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妖刀使いの妹(ペット)  作者: 黒楼海璃
No.1 ある日、妹が出来ました。
27/32

No.26 ○○の代償②



 はるなぎさんからの話を聞いて、何も言葉が出なかった。


(俺が生きてたのは、薙刀さんが命を削ったから……!?)


 八尺瓊勾玉やさかにのまがたまについては村正むらまさから少しだけ聞いた事があった。エネルギーを消費して身体の怪我を治す、ゲームで言う回復魔法てきなあれだと解釈していた。


 勿論、自身の寿命を削る事で大規模な再生も可能である事も聞いていた。

 そんな事、自分には無縁だと、その時は笑っていた。


 けど、現実にはそれが起きた。しかも、受けた相手が俺だ。馬鹿に突っ込んで自滅して、八尺瓊勾玉を使うメリットもない死に掛けたガキを、一年の寿命と引き換えに救った。


「何で……」


 話し終えた薙刀さんは静かになったが、顔は少し笑っていた。

 一緒になって聞いていたあずさは事の次第を知っていたからか、顔を逸らして言葉が出るのをグッと呑み込んで押し黙っている。姉さんとなげきさんは既に知ってたからなのか知らなくてもそこは大人だからなのか、静かに聞いてからも何も言わない。多分何も知らなかったふみちゃんとりんちゃんは話の途中から開いた口に手を当てて、驚きで目を見開いていた。


「何で、そこまで……」


 気が付いたら、両手が怒りで強く握られていた。


 この怒りは薙刀さんや百魔死団ナンバーズに対するものではない。


 偶々運良く勝てただけかもしれない。


 薙刀さんの助太刀が無ければ新手に殺されていたかもしれない。


 万に一つ危機を脱したとしても、重傷で歩く事すら出来ずその場で死んでいたかもしれない。


 挙句の果てには、大きな代償と引き換えに救われた。


 これは、散々迷惑を掛けてしまった、何もかも力不足で弱い俺自身に対する怒りだ。


 俺の怒りを読み取ったのか、薙刀さんは優しく笑い掛けて、


「正刀君が気にする事じゃないよ。これは僕が勝手にやった事だから自己責任だよ」


 と言ってくるが、それでは全然慰めになっていない。


「……何でそんな事が言えるんですか?」

「え?」

「俺が父さんの息子だからですか?」


 俺は殺気の篭った声で薙刀さんに訊ねた。


「父さんの、妖村あやむらじんの息子だから、命を捨ててでも絶対に助けなきゃいけないって暗黙の了解でもあるんですか?」

「まぁ、酷い言い方だけど、僕の場合は特にそうかな」

「俺と父さんは違うでしょっ!」


 ベッドから立ち上がり、怒りのまま薙刀さんの胸倉を掴む。


「あの人の何処が怖いんですか。あんな只の親バカの塊みたいな、とっくに死んだ人なんかを。良い年した大人が恥ずかしくないんですか。あんた何も分かってないでしょ。序列昇格の時も、普段から俺を見る周囲の目も、変に厚遇される人の気持ちなんて――」

「何も分かってないのは正刀君もでしょっ!」


 顔を近づけているせいで、薙刀さんの怒号が俺の耳元に響き渡る。


「……言われなくても分かってるよ。僕だって本当は、正刀君を特別扱いなんてしたくないし、死人の言う事にいつまでも構っていたくないよ。刃さんにだって言われてた。もし正刀君が銃剣警になったら、親の七光りを見る目で見たら殺すって脅されてたし」

『あー、あと変に気に掛けたりとか後釜・・目的で近づいたら殺すって言ってたわね』


 あの人、自分の後輩に何やってんだ。あと村正、後釜って何だ。いやそれはどうでも良い。


「けど正刀君はこれを聞いて疑問に感じると思うよ。死んでも従わなきゃいけない刃さんの言いつけと僕の行動に矛盾がある事にさ」


 そりゃそうだよ、と薙刀さんが続ける。


「だって僕は、刃さんを殺したんだ。だから、僕自身が一生懸けて正刀君に償わないといけないんだよ。そう考えれば一年寿命を削るなんて大した事じゃないんだよ。あの人と過ごすそれ以上に大切な時間を君から奪ってしまったから」


 それを聞いて、俺はギリッ、と歯軋りする。大きなお世話だ、と言おうして口を開――


 ――バシッ! バシッ!


