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妖刀使いの妹(ペット)  作者: 黒楼海璃
No.1 ある日、妹が出来ました。
16/32

No.15 誘拐

 事態は一時間程遡る。

 美雨みうを預かったはるてつは、学校を終えたあずさを加えて公園に来ていた。


「……じゃあ、美雨を監禁してたのって、百魔死団だったの?」

「そういう事になりますね」


 八徹を膝の上に乗せた梓が恐る恐る訊ねると、晴菜は平然と答える。その返事を聞いた梓は表情が暗くなる。


「……もしそうだったら、正刀は絶対に手を引いたりしないわよね。だってアイツら、オジ様の仇なんだし、正刀の性格だったら余計によ」

「梓さんは正刀君の事を本当によく分かっておりますね。その通りです。正刀君は手を引くつもりは毛頭無いそうです。おかげでこっちはいい迷惑ですよ」


 晴菜は面倒そうな溜息を吐き、鉄扇をパチンッと鳴らす。


「梓さん良い機会ですので、正刀君になんとか言ってくれないでしょうか? 正刀君のおかげで私が一体どれだけ苦労しているのか少しはご理解して頂きたいですし」

「晴菜、あの正刀がちょっと言ったぐらいで言う事聞くと思う?」

「分かってます。言ってみただけです。いっそ梓さんにどんな事をしても銃剣警法違反にはならないという確約でも結びましょうか」

「安心して。その時は晴菜と正刀を容赦なく訴えるから」

「そうですよね。私もそんな事で死にたくないですしね、夜千瑠さん?」

「晴菜殿、拙者に話を振るのは御免被るで御座る」


 晴菜の隣に立っている夜千瑠はアホな提案に巻き込まれて迷惑そうに苦情を言う。ただ晴菜はこういう女だという事を既に知っている為、慣れてもいる。


「けど、何でまた百魔死団が現れたのかしら。四年前にいきなりいなくなったのに」

「それは恐らく、銃剣警達によって付けられた傷を癒してたのがやっと動けるまでにはなったので再び活動をし始めただけだと思います。彼奴等は神出鬼没、冷酷無比、一騎当千、いつ何処で誰を襲うか分からない。梓さんも充分にご注意下さい」

「分かってるわよ。もしもの時はなげきさんもいるし。ね、嘆さん?」

「はい」


 梓に言われるがままに返事をした、梓の専属ボディガード、綾小路あやのこうじ嘆は梓の背後で存在感を出さずに佇んでいる。元銃剣警である彼女にとっては自分の気配を消すぐらいは造作も無い芸当だったのだ。ちなみにそうしている理由は梓達の気を散らさない為。


「それは本当にご安心ですが、嘆さんもお気をつけ下さい。なにせ相手は公安部の方々も梃子摺る超凶悪犯罪組織なのですから」

「はい。重々承知しております」


 嘆は表情を一切変えず淡々と返事をする。別に絶対に笑わないという訳では無い。仕事中だからポーカーフェイスを維持しているだけである。

 返事をしていたが、晴菜には分かっていた。

 嘆では力不足だと。いくら彼女が実戦経験豊富でも、()()()()()()では掠り傷一つ付けられない。いや、攻撃すらさせてくれない。

 本人もそれを理解している。もしり合えば自分が確実に死ぬと分かっている。

 それでも、綾小路嘆は職務放棄をしない。自分の命より依頼人クライアントの命を最優先する。たとえ、何も出来ずに死んでしまったとしてもだ。


「……私も本家におられるお父様から、百魔死団殲滅大戦についてお聞きしました。かの日中戦争や日露戦争、太平洋戦争などの歴史的な戦争よりも遥かに血塗られたものだと。お父様も大戦の生き残りのお一人。当事者のお話しする事は聞く側も緊張感を強いられます。夜千瑠さんもですよね?」

「然り。拙者も生き残りし父上から伺ったで御座る。嘗て暗殺を生業としておられた父上でさえ、誰一人とて殺める事叶わずになってしまい、銃剣警はもとい、忍としてのプライドを大きく傷付けられたと申しておられた」


 晴菜と夜千瑠の父親は、嘗て正刀の父親である刃と共に公安零課で働いていた猛者だった。だが大戦後、刃の死をきっかけに公安零課から外れて、今はそれぞれの実家で隠居生活を送っている。

 自販機で買った缶の緑茶を啜った晴菜は、梓の方を向く。


「梓さん、あなたはこのお話を聞いて、どう思いました?」

「どうって、やっぱり許せないわよ。好きで宿した訳じゃない異刀を持った女の子をいいように扱うなんて、ハッキリ言って最低のゴミクズ以下よ」

「……そうですか」


 大企業のご令嬢にしては言葉遣いが聊かはしたないと言いそうになった晴菜だが、訊ねたのは自分であるし、自分にも似たような事が時々あるので人のことが言えないと結論して言葉を呑み込んだ。

 そして好きで宿した訳ではない異刀を持った女の子――美雨は梓の隣にちょこんと座ってココアを飲んでいる。彼女にはAEBの首輪が装着され、村雨を呼び出せない状態だった。またいつ百魔死団が美雨を操るか油断出来ないので、晴菜が鍵を預かっている。

 今の美雨は何処にでも普通の女の子である。否、村雨が開眼するまでは普通の女の子だった。それを実験材料に使うのを許せないのは自分達でも同意見であり、なにより同性愛主義者である晴菜にとっては自分の怒りに油どころかガソリンを注いでいるようなものだ。

 加えて、自分の父親の元戦友でもあり、自分の同僚の父親を殺した相手でもある。顔では平然を装う晴菜と夜千瑠でも、内心では怒りに我を任せる訳にもいかないからあくまでも冷静でいる。だが問題は正刀であった。


