ?」


 薙刀は驚きのあまり、一歩も動けなかった。否、動けばられる。

 舩坂が向ける視線は、素人には決して分からない強者のそれだった。玄人にしか感じ取れない濃密な殺気と闘争心が篭っている。


「僕嫌だよ? あの人の子供を手に掛けるのさ。でもやらなかったら殺すって脅されてるし、滅茶苦茶過ぎるんだよね。草神だって知ってるでしょ、あの人の異常さを」

「……はい。重々承知しているつもりです」


 薙刀は冷や汗が掻きそうだったのを必死で堪えて返事をする。

 分かっている。この人は嘘や冗談で言っていない。()()と言ったら本気で()()。どんな妨害に遭おうが必ず。自分では決して止められない、逆に一緒になってやられてしまうだろう。それだけ異常な能力を持っている。

 あの人の一番弟子だったこの人は、あの人の子供だからこそ、もしもの時は尻拭いをする。それがこの人なりの贖罪のつもりだ。


「覚悟持ってるって啖呵切るんだったらさ、もうちょっとちゃんとしようよ? もしこれがガチの殺し合いだったら、草神もう死んでるよ?」

「は、はい……」


 舩坂が薙刀の顔を覗き見るように近づき、ニッコリと笑い掛ける。それはまるで、獲物を追い詰め捕食する蛇の如く。


(…………っ!?)


 薙刀は息が荒くなるのも必死に堪え、どうすべきなのか頭の中を回転させて模索する。だがどう考えても舩坂からの脅威を脱する方法が思いつかない。かと言って、指一本でも動かせば舩坂の指が薙刀の首を容易に貫く。叢雲むらくもは今、キーホルダーサイズでポケットに入っており、出す素振りを見せても同じ事だ。


「ねぇねぇ草神。急に黙り込んじゃってどうしたの? 何か言ったらどうなの? ねぇってば」

(ど、どうしたら良いんだこの状況……っ!?)

