ぼくの名前
今日はぼくが場所取りの当番だった。
「急がなきゃっ」
歯医者さんの角を曲がって、横断歩道をわたったら、すぐそこが公園だ。ぼくはかけ足で公園にすべり込んだ。
今日はみんなとサッカーする約束をしている。サッカーをするにはボールと、広いスペースが必要だ。でもそんな場所なんて、この近所に住む子どもの数に比べたらずっと少ない。だからぼくたちは、他の子たちに場所を取られないように毎日必死なのだ。
学校のグラウンドにはもう六年生たちがいた。体育館は五年生。公民館の庭には三年生。年下に先をこされたのはくやしいけれど、そんなことを言っている場合じゃない。探して探して、ぼくはようやくこの公園に辿り着いたのだった。
学校から少しはなれたこの公園には、誰もいないはずだった。
だけど、そうじゃなかった。
キィキィという高い音がした。何の音だろう。ジャングルジム、鉄棒、シーソー、端から順番に見ていく。誰もいない。
そしてぼくの視線は、ぼくの真後ろにたどり着く。
そこにあったブランコには、女の子が乗っていた。
「だれ?」
女の子はそう言ったけれど、それはぼくのせりふだった。見たことがない女の子だった。ぼくの通う小学校は、子どもの数が少ない。だから同じ四年生じゃなくても、他の学年の子でも顔くらいは知っている。
だけどこの子は知らない。初めて見る顔だった。
「君こそ、だれ?」
「あたしはみち。みんなはあたしのことをみっちゃんって呼ぶけど、名前はみち」
やっぱり聞いた覚えのない名前だ。遠くから遊びに来ているのだろうか。ぼくが質問を続ける前に、みちはもう一度「あなたは、だれ?」と言った。
「ぼくは――」
その時だった。
「あっ、いたいた!」
「今日はここかあ、サッカーにはちょうどいい広さだな!」
ぼくとサッカーの約束をしていた友だちが集まってきた。みんなの方を見て「ここ、ここ!」と手を振る。みんなも手を振り返してくれる。
そうしてもう一度みちの方へ目を戻し……。
「あれ?」
戻したが、そこにみちはいなかった。それどころか、公園を見回してもみちの姿はない。
「消えた?」
まさか、そんなばかな。ぼくが目を離したのは一瞬だった。その間に公園の外に出るなんてできっこない。じゃあ、みちは、どこへ行ったんだろう。
「ねえ、女の子、見なかった?」
試しにみんなに聞いてみたけれど、みちらしい女の子を見たと言う人は誰もいなかった。みんな『みち』という名前の女の子に心当たりはないようだった。
「ねえ、それおばけじゃないの?」
友だちのひとりがそんなことを言い出した。それこそ『そんなばかな』だ。おばけなんて、いるはずがない。
でも。そいつの話の続きを聞いたぼくは鳥肌が立った。
「テレビで見たよ。名前を聞いてくるおばけがいるんだ。答えたら、違う世界に取り込まれちゃうんだって」
――ぼくは京助。
ぼくは確かに、そう答えてしまっていた。