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美奈子ちゃんの憂鬱

美奈子ちゃんの憂鬱 ホットなお味はお好きですか?

作者: 綿屋 伊織

 「こらっ。残さず食べる」

 「でもぉ……」

 昼食の時間、見ると、水瀬がお弁当箱の隅にフライを押しやっていた。

 「珍しいじゃない。綾乃ちゃんのお弁当で残すなんて」

トップアイドル瀬戸綾乃の手作り弁当。

 ネットオークションにかけたらいくらの値が付くかわかったものではない。

 それを残しているのだから、それはそれで許されることではない。

 「何?まずいの?」

 「そんなはずありません。ちゃんと味見しました。美味しいですよ?」

 という綾乃に、水瀬は申し訳なさそうに言った。

 「辛いんだもん」

 「これのどこがです?」

 「どれ?」

 水瀬の横にいた未亜が横からフライを奪い、そのまま口に放り込んだ。

 「……ちょっと辛いくらいじゃん。何?チリペッパー?」

 「ハバネロ入りです。暑くなってきたからいいかなと思って」

 「……辛いものは辛いもん」

 「はいはい。そんなに口をとんがらせていわなくてもいいよ。何だ、水瀬君、辛いモノダメなんだ」

 「うん」

 「好き嫌いはいけません」ぴしゃりと言う綾乃。

 「好き嫌いしていると、大きくなれませんよ?」

 「うわっ。説得力ある」大げさなリアクションをする未亜。

 「本当ね」しみじみ納得する美奈子。

 ポンポンと水瀬の頭を軽く叩きながら納得するルシフェル。

 「みんなヒドイよぉ」

 そんな水瀬の抗議に耳を貸す者はいない。

 「僕、好き嫌いなんてないよ?辛いのが苦手なだけで」

 「それが好き嫌いだというんです」

 「う゛」

 「いいですか?ちゃんと牛乳も飲んで好き嫌いしないでたくさん食べる。そうしないと、立派な体が出来ません」

 「……」

 綾乃に向けた視線を少しだけ上下に移動して、ルシフェルに向けた視線で同じ事をした水瀬がルシフェルに聞いた。

 「ルシフェ、牛乳、飲んでる?」

 「あんまり」

 「ほらぁ!説得力ないもん!」

 「どういう意味です!?」

 

 

 「という訳で!」

 「どういう訳?」

 「黙れ。水瀬君の罰ゲーム大会!」

 わーっ。と盛り上がる全員と凹む一人の前には、湯気を上げるラーメンがある。

 ちなみに参加者は、未亜、羽山、水瀬、品田、そしてなぜか萌子がいた。

 「ひっ、ヒドイよぉ」涙目で抗議する水瀬だが、こういうことには情熱を傾ける周囲が聞くはずもない。

 「さ。水瀬君には、この特上地獄の赤ラーメンを最後まで飲み干してもらいます!」

 水瀬以外の全員がラーメンをすする中、進行役の未亜が勝手に事態を進めてしまう。

 「い、イジメだぁ」もう涙声の水瀬は口をつけようともしない。

 「大丈夫!私もちょい辛ラーメン食べてるし」

 「僕の激辛だよ?」

 「ちょっとの違い」

 「ウソだぁ……」

 「綾乃ちゃんは、これを飲み干すまで許さないよ?さて、水瀬君?ここで耐えるのと綾乃ちゃんの怒りに曝され続けるのと、どっちがいいですか?」

 「うっ……うううっ」

 「ほら、水瀬、のびるで」

 品田に促され、やむを得ず、水瀬は箸をとった。

 「辛くて美味しいって!」という未亜だが……。

 スープの色は完全な赤。

 匂いを嗅ぐだけでむせかえりそうになる。

 一体、何をどうすればこんな色が出来るのか想像さえしたくない。

 恐る恐る一口すすり―――。

 「きゃっ!」

 「うわっ!」

 「おいおい!」

 水瀬は口から火を吹き出した。

 「すっ、すっげーっ!水瀬、大道芸出られるぞ!」

 「すっごいすっごい!水瀬、もう一回!」

 「……」

 無言のまま後ろにのけぞっている水瀬だが、

 「おい。水瀬?」

 さすがに心配になった羽山がつついた後、ため息まじりに首を横に振った。

 「ダメだこりゃ」

 「水瀬、どうしたんですか?」

 「気絶してる」

 「うっわーっ。本当だ。初めて見た」

 目を回している水瀬をつついて遊ぶ未亜だが、ふと、あることに気づいた。

 「ねぇ。このままじゃ、綾乃ちゃんに許してもらえないわけだしぃ」

 「つーか、俺らで綾乃ちゃん説得してやらね?こりゃ、いくらなんでも水瀬に死ねつってんのとかわんねぇよ」

 ちらりと萌子を見た羽山が言う。

 「天敵もいるし」

 「誰がですか!」

 セルフサービスの水を取りに行った羽山と萌子を尻目に、未亜は行動に出た。

 「ね、品田君」

 「ん?」

 「ラーメン、もったいないねぇ」

 「喰いたければ喰えばいいやん」

 「食べさせてあげようか?」

 「はぁ?」

 「あのね?」

 ―(密談中)―

 「どう?」

 「面白いやん!それ、ごっつ面白いで!」

 「じゃ、やろ?」

 

