No.9 異刀
美雨の体から、黒い瘴気の様なものが溢れ出し、そのまま全身を包み込む。それはとても濃く、黒く、重い。
これにはこの場にいる全員が、俺でさえも驚愕の渦に巻き込まれている。
『そんなまさか……何でこんな事に……』
「おい村正! 一体どうしたんだよさっきから!?」
俺は様子の可笑しい村正に聞く。村正は金切り声で叫ぶ。
『正刀! 今ならまだ間に合うわ! 美雨を気絶させなさい! でないと……』
村正が言い終わる前には時既に遅しだった。
美雨の全身を包み込んでいる黒い瘴気、あれは村正を使う俺になら大体分かってきた。あれは瘴気というよりも、妖気だ。その美雨を包む妖気が、美雨の手に集まりだした。黒くて濃い妖気が美雨の手に集まり、それがドンドン形状を形成していく。
それの形状は細長かった。
それの形状がハッキリとして来た時、それはこの場の誰もがその名前を知る事が出来た。
それは緩やかな反りを持ち、黒い鞘に収められ、黒い柄と鍔の付いた、
――刀、だった。それも、村正と同等な禍々しさを放つ。
「何だよ、それ……」
俺はこの場の誰よりも驚愕と怒りに満ちた。何で、何で美雨が刀なんか持ってんだよ。ていうか何処から出したんだよ。あとなんだよその禍々しさは。色々とツッコませろ。
『何で……何であなたがここにいるのよッ!?』
だが俺以上に村正が驚いていた。村正は刀が出現すると更に騒ぎ立てる。
「おい美雨!」
「…………」
美雨は返事をしない。というか言葉が届いていない。ゆっくりと刀の柄を握る。そうするとどうだろうか、美雨の全身を再び妖気が包み込む。
妖気を包み終えると、静かに抜刀する。
この時俺は感じた。美雨の、今まで全く無かった、恐ろしい殺気に。
『正刀! 梓! 夜千瑠! 伏せなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!』
村正が叫ぶ前に、俺も条件反射で梓を庇う様に伏せ、夜千瑠までもが伏せる。次の一瞬、その判断は正しいと心の中で百回は思った。
『……刃煽舞』
――シィンッ
中年男の声が聞こえた。その次に美雨が刀を薙ぎ払い、鋭い斬撃音が聞こえた。その次に起こった事は、一言で言うなら、惨劇だ。
伏せていなかった男達五十人の体が一気に、胴体を真っ二つにされた。
たった一薙ぎ。たった一振り。たったそれだけで、五十人の男達が死に到った。
「…………ッ!?」
あちらこちらに血飛沫が飛ぶ。立ち上がった俺は梓にこの惨い所を見せたくはないので、抱き締めて顔を自分の懐に埋めさせる。
本当に危なかった。今のは俺でも回避不可能だ。村正が言ってくれなかったら今頃殉職者リストに仲間入りだった。
『どういう事よ! 何でこんな事するのよ!』
村正が叫ぶ。だがその言葉は美雨ではなく、刀に言っているみたいだった。なんとなくそんな気がする。
美雨は俺の方を向き、ゆっくりと歩く。
俺は梓を庇いながら村正を構える。夜千瑠も臨戦態勢を取ってはいるが迂闊に手が出せない。ヘタすれば自分まで巻き込まれるからだ。
『止めなさい! 美雨! 村雨君!」
村正が叫んだが、無駄だった。
――シィンッ! ガキンッ!