「舩坂、それぐらいにしろ」


 一触即発の空気を終わらせたのは晴臣だった。濃い霧を一瞬で払うみたくピリピリとした空気をたった一言だけで吹き飛ばしてしまった。


「……はーい。分かりましたー」


 舩坂は殺気を戻し、何事も無かったかの様に自分の席に座り直した。


「何はともあれ、今回は偶々運が良かっただけだ。次はこうはいかない。油断するなよ」

「はい。肝に銘じます」

「よし。では下がれ」


 失礼します、と薙刀は一礼して部屋から出て行った。


 パタン、と扉が閉まり、舩坂がクックックッ、と堪えていた笑い声を零す。


「あっはっは、いやぁ、さっきの草神面白かったですねぇ。またやろっかなぁ」

「……舩坂、そうやって若者をからかうのは止めろといつも言っているだろう」


 晴臣は呆れて溜息を吐いてしまう。


「えー? 良いじゃないですか。調子乗ってる子供には丁度良い教育だと思いますよ?」

「お前がそれを言うか……。そんな事言って、妖村にいつも扱かれていたのは何処のどいつだ」

「やだなぁ! そんな昔の事を掘り返さないで下さいよ! 僕はまだ死にたくないんですから……」


 ガタガタガタ、と恐怖で身震いを起こす。薙刀を圧倒していた彼といえど、最強の銃剣警が相手なら身が竦んでしまう。晴臣は呆れて物が言えない。


 コホン、と舩坂は咳払いして、


「けど、ちゃんと釘を刺しておくのも大事ですよ? 特に正刀君、あれは絶対またなんかやらかしますって」

「だろうな。なんせあの妖村の息子だ。何もしない訳が無い」


 晴臣も舩坂も、そして今はこの場にいない公安最上層部の面々にも分かる。あの妖村刃がどれだけ最強で、異質で、滅茶苦茶で、親バカであったかを、


 過去に何度も激闘を繰り広げた彼らだからこそ、正刀や薙刀以上にあの男の危険性を知っている。

 息子が大人しく平穏を過ごす筈が無い。例え本人がそれを望んでいなくても。


「だが彼はまだ若い。多少なりとも経験させておいて損は無い。よって今は静かに様子見だ」


 晴臣は穏やかに言う。


「もしそこで何か問題が起きれば、それ相応の責任を取らせる。勿論それに関わった者達諸共な」


 薙刀の前では出さなかった穏やかな殺気をほんの少しだけ出して。 


「……そうですか。あーあ、ここにいると本当に飽きないですね。色んな意味で」


 舩坂は悪寒がしつつも冷静さを保つ。


 晴臣の殺気は毎日感じているので慣れるのに大して掛からなかった。舩坂が入りたての頃は怖いと感じてしまう事は多々あったが、


 それ以上の恐怖を知ってる舩坂には短い時間だった。


 公安最上層部。東京銃剣警局にある危険地帯の中の危険地帯。そこにいる猛者達は日々危険と隣り合わせ。怖いと思うだけで命を取られる。


 だから、誰も怖いとは思わない。思ってはいけない。


 恐怖に屈しない。


 それが公安最上層部の中の暗黙のルールの一つだ。


「……ところで舩坂。お前がいない間に、経理部のぜにかなから請求が来ているんだが?」

「えっ!? 嘘っ!? 僕何の身に覚えも……」


 ――コンコン、ガチャリ、


「しっつれいしまーす! 舩坂さんいますかー!?」

「ぎゃぁああああっ!? 銭賀田ちゃんが出たぁあああああっ!?」


 舩坂は身の毛もよだつ思いでその場から逃走を図った。銭賀田もニコニコ顔のままそれを追い掛ける。但し、背後に鬼の残像を引き連れて。

 二人の速度はさながらオリンピック選手に匹敵するものだった。


「……あいつ、()()()も請求が来るとは、一体何をした?」


 …………訂正。


 公安最上層部の猛者達であろうと、銭の鬼は怖い。怖いと言ったら怖いのだ。


 ちなみに舩坂への請求理由は、『偶然見つけた超能力犯罪者を捕縛する途中、小型から大型の自動車を計五十台近くを破壊した弁償、それに伴い破損した道路の補修費用、車の持ち主への賠償、の為』である。



『……そうか。妖刀『村雨』の一件はもう解決したか』

「はい。資料を送って頂きありがとうございました」


 正刀の書類作業に一段落が着き、晴菜は実家の京都にいる父・晴玄せいげんと電話で話していた。


『しかしだな、お前またあの少年の暴走を止められなかったのか』

「はい。申し開きも出来ません……」

『いや、一々気にする必要は無いぞ。お前の気持ちは私にも良く分かる。私もふうも、よく妖村の暴走に付き合わされたからな……はぁ』

「そうでしたか……」


 電話越しに伝わる父親の深い溜息に晴菜は大いに同情する。

 正刀の一連の言動全てを暴走の一言で片付けてしまう父とそれを疑問に思わない娘、この辺りは似た者親子なのかもしれない。そして正刀と刃もまた、周囲の迷惑など関係無しに暴走しまう辺り、やはり似た者親子なのかもしれない。


『だが晴菜、一つ忠告しておく。今回は結果的に無事だったが、今後もあの少年については警戒を緩めるな。その為にお前をそっちに送ったんだからな?』

「……はい。重々承知しています。ですがお父様、正刀君の事はそこまで警戒すべきなんでしょうか? 前々から思っていますが、私にはどうしても正義感丸出しの彼が大した脅威になるとはどうしても……」

『晴菜』


 突然、晴玄が殺気の篭った声で呼んできたので、晴菜の神経が強く刺激された。


『お前はまだ何も知らないからそういう事が言える。だが私には断言出来る。()()()()()()()()()()()()()。それだけで充分脅威なんだ』


 晴玄の言う事に嘘偽りは一切無かった。普段話す時とは違うからだ。


 晴菜は自分の父親である晴玄を尊敬していた。そんな父親がそこまで言うのは、本気で誰かの為に言っている時だ。


 その誰かが自分なのか、はたまたあの少年なのかは分からないが、晴玄が本気なのは電話越しでも伝わってくる。


「……失言でしたね。申し訳ありません」

『いや、謝らなくてもいい。ただ、あの少年が脅威になる、それだけでも頭に入れておけ』

「はい。……あのお父様、つかぬ事を前々から申し上げさせて頂きたかったのですが、もしお父様が命じなくても、私は正刀君と組んでいたかもしれません」

『……何故だ?』


 晴玄の不思議そうな声で問われ、晴菜は小さく笑う。


「それはですね、彼を面白いと感じたからです」

『……!?』


 晴菜の答えに晴玄は驚いた反応を見せた。そしてすぐに、


『……そうか。そう感じたなら、絶対に下手な事をして死なせるなよ。そんな事になったら私と風魔があの世で妖村に殺されるからな?』

「は、はい……」

『万が一の時には手足をへし折ってでも暴走を止めてくれ。そこら辺は生前の妖村から了解を得ている。もし国家絡みに直面したら時と場合によっては私も協力出来るかもしれないがあまり期待はしないでくれ。それから……』