「イデッ!?」

「アダッ!?」


 ――こうと思ったら、俺と薙刀さんが何かに殴られた。


「まーさーとーくーん? なーぎーとーくーん?」


 呼ばれたので顔を向けると、悪い意味でニコニコ顔の姉さんがハリセンを持っていた。


「ね、姉さん?」

「嶽郷、さん?」

「ここは病院よ~? 大きな声出したら他の患者さんにご迷惑掛けちゃうでしょう~?」

「え、あ……」

「あの、その……」

「ご迷惑掛けちゃうでしょ~?」

「は、はい。すみません……」

「ご、ごめん……」


 姉さんの圧がなんか強かったので、俺も薙刀さんも素直に従った。

 俺達が返事をすると、姉さんはいつも通りの笑顔に戻り、


「正刀君、無理に立ち上がったら身体に響いちゃうわよ~?」


 と、俺をベッドまで押し戻して座らせた。

 今の姉さんには勝てる気がしないので、ここは大人しくしよう。


 腰を下ろして薙刀さんに顔を向ける。


「……薙刀さん、今回の事は後日改めてって事で」

「……うん。分かった」


 薙刀さんも静かに頷いてくれて、この場はどうにか収まった。


 ――コンコン、


 ドアのノック音が聞こえた。


「はい、どうぞ」


 ――ガラガラ、


「はいはいはーい! しっつれいしまーす!」

「げっ!?」

「なっ!?」

「うっ!?」


 元気な声と共に入ってきた人物に俺だけでなく、晴菜や薙刀さんも固まってしまう。


「何で……」


 何で、寄りにも寄ってこの人がここに……!?


 その人物の背格好は八徹とほぼ同じの、レディーススーツ姿の女性だった。もうちっこい。身長も胸も手足もなにもかもちっこい。女子小学生が無理して母親の真似してスーツ着ているようにしか見えない。しかし、れっきとした成人女性である。


「どもどもどーも妖村君! ぜに賀田がたかなでーす!」


 ハイテンションで挨拶したこの人は、銭賀田金女。三十六歳独身。東京銃剣警局経理部所属。


 見た目は子供、頭脳は残念ながら大人とは言いがたい、年齢は大人な銭賀田さん。こんな子供体型でも立派な銃剣警である。


 軽やかなステップで俺に近づく銭賀田さんは、一部の人間が見ればそれはもう不気味に思えてしまう。

 何故かって? すぐに分かる。


「いやいやー、妖村君死に掛けたって聞いた割にはピンピンしてるんだねー。良かった良かったー」

「そ、それはどうも銭賀田さん。今日は何の用でここに?」

「あーそうそう」


 ゴソゴソと肩にかけた鞄の中から何かを取り出して俺に渡した。それは一通の封筒だった。


 受け取って中身を確認すると、そこには今回で八尺瓊勾玉の話の次ぐらいに度肝を抜く衝撃の言葉が記されていた。


 ――請求書、と。


「なっ!? ちょっ!?」


 経理部の人が直々に請求書を届けたり取り立てに来たりするのは銃剣警局ではよくある事だが、相手が銭賀田さんとなると話が変わってくる。殺人犯が大物有名人になると事態が大きく変わるのと同じくらい。


 いや、そんなのはどうでもいい。問題なのは請求書に書かれた金額だ。


 東京銃剣警局在籍 妖村正刀殿

 以上の者に以下の金額を請求する。


 ¥3,000,000


 請求理由:破壊した公共施設の弁償の為


「何で、何で三百万の請求がっ!?」


 三千円でも三万円でも無い。三百万円だ。訳分からんテロリストと殺し合って死に掛けて生還して目覚めたその日に三百万の請求が来る。これは、これは……


「梓! おっぱい揉ませてくれ!」

(ゴンッ!)


