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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
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(7)月下の決心

何度目かの寝返りを打ち、エイジャはため息をついた。

……眠れない。

慣れない上質な手触りの寝具のせいもあるだろうが、やはり夕食の席で聞いた話が頭を離れない。


アストニエルの王宮内にも戦争肯定派がいるとは思いもしなかった。

領地を広げたいという欲に目がくらんだ愚かな貴族達。

シアル大公がどれだけ領土拡大に息巻いても、戦争放棄を宣言したアストニエルは相手にしない。だから大丈夫だと考えていたのに。


必ず、書簡を届けなきゃ。

シアル大公に、戦争を起こさせる隙を与えちゃいけない。

それが自分の使命。今、自分が生きている意味。


考えれば考えるほど、怒りと焦燥に駆られて眠りが遠ざかって行く。

少し外の空気を吸って、熱くなった頭を冷やして来ようと、エイジャは体を起こした。


エイジャにあてがわれた部屋は、何部屋もある客室のうちの一室。

他の客室に人は泊まっていないはずだが、なんとなく足音を忍ばせて廊下を歩く。

広い邸内にはやはり一人の使用人もおらず、フェルダが魔術で管理しているという話だった。

王宮お抱えだけあって、エイジャには想像もつかないような魔術の知識があるようだ。

料理だけは魔術ではなく、ちゃんと手を動かして作ってるんだと言っていたが。


静かに玄関の鍵を外し、館の外に出る。

ひっそりと静まり返った森は、ここに着くまでの死闘が夢であったかのように、今は虫の声が微かに聞こえるだけだ。


……子供の時も、こんなだったな。

ふと、思い出す遠い日の記憶。


魔術の練習が思うように進まないのが悔しくて、ベッドに入っても寝付けなかった夜。

こっそりと家を抜け出して村外れまで歩き、丘に座ってぼんやりと月を眺めていた、幼い自分。

やがて眠くなり、そのままそこで横になってしまって。

目が覚めたら、ちゃんと自室のベッドで寝ていた。

あれは父さんがこっそりついて来てくれていたんだって、何年もたってから母さんに教えられた。


でももう、ここで寝ちゃっても、父さんは迎えに来てくれないんだ。


その事実を今更ながら自覚した時、ぽろっ、と頬を涙が伝った。


嫌だ。涙なんて。


ぐっと目に力を入れてこらえる。こんな所で泣いている場合じゃないんだ。

自分のやるべき事をやらなくちゃいけない。

もう幼い女の子じゃない。強い冒険者の男、エイジャなんだから。


「何してるんだ、そんな所で」

突然後ろから掛けられた声に、心臓が止まりそうな程驚いて振り返った。

腕を組んだルチアが、少し離れた所からこちらを見ている。

ルチアももう部屋で寛いでいたのだろう、眼鏡を外し、髪を下ろして、本来の瞳と髪の色に戻っている。

月明かりに照らされて輝く金髪。闇の中でも存在感を示す、深紅の瞳。

夜の森では、ますます人間離れして見える。まるで神か悪魔だな、とエイジャは独り言ちた。

「びっくりした。どうしたの?」

「何となく寝付きが悪くてな。窓から外を見ていたら、お前が見えた」

横に並んだルチアに気づかれないよう、さっと頬の水滴を指で払う。

「俺もなんか、寝付けなくて。ちょっと外の空気吸いに出てきたんだ」

「ああ……。おもしろくもない話を聞かせたからな。……悪かったな」

謝ってきたルチアに、エイジャは勢い良く首を横に振った。

「悪くなんてないよ!話してくれて嬉しかった。

 トップシークレット級の話なのに、それって俺を信頼してくれてるって事だろ?」

「まあな」

ルチアが頷く。

「今回の任務が、ここまで責任の重いものだったのには驚いたけど……。

 でも、俺、絶対戦争は起きてほしくないんだ。

 その為に、反対勢力に負けないで頑張ってるカルニアス王子を誇りに思う。

 もしも、王宮の人がみんな敵に回る事があっても、俺は絶対に王子の味方だよ。

 書簡は絶対に、シアルに届ける。決意が固くなったよ。

 だから、話してくれて本当に良かった」

ルチアは、両手を握りしめて熱弁を振るうエイジャに気圧されていたが、

話が終わると、本当に嬉しそうに笑った。

「ありがとうな。……なんだか、酷く嬉しい」

その笑顔はやはり、破壊力抜群で。

エイジャは数秒間思考が停止し、(カルニアス王子も、この笑顔に殺られたりするのかなぁ……)等と、不敬な事を思ったりした。




ルチアに自分の決意を話した事で少し気持ちが落ち着き、部屋に戻る事にしたエイジャは、階段の下でルチアと別れて廊下を進んだ。

ルチアは上の階にいつも使っている自室があると言う。

(そういえば聞くの忘れてたけど、ルチアってカルニアス王子の近衛なのかな?「俺の主」って言ってたし……かなり近い存在だよね)