「お父様、一つと仰いながら忠告し過ぎではないでしょうか……?」


 隠居したせいで心配性になったのか、単なる親バカなのか、晴菜は晴玄の忠告に少し引き気味だ。


『すまんな。妖村と組んでた私には想像が付いてしまうんだ。あの少年もあいつと似た様な事をやらかす。詳しく説明するとだな……』

「えっと、お父様、そのお話、長くなりますか?」

『ん? ああ。話し始めたら二、三時間くらいはかかるかもな。この後何か用事でもあったのか?』


 二、三時間話すとか軽い気持ちで言ってくる父親に対して、晴菜はさっきから溜まっている不満を吐き出す事にした。


「いえ、大した事では無いのです。ただ、長くなるならば、文章で教えて頂くと、今回は色々と疲れまして」

『そう、だな。分かった。後日注意書きを郵送しよう。悪いな長話に付き合わせようとして』

「お気に為さらないでください。そろそろ美少女成分を補充するつもりでしたから」

『おい待て晴菜。お前何する気……』


 晴玄の言葉を最後まで聞かず、晴菜は通話を切った。

 スマホを机に置き、深い溜息を吐く。


「……はぁ。本当に正刀君には困ったものですね。実の娘以上に心配させるとは。さて」


 パン、と目の前で合掌して立ち上がる。


「とりあえず二、三人程味見していきますか」


 ペロリ、と舌を出しながら。


 後日、晴玄から送られてくる注意書きが、文庫本一冊分にも及ぶものだとこの時の晴菜はまだ知らなかった。



「……はぁ」


 場所は変わって銃剣警病院。


 村雨から受けた傷が治らないてつは未だ入院を余儀なくされていた。


「……はぁ」


 八徹は元気が無かった。目が覚めてから食事中も診察中も溜息ばかりついていた。


「……八徹、戻ったぞ」


 先程まで電話の為に席を外していた夜千瑠やちるが病室へと戻ってきた。


「……お嬢様。晴菜様とお館様は何と?」

「うむ。此度の一件により、美雨殿は晴れて師匠の妹君になると晴菜殿が申しておった。父上にはそれに伴う報告を行った所、幾つか注意を受けたで御座る。が、それを言う前に、八徹」

「は、はい!」


 夜千瑠の目付きが変わり、八徹は背筋を正して向き直る。


「お主、随分と落ち込んでいるようで御座るな」

「う、申し訳御座いません……」


 夜千瑠からの指摘を受けて八徹は縮こまってしまう。


「……今回の事件、僕は何も出来ずただやられただけでした。正直、こうしてお嬢様に合わせる顔なんて無いと言うのに」

「誰もそれを咎めてはいないで御座る。此度の一件はお主には荷が重過ぎた。その傷も、梓殿を死守して出来たもの。死なぬだけ僥倖で御座る」

「で、ですが、もっと優れていれば、傷を負う事も無かったと思いますし、僕の未熟さが原因であり……」


 ――ヒュ、ゴンッ!


「ゴフッ!」


 八徹は頭上から拳による衝撃を受けた。


「……八徹」


 殴ったのは勿論夜千瑠だった。


「お、お嬢様? 僕、一応重症患者って事で入院しているんですが……」

「都合の良い時だけ怪我人のフリをするな。それと、いつまでいじけているつもりだ?」


 夜千瑠は拳を引っ込めて、続ける。


「己の未熟さを痛感するならば、強くなれ。失態を犯したのならば、以降そうならないよう精進しろ。退院後、早速稽古を付ける。良いな?」


 夜千瑠の目付きはさっきよりも一層真剣なものへとなっていた。一瞬、殺気の様なものを感じ取った八徹の神経はピリピリと刺激を感じ、


「は、はい!」


 持ち前の元気一杯な返事をする。


(……少しはいつも通りに戻ったで御座ろうか)