「っ!?」
ほんの一瞬、腹に痛みが生じた。
地面に血が流れ出た。
俺の血だった。
妖筋で筋肉強化をしている筈の俺の腹が、切り裂かれた。
美雨が斬ったのだ。俺が防げないくらいの速度で。
「あ……あああっ!」
俺は突然の激痛と驚愕で立つ事が出来ず、その場に片膝を突く。
「ま、正刀っ!? ……うっ!?」
梓が顔を蒼白させて、俺の隣に座りこんで駆け寄ろうとして、口元を手で押さえる。
周囲に転がった死体、内臓が飛び出ていたり、筋肉や骨が剥き出しになってグロい事になっているのだ。吐きそうになって当たり前。お嬢様が吐くのは宜しくない絵面だが。
「おぇっ……ま、ま、ま、正刀っ!」
「だ、大丈夫だ。こんな事で死んでたら、銃剣警なんかやってられるかってえの。つうかお前の方がヤバいだろ」
実際は俺がかなりヤバいけどな。
村正で弾けなかったら即死だった。それ以前に、妖筋で筋肉を強化していなかったらこのダメージでも死んでた。
今の斬撃、速過ぎて見えなかった訳じゃない。避けたら梓に当たるという事も考えて受けようとした。それが要因だ。俺と美雨とではやる気の大きさが違っていた。
俺は梓を守りながら、ついでに美雨にも怪我を負わしたくない。故に俺は美雨を倒す気は無く、完全に受け身の形でいた。だが今の身雨は、本気で俺を斬り殺す気満々だった。何の迷いも無く、冗談抜きで俺を殺すつもりで斬った。相手を倒す気も無い人間が、相手を殺す気で来る人間に勝てる訳が無い。そのやる気の大きさの時点で俺は美雨に負けていた。
いや、今そんな事どうでも良い。問題なのはこの状況をどうするかだ。このままなら、俺達は美雨に殺される。こうなったら、俺の能力の限界を超えてでも美雨を止めるしかない。
村正で体を支えつつ立ち上がる。
「ま、正刀……」
「梓、下がってろ。危険だ」
泣き出しそうになっている梓を下がらせようとするが、梓は言う事を聞かず、逆に俺に抱きついてきた。
「おい梓離れろ! 本気で死ぬぞ! これ以上の死人は俺一人で充分だ!」
「嫌よそんなの! 正刀が死んだら、誰が私の事守ってくれるのよ!」
チクショウ。こんな時に梓は。あと抱きつくと傷が痛むから止めてほしい。
美雨は刀に付いた血糊を払うと、刃を俺と梓に向ける。
もう目の前にいる美雨は、俺が知っている美雨じゃない。理由は不明だが、危険な殺戮兵器になりつつある異能だ。
――銃剣警法第七章の第五条、銃剣警は自分と仲間及び一般人に危険が生じた場合、自身の判断で犯罪者及び危険対象人物の殺害を許可する。
通常銃剣警は銃剣警法第七章の第一条により殺人を犯す事は出来ない。だが危険な事態に追い込まれればその限りではない。梓と夜千瑠を救う為なら、美雨は殺さなくてはいけない。
けど出来ない。俺は美雨を家族にしようとした。そのせいで美雨を殺すのに強い抵抗感がある。折角出来たかもしれない家族を殺すのは酷過ぎる。もし俺がやらなくてもこの場にいる夜千瑠がやってくれるだろう。夜千瑠にかかれば暗殺は簡単だ。
だがそれも駄目だ。逆に俺が邪魔をしてしまいそうな気がする。かと言って、このままにするのはもっと危険だ。梓にだって刃が降り注いでしまう。
(やるしかないのかよ……)
殺さなくとも、気絶させるぐらいはやってやる。俺が村正を構えて覚悟を決めたその時、予想だにしない事が起こった。
美雨のを包み込んでいる妖気が、静かに収まっていくのだ。
妖気は刀へと戻って行き、次第に薄くなりだす。妖気が完璧に無くなると、美雨の目に光が戻った。
「…………え?」
美雨が我に返り、周りを見渡した。
「……な、な、に?」
美雨は現在の状況を呑み込めないでいる。五十人に及ぶ男達の死体、目の前には致命傷の刀傷を受けて今にも倒れそうな俺、それに寄り添う梓、自分の手の中にある刀。
