ある街の都市伝説
連載って言っても直ぐに終わるのでご了承下さい。
それではお客様、良い時間を。
どうも皆様初めまして、失礼ではありますが物語に関わるので自己紹介は控えさせて頂きます。おや? 少し驚かれているようですね。小説の人物が喋りかけるのはおかしい? しかし私には見えるのですよ。貴方様の表情が……くっきりとね。
おっと、前置きが永くなってしまいました。それでは語りましょう、私のお客様のお話を。
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「ねぇ」
中性的な顔立ち、細身の身体に程よく付いた筋肉、漢字で表せば容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群。気さくで分け隔てのなく優しい、だけど頼れる性格。
「駄目だ……またトリップしてる」
クラスだけではなく学校中からアイドル視されている彼に私は恋していた。いや、恋してる。
「美月!」
肩を思い切り叩かれ我に帰る。
「ご、ごめんなさい!」
条件反射で机から立ち上がり頭を深々と下げた。
「いいから座って! こっちまで恥ずかしくなるから」
そう言われて周りを見渡すとみんながニヤニヤしながら見ていた。しかし直ぐにみんなは反らし、ご飯を食べながら友達との談笑を始める。美月のこのような奇行は一年生の頃からなので慣れているのだ。
ふと先ほどまで見ていた男子と目が合った。彼はにこやかに手を振ってくれたが私はすぐさま席に座り、顔を背ける。
「どしたの?」
「聞かないで陽子」
私の顔を訝しげに見た後陽子は気付いたようだった。
「愛しの雨宮君と目でも合った?」
「ちっ、違うよ!」
顔全体が真っ赤になったのを自分でも感じた。恥ずかしい。
「わかりやすいなぁ美月は、もうすぐ卒業、花の女子高生も終わっちゃうんだしいっそのこと告っちゃえば?」
陽子は冗談混じりに言ったつもりだと頭で理解しながら全力で頭を横に振る。
「無理だよ……喋ったことないしネクラだし地味だしメガネだしスタイルだってよくないし頭だって中途半端だしすぐにーー」
「はいもうやめ!」
「……いたい」
軽いチョップが頭にのし掛かったので、痛みなど感じていないがとりあえず言っておく。
「とりあえずその性格を直さないとね」
「私だって治したいよ」
昼休みが始まる前に買って置いたメロンパンを開ける。陽子は手作り弁当だ。顔もいいショートカットの明るいサバサバした陸上部のエース。男の子よりも女の子にモテている。はっきり言って私とは真逆の存在。その事実がさらに私を落ち込ませる。
「それならさっきの話し、美月にピッタリかもね」
「フェ? ファンノハファシ?」
「……まずは飲み込みなさい」
陽子に促され、急いで飲み込む。
「何の話し?」
「あんたがトリップしてる時に話したやつ」
まるっきり聞いていなかったので首を傾げる。半ば呆れ顔の陽子がため息混じりに話しを続けた。
「メンタル・レンタルだよ」
「メンタル……レンタル?」
聞いたことのない単語に再び頭を傾げる。
「心を貸してくれるらしいよ。喜怒哀楽の感情から明るいや優しいといった性格まで何でも」
喋りに合わせてコロコロと表情を変える陽子の話しに、メンタル・レンタルの話しに心が揺れた。
「それはどこにあるの?」
「お店とかがある訳じゃないの。朝方でも夕方でもどこでもいいから4時44分44秒に扉を開けるの、そしたらメンタル・レンタルに繋がるんだって」
「……それで?」
メロンパンを食べる事を放棄し、話しの先を促す。陽子はおもむろに私のメロンパンに手を伸ばし、一口かじった。
「終わり」
「……え?」
メロンパンをさも自分の物のように食べ続ける陽子。
「これで終わり、だってこれ都市伝説だよ? 実際に行きました〜みたいな話しも聞かないしね。あたしもやってみたけど何も起こらなかったし」
陽子は半分ほど食べたメロンパンを私の机に置き、一気にお茶を飲む。
「ほら! 昼休み終わっちゃうよ。次は体育だし着替えなきゃ」
陽子は立ち上がり、バックを持つと駆け足で教室の扉に向かう。
私は残ったメロンパンを食べる気が起きず、机に掛けてあるバックに手を伸ばす。
その目線には白い布とその間から見える絹のように白い子供の足があった。
「変わりたいの?」
明るい声が聞こえた。
「変わりたいよ」
条件反射で答えてしまったがすぐさま頭をあげる。だがそこには誰もいない。辺りを見渡しても誰1人気付いていない。気のせい、私は自分にそう言い聞かせ、メロンパンをバックにしまう。気のせい、気のせいだがあれは確かに。
「女の子の……声」
そのまま昼休みは過ぎていった。
ーー
「今日は走り込みだ!」
筋肉隆々の教師が白いタンクトップにジャージといういかにも体育会系ですと言わんばかりの格好で死の宣告をする。