「ですが今回は厄介ですね。事が事ですし、それにあの正刀君ですから感情に任せて冷静さを欠くかもしれません」

「有り得るで御座る。相手が相手である以上、師匠ならばやりかねぬで御座る」

「……そうなのですか、梓様?」


 妖村正刀という男をまだ知り尽くしていない八徹は、この場で一番長く妖村正刀という男と付き合いのある梓に訊ねた。

 梓は八徹をギュッと抱き締め、重々しく口を開く。


「……正刀の事だから仕事に私情を挟んだり感情的になって動くことも無いと思うわね。でも……確かに正刀ならやりかねないわね。だって正刀だし」

「そうですね。正刀君ですもんね」

「そうで御座る。師匠で御座る故」

「…………」


 八徹はどういう風な顔をして良いのか分からず、思わず嘆にアイコンタクトを取る。


(……正刀様はこれほどまで皆様に信頼されているのですね。色々な意味で)

(はい)


 嘆は肯定するようにして会釈する。


「? どうしたの八徹ちゃん?」


 梓は八徹の顔が気になって聞いてみる。いきなり聞かれた八徹はなんて答えようか迷ったが、一つ疑問に感じていたことがあったので、丁度良かったから言う事にした。


「あの、晴菜様。一つお聞きしても宜しいでしょうか?」

「はい。何でしょう?」

「その、このような事を皆様に申し上げるのは差し出がましいと重々承知していますが、先程からお嬢様と晴菜様が百魔死団の事についてお話されている訳ですが、その事を梓様にお話するのは如何なものかと思いまして……」


 八徹が疑問に思った事は、晴菜と夜千瑠が最重要機密である百魔死団に関する情報を何の躊躇いも無く梓に話している事だった。いくら梓が大企業のご令嬢とはいえ民間人である事に変わりは無く、決して口外してはならないような事を平気で話している二人が気になったのだ。梓だけでなく、後ろに控えている嘆もそれを聞いている訳だ。彼女の場合は元々銃剣警であったが今はれっきとした民間人。おいそれと話せる代物でもない。二人はそれを充分分かっている筈なのに。

 八徹の疑問を察した晴菜は鉄扇をパチンッと鳴らし、ニッコリと笑って答える。


「確かに八徹さんの仰るとおりです。本来は国家機密レベルに値する情報。それを梓さんにベラベラ話すのは銃剣警としての自覚が無いと思われて当然です。ですが、私達は梓さんの事を信用していますのでこうしてお話している訳です。ご一緒にお聞きしている嘆さんは元銃剣警ですし、こういった守秘義務もきちんとあります。ですので大丈夫なんですよ」

「し、しかし、それでは銃剣警としてのけじめというものも付くに付きませんし……」

「八徹」


 ピシャリ、と冷たく鋭い夜千瑠の声が、あたかも研ぎ澄まされたナイフの如く八徹の胸に突き刺さった。八徹が夜千瑠の方に顔を向けると、夜千瑠は厳しい顔をして八徹を見ていた。


「立場を弁えろ。百歩譲り拙者には兎も角としても、晴菜殿と梓殿に対して無礼で御座るぞ」

「は、はい。失礼致しました」


 夜千瑠に注意された八徹はビクビクしながら小さくなる。


「ちょっと夜千瑠、そんな言い方しなくても良いでしょう」


 小さくなった八徹を庇う様に強く抱き締め、夜千瑠に異議を唱える。


「否。これしき至極当然の事で御座る」

「別に私は、夜千瑠が八徹ちゃんに厳しいとか言いたくないのよ? 八徹の言ってる事だって正しいじゃない」

「それは然り、拙者とてそれを責めてなどないで御座る。事実、八徹の言い分は正しいで御座るし、申し上げるのが差し出がましいと承知ならば最初から何も申すなとも言わぬで御座る。が、拙者の申す事の結論は、八徹が少々くどいというもので御座る」


 晴菜、夜千瑠、八徹の三人の中で序列が一番高いのは晴菜である。また晴菜は今回の百魔死団に関する案件への捜査権が認められている。元来夜千瑠にも捜査権が無いのを、晴菜責任の下で得ているの。その晴菜責任の下で話しているのだから、序列の低い自分達がどうこう言える訳でもない。要するに、夜千瑠が言った通り、立場を弁えろという事だ。


「だからってそれは……」

「梓様、宜しいのです」


 それでも納得の行かない梓は反論を続けようとするが、八徹が制止させる。


「お嬢様の仰られるとおりです。厳密に考えれば元々僕とて手すら届かない領域に温情を持って入らせてくれただけなのですから、何も言い返せません」

「でも、八徹ちゃんはそれで良いの? そんな自分の意見を無視されて」

「構いません。銃剣警の立場上、日常茶飯事というものですし。というよりも梓様、少し苦しいです」


 ずっと梓に抱かれていた八徹は梓の腕で首が絞まり、豊満な胸部によって背中が押し出され、首が絞まりやすい絶好なポジションにいる。だからこのままの体勢でいたらいつか本当に首が絞まってしまう。


「あ、ごめん」


 八徹の訴えに気付いた梓はすぐに腕を放して八徹を自由にした。この光景を横で見ていた晴菜は、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「それに八徹さん、梓さんに知られても損害は微々たるものですよ? なにせ、この事を知った所で、梓さんにはそれを口外するお友達がおりませんし」

「晴菜殿!?」

「晴菜様!?」


 晴菜が梓に対して言ってはならない事をサラッと言ってしまい、夜千瑠と八徹がギョッとする。

 二人の忍者は梓の方を一瞥する。梓はハァーッと深い溜息を吐いて、目の色が怪しかった。


「夜千瑠、八徹ちゃん、別に気にしないで良いわよ。慣れてるから」

「そ、そうで御座るか……」

「は、はい……」


 梓はフフフと笑いながら言うが、顔で笑っていても目が笑っていないのを二人は確認してどういう顔をしていいのか分からなかった。

 このご時世、いかに人脈を築くかで人生の良し悪しが決める。交友関係が多ければ多いほど自分の人生に於いて有利な方向へと進むのは分かっているのだが、小さい頃からロクでもない人間達からの被害を受けている梓は人との関わりを断っている。つまり友達がいない。学校では基本ぼっちで過ごしている。