美雨の手が震えだす。これがさっき俺を斬り殺そうとした女の子なのかと思うと正直疑いたくなる。
戦意も殺気も失った美雨を見てホッとした俺は、その場に崩れ落ちる。傷からは未だ出血が止まらない。
『……ふむ。やっと開眼したか』
さっきの中年男性の声が聞こえた。聞こえてきたのは、美雨が握る刀からだった。
「……え? な、に?」
美雨は刀を見ながら困惑した表情を浮かべる。
『さて、お初にお目に掛かるな、我が主よ。我は村雨。今日よりそなたの刀となった。宜しく頼むぞ』
「ある、じ? むら、さめ?」
身雨は突然刀が喋った事で余計に困惑しでした。
『ふむ。開眼したばかりである故か、或いは急なる事が重なったからか、状況をうまく理解しておらんようだな。ならば簡単に言おう。我はたった今そなたの刀になったのだ』
「か、た、な?」
『それでも充分理解できないと思うけど。村雨君』
美雨と刀の会話に村正が割って入ってきた。
『……どういうつもりかしら村雨君』
村正はかなり怒っている。声のトーンがお怒りモードの時のだ。それもかなり激怒している。
『ぬ? 久しいな。村正よ。この様な所で会うとは真に奇遇だな』
『質問に答えて村雨君。何で私の大事な使い手を殺そうとしたの。そんなに私の事が嫌いかしら?』
『勘違いするな村正。我とて先程のは全て不本意が招いた事。止めれたのならば我が真っ先に止めておった』
『じゃあ何で止めなかったのかしら? 私にも分かる様に説明してくれる?』
『村正よ。話の腰を折る様ですまぬが、自分の使い手の心配はせんでよいのか?』
そうだよ村正。何で怒ってるのか知らんが、人を差し置いて何刀と話してんだよ。こっちはヤバいってのに。
「正刀! しっかりして! 死なないで!」
「師匠! お気を確かに! 傷は充分浅いで御座るし、今露莉殿を呼んだで御座る!」
一番心配してくれてんの梓と夜千瑠じゃねえかよ。当の相棒は相棒そっちのけだし。
『確かに大丈夫そうには見えないわね。村雨君って昔から切れ味鋭いから。生きてるのが奇跡なぐらいね』
『うむ。それには同感だ。我の刃を受けても尚死なぬとは大した若造だ』
「えっと、えっと……」
美雨が俺の身を案じて小さな足取りで駆け寄ってくる。斬った本人までも心配してるのに何でこの刀共は呑気に話してんだよ。てか知り合い同士みたいだし。
「ま、さ、と、だい、じょう、ぶ?」
美雨は途切れ途切れの声で問い掛ける。
「あ、ああ。なんとかな」
俺は斬った本人とはいえ、相手は女の子。ちゃんと笑って答えた。そしたら余計な事を言い出す刀が一本……
『ふむ。我が主は自らが斬りつけた相手を心配するか。まあ、あの様子では無理も無いか』
「え…………?」
刀の発言に美雨はキョトンとした。マズい。美雨の顔色から察するに、美雨にはさっきまでの記憶が恐らく無い。美雨が事実を知るのは避けなくては。俺が止めようとしたが、刀の方が早かった。
『我が主よ。そなたはどうやら先程までの記憶が無いみたい故、真実を言おう。この若造はそなたが斬りつけてこの様な傷を負ったのだ』
言いやがった。それも容赦なくハッキリと。
「……え?」
それを聞いた美雨は目を丸くする。
「……ほ、ほん、とう?」
『うむ。嘘偽り無しの真だ。そしてこの若造を斬った後もそなたは若造を殺めようと――殺そうとしたのだ』
「こ、ろ、す……? ま、さ、と、を、こ、ろ、す?」
空気を読まない刀の言葉を聞いて、美雨の全身がガクガク震え始める。顔も次第に歪み始める。
刀を落として、両手で頭を抱える美雨。その表情は絶望に染まり出しそうで、
「あ、あ、あ……わ、た、し、の、わ、た、し、の、せ、い、で……」
「夜千瑠!」
――ガスッ!