 梓から金鎚で脳天を殴られた。いつもながら物凄く痛い。


「……夢じゃない。現実だ……」

「どういう確かめ方よ! 銃剣警法違反で訴えるわよ!」

「大変申し訳御座いませんでした梓様ァァァ!」


 ベッドから飛び上がり、赤面して起こる梓に懇親の土下座。姉さんが梓を宥めてくれてその場は収まった。

 って、話が逸れてた。


「銭賀田さん! 何で俺にこんな請求が来るんですか!?」

「請求理由ちゃんと読んだ? 破壊した公共施設の弁償の為って」

「いやいやいやっ! 公共施設破壊した覚えなんてこれっぽっちも無いんですけど!」

「あれー? おっかしいなぁー」


 どうなってんだ? と可愛らしく首を傾げる銭賀田さん。俺だって傾げたいですよ。どう考えても不正請求だろこれ。


「妖村君ってさ、天崎美雨ちゃんって女の子の保護者になったんだよね?」

「え? 正確にはこれから書類書く所ですけど……」


 困り顔の銭賀田さんが美雨の事を聞いてきたので、持ち帰った書類の束に目配せした。


「なぁーんだ! そういう事かぁー! じゃあ間違いじゃないんだねー!」

「???」


 納得した顔になった銭賀田さんとは対称的に俺が困り顔になってしまう。


「正刀君、私がご説明しましょう」


 待ってました、と言わんばかりに鉄扇を鳴らした晴菜が説明を開始した。


「正刀君、私がお話した、美雨さんが梓さんを攫った時の状況を覚えていますか?」

「そりゃ勿論」


 さっきも話した。正確には19が操っていただけだが。その前には雇われ黒尽くめが襲ってきて戦闘になったんだよな。けどソイツ等はちゃんと撃退したと聞いた。


「大事なのは、美雨さんが暴れた時の事です。美雨さんはこの時、妖刀『村雨』によるせんを使いました。これによって戦闘があった公園に設置されていた遊具が一部壊されてしまったのです」

「おい、まさかとは思うが」

「つまり、美雨さんが壊してしまった公園の設備の弁償額がその三百万円なんです」

「ふざけるなぁぁぁぁぁ!」


 村正を抜刀して晴菜に斬りかかろうとするが、薙刀さんに羽交い絞めにされてしまう。


 要するにあれか。美雨を家族にするって事は保護者が実質俺になる。もし美雨が何か問題を起こせば当然責任は俺が負う事になる。美雨が器物破損を犯せば、その弁償は俺がする事に……


「ってちょっと待て。美雨が破壊する前にお前が式神で破壊したって言ってたよな」


 美雨が暴れる前に晴菜が黒尽くめ共に自分の式神、鎌風かまいたちによる風刃で公園の設備が滅茶苦茶になったって聞いたぞ。


「私の分は既にお支払いしました。残るは美雨さんが破壊した分ですが、残念ながら美雨さんには支払い能力が無いので、保護者たる正刀君が立て替えるという話になったんです」

「何勝手に人が寝てる時に決めてんだよ! あと自分の払ったならついでに払えよこの同性愛陰陽師がァ!」

「嫌です」


 ニッコリと笑顔で断る晴菜がムカつく。超ムカつく。やっぱ斬り殺さないと気が済まねぇ。


「――というのが表向きの理由です」

「は?」

「言っておきますが、この三百万円はかなり譲歩した方なんですよ?」

「え?」


 笑顔からジト目に変わった晴菜は深い溜息を吐いて鉄線をパチンと鳴らす。


「本来ならば、これまでの美雨さんの行動は到底無かった事に出来る代物ではありません。先程もお話しましたが、美雨さんは本来拘束される筈だったのを、事情が事情故に正刀君の保護管理の下に社会復帰するという形になりました。ですが、もしこれが無ければ、美雨さんは裁判が起これば秘密裏に始末される事実上の死刑、最低でも厳重な監視付きの無期懲役、或いは世界の何処にある刑務所、冥絶監獄ハーデス・プリズンに収容される事だって出来ました」