 夜千瑠は表情を一切変えずに内心八徹の心配をしていた。


「ところでお嬢様。お館様から注意を受けたと仰ってましたが、一体どのような注意ですか?」

「ん? うむ、主に師匠の取り扱いに関するものだった」

「……」


 八徹は入院のせいで身体が鈍ったからなのか、耳を疑った。


「あの、お嬢様? 正刀様の取り扱い、とは一体……」

「八徹、これは伊達や酔狂という話では無い。お主はまだ師匠の何たるかをよくは知らぬ」


 しかし、夜千瑠の口調がまだ真面目な時のものであり、決して八徹をからかう為に言った訳では無さそうだ。


「父上も仰って御座った。師匠の父君、妖村刃殿は、父上が今まで相手にした猛者の中で群を抜き危険極まりない存在、と」

「……えっと、僕もお噂だけは存じていますが、本当にお館様がそこまで評価される程の方なんですか?」

「拙者も直接見た訳では無いで御座る故、断言は出来ぬ。が、あの父上にそこまで言わせる者など、拙者の知る限り片手で数える程しかいないで御座る故……」


 夜千瑠は自分の父・びゃくろうの恐ろしさは幼い頃からその身で感じているつもりだ。


 そんな彼があそこまで言う程だ。


 ――夜千瑠、俺は妖村の事が恐ろしく思える。あいつに出会っていなかったら、俺はこうしてお前と話なんてしていない。それとごろか自分の嫁と会う事すら無かった。


 ――妖村とり合えと言われるぐらいなら、百魔死団の戦闘狂共を全員って来いと言われた方がよっぽどマシだ。


 ――もし妖村が百魔死団の手に堕ちていたら、日本はいや、世界は終わってたぞ。あいつが無駄に正義感が強くて、それ以上に親バカだったのが唯一の救いだ。



(……まさかあの父上が、娘に向かって弱音を吐くとは)


 夜千瑠は今までにあんな風な小百郎を見た事が無く、いつも寡黙で平然と佇む姿しか見てこなかったからだ。


 ――あいつには本当に困ったもんだ。俺と御門が何度振り回されたことか。子供を理由に仕事はサボるし、面倒事は全部押し付けてくるし、そのくせして実力だけは俺達よりも遥かに上だし……


(…………)


 訂正、弱音よりも愚痴の方が多かった気がする。


 兎にも角にも、


「父上は最後にこう仰った。師匠から目を離すな、と」

「そ、それはどういう……」


 バサッ、と疑問に思った八徹の前に分厚い紙束が無造作に置かれた。その一枚を手に取って見てみると、びっしりと字が書き込まれていた。


「八徹。折角の療養中、これより師匠の取り扱いについて学んでもらう」

「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 八徹の長い入院生活は、夜千瑠が教える『妖村正刀の扱い方について講座』によってその半分が過ぎていった。



「…………」


 朝、目が覚めたオレは硬直していた。いや、年頃の男の子によく起こる生理現象的なアレではなく、全身が硬直していた。それは驚愕からくるものだった。


「……ん、んぅ」


 何故か俺の隣で、美雨が気持ち良さそうな寝息を立ててスヤスヤと眠っていたのだ。

  透き通った綺麗な肌、水色の長髪、発育の宜しい肢体、可愛く整った顔、これだけ見ればいつまでも見守ってあげたくなるぐらいの可愛さだ。


 ――但し全裸だ。素っ裸だ。俺が初めて出会った時とほぼ同じだ。唯一の違いは拘束されていない所だけだ。


(えーっと、落ち着け。一体何でこんな事になってんだ?)


 俺は一先ず、一連の出来事について思い返した。


 入院中に膨大な枚数の書類を、腕が震えながらも徹夜でなんとか書き終えて、正式に美雨を家族にする事が出来た。正確には書類を提出して審査が通って最低でも三日近くはかかるそうだが、手伝ってくれた晴菜曰く、ほぼ問題なく通るそうだ。


「正刀君のおかげで少女成分が枯渇してしまいました」


 と、嫌味を言われてムカついたから、村正の柄で殴っておいた。


 美雨の為の入用な物の手配やらなんやらは書類に奮闘している時に梓の方で手配してくれた。俺の家の合鍵は持っていたから、入院中の間に全部運び込んでくれた。費用も全部肩代わりしてくれたし品質も良い物を揃えたらしい。梓様マジ感謝です。