「っ!?」
夜千瑠が美雨に当身を入れる。美雨は一発で気絶し、夜千瑠が抱き止める。
『ふむ。くノ一、手間を掛けさせた』
『……村雨君、何で美雨に真実を言うの?』
村正はまだ怒りに満ち満ちていた。空前絶後に大激怒。こんな村正を見るのは初めてだ。
『村正よ。ここで真実を隠して何になる? 早めに真実を打ち明けねば後で傷が大きくなるばかりであるぞ』
『村雨君、もしかして私達との間で結んだ約束を破る気かしら? 私達を敵に回す気?』
『何を言うておる村正。我らの使い手同士が戦うのは必然。それは主も分かっている筈だ』
『そんな事は言われなくても分かってるわよ。村雨君には状況判断も出来なかったかしら?』
『何を戯言を。充分分かっておる。そこの若造が危ういのであろう?』
『あ』
「あ、じゃねえよ! あ、じゃあ!」
村正、せめて怒るのなら俺への心配を優先してからにしろよ。後で塩水かけてやるからな。
「はあ、はあ、くっそ……」
当の俺はというと、なんだか意識が朦朧としてきた。このまま目を閉じたら父さんと母さんに会えるかな……
「……あ、梓、夜千瑠、出来れば、姉さんに早く来てほしいな……」
そこまで言い終えて、俺の視界が反転し、やがて真っ暗になった。
◇
冷たい部屋だった。
真っ暗で、よく見えない。
部屋には白い手術着を着た数人の男達と黒尽くめの男が一人、そして少女が一人いた。
少女は全裸でベッドの上に寝かされて、手足と首を黒い金属製の金具で拘束されていた。口も猿轡で喋る事も出来ず、一切の身動きを封じられていた。
少女の瞼が重々しく開いた。
少女の目はくすんだ紫色をしており、清流を思わせる長い水色の髪だけがこの部屋に華を咲かせていた。
男達は次々と何かの作業を行う。少女にはそれが何をしているのか全く頭の中に入らない。
理解するよりも先に、少女の瞼はゆっくりと閉じていった。
◇
「…………ん」
パチリと目が覚めた。まず目に映ったのは、天井の電灯だった。
「……何だったんだ、今の」
あの光景、あそこに拘束されていた少女は間違いなく美雨だ。俺が見ていたのは、美雨の過去だったのか?
「……まあ、今はそんな事どうでも良いか」
顔を右横に向ける。隣にはスヤスヤと寝息を立てて眠る梓がいた。毛布を羽織っているという事は、恐らく俺が運びこまれてから付きっ切りでいたのかもしれない。まったく。男嫌いな癖して俺にはいつもこうだ。なんだか悪い気がしてくるな。
「ま、梓の寝顔が見られたから良いか」
俺の脇で眠る梓の寝顔は可愛い。いつまでも見守ってあげたいぐらいに。けどそのいつまでもは現実ではうまくいかない。
「…………ん、ん」
梓がゆっくりと瞼を開け、綺麗な緑眼が現れた。
「…………あ」
寝惚けたまま目をゴシゴシ擦り、目覚めた俺を見て口を開けたまま少し固まり、ウルウルと涙が出てくる。
「ま、ま、正刀ーーーーー!」
――ガシィッ!
梓が思いっきり俺に抱きついてきた。十六年生きてて美少女に抱きつかれるだなんて……俺の場合はよくあるな。色んな意味で。
「イダダダダダッ!」
だが俺はまだ腹の傷が治っていなかった。梓が抱きついてきていきなり激痛が襲ってきた。しかも梓は俺の悲鳴が聞こえていないみたいで抱き続ける。
「正刀! 急に倒れちゃうから心配しちゃったじゃないのよ! お姉様が緊急手術してくれなかったら危なかったって仰ってたのよ! もう! 正刀の馬鹿! 馬鹿っ! 馬鹿っ! 馬鹿っ!」
「梓! 痛い! 離れないと痛いって! 傷口開くって!」
ヘタに手を出せない俺は必死で訴えた。それを聞いた梓はすぐにえっ? という表情になって慌てて離れてくれる。
「ゴ、ゴメン! 正刀大丈夫!?」
「まあ、なんとかな。しかし梓、心配してくれたのは嬉しいけど、年頃のお嬢様が同い年の男子に抱きつくのは聊かはしたないと思うのは俺だけなのかな?」
「へ…………?」
俺に訊ねられて数秒後、梓の顔がドンドン赤くなっていく。ドンドン、まるでよく熟れたトマトの様にドンドンと赤くなる。
「は、はわ、はわわわ……」
顔から湯気が出てきて、とんでもない羞恥に見舞われる梓。初心なんだからこういう事は控えろっていつも言ってるのに。
「梓、色々聞きたい事があるんだが」
このままこれを放置してると気を失ってしまうので、俺は話を切り替える。顔が赤いままな梓はコホン、と咳払いをして俺の方を見る。
「え? あ、うん。何?」
