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妖刀使いの妹(ペット)  作者: 黒楼海璃
No.0 プロローグ
1/32

No.0

 ここは、とある空間。暗黒の如く空気が重くて、光が一切届かない、この世にあるとは思えない空間。ここは現代でもなければ、過去でも未来でもない。ましてや異世界でもバーチャル世界でもない、全く別次元の空間。ここに、とある集団が集まっていた。


「……さて。皆さん、今回はこのような集まりに御越し頂き、真にありがとうございます」


 こんな何も無い空間だというのに、穏やかな若い女の声が聞こえる。否、声は一つだけではない。他にも聞こえる。


「んで、ここは何処で、お前は誰なんだよ」


 その内の一つは、野太い若い男の声。男の質問に、女は優しく答える。


「私の名はむらくも。この空間はまがつねはざという、私達だけが行き来する事を許された、特別な空間です」

「……ふーん。それで、叢雲さんは私達を呼び出して一体全体何の用なの?」


 大人っぽい、若い女の声が、女に質問する。


「本日皆様をお呼び致したのは他でもありません。私をはじめ、むらまささん、むらさめさん、鬼さん、蜘蛛さんなどの異刀コトナリガタナの方々は、随分と作り出されました。折角ですので、今後は五十年おきにここに集まるというちょっとした行事を開こうと思いまして」

「へえー、それまた自分勝手な事しちゃってくれるねー、叢雲さんは。本当にいい迷惑だよ」


 若い青年の声が、本当に迷惑がっているのかどうか分からないような口調で女に文句を言っている。そもそもこれが文句だと言って良いのかどうかは分からないが。


「それに関しては大変申し訳御座いません、蜘蛛さん。ですが、私達がこうして互いの存在を知り、交流を深め、仲良くするという事には大いに意味があるのです。まず第一に、使い手の方達が敵対関係にあるのはまだ問題ありませんが、私達が敵対関係にありますと、色々と問題が起こってしまうのです。例えば異違コトナリガタリによる閉鎖的障害」


 女の言葉に、この場にいる全員がピクっと反応した、様に思えた。何も見えないからそんな気がしたという描写で書くけど。


「そして第二に、異禍コトナリマガチ。もし私達が敵対関係となり、これが起これば、使い手の方は絶対に助からない。ですから、これだけは使い手の方に起こす訳にはいきません。ですので、出来れば皆様には敵対関係である事を避けて頂きたいのです。真に勝手とは思いますが、どうか私のお願いを聞いて頂けないでしょうか」


 女は、ここに来ている全員にお願いする。皆は一斉に黙り込むこと十数秒。


「……叢雲よぉ、確かにお前の言ってる事は一理あるわな。俺だって異違や異禍だけは絶対に避けてえさ。けどよぉ、だからって今初めて会った奴らといきなり仲良くなれだなんてそりゃ無理な相談だろうが。それに、仮に俺達が敵対してなくても、使い手の方が敵対してたとして、俺達はそれでも相手を殺さなきゃいけねえのか? 向こうが必ず悲しむって事を承知の上で」

「鬼さん、異刀の使い手同士での死闘では、必ずどちらかが死ぬ。それはあなたも充分承知な筈です。ならば、我らに出来る事は、異違と異禍を起こさせない事に他ありません。違いますか?」

「ああ、そうだな。俺達は所詮刀。選ばれし使い手が呪われないように守るのも俺達の務めだ。けどよぉ叢雲、それで俺達が仲良くなったって、必ずその呪いから使い手を守れるって訳でもないんじゃねえのか?」


 男の疑問は、皆にとっては尤もだった。自分達は、冷たくて、異形で、奇怪で、呪われ、多くの血を流す為だけに、人を殺める為だけに作られた存在。そんな自分達には、使い手を最後まで呪いから守り抜く自信が無い。


「……皆様、それでも刀ですか?」


 女の返答は、本人にとっては至極単純な質問だった。


「はぁ?」

「我々が血を流すのは至極当然の事。人を殺めるのも当然の事。元々刀は、人を傷付ける為に生み出された武器でしかないです。私達の場合は、少しばかり危険なやいばを持ってしまっただけ。ただ、それだけです。例え私達がどんなに冷たかろうと、異形だろうと、奇怪だろうと、呪われていようと、私達は持ち主を、使い手を選ぶ刀。自分で選んだ使い手を守れないで、何が刀ですか?」