 そんな梓が度々面倒事に遭ってもなんとかなっているのは、『沢山の同世代のお嬢様』よりも『数人の銃剣警』を友達にしているからだと思う。

 加えて、どんな状況下だろうが、どんな環境下だろうが、必ず梓をほぼ無償で助けてくれる幼馴染がいるのも大きい要因だろう。

 ちなみに、先程晴菜が梓と嘆の二人だけを出していたが、何故美雨の名前が出なかったのか。

 当の美雨はとっくにココアを飲み干し、ベンチにポケーッと座っていたので、今の今まで晴菜達が話した事を理解していないだろうし、そもそも話すら聞いていない可能性が高いからあえてそっとしておいたのだった。


「ところで話を180度大きく変えさせてもらいますが、嘆さん」


 鉄扇をパチンッと鳴らした晴菜が嘆に話し掛ける。


「正刀君からお聞きしたのですが、銃の整備がとてもお上手だそうですね。いつも正刀君にお願いされてタダ働きしているとか」

「……いえ。正刀様はお嬢様が大変お世話になっております。その事を考慮すれば、至極当然の事です」


 サラッと失礼な発言を混ぜた晴菜の質問に、嘆は表情一つ変えずに答える。

 嘆は正刀から銃の整備を依頼され、仕事の合間に行っている。彼女にとって正刀の銃のメンテナンスはあくまでも仕事の内だと思っている。自分が梓の傍にいない時にはいつも正刀が一緒にいるので、その正刀の武装に不備があってはならないという理由で。銃剣警時代に培った技術スキルは民間人に成り下がっても役に立っている。

 ……民間人が銃を持つのは本来違法だが、バレなければ良いのだ。バレなければ。


「晴菜、言っておくけど、嘆さんが正刀の銃を整備したらその都度ボーナス出してるわよ? 勿論それ相応の額を」


 正刀の名誉を守るべく梓が補足を入れる。それ相応の額とは、嘆がボディガードの仕事として毎月受け取っている給料の手取り約三倍程である。

 晴菜はニッコリとしたまま鉄扇をパチンッと鳴らす。


「いえいえ。勘違いなさらないで下さい。別に正刀君をいびるつもりで言った訳ではありません。ただ、正刀君が気に入る程の腕でしたら私もお願いしようかと思いまして。……この嵐が去った後にでも」

「へ?」


 梓は最初、晴菜が何を言ったのか全く理解できなかった。

 が、梓が瞼を閉じてまた開くまでに、凡そコンマ一秒。

 その短い時間の間に梓達の頭上から現れた、音無き影が五つ。


 ――ドォンッ!


 ――キィンキィンキィンッ!


 その内二人を夜千瑠と八徹が、三人を晴菜と嘆が押し返した。


「……チッ」


 ソイツ等は、黒スーツに身を包んだ男達。手には拳銃やらナイフやらの武器を持っている。


「えっ? えっ? えっ?」


 突然の出来事に梓は何が起こったのか分からなかった。気が付いたら鉄扇と拳銃――FNファイブセブンを手にした晴菜、忍者刀を抜いた夜千瑠と八徹、手刀を構える嘆が彼女達を囲む五人の男達と対峙していて、自分と美雨はいつの間にか後方に下がっていた。


「おやおや、いきなり上から降ってくるとは少々礼儀に欠けますね」

「然り。更には時と場を選ばぬ傍若無人極まりない振る舞い。面倒で御座る」

「仕方ないですよ。僕等銃剣警って、いつもこんな感じですし」

「……皆様のご意見には、元銃剣警として私も賛同です」


 頭が混乱してたが、物心付いた時から面倒事に遭ってきた梓はなんとなくだが状況を整理出来た。

 この男達は、美雨を監禁していた人物の仲間か或いはそれに雇われた人間。またもや美雨を攫う為に奇襲を掛けた。けどそれを晴菜達は気付いていた。具体的には、自分達が公園に来る前から。


「……しかし、妖刀『村雨』を宿した方を攫う為だけに、よくもまあここまでの人材を使うものですね」

「ど、どういう事、晴菜?」

「梓さん、間違っても勝手な行動は取らないで下さいね。下手すれば死んでしまいます」


 晴菜の言った事が、少なくとも正しい事ぐらいは梓にだって嫌でも分かる。つまりこの男達はそれだけ腕の立つ殺し屋の類という事だ。


「そうですね、荒事はあまり好みませんが、少々参りますか」


 その言葉が開始を宣言する合図かのようにして男達が襲い掛かる。彼らも幾度となく修羅場を潜って来たのだろう、晴菜達が一筋縄でいかない事を感じ取り、厄介なものを先に片付ける事にした。