 晴菜は俺から請求書を取り上げて俺の眼前に突き付ける。


「この請求も、本来は十億円以上は下らない額でした。ですが美雨さんにそんなお金は払えません。十代で生涯を懸けても返しきれない借金を背負う、それが無理なら最悪死。そんな人生の終わり方など酷い話ですが世の中は甘くはないです。美雨さんを保護した当初、そういった話にありました」


 ですが、と晴菜が続ける。


「私と薙刀さんが公安最上層部の方々に頭を下げてなんとか交渉出来ました。未来ある若者の人生を失くすのは大人として好ましくないと、私達の顔に免じて大目に見ると仰ってました」

「晴菜、薙刀さん……」

「まあ、融通利かせてくれないと刃さんの息子である正刀君が煩いですよって言ったら、手の平返して応じてくれたけど」

「おい」


 さっきの俺の感動と感謝を返してほしい。


「薙刀さん、よく父さんの名前を出しましたね」

「いやぁ、本当は出したら殺されるんだけど、事が事だし。銃剣警たるもの、使える手は何でも使えって教わったし」

『でも薙刀、これは流石にマズいんじゃないの? 前にも一回使って刃にしごかれてたし』

「うん。最初だから半殺しで勘弁してやるって言われたけど、次はどんな目に遭うんだろうなぁ……」


 ハハハ、と力無く笑う薙刀さんは何処か身体が震えていた。


 おっと。話が逸れた。


「要するに、この三百万は銃剣警局への迷惑料みたいものなのか?」

「そう受け取ってもらって結構です。表向きの理由である公共施設の弁償も一部含まれていますが」

「という訳なので妖村君」


 と、銭賀田さんが掌を差し出し、


「三百万円、一括で、今すぐお支払い下さい!」 


 子供みたいな無邪気な笑顔で、無理難題を押し付けてきた。


 この人は入院中の患者から金を徴収しようとしているのだ。普通に考えれば非常識だ。だが銃剣警は非常識の塊。思った所で無駄な事だ。


「あの、銭賀田さん。そんな三百万なんて大金、すぐには払えないんですけど……」

「ん? 何か言ったかなー?」


 銭賀田さんは笑顔を崩さず、恐ろしい殺気を出してきた。これには俺だけでなく、梓や文ちゃん、凜ちゃんまでもが真っ青になっている。


「あの、分割……」

「一括です」

「もうちょっと待って……」

「駄目です。今すぐお支払い下さい」


 親から小遣いを強請る様に、銭賀田さんは頑なに請求を続ける。


「では正刀君、私はこれにて失礼します」

「っておい!? 待て晴菜!?」


 銭賀田さんの殺気に負けたのか、長居したくなかったのか、晴菜がニッコリと笑って病室から出て行く。


「あっ、正刀君。書類の件ですが、なるべくお早めにお願いしますね」

「おい逃げるな晴菜!」

「では御機嫌よう」


 逃げやがった。いつもの笑顔で、ついでに書類の催促もして逃げやがった。


(こうなったら薙刀さんに……!)


 と思い、薙刀さんに救いの目を向ける。


和魂にぎみたま


 ――ボンッ!


 肝心の薙刀さんは、実体化させていた叢雲をキーホルダーサイズまで縮めてポケットに仕舞いこんだ。


「あっ。そうえいば僕、これから報告書出さないといけないんだった……」

「っておいっ!?」


 俺からの視線を逸早く察知した薙刀さん、流石は公安零課所属と言うべきか、そそくさと逃げようとする。

 いやあんた! 一生に俺に償うとか言っておいて逃げる気かよっ!