「……今日はいつで今は何時だ? ここは姉さんの所か? それと俺が倒れた後どうなった? あと村正は何処だ?」
「えっとね、今日は日曜日で今は正午。昨日から正刀眠りっぱなしだったのよ。それとここはお姉様の医院。手術したのもここ。それと正刀が倒れた後なんだけど……ちょっと待って。お姉様呼んでくるから。あ、村正なら正刀のベッドの中よ?」
梓に言われてベッドの中を見てみると、確かに村正がいた。というか俺の左隣にいた。
「村正」
『はいはい。おはよう正刀』
俺が村正を呼ぶと、村正はすぐに返事をした。
「おはよう。って言ってももう昼だけどな。隣にいたなら話しかけてくれよ」
『ごめんなさいね。ちょっと休んでたから』
「休んでた? お前が?」
無尽蔵な妖気を持つ村正が休むって……刀も休むものなのか。
『ええ。詳しい事は皆が来てから話すわ。それまで待ってて』
「ああ。分かった。梓、頼む」
「うん」
梓はパタパタと駆け足で行った。俺は村正を左隣から右隣に場所を移し変える。
「村正」
俺は鋭い口調で相棒に話しかける。
『何よ』
相棒も鋭い口調で聞き返す。
「全部正直に話せよ」
『…………ええ。分かってる。今更正刀に隠し事してたら、刃に申し訳が立たないわ』
俺が言ったのは、あの刀とどういう関係か、そして一体何なのかを洗いざらい話せという意味だ。村正も村正でちゃんと正直に言うつもりだ。まあ、そうでもないと俺達は今までやってきていない。
何でかな。銃剣警になったから分かるのか、今回は色々と波乱がありそうな気がする。まあこれも、村正と一緒にいるからなのか、俺ガ父さんの息子からなのか分からないけど。
◇
梓が戻ってきた時には姉さんと夜千瑠も一緒だった。姉さん曰く、あと少しでも姉さんの到着が遅れていれば余計に死地に近づいていたらしい。もう死んでましたよね俺。
「まったくもぅ~、だから無茶だけはしちゃ駄目だってお姉さんいつも言ってるでしょ? 本当に正刀君ったらお馬鹿さんなんだから~」
「……はい。すみません」
俺の負った切り傷は、妖筋で強化した筋肉にも関わらず重傷であり、妖筋を解除すれば即死だったらしい。村正は手術中も妖気を放出し続けて俺に纏わせていた。
村正は刀、つまり武器だ。村正が持つ妖気は文字通りの無尽蔵であり、回復に時間を掛けたりしない。だが村正には意思があり、自我がある。感情もあるし疲労も感じる。たとえ自分の持つ力が尽きなくとも、それを放出し続ける村正の気力までもが無尽蔵である訳ではない。いくら村正でも必ず限界は来る。手術が終わった後の村正は電源を切った携帯の様にパタリと静かになって休んでいたそうだ。
『あーあ、こんなにも疲れるだなんて溜まったものじゃないわ。刃の時でも無かったわよ。年に一、二回ぐらいしか』
「年に一、二回もあったのかよ……」
尚俺が倒れた直後は夜千瑠が呼んだ応援が駆けつけくれた。その後の事後処理としては、いきなり襲い掛かってきた新藤の仲間と思しき男達を、俺が村正を使い、銃剣警法第七章の第五条に基づいて殺したという事にしておいた。この刀傷も、梓を庇った時に攻撃を受けて負傷したという事になったらしい。色々と不安材料はあるものの、裏で手引きする手伝いをしたのは夜千瑠であった。
「この程度、師匠の下にいられるのならば至極当然の事で御座る。尚違和感を持って探ろうとした者に関しては晴菜殿がなんとかしてくれたで御座る」
「そうか。ご苦労さん。しかしアイツも派手にやるなぁ」
「それと師匠。晴菜殿からの言伝を預かっているで御座る」
「ん? 何だ?」
夜千瑠は少し間を置いて再び言う。
「……何やら不穏な影が動いています。退院後すぐに私の所に来て下さい、以上」
「……そうか」
アイツがそんな事言うって事は、大抵そういうのは当たるんだよな。仕方ない、乗り気しないけど明日か明後日行くか。
梓は俺が眠っている間、本当に付きっ切りで傍にいたらしい。それもそうだ。目の前で幼馴染が死ぬ所なんか誰だって見たくない。俺だって梓が掠り傷負う所すら見たくないんだからそれぐらいは分かる。
「だって、正刀はいつも私の事守ってくれるけど、私は正刀を守る力なんか無いし、これぐらいはやらないとって思って」
「梓……」
なんだかんだで梓はプライドが高い。俺と接している時は基本素ではいるが、外でだとやたらプライド高く振舞っている。そこら辺は梓にも譲れない所もあるらしい。お嬢様も楽じゃないな。
「……どうせ付きっ切りでいるなら、おっぱい揉ませてほしかったなぁ」
(ゴンッ!)
