No.27 決着の裏と後
今回正刀は最後の方しか出ません。
薙刀が銭の鬼こと銭賀田の魔の手から逃げる様に病室を出てから少しして、
『……薙刀さん』
ポケットに入っているキーホルダーサイズの叢雲が話しかけてきた。
「何叢雲?」
『本当にこれで宜しかったのですか?』
「…………」
叢雲の問い掛けで立ち止まり、黙り込んだ。
『……薙刀さん?』
「……正直、分からない。でも仕方ないよ。これが僕なりの償いなんだからさ」
『……そうですか』
叢雲はそれ以上何も言わず静かになる。
薙刀は再び歩き出す。このまま公安零課まで帰るつもりだ。
「さてと、早く戻って報告書出さないと。まだ全部書いてないんだよね……」
『薙刀さん、お見舞いはお仕事をちゃんと終えてからでないと怠慢を招きますよ?』
「うっ、そうだね……」
叢雲が言う事は尤もなので何も言い返せない。薙刀としては正刀が心配だった為、事後処理だけを片付けて急いで見舞いに行った。だから報告書自体はまだ途中しか終わっていない。
「――草神ぃ~」
叢雲に窘められた薙刀を呼ぶ声が後ろからしたので振り返った。
声の主は目の下に濃い隈が出来た青年。背格好は薙刀とそう変わらない。だが目つきが悪く、何かに対して苛立ちを持った態度、何やら殺気だった雰囲気、これが普段の彼だとというのは付き合いが長いから分かる。
「やあ天神。君も来てたんだ。誰かのお見舞い?」
「まぁなぁ~」
彼の名は天神大照。三十三歳独身。薙刀と同じ公安零課所属。日本序列――現二位。
はぁぁぁ、と深い溜息を吐いた天神の背後で、突然光が集まりだした。光は次第に形を成してはっきり見えるようになる。
『薙刀さん、叢雲、御機嫌よう』
挨拶をしてきたのは、具現化した光――巫女服の様な装束を身に纏った小さな女性だった。
「やあ、天照」
『どうも天照様。ご機嫌麗しく存じます』
「おい天照、こんな所で出てくんなっつったろうが」
天神は光る女性――天照と呼ばれたそれを強く睨みつけ、機嫌が悪くなり出した。元から悪いのだが。
『宜しいではありませんか大照さん。薙刀さんにはいつもお世話になっていますし、ご挨拶しなくては』
「煩ぇ。トットと戻れ」
『……はい』
天照はやれやれ、と苦笑いを浮かべ、光の体躯を四散させて消えた。
「天神、天照に冷たくない? どうせ僕達にしか見えないようにしてるんだしさ」
「良いんだよ。ンな所で虚空に向かって話してたら不自然に思われるだろうが」
天神はイライラしながら、いつの間にか掌にあった、天照が現れた原因を押し込んで歩き出す。
「そうだけどさ……」
それでも天照は一応神様で、君のパートナーなんだよ? と言おうとしたが、言っても無駄だから言葉を呑み込んで彼の隣を歩く。
先程の天照は、正真正銘の天照大神である。日本神話に登場する皇室の祖神であり、日本国民の総氏神であり、太陽神でもある。
天神はとある事情で天照と行動を共にしているのだが、それはまた別のお話。
閑話休題。
「おめぇ、これから戻るんだろぉ~? だったら俺も月読命で連れてってくれ~」
「別に良いけど、ちょっとコンビニ寄っても良いかな?」
「あぁ~。おめぇが寄らなくても俺が寄ってた」
相変わらずの図々しさだなぁ、と内心思いつつ、二人は病院内のコンビニへと立ち寄る。
薙刀は水とカロリーメイト、天神も同じものを購入する。
