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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
62/87

(47)俺の事、嫌いになった?

 腕をだらりと床のほうに下げてベッドに突っ伏していたルチアは、もう何度目になるのか分からない大きなため息を吐いた。

 机の上に積まれた書類にはまったく手を付けていない。フェルダに急ぎの仕事があると言ったのは一応、嘘ではない。早く片付けて王都に送ってしまわなければいけない案件が山程ある。

 しかし、激しい自己嫌悪と絶望感に頭の中を支配され、書類に目を通しても内容が入ってこない。


 昨夜の事は、夢だと思いたかった。

 それも、極上の酒に溺れるような、残酷で甘美な悪夢。思い出す度、苦しいほどに胸が疼く。


 キーラがエイジャを訪ねて来たのには気付いていた。

 こんな夜更けに男の部屋を訪ねてくるなんてどういう事だと気が気ではなかったが、その後しばらくして二人して宿を出て行くのを見て、この半刻ほどの時間では(……)おそらくルチアの心配するような事はきっとなかっただろうと胸を撫で下ろした。

 エイジャはきっとキーラをあの屋敷に送っていったのだろう。まったく、甘やかし過ぎだ。

 気付かなかったふりをしてやろうかとも考えたが、何があったのかどうしても気になり、宿の外まで出てエイジャの帰りを待つ事にした。


 戻ってきたエイジャは、いつもとどこか様子が違った。襟元を握り締め、何か落ち着かない様子でそわそわと目を泳がせている。

 キーラと部屋で何をしていたのか尋ねると、一層挙動不審になった。

 嫌な予感に背中が冷たくなる。なかば強引に襟元を握り締めていた手を解き、そこに赤い鬱血痕を見た時に、自分の中で何かが切れたような気がした。


 その後の事は、あまりはっきりと覚えていない。激しい嫉妬と、飢えにも似た欲望に突き動かされ、我を忘れた事は認める。

 ただ、これだけは言いたい。

 あのエイジャを前にして、ギリギリでこらえた自分をどうか褒めてほしい。極限の精神力だ。

 思わず肌に触れると、白い首筋が闇の中でも分かるほどに紅く染まった。涙をこぼさないように必死に我慢している様子だったが、遂にたえきれずぽろぽろと零れ落ちた涙の粒が、ルチアのスイッチを押した。