梓が容赦なく金鎚で顔面を殴ってきた。痛いなー
「……梓、怪我人相手に何するんだよ」
「う、煩いわね! そんな事やらせる訳ないでしょ! 大体OKしたとしてもずっと眠ってたのに出来る訳ないじゃない!」
「安心しろ。俺はお前のおっぱいを揉む為なら昏睡状態でも絶対に起きる。気が済むまで揉み続けられる自信がある」
「も、も、も……!」
梓の顔が再び赤くなっていく。うーん、やっぱり梓はイジり甲斐があるな。
梓がもう一度金鎚で顔面を殴ってきた所で閑話休題。
「……そういや梓、一つ言い忘れてた事があるんだが」
俺は真面目な時の口調に梓はピク、と眉が反応する。
「何よ」
「……美雨を怨むなよ」
「…………」
美雨は俺を斬り殺そうとした。しかも梓の目の前でだ。そんな光景を見た後では、梓は高確率で美雨を怨む。けどそれは絶対に駄目だ。俺を斬った時の美雨は様子が可笑しかった。正気に戻った時、明らかに動揺していたし、もし斬った時が本心ではないとしたら、それは濡れ衣になる。梓と美雨との間にそんな溝が出来てしまうのは回避しなくてはいけない。
「梓、こういう怪我は銃剣警やってて仕方ないって割り切ってるから。俺だっていつ死んでも文句は言えない、そんな世界に身を投じたんだ。覚悟はしてる。だから、真実が分かるまで、美雨は怨むな」
「……分かったわ」
俺はキツい口調で言ったが、梓は動じずあっさりと承諾した。
「どうせ正刀の事だから、そんな事言うだろうって思ってたし、嫌だって言ってもどうせ聞かないでしょ? 正刀の場合は」
「ああそうだな。ベッドに押し倒して無理矢理にでも同意させるぐらいに」
「ベッ!?」
ボンッ! と梓の顔がまた赤くなる。面白いなあ、これ。まあその直後に殴られたけど。
「だ、大体、今ここで美雨を怨んだとしても何の得もしないでしょ。ていうか寧ろ損するだけだし。私だって、あの時の美雨が変だってぐらい思ったわよ」
「まあな。それで、美雨はどうした?」
俺がさり気無く美雨の所在について尋ねると、三者三様に顔を背けて黙り込んだ。
「お、おい、まさかとは思うが……」
「隣の部屋でスヤスヤと眠ってるわ。今は文ちゃんと凜ちゃんが側にいるけど」
「って違うんかい!」
梓の返答に思わずツッコミを入れた。
「違うって、何が?」
「てっきり銃剣警局に連れて行かれたかと思ったんだよ。紛らわしい反応すんなよ」
「いや、師匠、それは申し訳無いで御座るが、えーと、その……」
「銃剣警局にはバレたんだろ?」
俺は言いにくそうな夜千瑠の変わりに答える。すると夜千瑠はコクリと頷く。
「申し訳無いで御座る。美雨殿が異能力者である事を報告せざるを得なくなり、先程申した事後処理も上層部では勘付かれており……」
「まあ、仕方ねえよ。美雨には異能判定が出てたってどの道報告する必要があったんだし、バレない方が逆に可笑しいって」
「そ、そうで御座るな」
良い訳を始めそうになった夜千瑠にフォローを入れた。
状況は大して変わらないけどな。
銃剣警局に異能持ちがいる事がバレると面倒臭い事になる。まずは銃剣警局から監視役が派遣されて二十四時間体制で監視される。その後も色々と厳しくなり、少しでも事を起こせば容赦ない仕打ちを受ける。極めて厄介な事態だ。
「……まあとりあえずそれは一旦置いといて」
「置いとくの!?」
「置いとく。それよりも聞きたい事があるから」
俺は脇の村正を手にして目の前まで持ってく。
「さーて相棒、洗いざらい喋ってもらおうか」
『はいはい。分かった分かった』
ここからが本題だ。
俺が今一番知りたい事、それは美雨が使っていた刀の事だ。そしてそれをよく知っているのは、この場では村正しかいない。
村正も観念して、語り出した。
