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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
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(53)ヴィルヘルム

「おい、座り込んでんじゃねえ!きっちり立ってろ!」

 牢の前に戻ってきた首領に叱られ、見張りの若い男は慌てて立ち上がった。

 首領はじろりとロメオに視線を移し、ずかずかとロメオの目の前まで足を進める。


「娘は外に放してきたよ。街まで送ってやる必要はねえんだな?」

「ああ、そんな事されちゃ逆に迷惑だ」

 ロメオが答えると、首領はおもしろくなさそうな表情のまま顎をしゃくり上げる。

「お前、さっきの、賞金首のリヴィオ・ランディだって証拠、もう一回見せろ」

 促されてロメオは内ポケットに手を入れた。

 十字形のメダルを取り出して檻越しに首領の目の高さに掲げ、燭台の明かりの方へ向けて見せる。


「……間違いねえようだな」

 首領はじろじろとメダルを凝視すると、ふんと鼻を鳴らした。

 

 20年前、大公から直々に賜った殊勲メダル。十字の形に沿うように、かつての名が刻まれている。

 何度も捨てようとしてもなぜか手放す事ができなかったのは、こういう事がいつか起こる事をうすうす予見していたのだろうか。


「散々逃げ回ってたのが、自分からお縄になろうなんてな。俺にゃまったく理解できねえ。ま、おかげで俺たちゃ大儲けだ」

「まだ分からないだろう。彼女をちゃんと解放したかどうか、あんたの言葉なんか信じてちゃいない。

 俺だけにできる方法で、彼女の無事を確かめる事ができなかったら、すぐに俺は自分で命を断つ。賞金首の条件は生け捕りのはずだからな」

「分かってるよ。1000万ディールに比べりゃ、灰色の髪の女なんて端金だ。もう用はねえ」

 首領は嘲るように低い笑い声を一つこぼすと、出口の方へ踵を返した。

「夜にはお前さんをシアルに連れていってくれる客が来る。それまでゆっくり休んでな」

 大金入手を目の前にしてひどく機嫌が良いようだ。 

「くれぐれも言っとくがな、変な気は起こすんじゃねぇぞ」

 そう告げると、凄むように一睨みして去って行った。


 静かになった牢の中で、ロメオは横の壁にもたれて座り込んだ。

 見張りの男に見えない角度で、ポケットから方位磁針の筒を取り出す。

 正確には分からないものの、確かにキーラの位置がここからラグースの方向へ移動しているのを確認し、ロメオは安堵の吐息を漏らした。

 

(エイジャさん達がこちらに向かっているはず。途中でキーラに会うだろう。そうすればもう大丈夫だ)


 目を閉じて壁に頭をもたれた。


 これから自分は、シアルへ戻るのだ。大公に目通りする事になるのだろうか。生け捕りを条件としている所を見ると、ただあの魔術書を灰にした罪で命を断つ事だけが目的ではないのだろう。

 解読した内容を吐かせようという事なのかもしれない。結局、具体的な方法を解読する前にあの書は自分が灰にしたのだから、尋問されたところで大公の気に入るような答えは返せないのだが、あの書に書かれていた事については、一言も吐くつもりはない。自害の為の毒薬は常に携帯していた。




 身一つで故郷を後にし、ラグースに辿り着いて何とか暮らしを立て始めた頃、シアルから流れてきた自分の手配書を目にした。罪状は殺人。

 タオが大公の従者であり、自分が大公から秘密裏に依頼を受けていた事は、誰も知らない。タオの事は首都から研究の補佐の為にやってきたとだけ説明してあったし、両親にもニナにも、あの魔術書の存在すら知らせていなかった。あの事件の現場に居合わせたニナが死んでしまった以上、真実を知る者は自分とタオだけ。きっと表向き、ニナを殺したのはリヴィオだ、という事になったのだろう。


 息子が娘同然に可愛がっていた姪を殺したなど、両親の受けた衝撃と絶望は想像に難くない。だが、もし真実を両親に伝えていたら、両親も口封じの為にタオに殺されていたに違いなかった。


 あの時、ニナと魔術書と一緒に、自分も死ねば良かった。ラグースでクラウディオとして生き始めてから20年、ずっとそればかり考えてきた。

 闇商人から手に入れた毒薬を、まるでお守りのように常に持ち歩いていた。

 決行をためらわせてきたのは、ニナの最後の言葉。

 自分を庇って死んでいった、まだ幼い少女の願いに耳を塞いで死に逃れる事は出来なかった。


 命が尽きるのをただ待っているだけだった自分に、もう一度生きる意味を与えてくれたのがキーラ。

 その彼女を守る事ができれば、他にはもう何もいらなかった。




 