 「ち、ちょっと!二人とも、な、何やって!?」

 「お、おい!」

 戻ってきた羽山達が驚いたのも無理はない。

 二人の前では、気絶している水瀬の口を品田がこじ開けており、そこにどんぶりを持った未亜が近づくなり―――。

 「せーの」

 未亜は、気絶している水瀬の口を開けると、一気にどんぶりに残っていたラーメンを流し込んだ。

 その日、居合わせた全員が店からたたき出され、羽山が水瀬をおぶって帰るハメになったことなど、水瀬が知るよしもない。


 

 ●月ヶ瀬神社 水瀬邸

 「冗談では済まないぞ?」

 羽山から事情を知った博雅は、呆れを通り越して怒り出した。

 縁側には、博雅と羽山しかいない。

 博雅はすでに制服から着物に着替えていた。

 博雅が部屋から出てきたとき、ルシフェルが制服を畳んでいたから、博雅はルシフェルに着替えを手伝ってさえもらっていることは間違いない。

 「信楽もさすがにバツが悪そうだったよ」

 「当たり前だな。いずれ天罰が下るぞ」

 ルシフェルは水瀬の介抱に席を立っている。

 「人が嫌がること、しかも気絶したようなものを無理矢理食べさせるなんて、やっていいことじゃない」

 「ちょっと、ヒドすぎると思う」と、戻ってきたルシフェル。

 「あ、ルシフェルさん。水瀬は?」

 「無理矢理吐かせてきた。そっちの方が楽だから」

 「そっか。医術の心得もあるんだな」

 「すごい色の吐瀉物が出てきたよ?あれじゃ胃を壊しちゃう」

 「あれ、確かに胃に来るな」

 「食べなかったの?」

 「俺はチャーシューメンだったが、まずすぎる」

 「自分で食べてから他人に食べさせるべきだな」

 「まぁそういうな。で?秋篠はメシは?」

 「これからだ」

 「メニューは?」

 「えっと、魚だっけ?」

 「うん。魚の煮付け―――羽山君も食べていく?」

 「いいのか?」

 「水瀬君、あれじゃ食べられないもの」

 「そうか。なんだか悪いな」

 「じゃ、準備してくる。お酒は?」

 「今日は少しだけ」

 「うん」

 ルシフェルは、そういうとエプロンを取りだして台所に向かった。

 「おい秋篠」

 「ん?」

 ルシフェルの後ろ姿を見送りながら、羽山はポツリと言った。


 「まるっきりルシフェルさんの亭主気取りだな」

 

 

 ●翌日 明光学園

 「ええっ!?」

 美奈子から経緯を聞いた綾乃は驚いたように言った。

 「私、そんなこと言ってません!」

 「でも、未亜は「三珍亭の激辛ラーメン食べないと綾乃ちゃんに許してもらえない」って水瀬君に」

 「違います!「水瀬君も、辛いのが食べられるなら、三珍亭の激辛ラーメンを一緒に食べ連れて行ってもらうのに」って言ったんです!」

 「じゃ、未亜のウソ?」

 「未亜ちゃんは?」

 「まだ来てないっていうか、水瀬君も」

 がらっ。

 ドアが開き、入ってきたのはルシフェルだった。

 「おはようございます。瀬戸さんに桜井さん」

 「おはようございます。ルシフェルさん」

 「おはよう。ね、水瀬君は?」

 「……」

 ルシフェルは、遠い視線になって言った。

 「そっとしておいてあげて」

 「??」

 

 ●HRの時間

 黒板の欠席者の項には、水瀬・羽山・信楽・品田の名が並んでいた。

 「先生、どうしたんですか?」

 「食中毒だ」

 「はぁ!?」

 

 ●休み時間

 「つまり……」

 そりゃ、言いたくもないわ。と美奈子は納得しつつもルシフェルに聞いた。

 「お腹こわして……」

 「しかも、激辛ラーメンでしょ?トイレのたびに大変なことになってて……」

 「さっき、未亜からメール来たけど、やっぱり、あの子も大変らしいよ?下痢が悪化して痔になって、脱水症状にあの日まで重なって……」

 「あの日はともかく、水瀬君も似たようなものだよ?秋篠君に聞いたら、羽山君は涼子さん経由で病院送りだって」

 「お見舞い、行きましょうか?せめて未亜ちゃんだけでも」さすがに心配になった綾乃が言うが、美奈子はそれを止めた。

 「ああ。いいのいいの。あのバカにとってはいい薬なんだから」

 「はぁ」

 「ま、いい薬になったでしょ?人の嫌がることすればどうなるか」

 「嫌いなモノを、無理矢理食べさせるのは、やっぱり、いけないことですよね?」

 一人納得したような綾乃に、冷たい視線で美奈子とルシフェルがツッコミを入れた。

 「あんたが言うな」

 

 

    

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