 女の指摘に、皆は言葉が出なかった。だったら何で刀なんかに生まれてきたんだってツッコミたかったが、ツッコめない。何で生まれてきたかって? そんなの、誰にも分からない。


「もし、この集まりの結成に反対する方がおりましたら、遠慮なく申して下さい。別に襲撃するつもりは毛頭ありませんが、それで自分の使い手に何かあっても、私は一切の手助けも致しませんし、させません。それを踏まえた上で、どうでしょうか皆様?」


 誰も、何も言わない。否、言えないのだ。この女と本気でり合っても勝てるかもしれないが、もし他の刀が同時に相手だったら、絶対勝てない。つまり、この女は、『誰も反対するな。反対したら消す』と脅してるのだ。下手をすれば皆から一斉にリンチを受けかねない筈なのに、この女はそうまでしてでも、この集まりを作りたいのだ。理由は一切不明だが。


「……分かったよ。どうせ元から反対する気なんざ無かったしよぉ。それに、お前らとツルむのも結構面白そうだしな」

「私も賛成するわ。元から反対意見とか無かったし」

「別に僕も良いよー。どうせ暇だしさー」

「我も構わん。我が主を呪いから退かせる為だ。それくらいはやってやろう」


 野太い声の男、大人っぽい女、若い青年、古風な喋り方をする中年の男の声の主はそれぞれ了承した。彼ら以外にも、数十種類のもの達が来ていたが、反対する輩は一人もいなかった。


「では、改めまして、ここに我ら異刀の集まりの場、異参コトナリマイリの結成をここに宣言致します」


 突如、彼らのいた空間の空気が、少しばかり軽くなった気がした。その事には全員が気付いたが、今ここで女にその事を聞いても無駄だろうと思い、あえて黙ったままにしておいた。


「では皆様、本日はご多忙の中、御越し頂いて真にありがとうございました。次回は五十年後、私がれいつうもうでお教え致しますので、どうか御越し下さい。なにみに、ご欠席しても構いませんが、出来れば二百年に一回くらいは来てもらいませんと、異違や異禍が発生しやすくなりますので、ご注意下さい。では今回はこれにてお開きと致します」


 ここで女の声が途切れ、皆の意識は散り散りに飛んで行った。



 それから先は、叢雲さんが言った通り、私達は五十年おきに一回集まる事になった。正直面倒臭かったけど、皆とお喋りするのは楽しいし、異違や異禍を防ぎたかった私にとっては特に損する事でもなかったわ。