『正刀。お金のトラブルにあった時に言えって刃に言われてるけど、『銃剣警たるもの、請求された金はピンキリで払え』だそうよ』


 と、俺の心を読んだのか、村正が言ってきた。どいつもコイツも父さんを使いやがって。

 あれか、ちゃんと金を払えないと立派な銃剣警にはなれないとでも言いたいのか。


「さあ妖村君。三百万円、お支払い下さい」


 銭賀田さんは子供の様な笑顔で、殺人鬼の様な殺気で尚も催促を止めようとしない。


「う、う~ん……」


 困り果てた俺は呻ってしまう。

 率直に言おう。払えない。


 まず俺の全財産が三百万も無い。月々の生活費は銃剣警の依頼で稼いでいるから困っていないし、そこから出た余分な金は全て装備の費用に充てているので実は貯金がそんなに無い。

 唯一手があるとすれば、父さんが死んだ時に俺に相続された遺産。父さんが銃剣警として稼いだ分と生命保険の分、通帳を確認したら0の数を数えるのが怖くなるくらいの額で、以降見る事が出来なくなっている。


 あれさえあれば三百万なんて即金で払える。けどだ、やっぱりその手は使えない。別に手元にあるし、引き出そうと思えばいつでも出来る。具体的な保管場所は俺しか知らないし盗まれる確率は高くない(決して低くはない)。


 こういうのって、人の金で楽してる様なものだし、自分の不始末なんだから自分の力で解決しないとロクな人間にならないって言うし、そりゃ父さんの金使ったら請求どころか一生遊んで暮らしても全然無くならないぐらい残るし、少しぐらい使っても良いかなって思う訳よ。でももし使ったらその後も調子乗ってポンポン使いまくって歯止めが効かなくなって取り返しのつかない所まで行ってしまいそうだし、下手したら金さえあれば何でも解決出来るとか考える金の亡者と同じ思考回路を持ってしまう可能性だって高いし、挙句の果てには金があるのにもっと金を集めようと手段を選ばず人の道を外す様な行為に及んだら最後は自分に悪く返ってくるし……


 おっと。いかんいかん。思考が逸れた。


 ここはちゃんと支払うべきだとは分かっている。美雨を家族にすると決めた以上、それくらいの代償は安いものだ。けどだ、


(相手があの銭賀田さんだからなぁ……)


 そう。最悪の事態が、請求書を届けに来たのが銭賀田さんだという事だ。


 銭賀田さんは対して戦闘力が高い訳では無い。序列だって五桁か六桁だし、喧嘩しても俺が絶対に勝てる。


 但し、但しだ。今回は全く勝てる気がしない。


 何故なら、銭賀田さんは金銭という一点にのみにおいては地獄の鬼も平伏す凶悪な存在に成り果てる。

 彼女が東京銃剣警局に就職してからというもの、悪質な不正請求や請求されても未払いを続ける滞納者が激減したという。


 ――曰く、一年間にも及ぶ請求無視を続けた凄腕銃剣警が半殺しにされたとか。


 ――曰く、銃剣警局各部署での出費がある時期から半分以上減って経費削減に貢献したとか。


 ――曰く、経費のトラブルで公安最上層部の人達と一戦交えたとか。


 銭賀田さんは言うならば銭ゲバという、金の為なら命も捨てる人なのだ。


 これというのも、銭賀田さんの育ちがそうさせたらしい。

 俺も人伝に聞いた話だから真偽は分からないが、銭賀田さんの両親はどうしようもない最低な人達で、酒にギャンブルに散財と金を使いまくって莫大な借金も抱えていたそうだ。長女で兄弟の多かった銭賀田さんは年齢を偽って中学の頃からバイトをしつつ(あの低身長でバレなかったのが不思議だと思う)生活費を稼いでいた。それでも借金はいつまで経っても返せず、両親は金を使いまくって寧ろ増える一方だった。