病院を出た後は、月読命を使う為に手頃な路地裏を捜しながら歩いていた。沢山の人が行き交う道で月読命を使ってしまうと騒ぎの元になってしまう為だ。
「天神、別に嫌って訳じゃないんだけどさ、いい加減人をタクシー代わりに使うの止めてくれない?」
「ぁ~? 細けぇ事言うなよぉ~。嫌じゃねぇんだったら良いだろうが」
「まったく天神は……」
はぁ、と薙刀は諦めた様に溜息を吐いた。これもいつもの事だった。
薙刀と天神は二人一緒に行動する事が多い。任務があっても無くても、公安零課に入る前からそうだった。付き合いはそこそこな方だが、薙刀は未だに自分をタクシー代わりにする天神の図々しさがどうにかならないかと悩んでいた。
それだけならまだ良い。その他にも天神は公安零課での問題行動が多い。任務中に殺す必要の無い標的を半殺しにする確率七割以上、ちょっとした事ですぐにイライラして部署の備品を破壊する、挙句の果てにはその事で課長に叱られると生意気な口で言い返す始末。連帯責任でとばっちりを受けている薙刀にとっては悩みの種でしかない。まあ、何度言っても改善する余地が無いから半分諦めているが。
こんな天神でも良い所は少なからずある。重い荷物を背負ったお年寄りを見かければ代わりに持ってあげ、ついでにそのお年寄りも担いであげたり、お菓子を持ってはしゃぐ子供とぶつかった事で衣服が汚れてもキレること無く逆に詫びの小銭を渡してそのまま去っていき、ホームレス狩りを行う若者達を見つけたら容赦なく半殺しにして病院送りにしたり、その時に大怪我を負ったホームレスは治療費を全額肩代わりして入院させてあげたり、と。
そりゃあ目付きは悪く、態度も悪く、言動も雰囲気も素行も悪いが、根は善人である事を薙刀はよく知って……
「……おい、お前今ムカつく事思っただろ」
(ギクッ!)
ギリギリ、と歯軋りして殺気立った天神が睨んできた。勘が鋭いといつも舌を巻いてしまう。
「さ、さあ? 何の事かなぁ?」
「……チッ」
アハハハ、と笑って惚ける薙刀に天神は舌打ちして、イライラと歩く。薙刀もそれに続いた。
「……でよぉ草神ぃ、おめぇあのガキン所に行ってたのかぁ?」
「あ、うん。例の一件が解決したからね。それと天神、彼は一応刃さんの息子さんだからね?」
「だからなんだよぉ。刃さんの息子だろうがそうで無かろうが、ガキである事は変わんねぇだろうぉ」
「あのね、それ刃さんが聞いたらなんて言うか……嫌だよ僕。あの人怒らせるの」
薙刀は全身を震え上がらせながら呟く。
あの人なら、容赦なく天神を殴り飛ばしていただろう。それも一発で再起不能になる程の威力を数百発以上は。
「つうかよぉ草神ぃ、おめぇあのガキを後釜にする気か?」
「え? そのつもりだけど?」
薙刀が即答すると、天神は「マジかよ……」と、深い深い溜息を吐いてしまった。
「おめぇよぉ、いくらなんでも過大評価し過ぎじゃねぇのかぁ? つうか、後釜にしたら殺すって刃さんに言われてんだろ」
「正確にはそれ目的で近づいたら、ね。でも僕はそれでも良いと思ってる。確かに正刀君はまだ未熟だけど、あれはちゃんと鍛え上げれば立派になるって」
「どうだかなぁ……」
面倒臭そうに深い溜息を吐く天神はイライラを増して歯軋りする。
こっちが吐きたいよと言いたげな薙刀も天神に聞いてみる事にした。