 ナイフ持ち一人が夜千瑠に一刺し入れる。その速さは常人を卓越した技量を誇っている事を証明している。

 それでも夜千瑠もそれに負けてはいない。ナイフを忍者刀で受け止め、すかさずもう片方の腕からクナイを取り出して男を斬る。

 男は素早い反応を見せて後ろに下がる。クナイは男の頚動脈を狙ったが空を切った。

 避けた直後に、夜千瑠の足蹴りが炸裂。男は咄嗟にガードし、なんとかダメージを最小限に抑えたが、自分の体重を掛けた夜千瑠の蹴りは予想よりも効いている。


「……どうした? その程度で御座るか?」

「…………」


 男は何も答えず、もう一本ナイフを取り出して二刀流になり夜千瑠との近接戦闘が再開。


「――セイッ!」

「……ッ!?」


 もう一人のナイフ持ちの男は八徹を狙った。四人の中で唯一小学生である八徹は馬力が弱く、またリーチも短いので一番倒しやすいと判断したからだ。

 男は戦い始めて後悔している。男らしく見えない小柄な八徹への判断を見誤ってしまった。


「ラァッ!」

「チッ!?」


 八徹の打撃が休み無く繰り出され、男は受けてばかりだった。

 確かに八徹は四人の中で一番弱い。馬力もリーチも夜千瑠や嘆には遠く及ばない。

 しかし、小さい体格だからこそ、八徹は四人の中でも一番すばしっこい。持ち前の元気さを生かして男の攻撃を俊敏に回避し、簡単に懐へと近づける。標的が小さい上にちょこまかと動かれては戦いにくい事この上なく、逆に八徹の攻撃を受けてばかりで悪戦苦闘していた。


「どうしました? まさか根を上げてませんよね?」

「……当たり前だ」


 男は八徹の挑発には乗らず、再び斬り合いになる。


 ――ドォンッドンッ!

 ――キンキンキンッ!


 コルト・ガバメントと脇差を手にした男が晴菜に突っ込んできた。晴菜は開いた鉄扇を円弧を描く様に扱いながら銃撃を行う。晴菜の戦闘用鉄扇の骨組みには刃が仕込まれており、ナイフ同様に斬ったり刺したり出来る。その姿はまるで、趣味の舞を踊る大和撫子の如く華麗であった。


「中々やりますね」

「……お前もな」


 実際は晴菜が鉄扇で銃弾や脇差の刃を防ぎつつ斬ったり、銃で味方に当たらない様に撃ったり、男が銃と脇差で容赦なく狙ってきたり、一般人の肉眼では捉えきれないくらいまで双方が速くり合っている。

 ところで、五人の刺客の内三人は現役銃剣警が相手しているが、残りの二人はどうしているのか。


「……コイツ、やれるな」

「……ああ」

「…………」


 元銃剣警・綾小路嘆が相手を努めている。嘆は梓と美雨を一番守る必要性がありながら男二人の得物(銃とナイフ)を同士討ちで破壊させて素手による接近戦に持ち込んでいた。新たな得物を取り出そうが、嘆は落ちている石ころを高速で投擲して破壊する。

 銃剣警時代の嘆が最も得意としていたのは、近接戦闘。特に素手の戦いは嘆の一番の得意分野だった。仕事の際には愛用の黒い手袋を装着して戦うのが彼女のり方。ボディガードになってからもそれは変わらない。梓に出会ってから何度も実戦してきた為に鈍っていない腕で男二人と互角に戦っている。村正使用の正刀とそこそこ渡り合えると言われても過言ではない。

 戦闘開始から僅か三分が経ち、晴菜の鉄扇が男を押し返した。


「皆さん、少々派手に行きますよ」


 ファイブセブンを仕舞った晴菜は、入れ替わりで奇怪な文字が書かれた御札を二枚取り出す。


「一反木綿、守りなさい。鎌風かまいたち、おやりなさい」


 晴菜がお札を放り投げる。

 御札からボンッと白煙が立ち込め、二体の妖怪が現れた。


 一体目は、10mほどの長さを持った白い反物に白い目が付いた妖怪。名前は某妖怪漫画でもお馴染みの一反木綿。空中をヒラヒラと舞いながら浮いている。


 二体目は、大きな草刈り鎌に乗った白い鼬の妖怪。名前は鎌風鼬。現れると周りから風が吹き荒れ始めた。


 晴菜の言った事が合図かの様に嘆が梓と美雨の所まで下がる。


 一反木綿が梓達の周囲を自身の体で覆う。


 直後に起こった、鎌風鼬による強い風。その風は鋭い刃を含んでいた。

 夜千瑠と八徹は瞬時にクナイを結びつけたワイヤーを取り出して身体に纏う。鎌風鼬の風刃が来る前に体を高速回転させて鎌風鼬の風に反発。晴菜は何もしていないがまったく効いておらず、残った男達五人と公園の敷地が襲われた。

 鎌風鼬の風刃に男達は必死で防御するが、鎌風鼬の放った突風の圧力に苦戦し、身体の至る所が切り裂かれていく。


 梓達はというと、一反木綿がまるで防護壁の様な役割を果たし、風刃はおろか風一つ受けていない。


 この二体の妖怪は、晴菜が使役する式神だ。


 鎌風鼬は誰もが一度ぐらいは耳にした事がある鎌鼬。吹き起こす風は村正や村雨の刃の如く鋭く、鋼鉄すら簡単に切断する。


 一反木綿の体は布。故にどんな打撃も包み込んで威力を殺し、最新鋭の防弾繊維並みの強度を持っているので、鎌風鼬の風刃はおろか数百発の弾幕すら効かない。


 式神は本来、全てが高い能力を持っている訳ではない。だが使役する人間が式神に強化を施せばその能力は飛躍的に変動する。まして二体を使役しているのは陰陽師の才能に恵まれた晴菜。無数と言っていい式神の使役に長け、高位な式神でさえ扱う才覚を持っていた。だから式神を強化するのは彼女にとって朝飯前の事である。

 ただ一つだけ懸念があるとすれば、どんなに強化された式神だろうが弱点は必ずある。


 それは、対超能力攻撃である。


 突風の刃を撒き散らしていた鎌風鼬と防護壁の役割を担っていた一反木綿に銃弾が当たった。二体は小さな呻き声を上げ、いきなり消滅。御札の姿へと戻り、晴菜の元へと勝手に帰っていく。