男子女子問わず不平の声をあげるが体育教師は有無を言わさず、実行した。
「もう……いや……だ」
三周目に入り早くも私は息が上がっていた。当たり前だが後ろから数えたほうが早い。
「若人よ、苦労しておるな」
陽子が後ろから声を掛けてくる。もちろん私より足が遅いという訳ではなく、私より一周多く走っているから後ろにいるのだ。
「話し……掛け……ないで」
体力を少しでも温存しようと拒否を示す。
「じゃあ私が一方的に話すね。さっきの都市伝説の続き」
その言葉に私はすぐさま耳を傾けた。
「本当にわかりやすいなぁ、んでね、さっき詳しく友達から聞いたんだけどさ。メンタル・レンタルに入るには開ける方法を知っているプラス、資格が必要なんだって」
喋りながら息切れ一つない友人を疎ましく思いながら目線で先を促す。
「それで資格を持っている人には現れるらしいの、絹のように白い肌を持った血のように赤い目の女の子が」
心臓が飛び跳ねる。今の話しを聞いたからではない。私の走っている先に、雪のように白い腰まである髪、絹のように白い肌。全身を白いマントで包みこんだ小学一年生くらいの女の子が私をじっと見ていた。血のように赤い目で。
「まぁ資格が何なのかはわからないらしいんだけどね」
隣で走っている陽子には見えていないようで喋り続けていた。足を止めようにも私の意思に逆らうように走り続けた。
「変わりたいの?」
昼休みに聞いた声が聞こえる。声がでない、代わりに心の中で答えた。変わりたいと。
「今の自分を無くしてでも?」
なおもその声は問い続けた。私は考える。
「そうそう。料金なんだけどさ、お金はいらないらしいよ。何でもーー」
ウジウジと悩んで、好きな人にすら告白出来ない自分なんていらない。私は……変わりたい!
「その人の人生なんだって」
その瞬間、世界が暗転した。
ーー
「……ここは?」
「保健室だよ」
明るく幼い女の子の声にベッドから飛び起きる。横を見るとボンヤリとしか見えないが誰かがいるのはわかった。
「はい、これ眼鏡、ごめんなさい。いきなり気絶させて」
眼鏡を受け取り、掛けると今度ははっきりと見えた。丸椅子に座った先ほどの、全身が白い赤い目をした女の子がいる。
「君は……誰なの?」
「おしえな〜い」
女の子はクスクス笑うと丸椅子から立ち上がりベッドにもたれかかってきた。
「まだね」
「まだ?」
女の子はベッドから離れるとくるくる回り始める。
「ここまではみ〜んなが知ってる話し、じゃあ女の子の名前やこの先を知る人は誰でしょ〜か!」
ピタッと止まり、振り向いた顔はいたずらっぽく笑っていた。
「踏み入れた人達だよ。見て」
女の子が指差す方向を見るとあるのは時計。時刻は4時43分だった。
「チャンスは1度だけ、それに怖じけづいた人達が噂を広めたの」
女の子は楽しそうに、歌うように語る。
「貴女は変われる資格を得た。後は掴むだけ。だけどその勇気があるかな? かな?」
私はベッドから立ち上がり、ゆっくりと歩く。
「料金は知ってるよね、大きい大きい代償を」
私は保健室のドアにたどり着く。『扉』に。女の子はなお楽しそうに歌う。
「開けるということは否定と同義、今までの自分を全否定すること」
時刻は既に44分。
「勇気があるかな? かな?」
私は『扉』に手を掛ける。
「開けられるかな? かな?」
「私は……」
手に力を込める。
「変われるかな? かな?」
「言われなくても……変わってみせる」
「ならば開けよう! 貴女の鍵を、ならば唱えよう! 貴女を変えてくれるその名を!」
「メンタル・レンタル」
『扉』は開かれた。中の様子を確認する間もなく引きずり込まれた。
「名前はね、メイって言うんだ! 覚えてくれると嬉しいな。また向こうでね」
メイ……その名前をしっかり刻み込むと美月は流れに身を任せ、目を瞑った。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
「メイ……ちゃん?」
聞き覚えのある声が頭に響く。私はゆっくりと目を開ける。目の前には満面の笑みを浮かべたメイちゃんがいた。
「覚えてくれてたんだね! わ〜い!」
抱き付いてくるメイちゃんに抱き締め返しながら辺りを見渡す。
「本が……一杯」
円形に作られているこの部屋は所狭しと並んだ本棚しかなかった。その本棚一つ一つにびっしりと本が詰まっており、天井が見えないほど上がある。
「メイ」
優しげな若い男性の声がした。
「はぁ〜い」
メイちゃんは私から離れるとどこかに走っていく。私は起き上がりメイちゃんが走っていった方向に目を向ける。山高帽をかぶり、手に黒いステッキを持ち、モーニングスーツで決めた気品ある肉体と佇まい。メイちゃんと同じ血のように赤い目、しかしその顔は……。
「ウサ……ギ?」
「いらっしゃいませ美月様、ようこそ我がメンタル・レンタルへ」