「そういう天神こそ、今日はあの子の所に行ってたんでしょ?」
「……あぁ?」
ピク、と反応した天神は不機嫌そうな顔で薙刀を睨む。
「……導書真鬼ちゃん、だっけ? 良い後釜が見つかってよかったね」
「……てめぇ何言ってんだ?」
「色々聞いたよ。彼女がNo.54と戦ってたって。そこに君が助太刀して追い返したってさ」
「けっ。抜かしやがって。あんな使い物にならねぇ中途半端、誰が後釜にするかよ」
イライラと頭を掻き毟る天神に薙刀はクス、と笑う。
「天神、中途半端なのは仕方ないよ。だって彼等はまだ学生なんだからさ、後釜にするって決めた以上は最低限のサポートはしてあげないと駄目だって課長に言われてるじゃん」
「だから後釜にしねぇっつってんだろうがぁ!」
天神のイライラは頂点に達し、薙刀の胸倉を掴んだ。通行人が何事かと振り返り、視線が集まる。そんな事はお構いなしなのか、天神は薙刀を睨みつけ、もう慣れてしまった薙刀はうんうん、と笑顔で受け流していた。
このやり取りを遠目で見ていた何処かの薄い本を持った若い女性の集団が、『BL!? BLよっ!?』と騒いでいたが、そんなものは二人が知る由も無い。
「天神、ここで騒ぎ起こすと課長に怒られるよ。抑えて抑えて、ね?」
「……チッ! 気色悪いなっ!」
大照は乱暴に薙刀を乱暴に放した。
「天神は相変わらずだなぁ」
まあ、街中だからか、普段の五分の一ぐらいの強さしかなかったなと、苦笑してしまう。もしここが公安零課の部署ならば薙刀は吹き飛ばされていただろう。勿論そうなっても平気だが。
「どの道後釜は探さないといけないんだから、今の内に決めとかないと死んでからじゃ遅いよ。風の噂で聞いた話だと、火野はもう後釜見つけたってさ。しかも二人だって」
「うっせぇな。あんな風来坊どうでも良いだろうがっ。おら、ここで良いだろ」
二人は人気の無い手頃な路地裏を見つけて中へと入っていく。月読命を発動する所は一般人には見せられないので外で使用する時は人目につかない場所で使うのが騒ぎが少なくて済む。
「ねえ天神、今思ったんだけどさ」
「何だよ」
「普通に病院の人気のない所で月読命使った方が歩かなくて済んだんじゃないのかな?」
「……っ」
薙刀が見落としていた事は、実は天神も見落としていた。態々路地裏まで行かずとも人目に付かない場所くらい病院には一つや二つあった。そうなるとここまで歩いた意味が無い。精々時間の無駄遣いだ。
「……運動は大事だろ。いつも刃さん言ってたぞ」
「う、うん。そうだね」
もっと早く気付くべきだったが、とりあえず嘗ての先輩をダシにして適当に誤魔化しておいた。お互いに。
路地を突き進むと、天神が薙刀に話しかけてきた。
「草神」
「ん? 何?」
「お前、使ったのか? 八尺瓊勾玉」
「……うん」
薙刀の返答に、溜息を吐く事は無く、
「……そうか」
まるで答えを予想していたかの様に短く返した。怒っている訳でもイラついている訳でもない。ただ呆れているだけだ。
「無茶してんじゃねぇよ。削った命は二度と戻らねぇんだぞ」
「分かってるよ。けど、ああでもしないと正刀君を助けられなかったし」
「けっ。程々にしとけよ。じゃねぇとあのガキ、調子乗って最後は自滅すんぞ」
「うん……」
薙刀は弱々しい返事をする。これは、コイツもヘタりゃ終わるな、と思った。
「でよぉ草神ぃ。お前、どんだけ……」