「…………」


 晴菜は一反木綿と鎌風鼬を撃ったと思われる方向――約1㎞先のビルに目をやった。

 弾道角度から見て、恐らくビルの屋上に狙撃手が備わっているのだろう。素早く動く鎌風鼬を一発で仕留めた所を見るに、かなりの腕と見受けられた。直接晴菜を狙わなかったのは、式神が盾になると判断したからだろう。

 通常の銃弾なら一発当たっただけで式神は倒れない。だとすれば、狙撃手が撃ったのは対超能力者用の特殊銀弾。それも式神などの化生に相性の良い対怪異専用。どんな高位な式神でも、この銃弾の前には歯が立たない。

 自分が丹精込めて育てた式神。別に晴菜の式神は対超能力弾の様な致死量のダメージを追っても完全消滅とかは無いようしているが、それでも自然と怒りが湧いてくるものであって。


「……仕方ありませんね」


 晴菜は別の御札を取り出し、御札と掌に妖気を纏わせ、それを思いっきり地面に叩きつける。


「急急如律令・れいしょう


 急急如律令・霊衝は、妖気を纏った御札から現れる衝撃波を地中を通って対象に近づき、足元から衝撃波を喰らわして相手を攻撃する遠距離攻撃。しかも対象が高所にいようが地面と接してなかろうが衝撃波は届き、有効範囲は晴菜の肉眼で見える範囲内なら何処へでも。だが晴菜の視力では1㎞先のビルにいる相手を肉眼で見るのはさすがに出来ない。

 だったら、その相手がいるであろう屋上全体に衝撃波を放てば良い。どうせいるのは狙撃手だけなのだから。

 十秒ほどが経ち、屋上に見えない衝撃波が轟いた。殺さない程度には抑えているがかなりの威力だ。暫くは動けないだろう。


 ――シッ!


 一人片付けた晴菜を素早い脇差の刃が狙う。晴菜は鉄扇で弾き、男と鍔迫り合いになる。


「しつこいですね。そんな男性は女性に嫌われますよ?」

「…………」


 挑発された男は無言で拳を繰り出す。晴菜は体を横にずらして避けるついでに男をこかす。すぐさまファイブセブンを手にして発砲。脇差を弾き飛ばし、服越しにも何発か男に撃つ。防弾繊維で出来るだろうから当たっても問題ない。そうでなくても誤魔化せばどうとでもなる。

 トドメに鉄扇で男の頭を二十発ぐらい殴って気絶させる。


「さて、そちらも終わりですか」


 晴菜が狙撃手含めて二人を無力化した頃には、夜千瑠と八徹が残り四人にトドメを刺して戦闘不能にした。

 襲撃してきた五人を拘束している間に晴菜は周囲への警戒を行う。


「……どうやら近くに敵影は無いようですね。これで安心です」

「安心、なの? ていうかこれどうする気?」


 梓は公園を見渡しながら恐る恐る晴菜に訊ねる。

 公園は惨憺たるものとなっていた。あちらこちらに銃弾が減り込み、鎌風鼬によって切り裂かれたベンチやら遊具やらが残骸と化している。弁償額が何千万になることやら。

 梓の質問に晴菜はニッコリと答えた。


「ご心配なく。この程度はしょっちゅうですし、私のポケットマネーで払える範囲内です」

「そ、そう……」


 公園一つ破壊したことがしょっちゅうなのかとか、ポケットマネーで払えるほどの金をよく持っているなとか、色々とツッコミを入れたい所もあるが、銃剣警相手にそれは野暮である事を梓は理解しているのでスルーした。


「それにしても、襲ってきたにしては大したことありませんでしたね。一体連中は何がしたかったのか……」


 晴菜が鉄扇で自分を煽ごうとした時、突然晴菜の頭の中を、正体不明な“波”が通り越した気がした。


「っ!?」


 晴菜だけでなく、夜千瑠と八徹と嘆が慌てて向いた先――それは美雨だった。


 美雨の目には光が無く、虚ろで暗い。さっきまでポケーッとしていた愛らしい表情が何の感情も無い人形の様に変わっている。なにより、美雨の背後に、さっきまではそこにいなかったものがいた。


 フード付きの黒いコートを身に纏い、顔は隠れていて見えない。だが晴菜達には分かる。どう感じても尋常ではないオーラ。今やり合えば五秒も掛からず全員殺される程に強い。


 ()()は何処からか持ってきた鍵をAEBに差しこんで解除した。


(何故っ!? 一体いつ!?)


 晴菜は急いで鍵を入れている胸元を弄る。だがそこには鍵があった。ということはソレが今持っているのは合鍵になる。

 美雨に装着されているAEBは晴菜が用意した物。ピッキングが極めて難しいタイプを選んだ為、同じ鍵の複製は簡単に作れない。

 だがもし()()が百魔死団の構成員なら、どんなに複製の難しい鍵だろうと紙粘土を捏ねるようにして作ってしまうとしたら。

 ()()は美雨のAEBを解除し終えると、音も無くその場から消え去る。嘆はすぐさま梓を庇う様にして臨戦態勢を取る。晴菜達も一斉に美雨を取り押さえようとした。


『……そなたら、反応は申し分無いが、我が主を止めるのではなく、逃げるべきであるな』


 だが、美雨の方が速かった。既に彼女の手には顕現された妖刀『村雨』が握られていたのだから。


 美雨の全身を、村雨の妖気が包み込む。憑依技、つきが発動したのだ。今美雨と距離が近いのは、いきなりの美雨の変貌で頭が混乱している梓と、その梓を守る嘆である。


「塗壁っ!」


 晴菜が即座に御札を投げて梓達の前に式神を出す。

 現れたのは巨大な石の壁、妖怪・塗壁である。鋼を超える硬度を持っているので盾の代わりとして抜群である。これなら村雨を防げる筈。


『……ふむ。塗壁か』


 村雨が抜刀された。美雨はまず最初に、目の前に立ちはだかる塗壁に刃を振り下ろした。


 結果。塗壁は村雨の一太刀を耐えた。だが次に放たれた斬撃には耐えられなかった。塗壁の巨体が妖刀によって両断され、御札に戻ってしまう。


 それでも塗壁の犠牲は大きいものであった。おかげで嘆は梓を美雨から離すことが出来たのだから。後はこのまま三人で時間を稼いで応援が来るのを待つ。晴菜は夜千瑠と八徹にそう目配せした。それが無駄に終わらなければもっと良かったが。