 あともう一つ感謝する事があった。梓が家から持ってきた参考書やら一般常識の本やらを使って美雨に勉強を教えてくれたのだ。一緒に見舞いに来たふみちゃんとりんちゃんも交じって理解力の欠けた美雨の為に懇切丁寧にと。いやぁ、お三方には暫く頭が上がりません。おかげでスイーツを奢る羽目になったが良しとしよう。


 書類を書き終えてすぐ、俺と美雨は退院した。美雨ももう少し入院していっても良かったんだが、本人が俺といたいとせがんできたそうだ。俺ももうちょっといたかったけど、いつまでも入院している訳にもいかない。実はまだやらなきゃいけない事があった。


 それは美雨の高校編入手続きだった。


 俺と同い年の美雨は高校生の扱いなので、ちゃんと学校に通わせて社会勉強をした方が良いと梓や姉さんに言われた。


 疲れて面倒だったので、通っている高校の校長先生に直接電話して事情を説明した。勿論事細かにではなく多少言葉を濁らせて。


 直接掛かってきた電話に驚いていたが、説明している内に聞く態度が変わっていくのが電話越しに伝わってきた。


 最後に美雨は今まで学校に通った事が無く、また戸籍を得て俺の家族になれるのに三日掛かると伝えた所、その間に必要な手続きはこちらに任せて、君はゆっくり療養しなさい、と言ってくれた。校長先生がカッコイイと思いました。


 ただ、編入試験だけは受けてもらいたいと言われた。美雨の学力がどの程度なのか知らないが、ここは梓達に頑張ってもらわないとな。ガンバレお嬢様!


 これを本人に言ったら、殴られると思って身構えたが、梓は溜息だけ吐いて、「分かったわよ。後の事は私がやっておくから、あんたはちゃんと休みなさい」と言われてしまった。その時梓に言われて初めて気付いたが、俺の目の下に濃い隈が出来ていた。


 帰宅した時には疲れがドッと押し寄せて来て、美雨を梓に任せて俺一人部屋に戻ると、何の迷いも無くベッドに倒れ込み、泥の様に眠った。


 そこで俺の記憶が途絶えてしまっていた。


(いやいやいやっ!? 俺はあのまま寝てたよなっ!? 何で美雨がここにいるの!? 何で全裸なのっ!? 何がどうなってんだ!?)


 おかしい。俺は何もしていない、よな?


『正刀。周りをよく見て見なさい』


 と、いつもは机の上に置いている村正の声がベッドの中から聞こえた。掛け布団を捲ると村正がそこにあった。持ったままベッドに倒れ込んだからそのままにしてたのか。


 村正に言われて周りを見渡す。

 目に入ったのは、ベッドの脇に脱ぎ捨てられた、美雨が着ていたであろうピンク色のパジャマと、高級そうな純白のブラとパンツだった。


「………………え?」


 思考が停止しそうだった。


 これって、俺が脱がしたのか? それで、全裸にした美雨をベッドの中に引き込んだのか?


 いやいやいやいやいやっ! そんな筈は無い! 昨日の俺は睡魔に襲われたんだぞ! そんな事出来る気力なんて……


「……ま~さ~と~」


 聞き慣れた激おこの声で呼ばれて、ギギギ、と錆びた機械の様に首を回す。


「な~にをしてるのか~し~ら~?」

「あ、梓……!」


 いたのは部屋の入り口に立つ、両手に金鎚を装備した、鬼の形相をした水色のパジャマ姿の梓だった。


「お、お前、いたのか……」

「い~た~わ~よ~。美雨のお世話してて隣の部屋で一緒に寝てたのよ~。でも目が覚めたら美雨がいなくなってるし~、正刀の部屋の扉は開いてるし~、美雨に着せたパジャマも下着も脱がされてるし~、裸で正刀とベッドにいるし~」


 ゆっくりと、ゆっくりと梓がこっちに近づいてくる。さながら裁きの鉄鎚を下す閻魔の如き殺気を出しながら。


「そ~れ~で~」


 スッ、と金鎚を俺の眼前に突きつけて、


「何で美雨がここにいるかしら~?」


 ゴミを見る様な目付きで俺を見下ろしてきた。


 どうやら、俺が美雨を部屋に連れ込んで、ベッドで共にした、と梓は思っている。


 この状況を見れば無理も無い。だが声を大にしてはっきり言おう。


「俺は無実だぁああああああっ!」

「……そう」


 梓はそっと金鎚を引っ込めた。


 良かった。分かってくれて……


「……それが最期に言い残す言葉なのね」

「全然分かってねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 ゆっくりと、ゆっくりと鬼の様ににじり寄ってきた。

 これはヤバい。確実にられる……!