 高校進学も諦めて働こうと考えていた矢先、銭賀田さんは知ってしまったのだ。学生でも大金を稼げる危険な方法――銃剣警高校に入学するという手を。確かに銃剣警になれば一攫千金も夢では無い。その代わり、報酬が高いほど依頼のリスクは高くなる。


 詳しい事は知らんが、金が絡んだ銭賀田さんは恐るべき執念で銃剣警高校に合格し、金になる依頼を片っ端から引き受けては達成して引き受けては達成して、どんな危険な依頼も金の為という理由一点だけを考えて達成してのけ、学生時代に付いた二つ名が『銭の鬼』。気が付いたら借金は完済し、両親とも絶縁して現在も兄弟達と暮らしている。で、銃剣警高校で積んだ実績と金に対する執念深さが認められ、東京銃剣警局経理部からスカウトが来て銭賀田さんはそれを二つ返事で了承。今も各部署と金銭に関するトラブルで日夜奮闘している。それと銭賀田さんの序列が五桁止まりなのは、取立てや請求などで度々問題行動を起こす為中々序列が上がらないそうだ。本人は特に気にしていないが。


 話を戻そう。美雨に支払い能力が無い様に、今の俺にも払える余裕は無い。けど払わなかったら銭の鬼に殺されてしまう。殺されなくても世界の果てまで追いかけてくる。


(……どうする。何か良い手は無いか。もう父さんの遺産使うか? いや駄目だ。請求されて払えなかったから使ったなんて父さんに何て言われるか。かと言って俺も貯金本当に無いし、そもそも美雨を引き取った後に学校の入学手続きとか入用な物の用意とかでどの道金は要るし……ヤバい。銭賀田さんの殺気が増した。マジでなんとかしないとられる。どうするどうする、こんな時に晴菜は逃げるし薙刀さんも償うとか言って逃げるし、いっそ借金でもするか? いや、誰に借りるんだよ。ヘタしたら三百万より高くついて臓器売れだのマグロ漁船乗れだの言われるかもしれないし……ヤバいヤバいヤバい! 銭賀田さんの殺気がかなりヤバい! どうすんだどうすんだどうすんだ!?)

「あーやーむーらーくーん?」


 銭賀田さんがニコニコ(殺気)を増して顔を近づけてきた。もう既に死神の鎌は掛けられている。

 俺も顔から変な汗がダラダラと溢れてるだろうし、これは本当に……


「……あの、銭賀田さん? 一つ良いですか?」


 俺の思考が限界を迎えようとしたその時、梓が挙手をした。


「はいはい。何でしょうか」

「えっと、つまり銭賀田さんは、正刀からお金を徴収しにここに来てるんですよね?」

「はいそうです。その通りです」

「そのお金って、絶対に正刀が出さなきゃいけないんですか? 例えばその、誰かが立て替えたりとかは駄目なんですか?」

「ほえ?」


 梓の突拍子の質問に銭賀田さんはポカンと口が開き、うーん、と呻る。


「……まぁ、こっちとしては三百万円払ってくれるならー、お金の出所について深く聞いたりはしないけどー」

「じゃあその三百万、私が払います」

「は?」


 今度は俺と、皆もポカンとなってしまう(嘆さん除く)。


 梓は持ってきた自分のカバンから紙束の様な物とボールペンを取り出し、一番上にサラサラと何かを書き、それを破って銭賀田さんに手渡す。

 受け取った銭賀田さんはそれをふむふむと確認していると、殺気が徐々に収まっていく。


「はいはいはーい! 三百万円確かに受け取りましたー! こちら領収証でーす!」


 嬉しそうな顔で紙切れ――もとい三百万の小切手をカバンに仕舞い、入れ替わりで出した領収証を梓に渡す。


「ではではでは! しっれいしましたー!」


 用件が済んだ銭賀田さんは、ささくさと病室から去って行った。


 病室内に、嵐の後の様な静寂が生まれる。


「……あ、梓、さん?」

「正刀、この領収証どうしたら良いの?」

「あ、貰うわ」


 と、梓が差し出す領収証を受け取ろうと手を伸ばす。が、梓は手を引っ込めた。


「……お姉様、ハリセン」

「は~い♪」


 代わりに姉さんからハリセンを借りて、

 てか姉さん。ニコニコ顔で貸さないで……


 ――バシンッ!