王宮でも存在を知られていないこの館を使っているのだから、かなりの権限を与えられているのは間違いない。

(けっこう偉い人だったりして。敬語はいらないって言われたから全然気にせずに喋ってるけど、身分を知ったら話しにくくなりそうだよなぁ)

そこらへんは何となく適当にしておいた方が良さそうだ、などと考えながら、客室の扉を開けた。

「おかえりなさい」

誰もいないはずの部屋の中から声がして、また心臓が止まる程驚く。

目を凝らすと出窓の前に、月明かりに照らされてフェルダが立っていた。

「……びっくりした……フェルダさん」

「ごめんなさいねー、勝手に部屋に入って。驚いた?ちょっと話がしたくて」

フェルダはネグリジェ姿だ。本当に男なのだろうか?自分よりも数百倍女らしいな、とエイジャは思う。

「話ってなんですか?」

「……アタシ、妙に勘がいいって言われるのよ」

唐突な言い方に、エイジャは少し面食らう。

「はぁ」

「エイジャ。さっきの話を聞いている時ね、あなたシアル大公に対して個人的な想いがあるんじゃないかとアタシは思ったの。違うかしら?」

エイジャは答えられなかった。

「その沈黙が答えね。嘘の付けない子。いい子ね」

フェルダは微笑む。優しい笑顔。だが、エイジャは微笑みを返せない。

「でも、さっきの話はあなたにとっては本当に初耳だったんでしょう。アタシ、他人の嘘はよく分かるのよ。

 あなたの過去に何があったのかは分からないけど、その事と今回の件を一緒くたに考えちゃいけないと思って混乱してるのね。

 だから眠れずに外に出た。違う?」

何も言い返せない。なぜそんな事が分かるのだろう?これもフェルダの魔術なのだろうか?

「……確かに、当たってます。でも、自分の事は、ちゃんと今回の依頼を完遂するまで、とりあえず置いておきます。

 戦争を止める事、それが一番俺に取って大事な事ですから。書簡を絶対に届けます」

「そう、安心したわ」

フェルダはエイジャの頬に優しく手を添えた。

「一番大事な事を間違えなければ、選択を誤る事はないはずよ。

 でも、もしこの先選択に迷った時は、一人で悩んで結論を出さないで。必ず相談してちょうだい」

さっき、一粒の涙が濡らした頬を、指でなぞる。

「たまには、溜め込まないで思い切り泣いた方がいいわよ。美容にも良くないわ」

「えっ……」

「じゃあ、また明日ね。おやすみなさい」

言葉に詰まっているエイジャを残し、フェルダは部屋を出た。


自室に向かって廊下を歩きながら、フェルダはシアルで諜報に当たっていた中で耳にした話を思い出していた。

もう10年近く前の事。シアル国内のとある村に暮らしていた一族が、シアル大公自らの率いる軍によって滅ぼされたというのだ。

元々外部との交流がほとんどない一族。村人は一人残らず皆殺しにされ、大公軍によってその事実は完全に伏せられた。

フェルダにその話を売った情報屋も、滅ぼされた理由は全く分からないという事だった。

ただ、とても美しい魔術師の一族だったらしいという話が、きれいなものに目がないフェルダの琴線に引っかかっていたのだった。


エイジャは戦争を止める事が一番大事だと言いきった。それは、過去に戦で大事なものを失った事のある者の決意のように思えた。

(エイジャがその一族の生き残りと考えるのは、短絡的かしらね……)

情報屋は、村人は皆殺しになり、生き残った者はいないと言っていたが。


どちらにせよ、エイジャがシアル大公に対して抱いている私怨は、「戦争を止める事が一番」だと言う言葉に嘘がなければ、計画の遂行を妨げるものではない。

だが、無事シアルに辿り着き、大公への面会がかなった時。

「依頼を完遂するため、自分の事はとりあえず置いておく」とエイジャは言っていたが、実際に顔を合わせた時、憎しみに駆られて我を忘れるような事にはならないか。

(面会時には、エイジャには席を外させた方がいいかもね……まあ、そのへんはこの先のエイジャの様子を見て決めましょう)

ルチアはすっかりエイジャを信頼しているようだし、自分がしっかりしなくては、とフェルダは思ったが。

(まあ、アタシもあの子気に入っちゃったけどね)

協力してやりたい、役に立ちたい、と思わせるような、不思議な魅力を持つ子だ。

容姿や所作の美しさだけではない。何か特別なものを持っているように、自然と目を引きつけ、心惹かれる。ただの冒険者とは思えない。

(ま、あの子の事情も気になる所ではあるけど、自分から話す気になるまでは、下手に探る事もないか)

そう、フェルダは結論付けた。

(もう一つの方の秘密も……ね)

他人の嘘はよく分かる。

ふふっ、と小さく笑って、フェルダは楽しそうに階段を上っていった。



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