「……天神」
天神が何かを問い掛けようとした時、薙刀が曲がり角の前でピタリと立ち止まった。少し遅れて天神も立ち止まる。
「これって……」
「……ああ」
天神が気配を消して近づく。その動きは宛ら忍者の様な卓越したもので、音も出さずにそろりと曲がり角を覗き込んだ。
『んっ! んんんんんっ! んっ~~~~~~~っ!』
『おいっ、この姉ちゃん乳でっけぇぞ! しかもエロい下着穿いてやがる!』
『今日はツイてたなぁ。おい、俺からヤるからしっかり押さえとけよ』
『おい待てコラァッ! 何抜け駆けしてんだ!』
案の定、人気のない路地裏で、若い女性を取り押さえるチンピラ集団がいた。女性は既に衣服を半分脱がされ、見えてはいけない所が多々出てしまっていた。
「ほら天神、こういうのって犬も歩けば棒に当たる、だよね」
「……ちょっと違うだろ。あと棒に当たるっつうか、鉄骨に殴られるじゃねえかぁ?」
「どっちでも良いよ。僕が保護するから、天神は死なない程度にね。言っても無駄だけど」
「……悪かったな」
天神は悪態を吐くと先にチンピラ集団の元へと向かった。
何故言うだけ無駄なのか、あの面倒臭そうな天神がこういう時に加減をする筈が無い。まして、見た目に反して犯罪に手を染める輩を心底嫌っているあの天神が、だ。
後日、婦女暴行未遂を犯したチンピラ集団が半殺しの状態で発見されてそのまま警察病院に搬送されたそうな。そして何処かの同僚が深い溜息を吐いたそうな。
◇
一方、時を遡り、某日某所。
「……で、結局取られちゃったんだよねー。妖刀『村雨』を宿した女の子」
「黙れ26。殺すぞゴラ」
世界の何処か、地図にも載っていない土地にある、百魔死団が集うアジト。そこに帰還した無情の心操師こと19と幻影の霊怪人こと26は事の顛末を報告していた。
『オイオイ19、折角俺ガフルチューンカスタムシテヤッタノニ、ナァニヤラカシテンダヨォ。マァタ調整ノシ直シジャネェカァ』
二人の話を聞いていた人物が呆れて音声合成ソフトの声を漏らす。
タブレット端末弄りながら喋るのは19が装着する義肢を製作した張本人。その姿は全身を歯車の模様が描かれた黒いコートが顔まで覆っているので見る事が出来ず、声を変えている方法すら分からない。
百魔死団第66番手。通称機怪仕掛けの絡繰博士。ありふれた小さな金属部品だけで殺戮兵器を作り上げる事も出来る機械関係のスペシャリストである。過去の大戦では66の作った大量の兵器が銃剣警達を苦しめたと言われている。
「うっせぇぞ66。何がフルチューンだよ。一発殴ったらすぐガラクタになっちまっただろうが。殺すぞテメェ」
『アレェ? オッカシイナァ。結構頑丈ニ作ッタ筈ナンダケドナァ。オ前ノ扱イ方ガ悪イダケダロ』
「嘘つきやがれ。おかげで調子狂っちまったじゃねえか。後で覚えときやがれよ」
19と66の間に火花と言う殺気が散らされる。
『マッ、良イケドナ。俺トシチャ機械弄レルナラ願ッタリ叶ッタリダ。後デシテヤッカラソン時ニナァ』
「けっ。機械オタクがっ」
「まあまあ落ち着こうよ19」
ひょっとしたら殺し合いになるかもしれなかった二人の睨み合いを面白そうに見ていた26がポンポンと19の肩を叩く。
「折角帰ってきたんだしさ、紅茶でも飲んで一服しなよ」
「煩ぇ。言われんでもそうする」