「お……わった……?」


 爆風に巻き込まれないようひたすら身を屈めていたベルは、ようやく訪れた静寂に気付いてそろそろと体を起こした。

 砂埃が煙幕のように視界を遮る。目を凝らすと、その向こうに男が一人、腰に片手を当てまだ荒い息を整えていた。

 いつも美しくセットされているローズレッドの長い髪は乱れ、砂漠を吹き抜ける熱風に舞う。たしかモーブルで新しく仕立てたはずのロングドレスは、サイドのスリットから大きく切り裂かれている。横乗りしていた馬に跨がる時に、自分で破いたのだ。


「ベル、そいつら縛ってそこらへんに転がしとけ。しばらくは目覚めないだろうけどな」

「……は、はい!」


 指し示された先には、半壊状態の馬車の御者席から無理矢理引きずり出されたような形で、男が二人倒れている。

 慌てて作業に取りかかる。なんで私、捕縛専門みたいに扱われてるわけ?年頃の若い娘よね私?やばくない?……などといつもならぼやく場面だが、今はそんな考えが湧いてくる余裕もない。


 ……誰よ、あれ!?




 人攫い集団のアジトから連れ出されてきた女性達を追って、フェルダとベルは馬を走らせていた。フェルダはエイジャに遠話のできるブレスレットで連絡を取っていたが、突然それまでと口調をがらりと変えたのが耳に入り、ベルは驚愕した。口調どころか、声まで別人になったのだ。

「こっち先に片付いたらアジトに戻るわ。ロメオはたぶん大人しく待ってねーで、一人でアジトに乗り込んでる。さっさと行ってやれ!」

 フェルダは通信を切ると、ドレスのスリットに手を掛けて切り裂き、器用に横乗りしていた鞍に足を開いて跨がった。

 何かのスイッチがそこでパチンと音を立てて切り替わったように、生身の人間が、「女」から「男」に変わる瞬間だった。


「オラッ、くらいやがれ!」

 一気に馬のスピードを上げたフェルダは、馬車に追いつくと攻撃魔術を連発し始めた。

 稲妻が走り閃光が煌めく。舞い上がる粉塵。馬のいななきが響く。

 馬車の荷台には女性が乗っているというのに、全く躊躇も見せない攻撃の仕方に、ベルはただ自分の身を守る事しかできなかった。

 

 ベルの知っている「フェルダ」の姿はもうどこにもない。

 いや、姿形は紛れもなくいつもの美しく女装したフェルダのはずなのだが……顔つきや仕草が変わると、これほど別人に見えるものなのか。




「あーっ、限界!やっぱ向いてねーわこういうの」

 フェルダは砂の上に座り込んだかと思うと、仰向けに倒れた。

「だ、だいじょう……ぶ……?」

 男達に縄をかけ終わったベルは、おそるおそるフェルダの顔を覗き込んだ。


 フェルダは閉じていた目をふ、と開けた。次の瞬間。

「うっきゃ!」

 ベルの視界がぐるりと180度回転した。

「だいじょうぶじゃないかもー。もう精気ゼロ。補充させて?」

 覗き込んでいたはずのフェルダの顔が、逆に自分の顔を覗き込んでいる。


 いやいやいあやあややいやいや何これ!?!?


「フェ、フェルダさん?おかしいですよ?どうしたの!?」

「その名前で呼ばれたくないなー」

「だ、だって私その名前しか知らないし!」

「あ、そだね。俺はヴィルヘルム。よろしくね、ベルちゃん」


 両腕を地面に押さえつけられ、ベルは混乱と恐怖で凍り付いた。

 反対にフェルダ……もとい、ヴィルヘルムは可笑しそうに口端を上げる。

「んじゃ、ちょっと味見させてねー」

 ニコッと笑うと、チュッと音を立ててベルの唇に口付けた。

「ギャー―ッ!!」


 ドカッ!と鈍い音を響かせ、ベルの渾身の膝蹴りがヴィルヘルムの脇腹にクリーンヒットした。

 ヴィルヘルムがベルの体から離れ、ゲホゲホと咳き込む。

「フェル、じゃなくて、ヴィルヘルム!!何すんのよっ!!」

 飛び起きて距離を取り、短刀を構えたベルを、ヴィルヘルムが見上げた。

「…………はぁっ……はぁ……。……いったぁい……」

 耳慣れた口調に、ベルは短刀を構えていた手を下げて少し警戒を解いた。

「……フェルダさん?」


「……ただいま」

 右手で髪をかき上げ、ベルに視線を合わせた表情は、いつものフェルダに戻っていた。


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