 そして、一体これで何回目でしょうね。私達が集まるのは。


「しっかしよぉ、俺のご主人様はまだ出て来ねえのかよ。まったくつまらねえぜ」


 相変わらず使い手が中々出てこない鬼君がイライラしている。


「仕方ないでしょう鬼君。私達は元々、自分が気に入った者にしか使えない存在なんだから。我慢しなさい」


 まあ、鬼君の使い手が見つからないのは鬼君の性格に問題があるんだろうけど、それを言ったらどうせキレるだろうし、私はあえてそれを言わずに鬼君を宥める。


「ンな事は分かってるっての。けどよぉ、いつまでも開眼しねえのは暇で暇で仕方ねえんだよ。村正は良いよなぁ。もう使い手が見つかって」

「あら、そうかしら。私からすれば、まだ知らぬ主を待つ鬼君の方がよっぽど羨ましいわ。蜘蛛君はどう思う?」


 私を羨ましそうな目で見る――本当に見てるかは分からないけど――鬼君にフォローを入れつつ、蜘蛛君にも話を振る。


「そうだねー。僕はどっちでも良いかなー。使い手が見つかっても、見つからなくても。気長に待てば良いさー」


 蜘蛛君は相変わらずのマイペースっぷり。よくこんなんで使い手見つかるわよね。精神が太過ぎるわ。


「まあ、まだ見ぬ主を待つのも、我らにとっては楽しみの一つであろうな」


 古風な喋り方をする村雨君もまだ使い手が見つかっていないみたいだけど、流石は村雨君。いつになく落ち着いてるわね。


「して、村正。お主の新たな使い手は、どの様な輩なのだ?」

じゅうけんけいきょくでもかなり上にいるって言う、凄腕の男よ。事実、あの男の戦った所を見てみたけど、正直惚れたわね。気に入ったわ」

「へぇー、それはまたラッキーなの引き当てたねー。羨ましいなー」


 蜘蛛君の笑い声が禍常之狭間に響き渡る。それを聞いて、鬼君は機嫌を損ねたのか、


「チッ、村正ばっかズリぃよな。俺なんざ、今までロクな野郎と会った試しがえ。本当、女はズリぃぜ」

「あのさー、鬼君。この場合は村正ちゃんが女だからだとか、そういう問題じゃないと思うよ。単に鬼君とウマの合う人が中々いないってだけの話であってさー」

「そうよ鬼君。そんな事言ったら、むねちか君やつねつぐ君とかどうなのよ。あの2人なんかもう使い手決まっちゃったのよ。あっちの方がズルいわ」

「んじゃあ村正よぉ、やすつなくにつなみつもどうなんだよ。あいつらだって、もう使い手見つかりやがったぞ。あれこそズリぃよな」

「まあ、別に良いでしょう。宗近君達はある種の似たもの同士なんだから」

「うんうん。そうそう」


 私と蜘蛛君が鬼君を宥める。すると、


「ふふ、皆さん随分と楽しそうですね」


 さっきまでの会話をずっと聞いていた叢雲さんが、話の中に入って来た。


「叢雲よぉ、そういやお前の方はどうだったんだよ?」

「御心配には及びません。つい先程、新たな使い手との儀式を済ませたばかりでして」


 あちゃー、叢雲さんったらついさっき決まっちゃったの。それを聞いた鬼君は更に苛立ちが増したみたいで、


「ああっ! クソッ! 何で俺ばっかいつもいつもおせんだよッ! サッサと俺の新しい使い手出て来やがれこの野朗っ!」

「まあまあ鬼君。僕だってまだ使い手見つかっていないんだしさー。気長に待とうよー。ところで村雨君はどうなの? 新しい使い手見つかった?」


 鬼君をなんとか宥めようとする蜘蛛君は、村雨君に話しかける。


「うむ。見つかったには見つかったのだが、生憎まだ開眼する余地は無さそうでな。しばらくは主らと同じであろう」

「ふーん。まさむね君と小豆あずきちゃん、だいはん君とらいちゃんは?」


 蜘蛛君は他に話しかける。いうか村雨君、使い手見つかってたのね。単にまだ開眼していないだけで。


「俺はまだ見つかってねえ。何分、俺や村雨はお前らとは少し型が違うからな。まっ、果報は寝て待て。見つかるまで気長に待つさ」

「アタシはねえ、一応見つかったは見つかったけどぉ、まだ開眼するのには時間が掛かるかなぁ。年がまだ幼いし」


  随分と声のトーンが高い政宗君はまだ見つかってなくて、女の子の声に近い小豆ちゃんは見つかったけどまだ開眼してないか。ていうかまだ幼いって事は、今度の使い手は子供なのね。


「私もまだ見つかってはおりません。ですが、まだ見ぬ主を探すのは私にとっては趣味の一つ。キチンと探させて頂きます」

「ボクもまだ見つかってないよ。折角新しいご主人様を見つけるんだ。出来れば良い人を探したいな。例えば村正の使い手みたいな人とか」


 礼儀正しい大般君はまだお探し中、一人称が『ボク』の雷ちゃんもまだか。


「そっかー。て事はさ、今集まってる僕達九人の内、新しい使い手が見つかったのは村正ちゃんと叢雲さんだけかー。今回も満足した結果じゃなかったねー」

「まあ、仕方ありませんね。我々はそういう存在。良き使い手が見つかるまで、或いは開眼するまで待ち続ける。それが我々に課せられた使命なのですから」

「そうだねー。大般君の言うとおりだねー。という訳だよ鬼君。僕達もまだ見ぬご主人様を求めて、皆で皆で気長に待とうよ」


 蜘蛛君は鬼君をなんとかを元気付けようとする。鬼君はとうとう観念したのか、


「……分かったよ。どうせ俺がビリなんだろうが、これも定めだ。大人しく待ってやろうじゃねえか。けどよぉ、これだけはお前らに言っておくぜ。俺達が敵対する事は無くなったとしてもだ、もし使い手同士が敵対するような事があったら、そン時は遠慮しねえからな」