19はおちょくる26の手を払って、気分転換に紅茶を飲みに行こうと自室を目指して歩き出す。
「あっ。19、一つ言い忘れてたんだけどさー」
「何だよ」
「君がいつも飲んでる紅茶、もう無いよ?」
「はぁっ!?」
19の驚愕を他所に、26が姿を消してすぐに戻ってきた。彼の手には高級な紅茶缶が握られている。いつも19が飲んでいるグラム千円以上はくだらないお気に入りだ。
19がそれを奪い取って中を確認する。26の言う通り、紅茶缶の中身は既に空だった。
「……おい。一応聞くが、誰が飲んだ」
19がプルプルと震える手で紅茶缶を握ると一瞬で変形してしまった。
「えっとねぇー、9と44と49と79、あと74。19が遊んでる間にお茶会してたよー」
『ソウイヤァ、結構飲ンデタナァ。オ前が時々食ッテタ菓子モバカ食イシテヤガッタシィ』
「アイツ等かぁぁぁっ!」
19が激昂した事で紅茶缶は粉々に握り潰され金属の残骸と化した。彼にとって紅茶という飲み物は、洗脳の次に大事な嗜好品である。いや、洗脳が出来なくても、美味な紅茶が飲めるなら軍隊相手でも容赦なく殲滅し、紅茶があればあとはどうでも良いと断言出来る。それを勝手に全部飲まれては怒らない訳が無い。嘗て、自分が飲んでいた紅茶を不注意で一滴零した元手下を一ヶ月間に渡り嬲り殺しにしたぐらいに。
「勝手に飲んで良かったのって聞いたらさ、『寧ろ19の怒る所がお茶請けになる』って9が言ってたよー。それ聞いて皆大爆笑してたー」
「よぉし、66殺る前に、戻ってきたらアイツ等ブッ殺す……!」
食べ物の恨みは恐ろしい、と言われる様に、飲み物の恨みもそれなりに恐ろしい。19が出す殺気は尋常ではなく、正刀に見せていたものとは比較にならないものだった。小動物程度ならこれだけで死んでしまう程に。
「オーオー、殺ル気出テルナァー。ソンナニ怒ルカァー」
「ったりまえだっ! 手足切り落として目玉抉って全身の骨潰して死ぬまで嬲り殺してやるっっっ!」
怒りのあまり、19は壁を何度も強く蹴る。そんな事をしても壊れる事は無いが、激しい衝撃音が響いて26と66は迷惑そうだ。
26はやれやれ、と19の肩をポンポン、と叩く。
「まあまあ19。そんなに怒っても仕方ないよー? どうせ君にこの後なんてあるのかどうか怪しいんだしさー?」
「うぐっ……!」
指摘を受けて何も言い返せない19を26はこれでもかと面白そうにニコニコと見つめる。
もっと早くにトドメを刺しておけば、或いは適当に半殺しにして撤退すれば良かったか。そもそも妖刀『村雨』に任せず自分が戦えば良かったか。結局は妖村正刀の挑発に乗せられて戦闘を続け、挙句起死回生の根性で天崎美雨に掛けた洗脳を解かれ、奪われてしまった。
これ程に百魔死団の面子を潰した19の失態は決して小さくない。百魔死団全体から制裁を受けても文句は言えないし、彼だって充分理解しているつもりだ。
「で、どうするのー?」
26は今までの茶番を蚊帳の外で聞いていたソレに問い掛けた。
「…………」
ソレは異質だった。何の気配も殺気も出さず、そこにいるのかでさえ怪しくただじっと目を閉じていた。表情も態度も感情も何も分からない。ただ言えるのは、逆らえば死ぬという事だけ。今も19達三人を道端に転がっている石ころの様にしか思っていない。
ソレは目を半開きにして、ゆっくりと口を開いた。
「……19、自惚れるな」
――ゾクッ!