『悪く思うな。今の我では我が主を止めるのは無理がある』


 美雨が最初に狙った相手は梓と嘆だった。二人に向かって走るその速さは村正によって肉体を強化された正刀に匹敵するほどだった。

 美雨の放つ斬撃を嘆は梓と共に身をずらして避ける。村雨の斬撃は地面を深く切り裂いた。

 すかさず美雨は柄で避けて体勢の崩れた嘆に殴りかかる。嘆は両腕でガードするが、美雨の打撃は嘆の予想を遥かに超える程に強かった。


「っ!?」


 嘆はまるで大型トラックにでも激突したかのような衝撃を受ける。そこは元銃剣警、吹き飛ばされないようなんとか耐える。それでも腕の骨に皹は入っただろう。全治二週間は確定だ。

 美雨の追撃は止まない。続けて村雨の刃が嘆を襲う。

 これを嘆は避けることが出来ない。もし避ければ後ろにいる梓が斬られてしまう。防刃性を含んだ手袋で受け止めようと思っても手を切り落とされるだけだ。真剣白刃取りが一番手っ取り早い方法だが、腕に異常がある今ではそれは出来ない。こうなったら自身が盾になって美雨の動きを止める他無い。そう判断して覚悟を決めた。


 迫る村雨。死を覚悟する嘆。でもその覚悟は小さな乱入者によって無意味となった。


 それは八徹だった。小太刀で村雨の背を滑らせて軌道をずらし、なんとか逸らす。その逸らすだけでも、八徹の手が痺れてしまう。その一瞬を美雨は見逃さなかった。


「しまっ――」


 八徹がほんの少しだけ油断した隙を狙って、美雨は八徹を斬り捨てた。八徹は小太刀で受け止めようとしたが焼け石に水。小太刀ごと八徹は切り裂かれた。


「がぁぁぁっ!」

「八徹っ!?」

「八徹ちゃん!?」


 腹部を斬られた八徹に夜千瑠と梓が動揺し、その油断を狙った美雨が嘆に峰打ちを当てた。


『女、峰打ちにしただけでも許せ』


 村雨の謝罪は反省の欠片が全く無かった。だが今のが峰でなく刃の方だったら嘆は死んでいた。そこまでやってしまったら村雨は村正にとんでもない怒りをぶつけられるので、洗脳されている美雨をなんとか操ってそうしたのだ。

 峰打ちとはいえ当たれば痛いものであって、その衝撃で嘆は肋骨に何本も皹が入り、そのまま吹き飛ばされた。

 八徹の負傷、嘆の戦闘不能が重なり、梓を守る壁が無くなって手薄になる。

 美雨は何の躊躇いも無く、村雨の鞘で梓に当身を入れた。


「がっ……み、う……」


 梓は掠れた声で美雨を呼んだが、彼女の耳には届かなかった。


 美雨は倒れた梓を抱え、逃げるのを止めようとする晴菜と夜千瑠に対して、


『……せん


 何十人もの人を屍に変えた斬撃、刃煽舞を放った。夜千瑠は晴菜を地面に伏せさせ、自分も伏せる。


 放された刃煽舞を回避出来たが、その間に美雨は梓を連れ、正刀と同じ様に跳躍してその場から逃走してしまう。


 公園は、正しく嵐が去った後の様な惨状だった。滅茶苦茶になった公園、危険な状態の怪我人、拉致された民間人、逃走した妖刀使い、その裏で動く超凶悪犯罪組織。

 銃剣警をやって来てこの方、一度に重なる最悪の事態への経験が薄い晴菜は取り乱しそうな自分を理性で抑え込み、冷静さを持ってスマホを取り出して連絡を入れる。


「……銃剣警局ですか? こちら御門晴菜。危険度レベルMAXの緊急事態発生です」



『……以上が事の次第です』

「……そうか」


 晴菜から早口で説明された状況を確認した俺は、自然と湧き出る怒りを抑える為に一度深呼吸する。


「晴菜、八徹と嘆さんは今どうなってる?」

『嘆さんは腕の骨と肋骨に皹が入っただけで済みました。ですが、八徹さんが致命傷同然の重傷で現在治療中です。幸いにも傷は急所を外しており、防刃性の衣類を着用していたので、即死は避けられましたが、いつ死んでも可笑しくないそうです』

「ん。それで、俺に指示があるなら出してくれ」


 たとえ身近にいる誰かが怪我しようが死に掛けていようがラチられようが、感情に左右されず冷静に動かなければ立派な銃剣警にはなれない。耳にタコが出来るぐらい父さんや俺の師匠から聞かされていた事だ。本音を言えば今すぐにでも怒りに任せて八つ当たりしたい。けどそれをしてしまえば、俺は以後マトモな銃剣警ではいられなくなるだろう。