「そんなの私達全員一緒でしょ。使い手が敵対しても良いけど、私達刀は敵対してはいけない。使い手同士が味方であれば互いに助け合い、敵であれば容赦なく戦う。それが私達に課せられた掟だもの」

「うんうん! 村正ちゃんの言うとおりだよ!」


 そして、この空間内が少々賑わいの空気が立ち込め始めてから二時間後。


「……皆さん、五十年ぶりに御越し頂き、真にありがとうございます。欠席者が多数おりますが、今回の集まりは、これでお開きとさせて頂きます」


 そろそろ帰る時間がなってきたみたいだから、私もお暇しましょう。


「それじゃあ皆、またいつか、何処かで会いましょう」

「おう。あばよ村正」

「バーイバーイ村正ちゃーん!」

「達者でな」


 私は皆に別れの挨拶を済ませると、その空間から、いなくなった。



 夜。私は精神を体に戻し、刃の家に戻ってきていた。


『……皆、元気そうで良かったわね』


 私は、隣のベッドで寝ている、新しい使い手、刃を見る。刃はスヤスヤと眠りについていた。その顔はまるで、いつ襲撃に来ようが、返り討ちに出来るように、一切の油断もないようだった。

 あやむらじん。御年二十一歳。東京銃剣警局の誇る、最終兵器的存在。犯罪検挙数は日本では序列第一位、世界では第三十位。十一歳という若さで銃剣警になった、逸材中の逸材。そして銃剣警になれた理由の一つは、僅か十歳で私の適合者である事が確認されたから。そこから十年間、刃は私と共に戦ってきた。ある時は指名手配中の殺人犯を捕まえたり、ある時はテロ組織に単身で突入して壊滅させたり、ある時は政府さえも絡む組織と一戦交えたり、本当に波乱万丈な人生を送ってきた。

 さっきは五十年ぶりに皆と会って来たけど、まだ鬼君とか蜘蛛君とかは使い手が決まっていなかったわね。お気の毒。


『……まあ、今は、出来るだけ刃を死なせないように、私が出来る限りのサポートをしないと』


 私は刀。日本人で一握りの者達しか使い手がいない、常人では扱えない奇怪な日本刀、『異刀』の一本、妖刀『村正』。邪を帯び、冷たい血に濡れ、多くの人間を殺めてきた、奇怪な刀。

 今まで私を手にした人間達は、己の強さを欲したせいでだったり、私が妖刀だからと気味悪がって捨てようとしたり、お金欲しさに私を売ろうとして、呆気なく死んでいった。勿論、そういう人以外の人間にも会えた。けど、人の死はこの世の理。気に入った人間に出会えたかと思えば、その人は寿命で死んだり、戦っている途中でやられたりして、すぐに私は使い手から手放される。私は、今までそういう経験を何十回もしてきた。

 けど、刃は違った。刃は、私が適合すると知った時、こう言ったわ。

 ――俺は、君と一緒に、困っている人達を助けたい。だから、俺と一緒に、戦ってほしい――

 正直、驚いたわ。今まで、私と適合した人間の中には、人殺しをしたいが為に私を使った人間もいるし、刃みたいな考えを持った人間はいなかった。だから、私は賭けてみたの。この男――この頃はまだ少年だったけど――に。もし、賭けが失敗だったら、この男は確実に死ぬ。そう思って、十年間、見続けてきた。見続けてきたからこそ分かる。刃は本当に逸材だった。私が今まで見てきた、どんな人間よりも、強くて、凄くて、正義感ありまくりで、愛情たっぷりな人間だった。だから、私は嬉しかったわ。この男と一緒にいられて。

 けど、私には分かる。近い将来、刃は死ぬ。だから、私は誓う。出来る限り、刃を死地から遠ざけるんだと。

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