ソレの第一声に19だけでなく、26と66も背筋が寒くなった。
「今回の事でお前を消す気は始めから無い。最初に言ったであろう、これはお前の調子を試す余興だ。妖刀『村雨』など微々たるもの。奪おうが死のうがどうでも良い」
と、消す気が無いとは、最初から19には消す必要がある程の能力など持ち合わせていないと言っている様なものだった。
19がどうなろうが、妖刀『村雨』がどうなろうが、結果はどうでも良い。単なる余興という暇潰しをしただけ、とソレは言っている。
「へぇー! 良かったね19。死なずに済んでさー」
ニコニコ顔の26は19をからかっているが、内心ではヒヤヒヤしている。いくら自分が瞬間移動の使い手とはいえ、ソレから逃げられるかと問われれば否としか答えようが無い。
何処へ逃げようが、ソレが見つけると言えば確実に見つける。殺ると決めれば確実に殺る。ソレはそういう存在だいうのをここにいて嫌な程味わってきている。
「オイオイ、アンタヨォ、妖刀『村雨』ッテ適合率メッチャ低イ一応レア物ダゾ? ソレヲ宿シタ人間ガ見ツカッタッテノニ、ドウデモ良イッテ相変ワラズナ奴ダナァ」
「……だったら何だ? たかが異刀一本と適合しただけで、それの何処に驚く? 無駄に騒ぐお前達の気が知れるな」
「アハハハー、駄目ダコリャ」
ソレは妖刀『村雨』など、初めから興味が微塵も無く淡々と話す。66は呆れるが、同時に身震いもした。
興味が無いのは、興味を求める理由が無いから。強さを得る為、名誉、誇り、利用価値の有無など興味を持つ理由は人によって様々だが、ソレにはどれも当てはまらない。
強さを得たいとは、もう思わなくなった。何故なら自分は既に強いから。
名誉や誇りなど、最初からどうでも良い。得たとして何の意味を成す。
利用価値は多少はあっただろうが、多少しかないなら最初から必要は無い。
それ以外の理由でも、興味を持つ事は無かった。逆に何故持つのかを問いたいぐらいだ。
ソレの興味の無さにホッとした19だが、これだけで済むとは思っていない。ソレはそんなに甘くはない。26も66も分かっていて顔ではケラケラ笑っていも内心警戒度MAXでいる。
「……けどよぉ、だからってお咎め無しって訳じゃねえだろ」
「……そうだな。何か無ければ百魔死団として示しが付かない。内容は追って話す。それまで暫く待機していろ」
「あ、ああ……」
19は安堵の息を吐く。
この流れだと、ソレが出す処罰は大した事では無いだろう。異刀使いを連れて来れなかった罰が軽い犯罪組織など普通はいない。確実に消されるか拷問されるかが当たり前だ。
だが百魔死団ではある。ソレが興味ないと言えばどんな失敗も気にされる事は無い。逆に興味あるものなら気にする。具体的に言えば、邪魔者は敵味方関係なく潰してでも興味あるものに目を向ける。
「それでさぁ、向こうはどうだったのー?」
ソレが妖刀『村雨』の件に完全に興味が無くなった、つまり話が片付いたと分かった所で、26がソレに別の話題を聞いてきた。
「……54の方もしてやられたそうだ。公安零課の天神大照が邪魔をしたそうだ」
「ふーん。あの公安零課の魔導書使いがかぁー。ちょっと惜しかったねぇ、失敗した54が悔しがる顔、見てみたかったなー」
「アノ人斬リ侍野郎ガ悔シガルナンテアリエネェカラ、見タガルダケ無駄ジャネェノ?」
26は仲間の悔しそうな顔を想像してニコニコとしているが、66の言う事は大体合っている。
人を斬る事を何よりも生き甲斐とするあの54は、他にも強者と死合う事を楽しむ。例え敗れたとしても悔しがらない。
ソレに比べれば取るに足らない強さだが、あれはあれで充分な危険人物だ。
当の話を聞いたソレは、最初から何の興味も示していなかった。
「……これも大した事ではない。成功しようが失敗しようが我にはどうでも良い」