「イテッ!?」


 俺の頭をブッ叩いてきた。


「な、何すんだよ急に」

「正刀?」


 梓がジト目で俺を睨んできた。


「アンタ、さっきどうやってお金を工面しようか凄い考えてたでしょ」

「そんなに顔に出てたか? あと人をアンタ呼ばわりすんな」

「出てたわよ。思いっきり」


 チラリと周りを一瞥すると、姉さんはニコニコしたまま、文ちゃんと凜ちゃんは互いに顔を合わせて気まずそうにコクリと頷き、嘆さんは目を閉じていつも通り。

 四人中二人が動揺している所を見るに、どうやら本当らしい。


「あとオジ様の残した遺産を使おうかとか、美雨を引き取った後もお金がいるとか、借金するかとか、臓器売るとかマグロ漁船とか考えてたでしょ」

「何でそこまで分かるんだよ……」

「付き合い長いと嫌でも分かるのよ」


 それは可笑しいと思うぞ。いくら長くてもそこまでは分からないって。文ちゃんと凜ちゃんが若干引いてるし。なのに何で姉さんと嘆さんは平然としてるんだよ。


「……それに正刀。この前私が言った事、もう忘れたの?」

「え? 忘れたって何を?」


 ――バシッ!


 何の事だか分からず聞き返すと、梓はもう一度ハリセンでブッ叩いてきた。


「だから何なんだよ。それ意外と痛んだぞ」

「……アンタ、本当に忘れたのね」


 はぁ、と深い溜息を吐く梓。


「私言ったわよね? もしもの時は絶対に私を頼るって。そう約束したわよね?」

「え? あ……」


 そういえば、そんな事言ってたような。一度目の襲撃の後、姉さんの医院で梓がそんな事言ってたような。普段通り過ごす条件でそんな約束したような。


「正刀、女の子と交わした約束は死んでも守れってオジ様に言われてなかったっけ?」

「はい。そうです……」

「ていうか、人との約束を破るのは銃剣警としての信用に関わるんじゃないの?」

「はい。そうです……」

「反省したかしら?」

「はい。すいませんでした……」


 何も言い返せる事が無く、いつの間にかベッドの上で正座させられている俺はただ謝るしかない。


「あと、美雨用の家財道具とか服とか、生活に必要な物の準備なら後で私が手配しておくわ。お金は心配しないで頂戴。私が出すから。どうせ正刀の貯蓄じゃ満足に揃えられないでしょうし」

「うぐっ!?」


 反論を許さない梓の決定と冷たい言葉がグサッと俺の心に突き刺さる。正しいから余計に痛く感じる。


「そもそも、もし正刀が返しきれない様な借金が出たら、私が立て替えるって決めてたわよ。まだ助けてもらったお礼してないし、資金援助だってしてあげるって何度も言ってるのに頑なに断るし」