『……まず、あの刀は妖刀『村雨』。私と同じ、『異刀』の内の一本よ』
村正が最初に言った事は、俺も半ば予想していた。よもやこんな所でその単語を聞く事になるとはな。
異刀。それを知らない銃剣警は多分いない。多分だけど。
異刀とは、日本人で一握りの者達しかいないと言われる、常人では扱えない奇怪な日本刀の総称。日本人で一握りの者達というのは、色んな意味で人間止めたり人間離れした日本人達の事で、その中には勿論俺や父さんも入っている。
日本には昔から、訳アリな刀というものが数十本以上存在する。名刀、妖刀など種類は様々ではあるものの、その刀達は恐ろしく奇怪で、恐ろしく危険である。
まず異刀は使い手を選ぶ。異刀を扱える人間はそれこそ不規則で、適正の無い人間が持てば拒絶反応という名の呪いを出して高確率で死ぬ。けど単に持つという行為だけなら問題は無い。正確にはまだ使い手の決まっていない異刀の柄さえ持たなければ呪いは起こらない。梓がよく村正を掴んだりしているが、あれは鞘の方を掴んでいるからセーフ、らしい。
次に異刀は異なる刀ではなく、異常な刀だ。普通の日本刀に比べて遥かに切れ味が鋭く、強靭な耐久性に加え、異刀にはその刀特有の能力が秘められている。例えば村正の場合は妖筋や妖眼といった『肉体強化』に特化している。
異刀がこの世に作り出されて二〇〇〇年以上経つらしいが、壊された異刀は一本も無い。というか絶対に壊れないと言った方が正しいのかもしれない。
良く切れて、とても頑丈で、異常な能力を持つ日本刀を常人に扱える訳がないから。扱える人間は前でも後でも絶対に人間離れしているし人間離れする。それが異刀の使い手同士の理だ。
『村雨君とは二十年前に会ったばかりなの。その時には使い手が見つかってはいたけどまだ開眼していなかったって言ってたけど、正直驚きで一杯だわ』
『ちょっと待て村正。二十年前って事は俺らが生まれるよりも前じゃねえかよ」
『そうよ。私達異刀は五十年おきに一度皆で会ってるのよ。勿論精神だけを刀から切り離してね』
「そ、そうか」
一体どうやって精神を切り離すのかというツッコミについては置いとくとして、つまり村正はあの刀――村雨とは顔見知りというか友達みたいな関係な訳だ。だから美雨の異能についてやたら違和感があると言っていて、美雨から刀が出た時も一番慌てふためいていた。
『けど妙なのよね。何で美雨が村雨君の使い手になれたのかが不思議でしょうがないわ』
「? 何でだよ?」
『正刀も見たでしょ。村雨君が姿を現す時の。村雨君は私みたいなのと違う、顕現型の異刀なのよ』
「……マジかよ。いや、あれを見たらそれしか思い浮かばないのは逆に当然か」
顕現型。常に実体している訳ではなく、本人或いは本人が気を許した者の意思に応じた時だけ姿を現す物の怪のタイプ。物の怪自体を指すなら顕現体と呼ばれる。
顕現型の異刀の場合は刀本人と使い手の意思で現れる。つまり使い手の体が異刀の大きな鞘になる訳だ。大抵は先天的に宿る事が多く、気付いたら開眼してたという事例は少なくはない。
これは異刀に限った話ではない。異形で奇怪で平和と懸け離れた物の中にはこういう形態を持つのも存在する。妖刀とか魔剣とか魔導書とか魔獣とか。
「それで村正、何で美雨が村雨の使い手になれたのが不思議なんだ?」
『顕現型ってのはちょっと変わってて、先天的――つまり生まれたと同時に使い手の魂に宿るのは知ってるでしょ? だから村雨君が美雨に宿っている理由が皆目掴めなくて困ってるのよねぇ』
「……村正、その顕現型の異刀が誰かに宿ったとして、いつ目覚めるんだ?」
『そんなの知らないわ』
村正はあっさりと答えた。しかも分からないらしい。