「うっわぁ。本当に興味ないんだねぇ。折角『ホルスの魔導書』を見つけたってのにさぁ。あれってここ何十年音沙汰無かったんでしょう?」
「……ああ。だが我はあの魔導書には興味ない。奴なら別だろうがな」
ソレが奴と呼んだだけで、19達三人はまたもや背筋が寒くなってしまう。
奴――ソレと同格の存在。ソレ同様に、逆らえば確実に命が消える危険極まりない上に、興味無い事には徹底して目を向けない。逆に興味ある事になると邪魔者全てを蹂躙する。
今は別の場所にいるから、奴がいなくて内心ホッとしている。もしソレと二人一緒にいたと思うと……
「ふーん。じゃあ聞くけど、今は何に興味あるのー?」
26の問に、ソレは沈黙で返す。それは何を示すのか知る26はうわぁ、と笑いが引き攣る。
「……えぇー、もしかしてまだあの男に興味持ってんの? らしいっちゃらしいけどさぁー」
「おいおい、マジかよ……」
「勘弁シテホシイゾマッタク」
「…………」
19達が不満の声を上げるが、ソレは沈黙のままだ。
ソレが興味を持つ事――それは今も昔も変わらずただ一つ。
嘗て最強と呼ばれた銃剣警、
人間を止めた人間が怪人を止めて、化け物を止めて、怪物を止めて、ついでに超人も超えた超人、
百魔死団が何度も抹殺しようと企てたが、赤子の手を捻る様に返り討ちにされた男、
――その名を、妖村刃。
尤も、先の百魔死団殲滅大戦で殉職してしまったが、その大戦中に彼は伝説とも言える活躍を幾つも成し遂げた。
「本当にあれはヤバかったよねぇー。だって、僕等百魔死団の戦闘狂達を単独で食い止めたんだよ? それも一週間ぶっ通しで一度も休まずに」
「おまけにその間、部下に指示まで出しながら携帯食料で飯食って、塩飴で塩分補給しながら俺等が用意した兵器を片っ端から片付けやがって」
「挙句ノ果テニハ戦ッテタ奴等半分近クヲ戦闘不能ニシヤガッテヨォ、滅茶苦茶過ギルダロウガ」
「……あの男はいつもああだ。一々気にしたら面倒だ」
(((いつもああなんだ……)))
19達は平然と話すソレに引くしかない。
妖村刃、死しても尚理解されていない男である。
「……まあ、もう死んだがな」
ソレの一言に三人が押し黙る。
「なんか、凄い残念そうな顔してるねー。あの戦いの後もそんな顔してよねー」
「確かにあれはマジで迷惑だったぜ。つうか、あの化け物が死んでこっちは楽になったってのに、それで何であんたがキレるんだよ。止める身にもなれよ」
「…………」
百魔死団殲滅大戦で妖村刃が死んだと聞いたソレは、今までに無い殺意を撒き散らし、周りに八つ当たりした。おかげでその時アジトにしていた土地が八割方消し飛び、危うくその数時間後に居場所を突き止められてしまい、逃げるのに苦労してしまった。
「奴が止めてくれなかったら、俺等まで殺られてたぞ。化け物に殺られずに済んだのに、その後であんたに殺られるとかゴメンだぞ」
「そーそー、少しは僕等の事も考えてよねー」
「……善処する」
((あ、絶対分かってない……))
本人は謝罪はしているみたいだが、懲りる様子が見られなかった。
しかし、これもいつもの事だし、逆らう事も出来ないのでそれ以上は反論しない。
「んな事より、これからどうする気だ? 向こうはなんて言ってる?」
話に一旦区切りが付き、19はソレに今後について訊ねた。
「そうだな……」
ソレは興味なく話し始めたので、19達は(あ、これ聞くだけ無駄だ)と一同に思った。
◇
・・・オマケ・・・
正刀入院二日目の深夜。
「……はぁ、はぁ、はぁ、あ、あと三十一枚……」←もう両腕が震えて限界を迎えている正刀。
「正刀君、十一枚程間違いがあるので書き直してください」←無慈悲に書類の束を追加する晴菜。
「ざけんなゴラァァァァァッ!」←十回以上絶叫している。
↑
そして見回っている看護師さんに怒られる。
次回で第一章完結します。