「あのな、俺はお前をそういう金ヅルみたいに扱いたくないから断ってんだぞ」

「はぁ? 約束破った奴が一丁前にプライド翳さないでくれる? 迷惑なんですけど」

「大変申し訳御座いませんでした……」


 チクショウ、何も言い返せない。しかも今の梓、凄い機嫌が悪い。これ以上怒らせたら手が付けられなくなる。


「あの~先生、こうして見てると、正刀さんと梓さんの将来が想像ついちゃうんですけど……」

「うん、いつもの事ね~」

「いつもの事、ですか……」


 外野で姉さん達が何か話してる。どんな想像してんだよ。


「あ、あの~、梓さん?」


 と、頭が上がらない俺と冷たい目で見下ろす梓とのやり取りを見て引いていた文ちゃんがプルプルと手を挙げた。


「ん? 何かしら文ちゃん?」


 文ちゃんに顔を向けた梓は冷たさを押さえて普通に戻る。っておい。俺だけ理不尽だぞ。


「あの、その、さっきからお金をポンポン使ってますけど……梓さんの家がお金持ちなのは分かってるつもりなんですけど、ちょっと額が多過ぎるかなぁ、って思いまして……」


 隣の同じく引いていた凜ちゃんもコクコクと頷く。同じ事を思っていたんだろう。


 それは俺も思っていた。コイツの金銭感覚って時々庶民と金持ちの境目が無くなるからな。まさか親父さんからせびる気じゃないよな。


 ところが、梓から返ってきたのは、予想外のものだった。


「え? 別にそんなの、私のポケットマネーで余裕だけど?」

「「「……え?」」」


 俺、文ちゃん、凜ちゃんの目が点になる。


「さてと、まずは美雨の家財道具揃えないと。ベッドはとりあえず羽毛布団で、タンスとかテーブル、あと勉強机とか本棚も用意しないといけないわね。服は私のお下がりを何着かあげるとして、他にも足した方が良いわね。下着とか肌着とかもしっかりしたものじゃないと。あ、そうだわ。美雨に社会常識を教える必要があるわね。教材は書庫にあった筈だから……」


 そんな俺達の反応を他所に梓はブツブツと呟きながらスマホを弄り始めた。


「あのー、梓さん?」

「電話してくるわ。美雨が退院するまで三日、どうせその後も事情聴取とかで長時間拘束されるでしょうけど、時間は限られてるわ。その間に全部済ませないと。嘆さん、怪我してて悪いけど手伝ってくれるかしら?」

「はい」


 梓は嘆さんを引き連れて颯爽と歩き出す。


「あ、梓……?」

「正刀、アンタはしっかり療養しときなさい。面倒な事は全部私がやっておくから。あ、でも書類はちゃんと書いときなさいよ。流石に代筆までは出来ないし。あとこれ領収証」


 と、領収証をポイッと放り捨てて病室を出る。


「さて、これから忙しくなるわ」


 そう言い残して。嘆さんも一礼して梓の後に付いて行った。


「「「……」」」

「あらあら~」


 少しの間を置いて、俺、文ちゃん、凜ちゃんの三人が同時に思った事がある。


(((梓さん、なんかカッコイイィーッ!?)))


 アイツは普段、只のお嬢様なだけなのに、こういう時になると何故かカッコイイんだよなぁ。俺の今までの行動が全部低く見えてしまうぐらいに。


 まあ、それは置いておくとして。

 今回の反省点を上げるとすれば、明らかな実力不足だ。もっと鍛える必要がある。特に心――精神面を。

 19の挑発に乗って自滅してしまったのは痛い。また今度同じ目に遭わないとも限らないし、運悪く誰かが死ぬ事だってありえる。


「……退院したら、早速鍛錬しないと。また師匠に稽古つけてもらうか」

『正刀。それは良いけど、その前に書類書きなさいよ?』

「うっ!」


 そうだ。美雨の為にまずは面倒臭い書類が待ってるんだった。今から始めた方が良さそうだな。後で梓に筆記用具持って来てもらおう。


「まーさーとーくーん?」

「うおっ!?」


 プニッと姉さんが顔を近づけて、頬を突いてきた。しかもなんか怒ってる時のニコニコ顔で。


「ちゃんと療養しないと~、お姉さん本当に怒っちゃうわよ~?」


 これは大変ヤバい。これ以上怒らせると俺の何かが失ってしまう予感……!


「は、はい……」

「うんうん、正刀君良い子良い子~♪」


 素直に返事をするといつものニコニコ顔に戻って俺の頭をナデナデしてくれた。なんか子供扱いされて恥ずかしい。前にもこんな事があった様な。


 ちなみに入院中の間、俺は寝る間も惜しんで書類作業に没頭した。


 感想としては、腕が痛くなる。

あと二話で第一章完結します。


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