『そもそも顕現型の開眼ってのは時期が不規則なのよ。早くて数秒、遅くて六十年、七十年。もっと言えば開眼する前に使い手が死ぬ場合もあるのよ。だから今回の村雨君開眼は単なる偶然だったって訳。良い意味でも悪い意味でも』
「……成程な」
大体納得した。つまりあれは不幸な事故。そう解釈しておけば変に美雨を怨まずに済む。元から怨む気は無いけど。
「じゃあ村正、美雨の様子が急に可笑しくなりだしたのも、村雨の開眼と何か関係があるのか?」
『……そこら辺は村雨君本人に聞いた方が良いわね。けど村雨君も一体どういうつもりかしら。開眼したばかりなのによりにもよって虚楚憑なんか使い出しちゃって』
「う、うそつき?」
何だそりゃ。聞き慣れない言葉に首を傾げる俺に、村正がすぐ説明してくれた。
『虚楚憑っていうのは、村雨君が使える一種の憑依よ。使い手の全身に妖気を纏わせて、村雨君の好きなように使い手の体を動かす事が出来るの』
「じゃあ、美雨は村雨に操られていた、と?」
『多分というか絶対。村雨君の特徴は、使い手に憑依して村雨君自身が戦う事。戦う体は使い手の人間だけど、中身の方はほぼ村雨君なの。
ああ、勘違いしないでちょうだいよ正刀。村雨君が憑依したからと言って自我までは操れないわ。私の妖筋や妖眼みたいに身体能力の強化は出来るけど、あくまでも村雨君は使われる側だから。異刀と使い手は常に一心同体。どちらか片方が出庭っても駄目。それは私達異刀の中では絶対のルールなの。それを破れば使い手は絶対死ぬから』
村正のキツい口調が部屋全体に響き渡る。今の村正は完璧に真面目な時の村正だ。まずこういう時には冗談を言わない。村正の説明は全部真実なんだと、この場の全員が理解した。
『それと、村雨君が戦うなら使い手なんか誰でも良いんじゃないのという怒りの疑問の目を私に向けていた正刀と梓に一つ言っておくわ。確かにその通りなのよ。基本は村雨君が戦うから使い手なんて正直誰でも良いのよ。村雨君に適合するのなら。けどね、問題はその適合確率なのよ』
「どういう事だよ」
『難しい事を言ってもどうせ理解出来ないだろうから簡単に言うわね。私の適合確率を1%とするなら、村雨君の適合確率は0.01%しか無いのよ』
「っ!?」
俺は村正の然り気無い説明に息を呑み込んだ。
村正が百人に一人という確率で適合するのに対し、村雨は一万人に一人という確率でしか適合しない。確かにそんなに低確率なら適合出来ただけでも奇跡だよな。しかも適合して代わりに自分が戦うとしても使い手を大事にしないといけない。もし死んでしまったらまた一万人の中から一人を探さなければいけないからだ。
『つまり、村雨君は何があっても使い手を粗末に扱えないの。後で困るのが自分だから。分かった二人共?』
「……あ、ああ」
「う、うん……」
俺と梓は納得せざるを得ない。それなら美雨に村雨が宿っても一旦安心は出来る訳だな。
村正が続けて言ってきた。
『でも正刀、気をつけなさいよ。村雨君の実力は私と同等以上はあるんだから。過去に四回私の使い手と村雨君の使い手同士が殺し合った事があったわ。その時はお互いに二勝二敗の引き分け状態。もし殺し合う事になったら、これで五戦目よ』
「おいおい村正、いくら俺でも美雨と殺し合いだなんてそんな事……」
『それが充分有り得るから言ってるのよ。少なくとも、昨日の美雨は完全に正刀を殺そうとしてたじゃないのよ』
「うっ、そ、それは確かにそうだが……」
『それに正刀、もう忘れたの?』
村正の言い放ったこの言葉は、
『――異刀の使い手同士の死闘では、どちらか片方の使い手が必ず死ぬって』
いつになく、弛んでいた俺の殺気と緊張感を目覚めさせるものだった。