『……分かりました。五分で準備を整えて私達と合流して下さい。場所はメールでお伝えしますので』


 晴菜もそれを充分に理解し、あくまでも冷静に指示を出す。通話を終えた俺は、つい今し方電話を終えた薙刀に顔を向ける。


「薙刀さん、そっちの電話はもしかして」

「うん。正刀君のとほぼ同じだよ」


 案の定薙刀さんにも美雨逃亡の連絡が入った。

 百魔死団の案件になると、銃剣警序列が一番高い者が指揮権を得られる。公安零課が動くとなると、当然指揮権は序列一位の薙刀さんの物となる。


「ただね、僕は課長から待機命令を受けたんだ。だから僕を含めた零課は動けない」

「は?」


 俺は耳を疑った。こんな時に薙刀さんが冗談を言う訳ない。事実薙刀さんの目は真面目だ。これが本当なら薙刀さんは出撃できない。


「ちょっ、何でですか。相手は超凶悪犯罪組織ですよ?」

「確かにこういう案件は僕等が借り出されるんだけど、どうも上の事情って奴だよ。もしここで僕等が行ってしまうと、その隙に他の構成員が襲撃に来る可能性があるらしいって。そうなれば食い止める事が出来るのは僕等零課や公安最上層部ぐらいしかないから」


 薙刀のいうことは正しい、とは言い切りたくない。

 もしこの非常事態が陽動で、銃剣警局の精鋭を離す為のものだとしたら待機命令出し、民間人救出の人員なんかは手の空いている銃剣警達に任せる。でもそうなれば拉致された民間人と救出に行く銃剣警が捨て駒になる。それが問題視されれば銃剣警の社会的地位に傷が残ってしまう。

 けどね、と薙刀さんが続けざまに言う。


「誘拐されたのが梓ちゃんだって分かって、この案件を担当するのはそれ相応の実力が無いとヤバいって結論に至ったんだ。なんせ彼女は黒銅グループのご令嬢だからね。

 そして、待機命令が下った僕は公安最上層部からある物を貰った。それは今回の案件に限り、僕が指名した銃剣警に全指揮権を譲渡するっていう権利をね」


 薙刀さんは、俺の肩に手をポンッと置き、こう言い放った。


「銃剣警日本部門序列第一位、東京銃剣警局公安部、公安第零課所属、草神薙刀の権限の下、銃剣警日本部門序列千三百五十一位、東京銃剣警局在籍、妖村正刀銃剣警に、百魔死団に関する当案件の指揮権を全面譲渡する。貴警は迅速かつ確実な解決をするように」

「……はいっ!」


 俺は頭の中を仕事モードに切り替える。

 待ちに待った百魔死団との戦い、この日をどれだけ待ち望んでいたことか、必ず復讐を遂げてやる、とかなんとかは言わない。今俺が優先すべきは、梓と美雨の救出。その次に拉致した奴らを潰すこと。


「それと、正刀君にもう一つ渡しておくものがある」


 薙刀さんがスーツの内ポケットから取り出したのは、黒いベルトとチタンを混ぜたふすべぎんの金具で出来た刀帯だった。


「……薙刀さん、これは?」

「これは百魔死団殲滅大戦の前の日、刃さんが正刀君の中学の進学祝に通販で買った刀帯だよ。ベルトは防刃性と引張耐性の付いた特別繊維、金具は防弾性と衝撃耐性の付いたオリジナル合金。刃さんが死んでからは僕が預かってたんだけど、折角だし今渡しておこうかなって」


 ……公立中学校の進学祝に刀帯を送る父親がどうとか死人をディするのは置いておいておこう。今の俺は銃剣警だし。

 今までの俺は村正を秘匿することが少ない。任務上止むを得ないという理由ならまだしも、抜刀きたい時に手元に無いと嫌だから。したがって俺は今まで刀剣帯を使う事は無かった。

 けど今だけは持ってても良いかもしれない。父さんが俺の為に買ってくれた、事実上最後のプレゼントだし、壊れるまで使い切ろう。


「……後で、父さんに礼言っときます」


 薙刀さんから刀帯を受け取り、これからの戦闘を考えて村正に装着することにした。

 刀帯に付いた金具を村正の鞘にはめ込み、制服を脱いで背中に携えて制服を着直す。一見すれば日本刀を持っているとは見えない様にはなっているが、分かるやつが見れば簡単に見抜けるな。


「じゃあ正刀君、行こうか」


 薙刀さんは窓を開けてクイクイ、と手招きする。


「薙刀さん、待機命令下ったんじゃあ……」

「出撃に関してはね。でも見送りに関しては待機命令は出てないから、せめて送ってくよ」

「……ありがとうございます」


 薙刀さんの屁理屈に礼を言い、村正の妖筋を発動。開いた窓から大跳躍。


「薙刀さん! もしかして父さんもこんな風に移動してたんですか!?」


 俺は絶叫マシーン顔負けのスピードと迫力で跳躍しながら隣を跳んでいる薙刀さんに大声で訊く。


「そうだよ! 一々階段下るのが面倒だからってこうして跳んでたんだ! 毎度毎度付き合わされる僕も大変だったけど!」


 大変だったと言う割には中々どうして楽しそうな薙刀さんと叢雲。


「……叢雲」

『何ですか、薙刀さん?』

「やっぱり、正刀君は刃さんの息子さんだね」

『……はい』


 薙刀さんが何かボソボソと喋っているのが聞こえた。けど風圧と音で殆ど聞こえない。


「何ですか薙刀さん!」

「何でもない! 急ごう!」

「はいっ!」


 俺と薙刀さん。村正と叢雲。奇怪な刀を持つ二人の銃剣警が、東京の空を跳び回る。



 晴菜のメールで記されていた場所に十分で着いて、到着後すぐに装備を整えた。と言っても時間を掛けたくなかったから、制服から防弾・防刃性の高い服に着替えただけで、グロックとサブマガジン数個だ。


「御機嫌よう正刀君。お久しぶりです草神さん」

「師匠、草神殿、お待ちしていたで御座る」


 晴菜と夜千瑠、腕を負傷した嘆さん、そして他にも数人の銃剣警がそこにいた。

 今俺達がいるのは、海に近い某高層ビル。何で態々ここを集合場所にしたのかが気になる。


「ん」

「二人共、久しぶりだね」


 短く挨拶を済ませ、晴菜から改めて状況を聞く前に、


「それでは正刀君、どうぞこちらに」


 晴菜に案内された先にあったのは、海の方向に置かれた大型望遠鏡とそれを操作する銃剣警達。俺達に気付いた彼らが望遠鏡に映るものを見せてくれた。

 映っていたのは、とある小さな島だった。周囲には他の島が無い孤島と表現できる。よく見ると建造物らしきものがある。大きさは東京ドームか少し小さいぐらい?