 力では負ける事はない。有無を言わさず奪ってしまう事もできただろう。魔術で攻撃されれば話は別だが、詠唱させないように口を塞いでしまえば良い。

 瀬戸際でそれを思いとどまる事ができたのは、これでエイジャを永遠に失う覚悟はできなかったからだ。

 どんなに辛く胸を焦がす日々が続いても、近くにいたい。いてほしい。

 その事を思い出せたから、エイジャの手を離す事ができた。


 しかし、エイジャはどう思っているだろう。……さすがに気付いただろうか。

 男に想われるなど、嬉しいはずがない。もし疑いを持っているとしたら、何とかそれは誤解だと思わせなければ。

 そう考える一方で、もう全てぶちまけてしまいたいという衝動が沸き上がってくるから始末におえない。

 一体自分はどうなってしまったのか。課せられた使命を思えば、このような事は取るに足らないささいな事だ。それなのに、今はエイジャの事以外考えられなかった。



「ルチアッ!!開けてっ!!」

 ドンドンドン!と勢い良く扉を叩く音と、聞き間違えるはずもない声を耳にして、ルチアはベッドから飛び起きた。

 突然の事に頭の整理がつかないまま、切羽詰まった声にとにかく扉を開ける。

 声の様子から察した通り、余裕のない表情をしたエイジャがそこに立っていた。


「どうしたんだ、そんなに慌てて」

「あ……」

 しかしエイジャは、ルチアと目が合った途端、言葉を失って表情を一変させた。

 急だったので心の準備ができていなかったルチアの方も、このエイジャの様子に戸惑って目を瞬かせる。


「何かあったのか?」

 努めて普段通りに声を掛けると、エイジャは黙ったまま首を縦に振った。

「あの、あの……キーラが」

「キーラ?」

 声が一段低くなってしまったのに気付き、ルチアは咳払いをしてそれを元に戻す。

「キーラがどうした?」

「人攫いに攫われたみたいなんだ。昨夜……その、俺が屋敷に送って行った後に」

「本当か」

「うん……それで……フェルダさんとベルは、ロメオさんと一緒にもう後を追ってて……フェルダさんが、俺はルチアを呼びに行って一緒に来てくれって……

 あの……来てくれる?」


 扉を叩いてきた時の勢いはまったくなくなり、しょんぼりと俯いている。

 ようやく頭が回り始めた。


「分かった、行こう」

 短い返答を返すと、エイジャはパッと顔を上げた。

「なんて顔してるんだ」

「だって……昨夜俺、ルチアをすごく怒らせちゃったのに……ごめん……結局、ルチアの力を借りないと、助け出せない……」

 また泣きそうになっている。

 ああ……そうか。

 こういうやつだったな、エイジャは。


 昨夜の自分の理不尽な態度に、エイジャもきっと怒っているだろうと思っていた。本来なら、エイジャが夜半にかつての恋人と何をしようが、誰にそれを咎められるいわれもないのだ。

 それなのに、やはりエイジャは。俺が怒った理由も分からないままに、それも自分が悪いのだと思い込んでいる。


 ルチアはエイジャの頭に手を置いた。ぽんぽんと柔らかく髪を撫で、自分にできる一番優しい声で話しかける。

「俺も悪かった。お前があの女に振り回されている様子だったから、ついかっとなった。すまなかったな」

 潤んだ瞳で見つめてくるのは、正直やめてほしい。いや、かわいいのだが、今の精神状態にはきつい。

「ううん……俺、ほんとにダメだ……。こんな、失敗ばかりで……

 ルチア、俺の事、嫌いになった……?」


 これは我慢の限度を越えた。

 頭の上に置いていた手を肩の後ろへ回し、腕の中へ引き寄せた。


「……嫌いになれたら楽なんだがな……」


 一瞬だけ抱き締めて、すぐに解放する。

「えっ!?なに!?ルチア」

 心の中でつぶやいたつもりが、声に出ていたらしい。エイジャには聞き取れなかったようで助かった。


「すぐ出発だ。馬がいるな」

「う、うん!あっ、ちょっと待って。フェルダさんに連絡する」

 エイジャは手首のブレスレットにもう片方の手を添えて詠唱した。いつもフェルダが使っている魔道具によく似ている。


「あ……フェルダさん?」

「エイジャ?ルチアは一緒?」

 ブレスレットからフェルダの声がした。


「はい。今、宿にいます。これから向かいます」

「了解。北北西へ向かってちょうだい」


 エイジャとフェルダのやりとりを背中で聞きながら、ルチアは出発の準備を進めていた。フェルダが遠話の魔道具を二つ持っているとは知らなかったが、秘密主義の奴の事だ。いまさら驚きもしない。事の経緯はフェルダ達との合流地点に向かう道で聞けば良いかと考えていたが、

「ところで、ルチアと仲直りはできた?」

 ブレスレットから聞こえたフェルダの発言に、ギシリと体を強ばらせた。


「えっ!?あ、あの……」

 エイジャも戸惑い、返事をためらっている。

 ルチアはため息とともに近付いて、エイジャの腕を取った。

 ……昨夜、どうしても離す事のできなかった、細い手首。

 一瞬、月光の下で見たエイジャの表情がフラッシュバックしそうになり、ブンと頭を振る。

 掴んだ手を口元へ引き上げ、ブレスレットに顔を寄せた。


「余計な心配をするな、フェルダ。俺がこいつを疎む事は、絶対にない」

「はいはい、じゃ、待ってるから〜」

 呆れたような声が聞こえて、通信が途切れた。


 手首を離し、エイジャの顔を見ると、口をあけたまま目を瞬かせている。


「……さっきの答えになってるか?」

「さっきの……って……あ、」


 ——ルチア、俺の事、嫌いになった……?——


「お前がこの先どんな失敗をしようが、過去にどんな過ちをおかしていようが、俺の気持ちは変わらないってことだ」

「……う」


 う、ってなんだ、うって。と突っ込もうとしたが、みるみるうちに赤く染まったエイジャの頬を見て、ルチアまで喉を詰まらせてしまった。

 真意は伝わっていない、それでいい。頼りになる親友だと思ってくれれば。


「さあ、いくぞ」

 背中を叩くと、エイジャはやっと表情を綻ばせた。

「うん!」

ぎりぎり滑り込みで9月中に二回更新できました〜!!


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