「村正! 俺の無実を証明してくれ!」


 俺は必死の思いで村正に迫った。


『そう言われてもねぇ、私は布団に包まってたから、詳しい事は何も知らないのよねぇ』


 万策尽きたぁあああああああああっ!


『でも正刀がベッドから出た感じはしなかったし、そもそも鼾掻いて爆睡してたから、美雨を連れ込んだって線は無いわよ?』


 っと思ったら思わぬ救いの手が差し伸べられたぁああああああああっ!


 だが梓の目付きは変わらない。まだ村正の言う事が信じられないのだ。何故なら、もしそうなら一つの疑問が残る。


「じゃあ何で、美雨が裸になってるのかしら~?」


 俺が本当に爆睡してたのなら、一体誰が美雨をここに運んだのだろうか。梓という線は無い。だったらこんな見え見えな自作自演はやらない。


『それについては、我が話そう』


 と、これだけの騒ぎの中、未だに眠る美雨の傍らで黒い何かが具現化した。


 勿論美雨が宿す異刀、村雨である。入院中は姿を見れなかったから久々の登場だ。


『若造、小娘、我が主は己の意思でここに参ったのだ』

「は?」


 村雨の話を聞いてみると経緯はこうだ。


 夜中、眠っていた美雨は不意に目を覚まして部屋を出た。村雨が気になって問い掛けたら、「ま、さ、と」とだけ言って俺の部屋まで歩いてきた。中に入ったら爆睡する俺の姿を見てホッとしたのか、突然服を脱ぎ出した。


『我が主よ、如何した?』

「……ま、さ、と、と、いっ、しょ」


 と言って全裸になり、俺のベッドの中に入り込んで静かに眠りに就いた。


「って待て待て待て待て待てぇいっ!」


 話を聞き終えて、俺は村雨にツッコミを入れた。


『何だ若造?』

「何だじゃねぇよ! 何で止めなかったんだよ!? 止めなかったにしても憑依して無理矢理部屋に戻すとか出来ただろ!?」

『……若造、我が憑依は我が主が拒めばそれで終わる。そもそも我の憑依はいくさで揮われしもの。それ以外では無用の長物』

『要するに戦い以外で使うのが面倒臭いって事でしょ村雨君?』

『…………』

「何か言えよゴラァッ!」


 この妖刀、使えるのか使えないのか分からない上にウザ過ぎるっ!


「…………ん」


 まあ、ギャーギャー騒いでいたら、美雨の微かな声が聞こえた。目を向けると、ずっと眠っていた美雨が紫の瞳が半分開き、のっそりと身体を起こした。


「……み、美雨?」


 名前を呼ばれてポケーッとした顔を見せる美雨は首を傾げる。


「…………ふぇ?」

「おぅぅ……!」


 阿呆な声を漏らした美雨は、それはなんとも可愛らしい、守りたくなる保護欲が増してくる一撃だった。思わずキュンと来る。


「…………ま、さ、と…………」


 ポケーッとしたまま美雨は俺に身体を傾けて抱きついてきた。


「み、美雨っ!?」

「ちょっ、おい美雨!?」


 いきなりの美雨の行動に梓は顔を真っ赤にし、俺も困惑する。


「…………ま、さ、と……」


 けど、そのまま再度眠ってしまった美雨の寝顔を見てしまうと、どういう訳かホッとしてしまう。


「むふぅ……まさと……」


 スヤスヤと寝息を立てられては、騒ぐ気が失せてしまう。


「……しゃあない。もう少し寝かしとくか」

「そうね」


 俺は美雨の頭を優しく撫で――


「じゃっ、続けましょうか」


 ――梓は金鎚を振り被っていた。


「……あ、梓さん? な、何を……」

「え? 何って、正刀に言う事があるからじゃない」


 ニコニコの、とびっきりの可愛い笑顔で。


「――正刀のエッチィィィィィィィィィィィィッ!」

「アァァァァァアアアアアアアアアアッ――ァァァァッ――ッッッ!?」


 俺は妖村正刀。十六歳。職業、銃剣警。


 ある日、妹が出来ました。


 ――ちなみにこの後、寝起きの俺は梓からの鉄鎚制裁という名のDVを受け、半日寝込む事になった。

次回は第二章に入る前に幕間を挟みます。

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