「おい晴菜、まさかとは思うがあの島に美雨と梓がいるのか?」

「はい。そのまさかです」


 マジかよ……

 直線距離からすればここから500㎞は超えており、周囲には他の島は無い。


「晴菜、場所が分かったのは良いとして、どうやってあそこまで行く気だ? 俺に担いで跳べとでも?」


 もしそんな事を頼まれたら絶対拒否する。見た所直線距離上に中継地点になりそうな島があまり見当たらない。ハッキリ言ってしまえばノンストップで島まで跳ぶ必要がある。俺一人だったら海を蹴って跳ぶ事は可能だが、晴菜と夜千瑠の二人を抱えなら不可能に近い。というか無理と断言出来る。

 俺の無茶振りな質問に晴菜はニッコリとして答える。


「いえいえ。いくら何でも正刀君にそんな事をさせてしまっては到着後には全く役に立たなくなります」

「それは良かったが、じゃあ船かヘリで行くのか? 絶対時間掛かるぞ」

「大丈夫です。その二つもありえません。というのも、正刀君と草神さんが来る前に偵察しようと式神を飛ばしました。そしたら……」


 晴菜が見せたのは強化された式神を宿した御札、だった和紙。ボロボロに破かれてもはや使い物にならなくなっている。


「どうやら対空兵器と対超能力者用兵器があるみたいでして、私の式神が悉く無惨な姿で戻ってきたんです。ですのでもし仮に正刀君が跳躍し切れる距離でも、海路や空路で行こうにも途中で撃ち落されて終わりです」


 晴菜は溜息を吐くと死んだ式神を巾着袋の中に仕舞いこむ。後で御札に再利用するつもりだ。

 成程。つまり敵の本拠地、難攻不落な絶海の孤島に辿り着くには敵に気付かれず、もし気付かれても対空兵器で撃ち落されないようにしなくてはいけない。

 うん。無理だ。出来る訳が無い。いくら俺でもやれなかったら死ねと言われたら死を選びかねない程に。


「だとしたら、どうするんだよ?」

「ご心配なく。ここで草神さんの出番です」


 晴菜のニコニコしながらの一言で、どうして薙刀さんまで来たのか大きな理由が分かってきた。

 そういえば言ってたな薙刀さん。送ってくって。明らかに言ってたな。薙刀さんを見てみると送る気満々の顔してるし。待機命令下ってるのに、送るぐらいはやってくれるとは良い人だ。


「それでは作戦をご説明致します。まず草神さんのご協力で敵本拠地を強襲、拉致された梓さんと美雨さんの救出後に脱出。百魔死団の構成員との戦闘は……出来るだけ避けたいのが山々ですが、美雨さんが操られている以上避けられないでしょうね。それに正刀君、いつになくやる気ですし」

「当然だ。何の為に全指揮権貰ったと思ってる。けどだ、夜千瑠」


 俺は挨拶後からずっと黙ったままでいる夜千瑠に話しかける。


「大丈夫か? 八徹がやられて動揺する気持ちは分かる。けど、今はそんな動揺が命取りになりかねない。無理にとは言わんから、抜けたかったら抜けろ」

「そうですよ。八徹さんは今現在も治療中ですが、死地から離れている訳ではありません。心の迷いで思考が鈍ってしまっては作戦に大きな支障が出ます」


 夜千瑠は八徹の事を気にしている。アイツは嘆さんを庇ったばかりに重傷を負った。自分の傍付きが死に掛けている時に動くのは自殺行為に近い。晴菜もそれを重々分かっている。

 でも、俺達の心配は愚問だった。


「……師匠、晴菜殿。確かに拙者は八徹が深手を負い、動揺しておらぬと申せば嘘になるで御座る。が、これしきの事で拙者は心を乱したりはしないで御座る。故に安心めされよ」


 いつになく冷静な表情の夜千瑠。普段は俺のちょっとしたからかいで動じたりしているのに、今は完全に仕事モードになっている。

 晴菜と顔を合わせ、晴菜が頷く。夜千瑠は多分大丈夫だ。一人にしても生きて帰ってくるだろう。


「正刀様」


 と思っていたら、後ろから嘆さんがやって来た。包帯が巻かれた腕は負傷している為、首から吊っている。


「お嬢様をどうかお願い致します」

「ええ。この前行った喫茶店、中々良い店だったんで今度一緒に行きましょう。どうせ梓はまたドデカイパフェ頼むでしょうけど」

「……はい」


 嘆さんは敬礼して下がる。


「じゃあ三人も、準備は良いね?」


 話を終えて、薙刀さん近づいてくる。手にする叢雲を抜刀し、長い刀身を大きく振り翳す。


月読命つくよみ!」


 何も無い空間に薙刀さんが叢雲を振り下ろした。

 神力を持つ叢雲によって空間に切れ目が入る。切れ目は大きく広がっていき、やがて白い楕円形へと膨らんでいく。

 神刀『天叢雲』の持つ神剣技の一つ、月読命。空間に切れ目を入れて目的地へと跳躍出来る、要するにワープ技である。


「三人とも、気をつけてね」

「はい」

「はい」

「御意」


 俺、晴菜、夜千瑠は月読命の前に並ぶ。


「そんじゃ、行くか」

「はい。参りましょう」

「然り」


 俺達三人は、白い空間内へと足を進めて、犯罪者の巣窟へと向かった。

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